私が恋したあなたと恋したあなたが恋する私の好きな人
え。恋バナ?
……私の初恋の話、ですか……? 別段楽しいとは思えないのですが。
……物好きですね。山も落ちもない話にしかなりませんよ。
王子も兄弟子も、そう意外そうな顔をしないでくださいますか?
私にだってそれなりに経験というものはあるのです。
……あなた方からみたら、十も離れている子供かもしれませんけれど。
仕方のない人たちですね。いえ、構いません。どこから話し始めましょうか。
まぁ、あなたがじっとしていられるくらいの時間で終わらせましょう。
一応私のこの国の立場から説明します。
あなたはこちらの常識などまったく知らないのですからね。基礎知識として聞いていてもいいと思いますよ。
私は代々この国の最高位の魔導士を務めている家に生まれました。
あなたを召喚し、帰るべき場所に帰還させる術式の理論を組み立てたのは私の両親です。
完成させたのは私ですが。あなたがあなたの都合に合わせてこちらの世界に来ることができるのは私と両親のおかげということですね。感謝してくださっても構いませんよ。
……いや、当初はクーデターを起こした連中に対してあなたを利用するために招いたのですから話が違いますね。でも今はあなたが楽しむことを目的として招いているようなものだからいいのかしら?
話がそれましたね。すみません。ともかく、私は最高位の魔導士の家の跡継ぎとして生まれました。
はい。女でも跡継ぎです。才能に貴賤はありませんから。我が家に関しては王室も認めていることです。もちろん、頭の悪い者共が口さがなく喚いていることもありましたが、彼らには実力がないのですもの。その程度のことに目くじらを立ててはこちらの品位が疑われますから、影ながらそれなりにご忠告してさしあげたこともありましたが。
それはともかく、幼いながらも天才的な才能を持っていた私は、自他ともに認める将来有望な子供でした。
なんですか? ええ。言い切りますとも。
個人の魔力保有量で私の右に出るものは近隣諸国を見回してもいません。
もっとも魔力が溢れ出でるために、コントロールの技術に関しては兄弟子にその優を譲りますが。
今は。
ええ。今は。
……当たり前です。魔力が溢れてしまうのは肉体が完成していないからなのですから、成長すればできるようになります。何より私は天才なのです。その上不断の努力を重ねているのだからできないはずがありません。
……ちょっと、頭を撫でないでくださる?
『おおきくなぁれ』って、あなたの馬鹿力でされては伸びるものも縮みます。私は早く大きくなりたいのです。
それに私は魔道具や結界陣を張るような、云わば職人的な魔導士です。
攻撃魔法をぱんぱん飛ばすしかできない脳筋といつまでも比べられては困ります。
……あら。横道に逸れてばかりいるから紅茶が冷めてしまったわ。
兄弟子。何をしているのですか。早く代わりの紅茶を入れなさい。
これだから気が利かない“脳筋”と呼ばれるのです。
さて、紅茶が入るまでに時間ができてしまいましたね。
話自体はさっさと終わってしまいそうなのですけど。
聞いての通り私は王家とも縁の深い家柄だったため、王室主催のお茶会に招かれることもありました。
今でもはっきり覚えています。
今日のようによく晴れた日で、威厳ある国王陛下と聡明な王妃様が心許せる友人のみを招いて庭園で開かれた小規模なお茶会でした。
私が3歳の時のことです。
はい。3歳です。当時のことは覚えていますとも。
私は天才なのです。そこらの凡人と記憶力を同じに見られてはかないません。
ああもう、話がそれてばかりじゃないですか。戻しますよ。
その時のお茶会が私にとってある意味初めての社交界になりました。小規模なお茶会といえど、国の長が主催している交友会ですもの。参加されている方々も名だたる名士が集う会でした。
ですが、私は親に連れられやってきた子供。しかも3歳。同年代がいるはずもなく、いたとしても話が合うはずもない。別に大人に交じって魔道の話でも政治の話でも応じることはできましたが、それをすると大概の人は引きますからね。さすがに空気を読んで隅で大人しくしていましたとも。
ですが、何時間も一人で時間がつぶせるはずもありません。そのうち飽きてしまい、私は一人庭園を探検に出かけました。
そこは本当にきれいな庭園だったのです。まるでお伽の国に迷い込んだような。
美しい景色に魅入られて、私の心は浮き立ちました。
色とりどりの花々を眺め、集う蝶を追いかけ、いつしか庭園の奥に迷い込んでしまったのです。
それほど大きくない庭園ですが、垣根は私の背丈の倍以上。お茶会の賑やかしさも遠く、私は一人きりで途方にくれてしまいました。
いくら才能や実力があったとしてもまだ子供。だんだん心細くなり、とうとう泣いてしまったのです。
どれくらい泣いていたのかはわかりません。
そう長い時間ではなかったようにも思います。
ただ、泣いている私の耳に近づいてくる足音が聞こえました。
人が近くにいるという安堵感はありましたが、その時の私は涙で顔がぐしゃぐしゃでしたし、みっともないという自尊心が先だって声を押し殺し、顔を伏せたまま動けませんでした。
ですが足音の主には見つかってしまったのです。
『どうしたの?』と、声を掛けられたのと同時に私は抱き上げられました。
突然のことに驚き、思わず顔を上げてしまった私は目に入ってきた光景に更に驚きました。
私を抱き上げたその人は、太陽の光に髪を柔らかく輝かせ、陶磁器のように白い肌をほんのり薄紅に染めた頬をした少年が、春の湖面を思わせる優しい眼差しで私のことをのぞき込んでいました。
私はお伽噺のように美しい庭園の中に突然現れた、それこそお伽噺や神話の中から出てきたような美しい少年をぼうっと眺めることしかできなかったのです。
その美しい人は、言葉を紡ぐことのできない私に優しく笑いかけ、繊細な刺繍がされたハンカチで私の涙をぬぐってくださいました。
彼の持ち物を汚してしまう罪悪感と、彼が私に向けてくれる行為一つ一つがどうしようもなく嬉しくて、私は少年の腕に抱かれたまま泣くことしかできませんでした。
ええ、ひと目惚れです。
今でもあの時のことを思い返すと心が温かくなります。
私の大切な思い出の一つです。
え? その少年は誰だったのか、ですか?
国王主催のお茶会が開かれている庭園にいた少年ですよ。
王子に決まっているじゃないですか。
そうです。王子です。あなたの隣に座って顔を青くしたり赤くしたりしている。
……ふふっ、もうそのような想いは抱いていませんよ。当たり前でしょう。
何年前の話だと思っているのですか。
幼い恋心は忠義に厚い臣下の鑑へ立派に進化しましたとも。
あ。ちなみにその後は王子が両親のところへ届けてくれたので迷子からも脱出することができましたよ。
何ですか? 不敬罪?
兄弟子。あなたは馬鹿ですか。
私は過去のことを話しているのです。
過去の、お伽噺に出てくるような王子様の話を。
現実のヘタレた王子のことなんて話していません。
もちろん、私の忠誠は現実の王子の元にありますけど。
……今度は何ですか。私が恋バナをすることが意外だと。しかも本人がいる前で。
あなたが望んだことでしょうに。私は別に話さなくてもいいのですよ。
そもそもこういった話は男性がいるお茶会で話すものでもないでしょう。
何故話してくれたのか、ですって?
あなたが望んだからに決まっているではありませんか。
既に終わった過去のことですしね。
今は昔の想い人が恋をされたら協力して差し上げてもいいと考えているくらいなのですから。
それに私はそれなりにあなたのことが好きなのですよ。
こちらの常識や礼節をふっとばして、しがらみなく動くあなたが。
少なくとも、叶えられる願いならば常識の範囲外でも叶えてあげたいと思うくらいにはね。
――どうせなら、こちらの世界に留まってほしいくらいなんですけど。
ああ、いや。独り言です。お気になさらず。
いろいろ話したから紅茶が美味しいわ。
そうそう、あなたが関心を持っていた7日後にあるお祭り、とても忙しいですけど一緒に行ってあげても構わないですよ。
望みますか? 望むのですね。ならば仕方がありません。一緒に行ってあげます。
女二人でお祭りに行っては野蛮な方々が声をかけてくる可能性もあります。
煩わしいことを避けるために男性にも声を掛けたほうがよいでしょう。
誰を誘いましょうか。
……あら、王子。そんなに顔を赤くしてどうされたのです?
まあ、王子もその日はご予定がないのですね。
それでは久しぶりの休日ゆっくりお過ごしくださいませ。
休日には体を休めなければ。喧騒にとりまかれては休めないでしょう?
おや、王子もお祭り参加されるのですか。お忍びで。
それはそれは。気分転換も必要ですものね。
では偶然お会いした折にはお邪魔しないように気を付けましょう。
それにしてもどうしたのですか? 顔が真っ赤ですよ。熱でもあるのですか、王子。
あら、王子も私たちにご一緒してくださるのですか?
確かに“偶然”お会いして知らないふりをするより、初めから一緒に行動したほうがトラブルも少なくて済みそうですものね。
よかったですねぇ。王子も一緒に来てくださるそうですよ。
……え? 財布?
…………ぶふっ。財布! 確かに、王子ですからね。お金持ってますね! 屋台で買い放題ですね!!
私もそれなりに大きな財布ですけど、王子にはかないませんもの。くくっ……あなたどれだけ買いまくるつもりですか。
しかしそうですか。あなたにとって王子は財布と同等なのですね。ふふふふっ。
それでは7日後は王子とあなたと私と兄弟子でお祭りに行きましょう。
何ですか兄弟子? 『一緒に行くなんて言ってない』と?
何を言っているのです。私に二人分の子守をしろというのですか?
人ごみの中に行くのだから肉壁にくらいなりなさい。
きゃ! どうしたのですか? いきなり立ち上がったりして。
あなたはもう少し落ち着きを持つべきですよ。
で、どうされたのです? 約束?
ああ、以前あなたが話していた城下のお菓子屋さんで限定品が出るのでしたっけ?
どなたかと一緒に行くのですか?
……あー。あの、彼と。
……ふぅん。
え。お土産を買ってきてくださるのですか? 私に?
……うふふ。楽しみです。一緒に食べましょうね。
夕刻までに帰ってきてください。
召喚の間へ行く前に私の部屋でお茶をご馳走します。
ええ、気を付けてくださいね。いろいろと。
いってらっしゃい。
――さて、王子。
私は彼女にこの世界に留まってもらいたいのです。大変面白いので。
今の話で彼女の中で王子は財布に等しいことがわかりました。
今度のお祭りではもう少し株が上がるようにご尽力くださいませ。
どうせ彼女をお祭りに誘うつもりはあったけど言い出せなかったのでしょう?
もう少し押さないといつまでも『知り合い』止まりですよ。
兄弟子、あなたも協力なさいな。
まずは7日後のお祭りが無事に開催できるように、治安の強化と不穏分子の目を摘むことです。
軍部に掛け合いに行きますよ。
ちゃんと自由行動に移せられるように日々の仕事を前倒しで行わないと。
こうしてはいられません。
私はこのあたりで失礼いたします。
そうそう。
私は“彼女”にこちらへ移住してきてほしいくらいなのですが、無理強いするつもりは毛頭もありません。願わくば、“彼女”がこちらへ留まる理由ができたらよいと考えています。
“彼女”の突飛な行動や人間性には反発を覚える人もいますが、惹かれる人も多くいます。
いいですか? 惹かれている人は私が知る限りでも複数いるのです。
私は“彼女”が私の近くに留まってくれるのならば、留まる理由が何であろうと誰であろうと構わないと思っています。
そしてこの世界において、私は“彼女”と一番親しい関係であると自負しています。
――『情報』や『協力』が欲しければ、せめて『知り合い』から自力で脱却してくださいませね。
元々は2次名前変換小説を作ろうとしてとっておいていた設定小説。
ぶっちゃけこのまま2次創作したら山も落ちもない話になるので日の目を見せるつもりはなかったのですが、『お利巧なツンデレ?少女』の設定は捨てたくなかったので、色々改変して投稿してみた。規約違反ではない、はず?
問題でたら下げます。
蛇足
この小説における登場人物紹介
・私:12~14歳の慇懃天才魔法少女。実は初めは10歳の幼女のつもりだった。
いやぁ、もしこれから先恋バナが始まるとしたら10歳は流石に犯罪かな、と思って。え? まだ犯罪臭する?
クーデターにて両親死亡。魔導士名家の跡継ぎであるため、この家の当主でもある。魔導士としてはどの分野でもオールマイティにこなせるが、どちらかといえば研究者気質。
実力は既に十分すぎるほどあるので最高位の魔導士の職務に就いてもよいのだが、若すぎるので成人するまでは一家臣として動いている。
後見人として両親の旧知であり、この国の将軍職も務めている魔導剣士に弟子入りする形で育てられている。
王子と“あなた”が一緒になれたらすごく近くに居れるし、守れるし、便利だよね。という理由で王子のことは応援している。
・あなた(彼女):この世界に召喚された女子高生。17歳くらい。
元々は敵に対抗する知識が欲しくて、違う世界の、話がある程度通じそうな人を呼び出した。そしたら出てきたのは非日常にハッスルした適応能力高い若干厨二病を患う破天荒娘。すったもんだの末“あなた”の都合に合わせて世界を行き来させることに。
“私”は“あなた”に非常に興味を持っている。
・王子:20歳過ぎ。“私”の初恋の人。国をクーデターで奪われ、両親を殺され、たった一人残された最後の王族。現在巻き返し中。
金髪碧眼眉目秀麗才色兼備のパーフェクト王子。しかし負けん気が強く頑固。
何をとちったか破天荒娘に惚れてしまったらしい。ヘタレ。
・兄弟子:魔導剣士を師と仰ぐ“私”の兄弟子。20歳半ばにはまだいっていないくらい。魔導の傾向は攻撃魔法などの即戦力系。
脳筋といわれているが実際は気弱でひ弱。一応軍人魔導士。“私”に尻にひかれているものの、可愛い妹分だと思ってもいる。
“あなた”を召喚送還するには“私”と兄弟子が共同で行うことで成功する。王子に輪をかけたヘタレ。
きっとみんなでお祭りに行ったら、なんだかんだで“私”が王子を嗤いつつも“あなた”と二人っきりにさせて兄弟子を供にストーキング観察することになるのでしょう。そして兄弟子は観察している“私”にきっと屋台のおいしそうな食べ物とか買いに行ってあげてるはず。
彼らの受難はまだまだ続く、かもしれない?