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別に見ていたんじゃない。たまたま視線がそこに向いただけだ

「…どうしたの緑野くん?何だかお疲れみたいだけど…」

「あぁ…春風か…」

 疲れた人も親切のターゲットなんだな、とか言いながら、机に伏していた顔を持ち上げる。

 春風は「そのセリフだと私が殺し屋みたいだねぇ」と苦笑いしたあと、自分の主張を声に出す。

「だって昨日と比べて、明らかに元気がないんだもの。何かあったのかなーって、心配になるでしょう?普通」

「…どうだろうな」

 たったそれだけのことで、俺はほとんど関わりのない誰かに声はかけない。

 大阪の人ならやりそうなイメージあるけど。人情の街っていうし。

 でも、春風のそれは少し違う気がする。

何ていうか、親切であることを自分に強いてるみたいな―――。

「それで、何かあったの?」

「……………」

 話を戻された。

 何かあったことを白状するまで、彼女は納得してくれないらしい。まぁ、別に隠すようなことでもないしな。

「昨日、九十九神が生まれたんだよ」

「わぁ、そうだったんだー。おめでとう〜」

 言って、にぱっと無邪気に笑う春風。その春の日差しのように暖かな笑顔は、新たな命の誕生を自分のことのように喜んでいる。

「いいな〜九十九神。私もねぇ、お気に入りのお人形さんが喋ってくれたらいいなーって、いっつも思うもん。やっぱりその子も、ぐみちゃんみたいに女の子なの?」

「まぁそうだけど…」

 なぜ女の子一択なんだ。

 男の子の可能性は全否定か。

「いやぁ、私もそんなに詳しくないからね。九十九神が人の姿をとる場合は女の子なのかなーって、勘違いしてただけ」

 要するにさっきのセリフは『新しい九十九神も人型なの?』という意味だったらしい。

 まったく、それならそうと言ってくれればいいのに。『人型』のほうが一文字お得だぜ?

「うん?でも、どうしてそれで、緑野くんが疲れるの?」

「……いやぁ」

 隠すようなことではないとはいえ、ほとんど愚痴だからなぁ……。

 聞いてもおもしろくねーぞ?

「私だっておもしろい話なんか求めてないよ……。私はただ、それが私に背負える荷なら分けてほしいだけ」

 1人で背負うより2人で背負ったほうが、楽だから。

 春風はそう言った。

「…ぐみと新しい九十九神が、名前で揉めたんだ」

「名前で揉めたって?」

「名付け親が誰になるかでひと悶着あったってだけ」


  ◇


「初めましてマスター。私に名前をください」

 彼女が生まれて最初に要求したのは、自分の名前だった。とはいえ、過去にも同じように要求された経験を持つ俺は特に慌てることなく、その要求に応えようと努力する。

「そうだな…お前の名前は…」

「あたしが考えるっ!」

 元気よく右手を挙げるぐみ。

 それを受けて彼女は表情を変えず、しかし不満そうに抗議する。

「…私はマスターにお願いしました。姉さんは休んでてください」

「おぅおぅおぅ、あたしの名前が受け取れねぇってのかい!?」

 酔っぱらいかよお前は…。

「はい、受け取れません」

 容赦ねぇ!!

「…にいちゃーん…」

 お前も妹に泣かされんなよ!!いや気持ちは分かるけどさぁ、もーちょい頑張れないか!?

「…姉さんも九十九神なら分かるでしょう。持ち主から名前をもらうということが、私達九十九神にとってどれほど幸せなことか」

 妹の幸せを、姉さんは邪魔するのですか。

 感情のこもらない声で、彼女はそう言った。

 ていうか幸せって…。

 そこまで言うか。

「そこまで言うよ!あたしたちはねぇ、持ち主に名前を呼んでもらいたいから生まれてくるんだよ!!その名前が他の誰かにつけられるあの絶望を、兄ちゃんは知らないんだよ!!」

「…そうなのか?」

「まぁ、おおむねそんな感じです」

 マジかよ。

 そうだったのか…あの時はネーミングセンスに自信がないからって父さんに任せたけど、かえって悪いことしたかな。

「あたしはにーちゃんからもらえなかったのに、名も無き妹はにーちゃんに名付けてもらえるなんて不公平だよ…!そんなこと、ゼッタイさせないもん!」

「いいでしょう…マスターから名前を頂くためなら、姉の屍も乗り越えてみせます」

「乗り越えんな!」

 名前がどんだけ大事か知らねーけど、家族の屍越えてまでもらうほどの名前なんざ用意できねーぞ!

「食らえ哀しみの必殺、ぐみチョップー!」

「痛っ」

 降り下ろされたぐみの手刀を避けきれず、肩に直撃を食らい、わずかながら顔を歪める新しい妹。

 …マジでやりやがった。まだじゃれあいのレベルだけど、兄妹喧嘩って( 他の家はどうだか知らないが )こういうことから発展して始まるしな…。

「…この威力、ただの手刀ではありませんね」

「ふっふーん、ごめーさつ!あたしは絵本の九十九神だからね、普通のチョップよりちょっと痛いチョップが放てるのだ!名付けて、えーと…《本の背表紙は地味に痛い》!」

 ルビはブックカバーだよ!とか、まな板みたいな胸を張って得意げに痛々「にーちゃん今すごく失礼なこと考えてなかった!?」「地の文に割り込むな!」何でわかったんだ。

 ていうかいくらショボくても妹とのじゃれあいで九十九神の能力を使うなよ…。

 そういうことするから喧嘩に高度成長するんだろうが。

「困りました…。私の能力は戦闘向きじゃないし、そもそも怪異が相手では力を発揮できない…」

 表情はやはりほとんど変わらないが、全身から悔しさを滲ませる新しい妹。…つーかさっさと名前付けてーんだけど。

 毎回『新しい妹』とか呼ぶの、いい加減面倒になってきた。

「しかも生まれたての体じゃ、素早い動きもそれに対応することもできないもんねぇ〜。あたしも経験があるからよく分かるさぁ〜」

 …んなもん生まれたてのバンビにバタフライナイフ持って挑むようなもんじゃねぇか。

 よくそんなどや顔ができるな。

「…しかし、私は諦めません。必ず姉さんを倒し、マスターから名前をもらうんです」

「ふっ、よくぞ言ったわ!それでこそあたしの妹よ!」

 お前それ言いたかっただけだろ。

 しかしそろそろ止めないと、マジでマジ喧嘩に発展途上だな。なんかこいつら無駄にノリノリだし。 

「いきますよ、姉さん」

「くるがいい!あたしの《本の背表紙は地味に痛い》の餌食にしてくれるわー!」

「お前らいい加減に…」

「…これは何の騒ぎです?」

 声の主はジークだった。

 騒ぎを聞きつけてやってきたらしいジークは、少し呆れたような顔をしながら階段を登ってくる。

「おや、彼女が我々の新しい家族ですか?」

「あぁ…だけど名前がどうとかで喧嘩し始めてさ…」

「…事情は分かりました」

 俺の説明を聞いて、露骨に呆れた顔をしたジークは、若干マジ喧嘩に突入しつつある2人に向けて、たった一言。



「『怜悧』」



 そう、告げた。

「…?『れーり』って何?『れっつ ぱーりー!』の略?」

 頭の悪い妹が、頭の悪い質問をしながら小首をかしげる。

 そんなぐみのナチュラルボーンボケをスルーして、ジークは発言の意図を語る。

「『頭がよく、りこうなこと( 岩波国語辞典 )』という意味の単語ですが、今回は彼女の名前です」

 言いながらジークは、生まれたばかりの九十九神を指し示す。

 瞬間―――怜悧と名付けられた少女は、無表情をほんの少し驚愕に染めた。あるいは、怜悧を包む空気が全部絶望に沈んだと言ったほうが正確か?

 まぁ何にせよ、その場が( ジーク以外 )凍った。

「全く、生まれたなら早く報告してもらわないと、書類が作成できないじゃないですか。ピュアブラックと生活するにはきちんと手続きをしないと違法行為で捕まるんですからね、遊んでないで迅速に…」

 途中からは説教ではなく独り言だったのだろう、ぶつぶつ言いながら階段を降りて行くジーク。

 なかなか堂に入った母親ぶりである。

 さすがは母さんより長く母親をやってるだけあるな、口が裂けても言えないけど。言ったら母さんが対抗心を燃やして、結果我が家は台風が通りすぎたみたいな惨状になるからな。いやー家のどこかに盗聴機が仕掛けてあるらしいから、うっかり口を滑らせたら一家総出( 母さん除く )で大掃除大会決勝戦だからねHAHAHA。

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 …そろそろこの空気を無視出来なくなってきた…。

 2人とも時間が止まったみたいに微動だにしない。

 何だここ…ダッシュで逃げたい。

 正しいのはジークなのだが、筋違いとわかっていても恨んでしまう。

 空気読めよ…何か九十九神にとって譲れない戦いだったらしいぜ?お前も九十九神なんだからその辺汲んでやれよ…。

 どのくらい固まっていたかはわからないがしばらくして、怜悧が力なく崩れ落ちる。

 それを合図にぐみが駆け寄り、怜悧の体を支える。

 かなり心配そうだ。なんだかんだで、誰かを憎んだり妬んだりができないやつなのだ。

「…お姉ちゃん…」

 あれ?怜悧さん、なんだかキャラ変わってません?あなた、お姉ちゃんとか言う人でしたっけ。

 いやまぁ、人じゃなくて怪異なんだけど。

「…うん」

「…うぅ…ぅゎぁぁぁ…っ」

「…よしよし、辛かったね」

「…ぅ…っ、ぅう…!」

「今は…泣いてもいいんだよ…『怜悧』」

「うぅ…!うわぁぁぁああん!」

 …しかし、ここまでシリアスになるほどのことなのか?怜悧って名前、俺は結構いいと思うけど…そういうこっちゃねーんだろうな。

 これ以上ここに居ても( 雰囲気の )邪魔しか出来なさそうだし、下行って麦茶でも飲むか。

 そんなことを考えて階段を降りようとすると、むんずと右足首を掴まれた。

 見ると、ぐみがジト目で俺を睨めつけながら足首を拘束している。

「何してんだ?」

 というか何をするつもりだ。

「…にーちゃんは泣いてる女の子をほっぽってどっか行っちゃうような甲斐性無しなの?」

 …その後、俺は2時間に渡って2人の愚痴に付き合わされた。


  ◇


「それは何というか…災難だったねぇ」

 苦笑いで同意してくれる春風。

 1人で背負うより2人…か。確かに春風の同意のおかげでだいぶ楽になった。

 そうか…あいつらはこの感じが欲しかったんだな。

 これ以上この話を続けると、今度は俺の愚痴が止まらなそうなので、話題を変えることにする。

「しかしすごいよな春風。普通、他人の愚痴なんか聞きたくもねぇだろうに」

「そんなことないよ〜。私は、普通。私だって、見返りがほしいから愚痴を聞いてるんだよ?」

「見返りって…。んじゃ俺は何を要求されるんだ?」

 聞いたら、春風はずいっと顔を近づけてきた。

 どのくらい近くかというと、ちょうどおでこがくっつくくらいの距離。

 この女子に人付き合いの距離感は無いのだろうか。

 心臓がお祭り騒ぎだ。

「緑野くんは、私が愚痴を聞いて、どうなった?」

「…楽に―――なった」

 荷を2人で―――分けたから。

「おけーい!だったら私の望みは叶いました!」

 元の位置に戻り、笑顔を咲かせる春風。

 少し残念に思った自分はスルーする。

「俺が楽になることが、望み?」

「最初に言ったでしょう?私に背負える荷なら、分けてほしいって」

 私はねぇ、友達の幸せが大好物なのですよ!と言って、胸を張る春風。いつの間にか友達になってた…。

 しかしぐみは妹だし胸はまな板だから何とも思わなかったが( 机の上の絵本が抗議してきた。ちなみにぐみは、春風が声をかけてきたあたりから元の姿に戻っている )、さっきあんなに顔を近づけた女子がたおやかな胸を張っていると、何というか…うん。

 巨乳というわけではないのだけど貧乳というわけでもない。いやらしく感じない、健全な色気を醸しだしている胸とでも言えば伝わ「何か私の胸にいやらしい視線を感じるんだけど…」「おやおや、この教室にはずいぶんとぶしつけなやつがいるんだなぁ」ってしまった春風さんのほうに。

 女子が視線に敏感って本当だったんだな…春風さんと我が妹のジト目が痛い…( ぐみは絵本に戻ってるからどんな目をしてるか分からないけど、何か刺々しいオーラを放っている )。

 しばらく2人のジト目に冷や汗をかいていると、仕切り直すように春風がため息をつく。

「…まぁ、緑野くんもお年頃だもんねぇ。女の子に興味を持ってて当たり前か…」

「え、見ていいの?」

「言ってません」

 またジト目。

「その話は流して、えーと怜悧ちゃん?はどこにいるの?」

 流された…。

 『置いといて』とかだったら食い下がれたのに…。

「…緑野くんがやたら悔しそうにしてるんだけど…。男子の友達はいないから知らなかったけど、男の子ってこんなにも女の子の胸が見たいものなの…?」

 …うん、冷静になってみると我ながらドン引きだ。第二の阿良々木暦でも目指すつもりだろうか。

「…アララギって、誰?」

 化物語ネタが通じなかった。いや、通じたら通じたで、今度は妹へのセクハラを勘ぐられたかもしれないけど。

「…あれ、何の話だったっけ?」

「いやだからさ、怜悧ちゃんは今日来てないの?って」

 お願いだから話を聞いてよ…と、疲れたようにぼやく春風。…悪ノリが過ぎたか。ちょっと反省。

「てか来るわけないだろ、生まれたてなんだから」

「………?何で生まれたてだと来ないの?人間の赤ちゃんみたいに、まだ歩けなかったり喋れなかったりするわけじゃないでしょう?」

「…学校の授業で何を聞いてたんだ?」

 こんなん基本中の基本だぞ。

「…実は、勉強ってあんまり得意じゃないんだよ」

 恥ずかしそうに笑いながら、消え入るように呟く春風。どっちかっていえばこれ、常識の部類なんだが…。

 まぁ俺の場合、九十九神と日常生活送ってるから、妖怪学は体感で学んでるようなもんだからな。

 妖学は俺の数少ない得意科目だ。

「…えーと、じゃあ、怪異の種類は2つに分けられるのは知ってるよな?」

 首を横に振る春風さん。

 …いや、さすがにそれはヤバくないか?

 こっちは普通に常識だぞ…。

「怪異は大きく分けて2種類いる。純血のピュアブラックと、混血のトワイライトだ」

 まぁ、怪異に血統なんてほとんどないけど。分かりやすさ優先だ。

「で、中でもピュアブラックは、人間と暮らすには何かと障害が多いんだ。人を襲う怪異ならまずその設定をどうにかしないとならないし、心への耐性をつけないとならない」

 ここで区切り春風の反応を見てみたら、目が泳ぎはじめていた。

 …まさかもう限界なのか?

「こ…心への耐性ってなに?」

「怪異が有する様々な能力と同じで、心ってのは人間の持つ『互いを紡ぎ、事象を超越する能力』…簡単に言えば、誰かと仲良くなれて、奇跡を起こすチカラなんだ」

 そしてこの力は、怪異にとって毒と変わらない。

「耐性無しで人間の中に放り込めば、心は怪異の存在を喰ってしまう」

「喰うって…。心ってそんな乱暴なものなの?」

「いや、だから言っただろ?本来は『繋がる力』なんだよ」

 怪異には、それが出来ないというだけで。繋がるための心が、無いというだけで。

「一方的な繋がりは、相手の存在を喰ってしまうんだ。例えば虐待を受けた子どもは、それを虐待だと認識しないことがあったり、虐待した親と似たような人を好きになったりするだろ?それは存在が喰われて、自由度が下がるからなんだ」

 人間なら、それでも命があるから―――それが果たして幸せなことかは別にして―――存在し続けられるけれど、怪異はそうはいかない。

 人間の心から、身を守らなければならない。

「じゃあつまり怜悧ちゃんは、心耐性をつけるための修行に行ってるの?」

「修行ってほど大層なもんじゃないけど…九十九神は例外的に心耐性がある怪異だから、事故防止の講習がメインだな」

 ちなみにこの講習も役所への申請同様、法律で義務づけられている。

 車の免許を取るのと同じで、怪異は日常生活を送るのにも免許がいるのだ。


 人の心が怪異に有害なように、怪異の存在もまた、人には有毒だから。


 最近では交通事故より発生率の高い事故―――妖怪変化。

 闇にあてられた人間が怪異化する現象だ。特に心が弱っていて、精神的に儚い人ほど遭いやすい。

 人と怪異の共生に伴うマイナスとして、反体制派の演説に頻出する単語だ。

「そっかー。妖怪と一緒に暮らすって、大変なんだね」

 勉強になったよ、と言って、手を降りながら席に戻る春風。

 話に飽きたのかと思った直後、いつの間にか来ていた先生が号令をかけていた。

 あわてて起立する俺をよそに、ぐみは絵本のまま沈黙していた。



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