最初のダンジョン《エントランス・トゥ・ハート》→無責任な覚悟
ダンジョンに足を踏み入れると、エフェクトとともにステージ名が眼前に浮かび上がる。
《エントランス・トゥ・ハート》
それが、このダンジョンの名前らしい。
「仮面の町に続いて心の入り口か…。分かりやすいというか、露骨過ぎるというか…」
「ハイハイ、帰っておいで〜。キミの住む世界はそこじゃないよー」
「……………」
さっきの戦闘で不審者認定は解除された( うやむやになったと言ったほうが正しいかもしれない )が、電波認識はそのままらしい。
つーか、今のダンジョン名も見えてなかったのか?
ゲームのキャラなんだし、もーちょいメタ視点に対応してくれてもいいのに…。あるいは、ゲームのキャラだからメタ視点に対応してないのか?ならなぜナルト好きなんてプロフィールがあったり、でんじゃらすじーさんを知っていたりするんだ…。
わけが分からん。
俺よりよっぽど電波だ。
「で?ここからどうするの?」
「へ?どうするって、何の話だ?」
「…囚われの女の子を助けに来たんじゃないの?」
「…あぁー」
あれ、信じてたんだ…。
思った以上に純真無垢なやつだな。
「何よ今の間は…。まさかあんた、私を騙したの!?」
「いや、そうじゃねーよ。大丈夫、もう忘れねー」
「忘れてたの!?なんか囚われの女の子、扱いがぞんざい過ぎない!?」
『また忘れたのですかマスター!?私はマスターにとってそんなにどうでもいい存在なのですか!?』
『オメーじゃねーよ!!春風のほう!!』
愚妹's専用回線を通じて怜悧に突っ込む。この回線のおかげで、電波扱いされる機会はめっきり減ったけど、あれ以来怜悧が『忘れる』という単語に過剰かつ過敏に反応するようになってしまった。
…悪いことしたなぁ…買い物、今度の日曜日だっけ。お詫びついでに、パフェでも食わしてやろう。
「…本当に、私を騙したわけじゃないのね?」
あ、疑心暗鬼になってる。
まずいな…ここで信用を失えば、こいつはパーティーから離脱してしまうかもしれない。
ここから先の春風は、さっきの《拒絶》との戦闘を見る限り、今までのワールドマップのようなゆるい感じじゃないだろう。攻撃してくるようになった春風達を、俺1人では到底さばけない。
ここでこいつの信用を失うのは望ましくない。
誠心誠意を込めて、電波扱いされない程度に俺の現状を説明しよう。
ひぐらしのなく前に、疑心暗鬼を解いておこう。
「助けに来たってのは、本当だ。ただ、あいつが囚われてる( ということにしておこう。この辺は説明が難しい )場所がここかと聞かれたら、自信を持って答えることはできない」
「…じゃあ何でここに来たの?」
まだジト目。
なんとなく、預かった子どもの警戒心を飴で解きほぐそうとしている人の気分。
「ほとんど成り行きだけど、決め手はお前の話かな。『なかったことにされてる洞窟』ってところで、もしかしたらって思ったんだよ」
さて、預かった子どもの様子は…?
「…なぜかバカにされてる気がするんだけど…」
侮れねーな子どもの勘。
「おいおい、人が誠心誠意を込めた説明をつかまえてバカにしてるはないだろう」
「…うん、そうなんだけど…そうだよね、ごめんなさい」
謝った!
突っ込まれるのを待っ…予想してただけに意外だ。
こんな素直でいい子に嘘をついてしまった…。
ちょっと罪悪感。
「それじゃ、その女の子を探しに行こっか。きっとその子も、助けが来るのを待ってるよ」
「えーと…でも、いいのか?この洞窟全部を探しても見つからないかもしれないんだぞ?」
巻き込んだ俺が言うことじゃないけど。
「まぁ、タイトルに『最初のダンジョン』ってついてるし、その辺は覚悟してるつもりよ」
「お前どういう立ち位置のキャラなんだよ!!」
何でこのゲームに対するメタ視点がないのに、読者的なメタ視点が語れるんだ!
「男の子が細かいこと気にしないの!ほらほら急ぐわよー!」
「…なんでいきなり協力的になったんだ?」
囚われの女の子を助けなければという義務感とかだろうか。まぁ、困ってる人がいたら助けたいと思うのは当たり前か。あんまり思わせ振りな伏線を張っといて、実は何でもありませんでしたじゃ格好つかねーしな。変に突っ掛かるのは止めとこう。
益体のない思考を打ち切り、謎多き電波女を追いかけようとしたけど失敗した。
マップ移動の主導権は、ぐみにあるんだった。
◇
いくら喜劇と前置きしておいたとはいえ、これではあまりにも喜劇過ぎやしないか?読者もいい加減飽きて、魔法科高校の劣等生とか読んでいるんじゃないだろうか。
まぁ、それなら幸いだ。
ここから先の俺は、ただひたすらに情けないから。
そんな自分を語るのは忸怩たる思いがあったので、喜劇と銘打って照れ隠しをしてみたりした俺だから、正直ホッとしている。
情けない自分に失望されるより、いつまでも続きそうなマンネリ気味のゆるふわギャグに飽きてもらったほうが、当人としては気が楽だ。
こんな弱音を吐く時点でかなり情けない気がして、自分の小ささが嫌になるけれど、まぁいいか。
きっともう、誰も見ていないだろうから。
読者からの支持率も、0%だろうから。
だからこのままなぁなぁで終わらせても問題ないとは思うけれど、けじめは必要だ。
語った者の責任として、最後まで語ろう。
先伸ばしにして誤魔化すのも、もう限界だから。
観念して、開き直って、自分の醜態を晒そう。
もし、いまだ俺の語りに耳を傾けてくれている奇特な人がいるのなら、前置きを1つ追加しておこう。
ここから先は、ただの愚痴だ。
主人公になれなかった道化のやっかみだ。
上条 当麻のような心を打つ名言なんか言わないし、吉井 明久のような諦めずに戦う姿なんかどこにもない。
他の読者にならって、気になっている他の小説をチェックすることをおすすめする。
春風じゃないんだ。
人の愚痴なんて、聞いても楽しくないだろう?
◇
「ねぇ、もしかしてあれじゃない?」
未だに名前を知らない少女が何かを見つけ、それに続いて俺も、少女が見つけたそれを認識する。
それは牢屋のようなものだった。ていうか牢屋だ。
洞窟の一角に鉄格子がはめてあって、中に人が…みすぼらしい格好をした春風が閉じ込められているから、牢屋と称するべきだろう。あるいは地下牢か?
何でも同じだ。
俺は、春風を助けに来たんだから。
「最初のダンジョンって表記は、フェイントだったんだねぇ…」
「こっからは面白い話は抜きだぜ。シリアスパートに入るために、わざわざ自虐的な地の文を挿入したんだからな」
「あぁー、あの根暗な感じの独白はそういうことだったんだ」
「何でお前が俺の独白を知ってるんだよ!!本当にどういうポジションにいるんだお前!」
面白い話は抜きだって今言っただろうが!
ギャグパートで飽きてもらったほうが気が楽だとは言ったけれど、別に見放されたいわけじゃないんだよ!前言撤回なんかさせんな!
「だって、しんみりした感じって好きじゃないんだもん。お葬式とかだって、みんなでしんみりするより、みんなで盆踊りとかしたほうが、送られる人も楽しくない?」
「それ普通に不謹慎なだけじゃねーか…?」
あれだけ中2臭い前置きをしておいて恥ずかしい限りだが、そんな感じで楽しくお喋りをしながら、牢屋に近づいて行く。
自分がこれからやろうとしていることの、意味も知らずに。
「よー春か…」
「きゃぁぁぁぁあああ!?」
檻の中の春風は俺を見るなり悲鳴を上げて、牢屋の奥に逃げてしまった。
まぁ、奥なんて形容詞が使えるほど広くないから、牢屋の隅に逃げたと言ったほうが正しいのかもしれないけれど。今はそういうの、どうでもいいや。
女子が自分の姿を見るなり悲鳴をあげるって、ここまでキツいんだ…。
《拒絶》の攻撃より効いた。
『えっと…ごめんね、にーちゃん』
『えっと…元気を出してくださいマスター』
「えっと…まぁ、その格好じゃあ仕方ないわよ」
3人がそれぞれ慰めてくれた…いや、最後のは微妙だったけど。
そうだった…名前を知らない少女とあまりにも普通にお喋りしていたから忘れていたけど、俺は今不審者の格好をしているんだった…。
いつまでもへこんでいても仕方がないので、マスクとサングラスを外して素顔を晒す。今までそれをしなかったのは、どうも装備品は自分の意思では付け替えられないものらしく、まるで体の一部になっているみたいに外せなかったからなのだが…どうして今は外せたんだろう。
『牢屋の前についたあたりからイベントが始まっているからですね。発生したイベント内での言動は、基本的に主人公であるマスターの自由です』
『解説してくれてありがとう。ただ何でお前らは当たり前のように人の地の文を読んでんだ!』
あるいは、あいつらが俺の心を読んでいるのではなく、俺の心があいつらから見たら見え透いているのか?
そんなにわかりやすいのかな俺って…。
閑話休題。
「ほら、俺だよ春風。お前を助けにきた」
「え…?緑野くん?」
俺の素顔を目の当たりにして、恐怖に染まっていた表情が困惑のそれに塗り替わる。
まぁ、普通ならあり得ない来客だもんな。
「え?あれ?どうして?何で、緑野くんがこんなところに?」
「お前が妖怪変化に遭ったから、助けに来たんだろうが」
「私が…?」
「何だよ、覚えてねーのか?」
人は意識を失う直前の記憶を失うことがあるっていうのは聞き覚えがあるけれど。
妖怪変化の際も起こりうるのか?
「あ…そうじゃなくて。私は、緑野くんが助けに来てくれた春風 薫じゃないの」
「へ?春風じゃない?」
何言ってんだ?外見こそみすぼらしいが、その笑顔には見覚えが…。
そこで、はたと気付く。
目の前の春風は、俺のそんな様子にくすくすと笑ってから、ちょっとだけ得意げに種明かしを始める。
「ここに来るまでに、私以外にもたくさんの春風 薫に出会ったでしょう?私も、あの子たちと同じ。緑野くんが春風と呼ぶ女の子の、感情の1つだよ」
…完璧に騙された。
いや、目の前の春風からすれば、俺が勝手に勘違いをしたというだけのことだろうし、それが真実だと思うけど。
それにしたって…。
「じゃあ何で閉じ込められてんだよ、紛らわしいな。こんなところに入っていたら、誰だって間違え…」
そこまで言って、やっと気付いた。
違和感。
目の前の牢屋の、異質さに。
「何でって…それは、あの子が私という感情の存在を許してくれないからよ」
「……………」
質問に対する感情の答えは曖昧で、だから俺は彼女に再び問うべきだったのだろうけど。
俺はそれをしなかった。
俺の目が、俺の意識が、牢屋の床に敷き詰められたそれに、奪われていたから。
「…正直未だに世界観がよくわからないけれど。とりあえず、存在が許されてないって、どういうこと?」
いつまでも質問をしない俺に痺れを切らしたのか、名前のわからない少女が、牢屋の中の感情に問いかける。
しかし返ってきたのは、またも要領を得ない回答だった。
少なくとも、俺が名前を知らない少女にとっては。
「その説明を分かりやすくするために名乗るなら、私の名前は《幸》。春風 薫の、自分の幸せを求める感情」
―――ああ。
それで納得がいった。
こいつがあの町で『なかったこと』にされた理由も、あの日の春風の言動も、牢屋の床をそれが埋め尽くしている理由も。
「あの子は昔、誰かに酷いことをしたんだって。だから私はいちゃいけないんだって、だから私は幸せになっちゃだめなんだって…。そう、言っていたよ」
あの日。
下駄箱のところで見た、虚ろな春風は、誰かに酷いことをした自分を思い出していたんだろう。
牢屋の中に何かへの手紙が敷き詰めてあるのは、きっと《幸》が投獄されているのと同じ理由だ。親切の権化みたいな春風からすれば、誰かに酷いことをしたという記憶は耐え難い苦痛だろう。
なんだよ。
あの日下駄箱に入っていた手紙は、やっぱりいじめなんじゃないか!
「ふざけないで!何をしたか知らないけど、幸せになっちゃいけない命なんかない、そんなの認めない!待ってなさい、こんな檻なんかすぐにぶち破って…!」
「だめ!そんなことをしたら、あの子はあなたたちに依存しちゃうよ!」
「はぁ?私たちに依存?それの何がいけない?」
俺が名前を知らない少女は、かなり憤っているらしく、その危険性に気が付いていない。あるいは、《幸》の言葉の意味をわかった上で、そのリスクを『大したことじゃない』としているのか。
「…あなたたちが私を肯定すれば、それはあの子にとって、あなたたちは自分が幸せになっていいという唯一の証明になる。あなたたちの存在を、心の拠り所…どころか、自分の心の一部のように見るかもしれない。そうなったら、あなたたちは一生、あの子に付きまとわれちゃうんだよ?」
《幸》はそう言って、困ったように微笑む。
俺が名前を知らない少女が《幸》の話を聞いて口をつぐんだのは、春風に一生付きまとわれることが嫌だからではないだろう。
少女が躊躇したのは、おそらく《幸》が意図的に伏せたであろうもう1つのデメリットに気付いたからだ。
春風が俺たちに依存し、俺たちを自分が幸せになっていい根拠とすれば、それは俺たちのどちらかが欠けただけで、春風は自分の幸せを否定してしまうということだ。
再び《幸》を、この牢屋に閉じ込めてしまうということだ。
俺が名前を知らない少女はこのゲームのキャラであり、実在の人物、団体とは一切関係ない。
だからつまり、俺がこのゲームをクリアした瞬間に、俺たちが《幸》を助けた意味がなくなってしまうのだ。
「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だよ」
そう言って《幸》は、たぶん俺たちを安心させるために、しかし結果として、俺たちの心を抉るような優しい笑顔を…春の日差しのような微笑みを、俺たちに向ける。
「これは、私たちが悩めばいい問題だから」