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震撼

 エリザベータと若林の鬼ごっこは、野球部の部室をスルーし、校舎を一週してまたグラウンドに戻って終局した。


「ぜえ、ぜえ。ま、待てエリザベータ」


「ブッチョサン。ハヤククルネ」


 息も絶え絶えな若林に対し、野球部部室の前で先に待つエリザベータは、平気な顔で手招きする。


「くそっ。はあ、はあ。無駄な体力、使っちまったじゃねえか。どんだけ、はあ、早いんだよ」


 若林に褒められたとでも思ったのか、エリザベータはエッヘンと胸を張る。走りと言うより逃げ足なのだが、体力を大幅に失った若林は、最早怒る気力も無くしたようだった。


「カメラの準備だ。皆川と田所は、部室の中か?」


 野球部の部室は、グラウンドの東から少し奥に入った目立たない場所にある。建屋は質素なプレハブで、学園から孤立したように木々に囲まれ、一軒だけポツリと建っていた。陸上部やサッカー部が、棟の連結した立派な部室である事を考えれば、野球部に対する学園の期待度は、あからさまに低いことがうかがえた。


「よし、入るぞエリザベータ」


「アイアイサー」


 若林はドアを開けようとドアノブに手をかけた。しかし、部室には鍵が掛かってあるらしく、押しても引いても開くことはなかった。


「ちっ。誰もいねえのかよ」


 舌打ちした若林は、グラウンドに戻ろうと踵を返した。


「おーい。若林」


「ああ?」


 自分を呼ぶ声が聞こえ、若林は気だるく振り返る。すると、東の方角から、皆川が小走りに駆けて来た。


「田所がいないんだが、お前ら見かけなかったか?」


「いない? 俺らは、この辺を走り周ったけど、田所は見かけなかったぞ」


「そうか……。部室には鍵が掛かっていたし、どこいったんだろうな、アイツ」


「ふん、鍵かけて昼寝でもしてんじゃねえのか?」


 そう言うと若林は、ドアの隣にある小さな窓から、部室の中を覗き見る。そしてすぐに若林は、あっと声を上げた。


「皆川! 中に誰かいるぞ!」


「なに?」


 皆川もまた、若林の隣から部室の中を覗き、途端に表情が強ばった。。部室の中では、そこだけ大きな地震でもあったかのように、テーブルが脚を上に向けてひっくり返っていた。そしてドアの方向に頭を向け、野球部のユニホームを着た人物が、うつぶせに横たわっている。窓からの角度が悪く、寝ている人物の顔までは確認できない。


「田所なのか? 田所!」


 皆川は窓越しから中の人物に声を掛ける。しかし、聞こえていないのか反応がない。若林も何度が声を張り上げたが、やはり人物の体はピクリともしなかった。


 若林はもっとよく見えないものかと背伸びをし、窓ガラスに顔を押し付ける。すると倒れている人物の襟足に、真っ赤な血がしみ込んでるのが目に入った。驚愕した若林は、すぐさま皆川に向かって叫んだ。


「皆川! 鍵だ! 部室の鍵はどこにある?」


「部室の鍵は……。マネージャーの、三河が持ってる」


「三河だな! よしエリザベータ。すぐにマネージャーから鍵を借りてこい。急げよ!」


「アイアイサー」


 若林の指示を受け、エリザベータは疾風の如き速さで、グラウンドに走り出した。


「倒れてる奴の襟足を、よく見てみろ!」


 再度確認した皆川の顔がみるみる青ざめる。


「なんて事だ……」


 皆川はドアの前の慌てて向かうと、両の手でドアノブを持ち、壁に足を掛け力任せに引っ張った。


「なんで? どうして部室に鍵が掛かってるんだ! 田所なんだろう? 頼むから起きて返事をしてくれ!?」


 狂ったかようにドアを蹴飛ばす皆川を、若林は冷静に抑え付ける。


「やめろ皆川! そんな事したって、ドアは開かねえよ」


 こんな状況にあっても、気が動転する皆川とは対照的に、部外者の若林は妙に落ち着いていた。若林は自分の携帯電話を取り出し、119とボタンを押す。


「もしもし! 夕陽学園まで救急車一台、今すぐ持って来い! ああ? いたずらじゃねえよ! 野球部の部室で、人が頭から血を流して倒れてんだ! モタモタするなよ! 死んだらてめえのせいだからな!?」


 相変わらずの上から目線で、若林は用件だけ言うと電話を切った。状況を把握できない救急隊は、今頃さぞかし慌てていることだろう。


「ブッチョサン、カギ! モッテキタネ!」


 エリザベータが、これまた怒涛のスピードで引き返して来る。


「でかしたエリザベータ! その鍵をよこせ!」


 若林はエリザベータから鍵をもぎ取ると、流れるように鍵穴に差し込んだ。


「よし! 開いたぞ」


 緊張が走る中、若林がドアを勢いよく引き開ける。息を飲む若林と皆川のすぐ足元に、後頭部を血で染めた、田所翔太の姿があった。


「田所……。うそだろ?」


 田所のつむじから五センチ下くらいに、赤黒い血だまりが出来ている。目の前に横たわる田所に、さすがの若林も皆川同様動きが止まった。


「シ、シ……。シンデル」


 二人の後ろで、陰惨な光景を目の当たりにしたエリザベータは、恐怖に耐え切れない様子で後ずさる。


「キ、ギ……。ギャアアアアアア!?」


 エリザベータの悲鳴が、部室周辺に雷鳴の如く響き渡る。その瞬間、木の上で羽を休めていたカラスの群れが、空中に漆黒の羽根を残し、我先にと飛び立った―――。


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