最初の町《ペルソナタウン》→異常の中の異変
『いやぁーでも面白いよねぇー…この町の人って、1人残らず春風さんなんだよ!』
「仮面の町…か」
『春風さんの表層…私たちもよく知る、普段の春風さんの部分ですね』
『無視しないでよー!泣いちゃうよー!?』
「ネーミングがあざといっつーか、露骨だよな。」
『そうですね』
『あたし的には、2人の無視のほうが露骨だよぅ…』
町に入り、教会に行って懺悔をした後、春風だらけの町でなぜかテンションがうなぎ登りのぐみをなだめた後、宿屋で一息ついたところで、俺と怜悧はそんなことを話した。
俺たちと話していた春風は、どこまでが建前だったのだろう…。そんなことを勝手に考え、勝手にテンションを下げているところだった。
『まーそんなこと考えても仕方ないよ!それより、装備を整えに行くよ!ここから先の敵も攻撃してこないとも限らないし!』
「それもそうだが…」
このまま戦い続けていたら、いつか本当に人間味を失いそうで怖い。
さっきはギャグで流されたけど、無抵抗の敵…敵でさえない相手を一方的に傷付けるのは、かなり気分が悪い。
だからだろう、心が少しずつ鈍くなっている。
何かを感じることを―――放棄しつつある。
『…あたしのせい?』
画面越しに、不安そうな瞳を向けてくるぐみ。心配してくれているのか、一応は自分が悪いと思っているのか。なんて、言うまでもなく両方だろう。
「いや…お前は、まぁそんなに悪くない。俺が、お前の選んだコマンドに従わなければよかったんだから」
あのコマンドは、選んだ行動が最適化されるというだけで、選んだコマンド以外の行動ができなくなるわけじゃない。
戦闘中は、基本的には自由なのだ。
『だったら何で攻撃したの?』
『あの戦闘においてマスターの行動が、最適化された《たたかう》コマンドでも後攻だったことを覚えていますか?』
『えーと…そうだったかも』
『つまり、素早さにおいて絶対的にこちらが遅れをとっているのです、素早さだけに。最適化されたコマンドでそれなのに、選ばれていない《にげる》コマンドの行動をしても…』
逃げられない。
戦闘は終わらない。
「だから弱らせたら逃げてくれるかもって思ったんだが、そうすると今度は俺があいつらより圧倒的に強い。相対的に、あいつらが弱いとも言えるが…」
『その両方でしょうね。彼女らは、戦闘を前提としていなかったようですし…』
『…そうだったんだ…わかったよ』
「?わかったって何が…」
『次の戦闘からは…《まほう》コマンドを選ぶことにする!』
「本当に何が『わかった』んだ!?」
『だって《たたかう》だとにーちゃんが強すぎるんだよね?だったら他のコマンドを選べばにーちゃんは弱体化して、あの子たちが生き残れるかもしれない』
「戦わずに逃げるという選択肢はないんだな…」
意地でも戦うつもりか。
『それでもし相手が逃げなかったら《たたかう》でいいよねっ!』
「戦わずに逃げろ!!俺がどうなってもいいのか!!」
人類史上なかなか類を見ない、自分を人質に要求を通すというチャレンジをするRPGの主人公だった。
いや俺なんだけど。
さすがにこれは冗談だが( 他人事みたいに『お好きなように』と言われて終わりだろう )、彼女らと戦いたくないのは本気の本音だ。ここはゼリー辺りをエサに『にーちゃんが人質じゃ仕方ないね…』「要求が通っただと!?」する必要はなかったらしい。
うちの妹は春風の次くらいに優しい心の持ち主だった。怪異だから簡易タイプの心だけど。
俺を気遣える心があるなら何であの時たたかうのコマンドを選んだんだ…。
しばらくネチネチと恨むからな。
『まぁでも、装備は整えておこうよ。さっきも言ったけど、会う敵みんながあの子たちみたいに大人しいわけじゃないだろうし』
「確かにそうだな」
いくら何でもボスまであんなんじゃダメだろう。
ゲーム的っつーか、人間的に。
優しさ以外の感情が無いようでは、それはもう感情自体が無いのと大差ない。
『さすがに言い過ぎだと思いますが、概ねその通りだと私も思います』
『話はまとまったね!それじゃまず武器屋に行こっか!』
「戦う気満々か!」
効果音が《がつんっ!》から《ざくっ!》に変わることになるみたいだ。
『もちろん防具も買うよー!レベル上げのときにいっぱいお金もたまったし!』
「……………」
俺はこれからどうやら、再び自分の良心と戦わねばならぬらしい。
◇
『いやー買った買った!バリバリ買った!アクセサリまで買っちゃったよー!』
「代わりに俺の良識がごりごりすり減ったけどなぁ!」
諸君らに伝わっているだろうか…抵抗も対抗も出来ずに、無垢だったあいつらを一方的にぶちのめしてぶんどった金で買い物をすることの罪悪感が。
かつあげどころか傷害強盗だ。
『装備品からしてそんな感じですしね…。姉さん、何でこの装備を選んだんですか?』
『え?かっこよくない?』
「………………」
武器→釘バット
頭防具→ニット帽
足防具→スニーカー
アクセサリ1→グラサン
アクセサリ2→マスク
……………。
「ただの不審者キットじゃねーかァァァ!!」
『コーディネートに悪意を感じますね…。姉さん、分かっててやってません?』
『はてさてナンノコトヤラ?』
「……………」
ぜってーわざとだ。
何か日頃の恨み的なオーラを感じるけど、心当たりがない。
『あとは道具屋に行って終わりだね』
「嫌だ」
『もー!まだごーとーしょーがいがどーとか言ってるの!?これはただのRPGなんだよ!』
「無論あいつらからぶんどったお金を使うのも嫌だけど、何よりアイテムを買うのが嫌なんだよ」
『しかし、マスターは現在回復系の魔法を習得していません。舞台が敵との連戦が前提のRPGである以上、回復アイテムはそれなりに所持しておくべきかと』
「その回復アイテムが嫌なんだろうが!」
皆さんは覚えているだろうか…。昆布大好きと最初に戦ったとき、彼女らがアイテムを落としていた( 正しく言えば『ぶんどった』なのだろうけれど )ことを。
後で確認してみたら、それは回復アイテムだったのだ。
名称は乾燥昆布。
…だから何で春風は何にでも昆布を持ち出すんだよ。こっちはもう見たくもねーんだよ。
昆布弁当のせいで、あれ以来若干トラウマなんだよね。
『そんなぜーたく、言ってられないでしょう!?にーちゃんはゲームオーバーと昆布祭り、どっちが嫌なの!?』
「そりゃゲームオーバーだけど…って待て!!祭りって何だ!?場合によっては俺はゲームオーバーの方を選ぶぞ!」
『んじゃ!話もまとまったところで、ひぁーうぃごー!』
「くっ…足が勝手に…!だから祭りって何だァァァ!!」
俺の叫びを無視するように、マップ移動の主導権を握るぐみは道具屋に向けてアナログパッドを傾ける。
ホント、それぞれの主導権が逆だったら良かったのに。
◇
『商人タイプの春風さんって、何だかハキハキしてるっていうかサバサバしてるっていうか…イメージがだいぶ違うよねぇ』
「マジかよ…店頭に昆布弁当とか並んでやがったぞ…!?てことはつまり、先に進めば進むほどにあの悪夢は再現されていくのか!?」
『…姉さん、貴女があんなに昆…回復アイテムを買い込んだせいで、マスターのトラウマがフラッシュバックしているみたいなのですが』
『さって!準備もできたし、次は次の目的地をこの町で調べるんだろうけど…』
『無視ですか。さっきのコーディネートのことといい、姉さんは本当にマスターが好きなのですか?』
「いや待て…回復アイテムってことは、終盤はダメージを受ける度にあの昆布弁当を…!?だとしたらこれはもう悪夢どころの騒ぎじゃねぇ…!世界を滅ぼす災厄、カタストロフだァァァ!!」
『にーちゃん、あんまうるさいと今すぐ昆布使うよ?』
「…………………………………………………………………………………………」
『姉さん、実はマスターのこと嫌いなんじゃ…』
『…怜悧もそのうち分かるよ…。何を言ってもごっこ遊びとして処理される無念がどれほどの…』
『…こういうときは何と言って慰めればいいのでしょう…。私が同じ人のことをお慕いしている以上、この問題は他人事ではありません…』
「………ん?どうした2人とも。何かあったのか?」
トラウマスイッチから生還したら、妹2人がお通夜みたいな空気に沈んでいた。俺が昆布に怯えている間に何があったんだ。
『『別に』』
「……………」
すげぇ目で睨まれた。
まるで、事の張本人が無自覚なことを責めるかのような目付きである( 怜悧の目は無論わからないが、そんな感じの雰囲気が辺りに立ち込めている )。
俺に心当たりは無いので、もちろん比喩だが。
「それで、買い物の次はどうするんだ?俺は正直、この町に長居したくないんだが…」
『この世界はゲームと同じようにプログラムしてあります。なのでこの町のどこかに、ストーリーを進行させるイベントがあるはずですので…』
『つまり、片っぱしから話しかけたらいいんだね!』
「嫌だ」
『もー、にーちゃんは嫌って言ってばかりじゃない!好き嫌いする子は、大きくなれませんよ!』
『何ですかその母親キャラ』
「だってお前、町人全員春風だぞ!?軒先で日向ぼっこしてるじいちゃんも道で遊ぶ子供たちも!老若男女1人残らず春風なんだぞ!さすがに気持ち悪いんだよ!」
春風の顔立ちは悪くない。むしろ整った顔立ちをしている。黒兎が言っていたようなアブノーマルではない、普通のファンのほうが多いのだ( だからこそ俺は、あの日下駄箱に入っていたラブレターにあんな歪んだ願望が込められていたことが分からなかった…というか知らなかったのだ )。
しかし同じ顔が町単位で群がっていれば、どんなに良い顔立ちであろうと気味が悪い。
服装ぐらいしか違いがねーもん。性別を分けるのも体つきの違いではなく、ズボンかスカートかの違いなんだぜ?
春風がってわけじゃなく、この町がキモい。
『そうは言っても、見分けがつかないからこそ、手当たり次第くらいしか手段がありません。早くこの町から出るためにも、どうか…』
「くっ…仕方がない、か…」
でもなぁ…不気味なんだよなぁ…。
ゲームの世界って設定だからか、みんな動きが機械的だし。
…考えちゃいけないのは分かってるし実行に移すつもりもないけど、道行く春風のスカートを捲ったりとかって『やったらにーちゃんのことは発情期って呼ぶ』『そういうことは私たちでやってください』「地の文を読むな!冗談だよ仕方ないだろ男ならみんな考えるんだってやらねーよ!」出来たとしてもやったら社会的に殺されるみたいなので忘れよう、そうしよう。
「…気を取り直して、手始めに村長の家みたいのを探すか。町だから町長とか王様か?」
『逃げられましたか、まぁいいでしょう、取り直してあげます。私も、マスターの仰る辺りが妥当かと思います』
『…次からは許さないからね。じゃあまず、それっぽい建物を探そっか』
そう言ってぐみがアナログパッドを傾けたとき。
「…待てぐみ。予定変更だ、何も探さなくていい」
『何で?…まさか』
「あぁ…間違いねぇ」
『ストーリーの進行とか丸投げにしてセクハラの限りを尽くすつもり!?』
『そうなのですかマスター!?』
「違ェェェよ!おかしなモンを見つけたんだよ!」
お前らは自分たちの兄貴を何だと思ってるんだ!
普通にへこむだろうが!
『おかしなもの、ですか?』
「ん、あぁ…。春風以外の誰かだ」
そいつは。
春風の2倍はあるロングの髪をなびかせ、そこにたたずんでいた。