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妹持ちに妹萌えはいないって話はよく聞くけど、妹持ちに妹燃えはいないって話はあんまり聞きませんよね。まぁまず需要がなさそうですが。

 半ば拷問のような昼休みから2時間が経ち、俺とぐみは自宅に続く道を歩いていた。

 あの弁当を頑張って完食したせいで、いまだに口の中が昆布一色だ。

「情けないぞ兄ちゃん!あれきしのお弁当に負けるなんて!」

「…んじゃ今度のお前の弁当は乾燥昆布の詰め合わせな」

「お、お代官様!何とぞお目こぼしを〜!」

「…ならん!儂を怒らせたらどうなるか思い知らせてくれようぞ!」

「あーれー!」

 そう言いながらその場でくるくると回り始めるぐみ。

 俺の名誉のために断っておくが、決して俺が回したわけじゃない。

「けど完食したんだ、負けじゃないだろう」

「そーだけどその後ダウンしたんだから、勝ってもいないのさ!」

「しかしそうは言っても乾燥昆布だぞ?あの文字通り山のような量の乾燥昆布を飲み物無しで食いきった根性は評価してくれよ」

「甘いね!その根性論で同情を誘う手法はクロちゃんのチョコ弁より甘いよ!」

「マジでか」

「マジだよー昆布だって工夫次第でレパートリーが増えるからねー。あそこで調理という選択肢を選らばなかった兄ちゃんの負けはやはり揺るがないのだよ!」

「でもそれってボリュームも増えないか?」

 というか。

 昼休みに調理の選択肢を選ぶのもそれはそれでどうだろう。

「そこであえて本格中華にチャレンジすることで読者に自己アピールするんだよ!兄ちゃんはただでさえ平凡だからね〜積極的にアピっていかないと忘れられちゃうよ!」

「ほっとけや!」

 つーか、そろそろ止めようぜ。

 思い出したら気分悪くなってきた……。

「行けるとこまで行こうよ〜、なかなかないよ〜こんな機会」

「これ以上この話題を続けるなら俺は不登校になるぞ…」

「それは困るねぇ、困っちゃうねぇ」

「盗み食い出来なくなるからか」

「ターゲットがチョコ弁一択になっちゃうからね」

「せいっ」

 ひっぱたいた。

 少し加減してひっぱたいた。

「滅多にないといえばさぁ」

 今までのやり取りをなかったことにしたみたいに話題を切り替えるぐみ。

 心なしか、少し顔が赤い。



「…そろそろ、生まれそうなの」



「…ほぉ」

 驚いたな……こいつにこんな器用な真似ができるとは思わなかった。意外な切り札を持ってるじゃないか。

 辺りを見回し、誰もいないことを確認する。

 ふむ…奥の手を見せてもらったお礼だ。構ってやるか。

「生まれるってまさか…!?」

「…ん」

 頷きながら愛おしそうにお腹に手を当てるぐみ。

 当然そこには誰もいないことを、一応断っておこう。

「…新しい家族。今朝からずっと、もしかしたらって思ってたんだけど…」

「マジかよ…相手は誰だ!?」

「相手は…実は兄ちゃんなのだー!」

「な、なんだってー!」

「そんなことより、帰ったらモンハンやろモンハン!」

「新しい家族が『そんなこと』!?」

 もう飽きたらしい。仔犬みたいな妹だった。

「で?どれが化けるんだ?」

「うーん…具体的にはわからないけど、たぶん兄ちゃんが身につけてるやつのどれかだと思う」

「そうか…。制服とかだったら困るな」

「着るときは戻ってもらえばいいじゃん!」

 言ってぐみは、にかっと笑ってみせる。


 九十九神。


 器物百年を経て化して、精霊を得てより人の心をたぶらかす…の、九十九神だ。

 今の会話はつまり、俺の持ち物のどれかに九十九神が生まれるという意味だ。

 俺の隣で能天気に笑っているぐみも九十九神なので( 元々は俺が子供の頃大事にしていた本だ )、同族の誕生にいち早く気付いていたようだ。

 もっとも、ぐみにしろ俺の持ち物にしろ、本当に百年ものなわけではない。

 この世界は20年前、妖怪変化起きやすくした事件が起きたからこそ短時間で命を得たのだ。

「まぁ、とりあえず名前だな。家帰ってなんか考えるか」

 そう言って、気持ち早めに俺は歩き出す。


 20年前、怪異の存在が公に認められ、人と妖は手をとりあって生活するようになった。


 多くの苦労があったらしい。

 今でも災害指定が解除されていない人を殺す怪異というのはいるし、相手の存在を受け入れられない者もたくさんいる。

 人間の側にも怪異の側にも。

 俺の通う暁高校は世界初の人魔共学の学校として、人と妖怪の間の差別や溝をなくすための活動をしている。だからクラスメイトの中には、当然人間じゃないものもいる( ちなみに春風は人間だ )し、ぐみの持ち込みが許されているのだ。

 閑話休題。

 とにかくそんな世の中だから、怪異の類いや妖怪変化が現れやすくなっている。


 怪異に遭うと怪異に引かれる。


 怪異がある日常では日常的に、雨が降るように風が吹くように朝に起床し夜に就寝するように―――怪異は生まれるのだ。

 ……いやまぁ、怪しく異なると書くだけあって、発生にはある程度条件が揃わないとならないのだが。

 雨や風より台風のほうが近いかもしれない。「ただいまー」

 うちの両親は共働きなため、家にはいない。

 しかしどうやらうちは九十九神が生まれやすい環境らしく、家に帰ると両親の持ち物が出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ坊っちゃん!ご飯になさいますかおやつになさいますかそれともお夜食ですか!?」

「メシ以外の選択肢はねぇのか!」

 うちの九十九神は食い気ばっかりだ。

「…おや?今朝がた感じた九十九神の気配が強くなっていますな」

「あぁ、やっぱりそうなんだ…。」

 ぐみの観測ミスとかではないらしい。

「いやぁめでたい!男の子でしょうか女の子でしょうか…」

「…いや、九十九神って器物に命が宿ったものだろ?ジークやぐみみたいに人の姿を持つのは異例であり特例なんじゃないのか?」

 子供の頃―――それこそぐみが生まれる前は今話しているジークフリート( シャツの九十九神で、命名したのは母さんだ。ちなみにぐみは父さんの命名 )を見て育っていたから、九十九神になった物は人の姿になるとばかり思っていたけど。

「その『思っていた』が重要なポイントですね。怪異は元々物語や伝承の中にしかいない空想の産物です。いると思えばいるしいないと思えばいない。器物に命が宿ると認識すればそうなるし、器物が人になると認識すればそうなります。百鬼夜行の総大将ぬらりひょんも、最初は『人の家に勝手に上がり込む』という設定さえなかったのですよ」

 けっこういい加減なんですよ、我々は。

 ジークは自嘲気味にそう呟くと気持ちを切り替えるようにパンッ!と手を叩いた。

 ジークの長い説明に船を漕いでいたぐみがびっくりしたように背を伸ばす。

「では今日の晩御飯は赤飯ですね!新たに生まれる九十九神の登録準備もしないといけませんし、忙しくなりますねぇ」

 ジークはどことなく嬉しそうにそう言うと、台所に姿を消した。


 親がいない間は家事の一切をジークが仕切ってくれている。なので、料理は母さんが作るのよりもうまい。

 小さい頃、うっかり母さんの前でそう言ったら泣かせてしまった。

 感受性が大豊作な緑野家の母である。

「兄ちゃーん!早くモンハンやろーぜー!」

「あのなぁ…先に新しい家族の名前を考えなきゃならないだろうが」


「うん?何で?」


「……………」

 何でと来たか。

 我が妹は新しい家族が心底どうでもいいようだ。

「いやさ、そうじゃなくて。あたしやジークみたく、お父さんかお母さんにつけてもらえばいいんじゃない?」

 そんなことより遊ぼうよー、とか。

 ぐみの中では『新しい家族<俺と遊ぶ』の図式らしい。

 悪い気はしないが、いつ戻ってくるかわからない両親に丸投げするわけにもいかない( 連絡がつかないことさえある )。

 どうやって説得したものかと頭をひねっていると、2階に上がる階段の上からぐみが話しかけてきた。

「兄ちゃんはあたしとその子、どっちが大事なの!?」

「お前は俺の何なんだよ…」

 下校中にもやっただろ。マッハで飽きたくせにまたやるのか。

 ぐみは元が本であるせいか、よくこういうごっこ遊びをせがんでくる。

 小さい頃はロリコン役だのシスコン役だのと、俺が意味を知らなかったのをいいことにそういう役をやらされていた( 俺の名誉のために断っておくが、そういう性癖があったわけじゃない )が、最近では下校中や今のこれみたいに、おそらくは夫婦や恋人のような役を要求されている。

 …まぁロリコン役やシスコン役よりマシだが、さすがにこの歳でごっこ遊びは精神的にきつい。

 適当に流して話を進めるかと思った俺だが、ぐみの迫真の演技がそれを思い留まらせる。

「ひどいよ…あたしはただの遊びだったの!?」

「……………ふむ」

 なるほど…今回はどうやらぐみ演じる伴侶( 詳細は不明 )に俺の演じる役( 彼氏役か夫役かはやっぱりわからないけれど )が浮気の嫌疑をかけられているシーンか。

 しかし…いつの間にか演技のレパートリーが増えたなぁ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、いつまでも馬鹿のままじゃないんだな…。妹の成長は嬉しいやら寂しいやらで、兄としては少し複雑だ。


 よし……腹ァくくったぜ。


 こうしてぐみと遊べるのもいつかできなくなってしまうんだ。後悔のないよう、全力で遊んでやろうじゃないか!

 意を決して階段をのぼり、ぐみに近づく。

 ぐみは少し拗ねたような顔をして、上目遣いに俺を睨んでいる…って俺のセリフ待ちか。

 しかしあれだな…恋愛経験がないから、こういうとき何て言ったら言いのかわからないぞ。とりあえず何か言わないと話が進まないし、ええと…!


「そんなわけないだろ?俺の一番はいつだってお前だよ」


 …なんか浮気の常習犯みたいなセリフになってしまった。しかも若干鼻につく。

 もし俺の前でこんなこと言ってるやつがいたら、俺は全力でそいつのことブン殴るぞ。

「……………っ」

 ぐみも同じように思ったらしく、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 相当お怒りのようだ。

「…そんなの嘘だもん…。兄ちゃんはそもそも、あたしを女の子扱いしてくれないんだし…」

 声が小さくて聞こえないが、ボソボソと何かを呟くぐみ。

 …そうか。


 呪いの呪文を口にするほど腹がたったか。


 ごっこ遊びとはいえ、自分の亭主があんなセリフを言うのはそんなに許せなかったのか…仕方ない。

 ぐみの機嫌取りもかねて、少し路線を変えてみるとしよう。今度は不器用な口下手キャラっぽく、言葉ではなく行動で示す方向でいってみた。


 具体的には、ぐみに抱きついた。


「〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 腕の中でぐみの体が緊張に支配されたのが伝わってくる。…やっぱいきなり抱きつくのはびっくりさせちゃったか?親しき仲にも礼儀あり』の教えに背いてしまった…。

 とりあえず、まずはぐみを落ち着かせないといけないな…頭を撫でれば大丈夫か?

「〜〜〜……っ」

 今度のぐみは全身から力が抜け、腕の中から落ちそうになる。

 いやいや、落ち着き過ぎだろ……。子供の頃は、こうするとどんなにぐずってても泣き止んでいたから、もしかしたら機嫌を直してくれるかもと思ったのだが…予想以上の効果だった。

 力が抜けてうまく立てないのだろう、ぐみは俺の背中に腕をまわして抱きついてきて、弱々しく口を開く。

「…大好きだよ、兄ちゃん」

 ……………え?

 こいつ……今、何て言った?




 弱々し過ぎて聞こえなかったんだけど。




 まぁ今回のごっこ遊びは『浮気亭主とその妻』みたいなお題だったはずだから、たぶん『もう浮気しちゃだめだよ』的なことを言ったのだろう。

 ならば俺の返答は、これが正解なはずだ。

「…ああ、分かってるよ」

「…んっ、なら良し!」

 そう言って離れるぐみはまだ機嫌が直りきってないのか、赤みが抜けきっていない。しかし表情は願いが叶ったかのような笑顔なので、一応は及第点だったようだ。

「じゃあ( ごっこ遊びも終わったし )新しい家族の名前を考えるか」

「うん?あたしも一緒に?」

「当たり前だろ、家族なんだから」

「あたしはいいよー面倒くさいし。それよりPSP貸してー!」

「貸すかっ!人の尻ポケットをまさぐるな!」

 さすが我が妹。

 俺がどこに何をしまっているかを完璧に把握している!

「あたしもだてに兄ちゃんの妹やってないよー!兄ちゃんのことはホクロの数さえ知ってるよ!」

「……………」

 …それはそれで怖いんだが。どうやって知ってんの?

 しかしそれを言うなら妹よ、俺だってだてにお前の兄ちゃんやってないぜ!お前を釣るくらい、生まれたての子鹿に勝つのと同じくらい容易いことだ!

 ホクロの数はさすがに知らねーけどな。

「手伝ってくれたらゼリーやるから」

「……むぅ……」

 ……あれ?おかしいな……。

 いつもならコンマゼロで飛びつく( 文字通り俺に飛びついてくる )のに、今日はリアクションが薄い。調子が悪いのか?

「だって…新しく生まれる子が女の子だったら、倍率が上がっちゃうし…」

「倍率?何の話だ?」

 狙ってる学校が女子大とかなんだろうか。

 それでも1人くらいじゃ大して変わらないと思うし、何より名付けを拒む理由にならないよな?

「だって、持ち主に名前をもらえるなんてずるいよ…。あたしはお父さんだったのに不公平だよ…」

「ぐみ、何を言っているのかよく聞こえん。気に入らないことがあるならはっきり言え」

「兄ちゃんが名前をつけるのが気に入らない!」

 …えぇー。

 何それ、俺のネーミングセンス全否定?

 そうか…俺の考える名前はダサいのか…。

「兄ちゃん…何でそんなに落ち込むの…?そんなに名前を付けたがるってことは、やっぱりあたしよりも新しい子のほうが大切なの!?」

 また泣きそうな顔になるぐみ。

 ……泣くほど俺のネーミングセンスはひどいッスか。それなら仕方ない……

「名前はぐみに任せるよ」

「…あたし?」

 目に涙を貯めながら不思議そうな顔をするぐみ。少し子供の頃を思い出す。

「俺が名前をつけるのが嫌なんだろ?だから、ぐみに任せる。いい名前を付けてやって「その手があったか!!」…どの手が?」

 というか何に対して?

「ふふふ…そうだよそうだよそうなんだよ!あたしが兄ちゃんより先に名前を付けちゃえば新しい子はあたしと同じく兄ちゃんからは名前がもらえないんだよ!いい名前?まっかせてちょーだい、兄ちゃんはPSPとかやって待っててねー!」

 …早口過ぎて聞こえなかったが、何やら不思議な理由でぐみのテンションが上がった気がする。

 名前がどうとか言ってたような…あいつも姉として、新しい兄弟に名前をあげたかったのか?なら何で最初は嫌がってたんだろう…。よくわからん。

 しかしここで本当にPSPとかやったら、妹に仕事を押し付けて遊ぶ兄みたいで精神衛生上よろしくない。1階に行って、ジークの手伝いでもしようかと考えたその瞬間だった。



 俺はホタルにジョブチェンジした!



 ……混乱を落ち着けるためと思って事態を文章化したら、余計混乱した。え?何これ、どーいう状況!?

「ちょっ…何だコレェェェ!?」

「どうした兄ちゃ…っ!?兄ちゃんがホタルにジョブチェンジしたぁぁぁ!!」

 だよねやっぱそうだよねこれ!

「いや待て慌てるな一旦落ち着こう!!まずは原因の究明だぐみ二等兵!」

「りゃりゅりょ了解しました兄ちゃん隊長!!」

 ポンコツと化した兄妹の調査の結果、『ホタルにジョブチェンジ』の正体は、さっきぐみがまさぐった俺の尻ポケットが光っていただけだった。……いや、どっちにしろ『だけ』で済む問題ではないけれど。

「これ…PSP…?」

 ぐみが俺の尻ポケットから取り出したPSPを眺めて呟く。

 発光していたのは、PSPだった。そこから光とともに数字の1と0の羅列が溢れ出ている。

 この様子は―――ぐみが生まれたときによく似ている。

 そう思うのと同時に視界を覆い尽くすほどの光が溢れ出る。

 やがてそれが少しずつ収まると、薄れゆく光の中に人影が見えてきた。

 身長はぐみと同じくらいの―――少女。

 溢れ出る光と1や0とともに宙を踊る髪は、澄んだ昼間の空のような青。

 ゆっくりと開かれた瞳はそれとは対照的に、夜が明ける頃の海のように深い青色を称えている。

 光が完全に収まると、生まれたての九十九神は感情の見えない人形みたいな顔を俺に向け、抑揚のない…それでも生まれた喜びを感じさせる声で、俺に語りかけてきた。



「初めましてマスター。私に名前をください」




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