ワールドマップ《ウィンフィール》
あまりの眩さに両目を覆う。
光の世界に生きているはずの人間が輝きに目を閉ざすのなら、闇の世界に生きる怪異にも目をこらす暗闇があるのかな、なんて益体のないことを考えていたら、視界を包む光が弱まってきたのでそれに合わせて少しずつ目をあける。
そこには、どこまでも続くだだっ広い野原があった。
「…なんだこりゃあ…。ここが春風の心の中なのか?」
『いえ、厳密には少し違います』
俺の疑問に、大気が震えて答える。
それは怜悧の声だったけれど、当の本人がどこにも見当たらない。
「怜悧か?どこにいるんだ?それにここが春風の心じゃないって…じゃあここはどこだ?」
ここは春風の心じゃない…でも。
あの妖怪変化は、間違いなく春風だった。あんな状態になってまで俺の「助けてくれ」発言を真に受けて、力になろうとする馬鹿なんて―――春風しかいない。
自分を省みないというか何というか…自分の命さえ、平気で他人のために使ってしまうやつなんだ。
この分だと、あるいは自分のことを殺そうとしたやつの弁護をしたという噂も嘘じゃないのかもしれない。
『はい、ここは春風さんとマスターの命を基盤に春風さんの心で創り上げた私の能力空間です』
「人の命をなんだと思っているんだ!!」
俺の命を勝手に使うなや!いや春風のもだけど!
あいつのこと言えない…俺が他人のために命を使うやつになってしまった。
『私の能力は本来、対象を私の中に捕らえるだけの能力です。鏡の怪異に多い能力ですね。そしてこの能力は、応用すればこの通り、人を心の中に侵入させることが出来ます』
そんな怜悧の説明に続くように、空間に淡く輝く文字が浮かび上がる。
◇脱出条件 ラスボスの撃破
◇死亡条件 敵に殺される
「死亡条件って何だァァァ!!え!?敵って何!?しかも殺しにくるの!?おまけにラスボスってお前、これじゃあただのRPGじゃねーか!」
『はい、これはマスターを主人公としたRPGです』
まさかの正解だった!
「いや待てェェェ!!俺は喧嘩さえしたことがねーんだぞ!それがいきなりRPGでファンタジーな冒険できるワケねーだろ!サファリパークにハムスターを放り出したようなもんだよ!」
『大丈夫です。戦闘時は私のプログラムを使用すればマスターの動きを最適化しますので、通常の3倍のステータスで行動できます』
…ロボットアニメの金字塔で有名ななワードだけど、どこで覚えたんだ?
俺は教えてねーぞ。
「ちなみに、そのプログラムってどうやって使うんだ?」
『…それは…』
『はいはーい!あたしあたし!あたしがコマンド入力すると発動するってゆってたよー!』
空の一部を切り取ったような窓から、ぐみが笑顔を覗かせながら、そんな風にはしゃいでいた。
「デッドエンド確定じゃねーか!!ご愛読ありがとうございましたー!」
『何であたしがプレイヤーだとデッドエンドなの!?大丈夫だよ、俺たちの冒険はこれからだー!だよ!』
「それただの打ち切りィィィ!!おい怜悧大丈夫なのかこれ!?俺生きて帰れんのか!?」
『正直私も不安なのですが、私はゲーム機本体ですのでプレイヤーにはなれません。他に誰もいないので、申し訳ありませんが我慢してください』
『うぅ…にーちゃんと妹がいじめるよぅ…』
俺の後ろの大きな窓( おそらく怜悧改めPSPの画面なのだろう )から見えるぐみがいじけた。
それは置いといて、何故かさっきから体が微動だにしないんだけど…これどーいうこと?
『…申し訳ありません。マスターは今、いわばフリーズした状態なのです。心の中に別の心が侵入してくることは受け入れ難いものらしく、今現在もすごい力で拒絶されています。例えて言うなら、ここは台風の暴風域のようなもので、この空間に存在し続けること自体が難しいんです』
「……………」
よく分からんけど、めっちゃ嫌われているらしいということは分かった。
人の心に不法侵入しているのだから当たり前なのだけれど、軽くショックだ…。
『なのでマスターの命は基盤に使用し、心は私…つまりゲーム機本体のプログラムと癒着させることでマスターの存在をこの世界に縛り、外部入力でなら動けるように設定しました』
「なるほどねぇ…」
うまい例えは見つからないけど、話を聞く限りかなり無理矢理侵入しているらしい。
「話をまとめると、この世界はつまりお前がロードしたゲームで、俺が主人公、ぐみがプレイヤー。メインの素材は春風の心だから、俺たちがゲームをクリアすれば春風は元に戻る…そういうことだな?」
『その通りです』
ふむ。そしてプレイヤーの協力無しにはクリアできないと。もどかしいな…RPGの主人公はこんな気分なのだろうか。
となると、今やるべきことはぐみの機嫌をとってゲームをやってもらうことか。
さてどうするかと考え始めた頃。
→てきがあらわれた!
「はァァァ!?何でェェェ!?まだ一歩も動いてねーぞ!?」
『まぁ、便宜上ゲームに例えましたが、ここは春風さんの心の中ですからね。体内に雑菌が侵入すれば、白血球が群がるのは当然です』
「俺は雑菌ですかそうですか!!」
この妹は兄が嫌いなのだろうか。
泣き出したい衝動を抑え、ぐみに協力を要請する。
「ぐみィィィ!!にーちゃんが大ピンチだ!助けてくれェェェ!!」
情けないとか気にならない、こっちは切実に命が危ないんだ!いや正確には心が危ないか?どっちも変わらん分からないなら一度誰かに襲われてみろ!
『…もう、いじめない?』
若干幼児退行した様子のぐみが、涙目で聞いてくる。
俺としては襲われる恐怖でいっぱいいっぱいなので、ぐみの発言をよく聞きもしないで全肯定する!
「あぁいじめない!だから助けてくれ!」
『…ぐみのこと、あいしてる?』
「あぁあいしてる!だから助けてくれ!」
『…全部終わったら、ちゅーしてくれる?』
「あぁちゅーしてやる!だから助け…」
…あれ?何か今、俺結構アウトなこと言っちゃったような?
『わーい!えへへっ、約束だよ!』
切羽詰まっていたから自分が何を言ったか覚えてないが、どうやらぐみの機嫌はなおったようだ。代わりに倫理観を失った気がするが、たぶん気のせいだろう。
『…マスター、私にはして頂けないのですか?』
「へ?何を?」
『とぼけないでください。私だって春風さん救出に貢献しているのに、姉さんにだけご褒美があるなんてずるいです。対等の報酬を要求します』
「報酬って…」
まぁ覚えてないとはいえ、ぐみには何かご褒美を約束してしまったらしいし、あの春風さえ自分の親切に見返りを求めるんだ。
報酬の要求は正当な権利か。
「いいよ、わかった。対等って言ってたけど、ぐみと同じ内容でいいか?」
約束の中身を覚えてないから、何が対等か分からないし。
『いえむしろそれでお願いします。絶対ですよ約束ですよ』
「わかったって」
どんだけ念を押すんだよ。反故にされる恐れのある願いってわけでもなかろうに。
とにかく、何故か法律を敵に回した気がするけどぐみが復帰した。これで戦える!
「……………」
→昆布大好きAがあらわれた!
→昆布大好きBがあらわれた!
『わー、かーいいねー。デフォルメ春風さんが美味しそうに昆布食べてるー!』
「戦えるかァァァ!!」
無理無理無理!俺にはあんな幸せそうな顔で昆布を楽しむデフォルメ春風を俺は攻撃できない!
『ふっふっふっ、何も知らずに呑気なものよのぅ…。あたしのにーちゃんの力、とくと見よー!』
「見せなくていいよ!怜悧、お前からも何か言ってやってくれ!」
『マスターは姉さんだけのものじゃありません』
「そこじゃね…」
→たたかう
まほう
どうぐ
にげる
「ってまさかのコマンドバトル!?」
『? だって、コマンド入力しないとプログラム発動しないし』
『姉さんのレベルに合わせて、私が簡略化したんです』
『…にいちゃーん、怜悧がいじめるよぅ…』
「そんなことより、まさかこれ選ばれたコマンドの行動以外出来ないとか、そーいうタイプか!?」
ぐみはけっこう好戦的な性格なので、もしそうなら俺はあいつらと戦わされるはめになる…!
『いえ、最適化されないというだけで、他の行動をとることも可能ですよ』
と、怜悧が言い終わった瞬間、俺はダッシュで戦線離脱を図る!
強いとか弱いとかじゃない、あれを攻撃できるやつは人間じゃない!
→てきにまわりこまれた!
「って思いの他速えぇ!」
こうなったら、ぐみに頼み込んで『にげる』コマンドを選んでもらうしかない!
『………ヤダ』
くっ、まぁいいそこは予想の範囲内だ!
ここからはお菓子を餌に交渉を進めて…
『…そんなことってゆった』
「……………は?」
『あたしがさっき怜悧にいじめられたとき、にーちゃん『そんなことより』ってゆった!ぐみのこといじめないって言ってたのに、『そんなことより』ってゆった!』
めんどくせェェェェェェ!
そういやエンカウントしたときにそんなこと言ったけど…『そんなことより』もいじめたうちに入るのか!?
『……………』
窓から見えるのは、涙目で俺をニラむぐみの顔。
どうやら、いじめたうちに入るらしい。
「分かったよ、悪かった。お詫びに何か一つ、言うこと聞いてやるよ」
『…ホント?』
「あぁ、ホントホント」
俺がそう言うと、ぐみは涙を拭ってニッコリと笑う。
よし…ひとまず機嫌は直ったみたいだ。これでちゃんと交渉ができる!
→たたかう {ピッ
まほう
どうぐ
にげる
『…えへへ。じゃあね、ぐみの選んだコマンドに絶対服従で!』
「ぎゃぁぁぁああ!!」
やられたァァァ!
あいつまさかこれを狙っていたというのか!?
→昆布大好きAは美味しそうに昆布を食べている!
→昆布大好きBは幸せそうに昆布を楽しんでいる!
「嘘だろ…俺これからあんな無垢なやつを攻撃するの!?マジで!?」
『いけーっにーちゃーん!』
→りんりのこうげき!
―――がつっ!
「生々しい!殴った感触がすごく生々しい!」
→昆布大好きBに43のダメージ!
→昆布大好きBをたおした!
「昆布大好きBィィィ!!」
罪悪感で死ねそうだ!
→昆布大好きAはげんじつにおいつけないでいる!
「反応がリアルなんだけど!これ端から見たら俺雛見沢症候群の発症者じゃねーか!」
『ひぁーうぃごー!』
→たたかう {ピッ
まほう
どうぐ
にげる
「あれを見た上でのたたかうコマンド!?お前は鬼か!!」
『違うよー!あたしは、九十九神だよっ!』
「嘘だッッッッ!!!!」
『またひぐらしですかマスター』
→昆布大好きAは昆布大好きBのからだをゆすった!
→へんじがない…ただのしかばねのようだ。
「やめろォォォ!!そんなリアルな反応をするなァァァ!!殺人鬼になったような錯覚を覚えるだろうが!!」
→りんりのこうげき!
―――がつんっ!
→クリティカルヒット!
昆布大好きAに57のダメージ!
→昆布大好きAをたおした!
「昆布大好きAェェェ!!」
『やった勝ったー!』
「あれに勝って嬉しいかチクショー!」
昆布大好き( ちなみに敵の名前だ )たちを殴った感触が生々しく両手にまとわりつく。
ゲームをクリアするまで、人間でいられる自信がなくなってきた…。
「怜悧…あれは本当に俺に追い出しにきた白血球なのか…?」
『そうは言っても春風さんの感情ですからね、彼女たちは。戦闘の概念自体がないのかもしれません』
「ちょっと待てェェェ!!え!?あれ春風の感情!?」
じゃあ俺は、春風の昆布が大好きという感情を殺したということか…!?
シャレにならねーぞそれ!
『大丈夫です。感情はそんなに簡単には死にません。心のない私たち怪異にさえあるものですし、眠ることはあっても死ぬことはないです』
「お前が言うと信憑性が薄れるな…」
いつも無表情だし。
けどまぁ、妹の言うことを疑う兄ではない。怜悧の話を信じよう。
…べ、別にあの2人は眠っているだけだと信じたいわけじゃないからな!
『おー!やったー!アイテムだー!経験値少なかったけど、アイテムくれたから許す!』
「許す許さないはお前が決めることじゃねーだろ」
どちらかといえば被害者が加害者に対して言うセリフだ。
「じゃあ、先を急ごうぜ。あんなのと戦ってたら心がいくつあっても足らねーよ」
『ふぅ…我が兄ながら情けないにーちゃんだぜ』
「いっぺん無実の人間を虐殺してから言いやがれ」
『本当は一度でもやってはいけませんけれどね』
「お前が俺を放り込んだんでしょうが!」
春風を戻すためには仕方がなかったとはいえ、やっぱり不満は拭えない。だって、あいつらに罪はなかったじゃないか!
『あ!』
「あ?」
→てきがあらわれた!
「出たァァァァァァ!!」
『ぃよぉっし!かかってこーい!』
「逃げろお前らァァァ!!殺されるぞー!!」
→お人好しAがあらわれた!
→お人好しBがあらわれた!
「これ普通に春風じゃねーか!服装がファンタジー仕様なこと以外何の違和感もなく春風だよ!」
『う…確かにこれを攻撃するのは気が引けるねぇ…』
「そうだろ!?悪いことは言わねぇ、今すぐ逃げよう!」
よかった…!ぐみにも知り合いへの攻撃を躊躇う程度の良識が残っていたことも含めて!
→たたかう {ピッ
まほう
どうぐ
にげる
『悲しいけど…これ、戦争なのよね』
「こんな場面でお前が言うなァァァ!!」
さっきまでの俺の感動を返せ!
→お人好しAはニコニコと笑っている!
→お人好しBは興味津々のようだ!
→りんりのこうげき!
―――がつっ!
→お人好しAに45のダメージ!
→お人好しAをたおした!
「お人好しAェェェ!!」
→お人好しBのひょうじょうがきょうふにそまる!
ちきしょう…またなのか!?また俺は同じ過ちを繰り返すのかよ!運命の袋小路からは逃れられないっていうのか!?
『マスター、ひぐらしネタ使いすぎじゃないですか?』
うるさいだまれ何でひぐらし知ってんだよ。
『マスターが私を机の上に放置して熟読していたマンガですから』
「……………」
『姉さんがいないときとかは、たまに音読もしてましたよね』
「今言わなくてもいいだろ!?」
→たたかう {ピッ
まほう
どうぐ
にげる
『…あたし以外の書物を音読した兄ちゃんが悪いんだよ』
「何で音読が浮気みたいな扱いになってんの!?」
書物( 絵本 )の九十九神だからか!?書物( 絵本 )の九十九神の世界観では音読が浮気なのか!誰が妹と付き合うかボケェェェ!!
→お人好しBはなにかをけついした!
→お人好しBはほほえみ、りょううでをひろげた!
「ん?何だありゃあ…」
『もしやカウンター攻撃では…?マスター、気をつけてください』
「カウンター…。ははっ、そうか、ようやく戦う気になってくれたか…」
『相手に攻撃されて安心しないでください』
「そりゃ安心もするだろ。ファンタジー春風が戦ってくれるおかげで、俺の罪悪感が和らぐんだ」
ただ、なぜだろう…ひぐらしファンの第六感が警報を打ち鳴らしている…。
→りんりのこうげき!
→カウンターはつどう!
「ぃよっしゃキターー!」
『攻撃されて喜ばないでよ…』
→お人好しBはやさしくほほえみセリフをはなった!
「へ…セリフ?」
お人好しBは、俺の攻撃を避けようともせず、両腕を広げたまま優しい微笑みを俺に向けて
『だいじょうぶ。わたしはあなたをいじめないよ』
―――がつっ。
「アレンジ入ってるぅぅぅ!!」
絶望した!
あんなに優しい女子を殴って開口一番が「アレンジ」な自分に絶望した!
てか春風もひぐらし知ってるのかな…元に戻ったら聞いてみよう。
→お人好しBに49のダメージ!
→お人好しBをたおした!
「もう…涙も枯れ果てたぜ」
『にーちゃん、ちょっと見ないうちに影が似合うようになったねー』
テキトーなことを言うな。
誰のせいだと思ってやがる。
『んー、やっぱり経験値が少ないなー…。あと何体倒せばレベル上がるんだろ』
「ちょっと待て!お前まさか俺のレベルなんかのために、無垢で無実な春風を無慈悲にも殺すつもりか!?」
『だって、レベル低いとあとの戦闘がめんどいし…』
RPGってそういうものだと思うんだけど…とか。
「いやっ…低レベルクリアっつーチャレンジもあるだろう!?」
『めんどいからヤダー』
「それ言ったら、あいつらだってたいした経験値くれないんだろ!?だったら先に進んでそこでレベル上げすれば…」
→てきがあらわれた!
「ぐぎゃァァァァァァ!!」
『なんだか、マスターのほうがモンスターっぽくなってきましたね』
「ほっとけチキショー!!」
とか。
そんな感じで一通り修羅の道を歩いた後、俺たちは最初の町に訪れた。
町の名前は、ペルソナタウン。