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戦慄

「田所!」


 皆川はエリザベータの絶叫を受け、我に返ったかのように田所の体に触れようとした。


「さわるな皆川! 写真が先だ!」


 若林は皆川の肩を引き止め、カメラを構えシャッターを切る。うつぶせに倒れている田所の全身を、隈なく写真に収めた。その時、頭近くにある皆川の右手が、わずかに動いたことに二人は気が付いた。


「生きてる……。皆川、田所を起こしてやれ!」


「あ、ああ。わかった」


 皆川は喜び田所のサイドに周る。若林は着ていた制服のブレザーを脱ぎ、皆川に渡した。


「こいつを枕にして、頭を高くしてやれ」


 言われて皆川は、ゆっくりと田所の体をあお向けにした。丸めたブレザーを田所の傷口に触れないよう、顔を横に向け下に敷いてやる。


「う……。うう……」


 田所はわずかに目を開き、うめき声を上げた。


「しっかりしろ田所!」


 皆川は身を低くして田所の顔を覗き込み名前を叫ぶ。声が出せないのか、皆川の口だけがパクパクと動いた。若林はその動きを見逃すまいとシャッターを切りまくる。


「なんだ? どうした? 何が言いたい? 田所!」


 皆川は更に姿勢を低くし、田所の口元に自分の耳を近づけた。その刹那、皆川の左肩に、掴まれたような痛みが走った。ハッとして皆川は、自分の左肩に視線をずらす。すると田所の手が、驚く皆川の左肩に食い込んでいた。


「―――!」


 田所を見る限り、意識が朦朧としているのは明らかだ。しかし、皆川の肩にかかる田所の握力は、思いのほか力強かった。固まる皆川をよそに、次第に掴む力は弱くなり、肩からするりと皆川の腕を滑り下りる。落ちる寸前、最後に皆川の手首をかろうじて掴んだ。


「田所……?」


それはまるで死の直前、足場のない絶壁で必死に足掻くかのような、つかの間の仕草だった。


 程なく手を離した田所は、全ての力を使い果たしたかのように、ぐったりと目を閉じた。ファインダーから目を離した若林は、皆川の胸に耳を押し当てる。


「心配ない。気を失っただけだ」


 それを聞いて安心したのか、皆川は部室の床にへたり込んだ―――。




「翔太!」


 叫び声と共に、小野寺雪乃おのでらゆきのが、野球部の部室に駆けつけて来た。只ならぬ現状を見た雪乃は、当然の如く横たわる田所にすがり付く。


「なんで翔太がこんな目に……。ついさっきまで普通に電話してたのに……。突然切れたと思って駆けつけてみればっ……」


 重い表情で田所を見下ろしていた皆川に、雪乃は迫り寄る。


「何があったの? 皆川!」


「これは……。事故だ」


「事故って? どういうことよ」


 エリザベータの悲鳴を聞きつけ、野球部の面々が部室にぞろぞろとやって来た。惨状を目にした部員たちは、雪乃同様例外なく戦慄した。


「皆川……。田所が、なんでこんなことに?」


「皆川キャプテン、これマジどうなってんすか?」


 皆川は、深くため息を付くと、しっかりとした口調で答えた。


「部室には鍵が掛かっていた。皆川は、事故にあったんだ」


「鍵?」


 雪乃は、皆川の顔を不思議そうに見つめた。


「そうだ。田所は、小野寺と電話してたんだろう? 会話を邪魔されないように、自分で鍵を閉めた。そして事故にあった。そういうことだ」


「どんな事故に、あったのよ?」


「それはまだ……。俺にもわからない」


 雪乃の問いに困惑した皆川は、静かに首を横に振った。


「いい加減にしろよ、お前ら」


 現場を保存するため、部室の写真を撮っていた若林は、呆れたように言い放った。


「俺たちだって発見したばかりだ。知ってることなんざ、今お前らが見てるもんと、たいして違わねえんだよ。田所が心配なら、さっさと先コウ呼んで来い!」


 それを聞いた野球部員数名が、弾けるように先生を呼びに行く。雪乃は潤む瞳で、田所を見下ろすと張り付いた。


「翔太! 目を開けて翔太!」


「揺らしてんじゃねえ! 大丈夫だ小野寺。出血は止まって傷口も渇き始めてる。俺が見る限り、田所の傷はそれ程深くねえ」


 そう言って若林は、ひっくり返ったテーブルの脚に触れた。


「なんであんたに、そんなことがわかるのよ!」


「ガキの頃から、親父の工事現場で似たようなものを見てきた。救急車も呼んだ。俺たちに出来ることは、もう済んでる」


 若林は、仕事を終えたとばかりにカメラをバックに納めた。それを見た皆川は、心配そうに尋ねる。


「若林……。まさかとは思うが、これを記事にしようだなんて」


「思ってるぜ」


「やめてくれ若林! 俺たちにとって、今がどんなに大事な時期か、わかってるだろう! もし問題が起きれば、試合の近い俺達野球部は!」


「だから?」


 焦る皆川に、若林は冷たく言い放つ。雪乃は若林の態度に、そこに居た部員共々牙を剥いた。


「若林! あんたもし、翔太のこと記事にしたら、私が許さないよ!」


「そうだそうだ! これは俺たちの問題だ!」


「部外者のお前に、良いように記事にされてたまるか!」


 野球部の部員たちは、若林を帰すまいとドアの前に躍り出た。若林は呆れ顔で周りを見渡した後、面々の反応を楽しむかのように笑い出した。


「自爆したまぬけなエースを記事にするなんて誰が言ったよ」


「違うのか?」


 若林の言葉に、部員たちは困惑する。


「見出しはこうだ。冷静かつ、的確な判断で田所の命を救った学園のヒーロー。新聞部の為に、少しだけ田所を利用させてもらう。これは事実だしな。小野寺、それとお前らも、俺に文句を言う前に、恩人に対して感謝の言葉もねえのかよ。わかったら、そこをどいてもらおうか?」


 部員たちは若林にしぶしぶ道を開ける。そんな部員たちの後ろに、隠れるように影を潜めていた三河加奈絵を、若林は目線の端に捉えた。


「もっとも、写真の現像が終われば、もっと面白い記事に差し替えるかも知れないけどな」


 若林は部室の外に出ると、教師達が血相を変えて掛けて来るのが見えた。ドアの前で気を失い、未だ倒れているエリザベータの頬を、軽く二、三度叩いた。


「起きろ。部室に帰るぞ、エリザベータ」


「アアン。ダメヨ。コウイチ」


「はあ?」


「コンナトコロデ、ヘンタイネ」


 エリザベータは目を閉じたまま、クネクネと身をよじるのだった―――。


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