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エンディング→いつの間にか、勝手になるのが

「…………? どこだ、ここ?」


 暗い。

 辺り一面何も無いこの空間は、見上げるほどに暗く、見下ろすほどに明るい。

 まるで、空中に足を着けて直立しているような……それでいて、その事実に何の違和感も覚えないという、不思議な感覚。

 正体不明の謎空間なのに、布団の中で睡魔を迎えようとしているみたいな安心感がある。


「…………あ」


 ふと、俺の目に一人の人物が映る。

 その人を見て、俺はここがどこなのかを理解する。

 ここは、春風の心の最奥だ―――。

 何も無いこの空間で、ただ静かに泣き続ける少女はどうやら小学生くらいのようだ。

 春眠よろしく暁を覚えさせないあの微笑みは見当たらない。

 けれど、やはりどこか面影がある。

 お前はこんなに小さい頃から……ずっと。

 ずっと、泣いていたのか―――


「春風」


 それが少女の名前であろうという俺の推測は間違っていなかったらしい。

 少女はゆっくりと、その五月雨に降られたようなぐしゃぐしゃの顔を俺に向けた。


「りょくのくん……」


 力無く俺の名前を呼ぶと、頼りない笑顔に切り替えて口を開く。


「えへへ……りょくのくん、ここ、座って」


 自分の隣を軽く叩いて俺に微笑みかける。

 言われるままに、俺は春風の隣に腰を下ろす。

 空も、地面も、空気の流れも、土草の匂いも。

 何もない空間で、春風はぽつぽつと語りだす。

 殺し続けた本音を。

 隠し続けた本心を。


「わたしの小学校の友達はね、いじめを受けていたんだよ


「学校中の女の子から、いじめを受けていた


「……その『女の子』の中に、わたしもいたんだよ」


 少し……いや、かなり意外だった。

 イメージにそぐわないにもほどがある。

 その辺りを詳しく聞きたかったけど、今は春風の話の途中だ。

 何も言わず、正面を見たまま、春風の声に耳を傾けることを選択する。


「始まりはね、一人の女の子の嫉妬だったんだよ


「自分の好きな男の子が、わたしの友達のことを好きだったからって


「女の子は、わたしの友達に嫉妬した


「女の子の嫉妬は、否応なく学年全体を呑み込んだ


「……そんな風に言い訳して、ずっと逃げてるんだ


「隠れるべきじゃなかったのに


「表立って味方するべきだったのに


「自分可愛さに、友達を見捨てたんだよ……」


 もぞもぞと、春風の動く気配がした。たぶん、膝に顔をうずめたんだろう。

 互いに互いの顔を見ないまま、春風は懺悔を続ける。


「結局さ、妖怪変化なんて大層なものじゃなかったんだよ


「自分の罪から逃げ続けたわたしが、罪の意識に耐えられなくなっただけ


「後ろめたさに沈んで、罪悪感に溺れただけ


「そのせいで頭がおかしくなって


「混乱のままに大暴れして


「たくさんの人に、迷惑をかけちゃって……」


 春風の声が、だんだん涙声になってきた。

 そろそろ何か言うべきだろうか……?

 でも何を言えばいいんだ?

 『そんなことない』は白々しいし、マイナス発言での説得は最初のダンジョンで失敗したし……。

 わからん。

 なので、結局俺はだんまりを決め込む。

 春風の独白は、だから止まらない。


「結局さ、妖怪変化なんて大層なものじゃなかったんだよ」


 さっきと同じ、自らを切りつけるための言葉を繰り返す。


「罪の意識に耐えきれなくなったわたしの頭が、おかしくなっちゃったってだけで」


 きっと、今日までずっとそうしてきたように、自らを責め続ける。


「ヤケになったわたしが大暴れしちゃったってだけで」


 たぶん、こんなことをこれから先も、ずっと繰り返すのだろう。

 誰かが……彼女の真実を知る誰かが、彼女を肯定してあげるまで、ずっと。

 そして今、彼女の真実を知る『誰か』は、ここには俺しかいない。


「自分の罪を、存在しない誰かに押し付けたってだけで……」


 そのせいで、たくさんの人に迷惑をかけちゃった。

 春風はそんな風に言って、それで春風の独白は終わった。

 たぶん春風は今、困ったような笑顔を浮かべてうなだれているんだろうな。

 そんなことを考えながら、俺は口を開いた。

 他愛のないことを考えながらとりとめもなく、考えのまとまらないままに……話し始めた。



「世間一般の男子は胸の大きい女性を好む傾向が強いけど、やっぱり俺はバランスって大事だと思うんだよ」



「……………………………………………ふぇ?」


 春風さんの目が点だ。

 数学の証明で使う記号みたいな顔になってる。

 気持ちは痛いほどよく分かる、俺も同じ気持ちだ。

 なぜこんな話題をチョイスした、俺よ……。


「そこいくと春風、お前ってすげーいい体だよな。こじんまりとしてるけどちゃんとメリハリがあって、しかも各パーツがめっちゃ触り心地良さそうだし」


「……え? えっ!? 緑野くん!? 何でこのタイミングでセクハラしてくるの!? 自分で言うのも何だけど、ここは心に響く名言でわたしを改心させるとこじゃないの!?」


 俺だってそう思うし、それが出来るならそうしたいさ、どちくしょう……!

 けれど、あいにく俺には分からない。

 どんな言葉なら春風の心に届くのか、何を言えば春風は自分を許せるのか――何も、分からない。


「惜しいよなー。ランキングさえあったら、お前なら確実にベスト3には入れるってのに……」


「何が惜しいの!? 何を残念がってるの!? もー! セクハラは現実世界に帰ってからにしてよー!」


「ん……それはアレか? 現実でならいいというゴーサインか?」


「そんなわけないでしょー!!」


 きっと春風は今、顔を真っ赤にして髪を逆立てているんだろう。

 見てみたい気もするけど、今春風のほうを向いたら絶対しばかれる。


「ランキングといえばさ、お前の声って『この声に子守唄を歌ってほしいランキング』で一位になってるんだよな?」


「そうらしいけど……緑野くん、どこを目指して喋ってるの? というか、ちゃんとどこかを目指して喋ってるの? この話、ちゃんとまとまる?」


「せっかくだし、何か聞かせてくれよ。お前の好きな歌とか、最近お気に入りの歌とか」


「……やー!」


「何で?」


「……だって、恥ずかしいもん」


「そっか。恥ずかしいか」


「うん。恥ずかしい」


「でも照れながら歌う春風って、見てみたいな」


「……緑野くん、なんかやらしー」


「そうか? 絶対かわいいと思うんだけどなぁ、照れウタ春風」


「やらしー」


「なぁ、春風」


「……何?」



「辛くなったらさっきみたいに、俺に話してくれよ。俺も一緒に背負うから」



「……………」


「と言っても、答えを示してやれるかどうかは分からないけど……せめて一緒に背負うよ。一緒に考えるし、一緒に謝る。俺にも背負える荷なら、俺にも分けてくれ」


「……でも」


 他人の愚痴なんか、聞きたくないでしょう……?

 そう言う春風の声は、沈んでいた。

 春風に愚痴を聞いてもらった時、そう言ったのは俺だ。

 他人の愚痴なんか、聞いても楽しくないだろう、と。

 俺は確かにそう言った。

 ……でもな。



「俺とお前は、他人じゃないだろう?」



 お前は俺を助けてくれたし、俺はお前の悩みを知った。

 こんだけ深く関わった相手を他人と呼ぶのは、あまりにもぞっとしないだろう。

 それにな―――



「俺は友達の幸せが大好物なんだよ」



 ―――やっと。

 この時やっと、俺たちは顔を合わせた。

 春風の顔は、何かを堪えるように、くしゃくしゃに歪んでいる。

 俺は立ち上がって春風に向き合い、右手を差し出す。

 春風は、そんな俺を不安げに見上げ、不安げに言葉を投げ掛ける。


「……いいの? 友達って、わたしが勝手に言ってただけなのに……」


「いつの間にか、勝手になるのが友達だろうよ」


 おそるおそる、といった様子で俺の手を掴む春風。

 弱々しく俺の手を掴むその華奢な手を強引に引き上げ、しっかりと抱きしめる。

 再び、お互いの顔が見えなくなった。



「俺はお前を助けない。だけどお前が助かるその日まで、いつまでもお前を支えてやる」



 俺にしては珍しく、強く断言する。

 春風は、戸惑いながらも俺の背中に腕を回し、弱々しく……次第にしっかりと、俺を抱きしめ返す。


「……いつまでも?」


「ああ、いつまでもだ」


「……いつまでも、いつまでも?」


「いつまでも、いつまでも隣で支えてやる。お前が泣き止むまでずっと、俺はお前のそばを離れない!」


 だからもう―――一人で抱え込まないでくれ。

 決意と誠意の訴えに対する春風の返事は―――笑い声だった。


「……なんか、プロポーズみたい」


「……からかう元気があるなら平気だな」


 ったく……最後まで締まらねぇなぁ。

 春風の背中を二、三回叩いてから離れる。

 春風の顔は……見えなかった。



 空間が淡く発光し、目を開けていられなくなったのだ。



「これ……怜悧の……!?」


「……お兄ちゃんが見つからないから、能力を解除して連れ戻すつもりなんだね」


 輝きに包まれた視界に、春風の声が染み渡る。

 聞く者を安心させてくれる―――子守唄のような、声。

 遠ざかる意識の中で、その声がささやくように響く。



「おやすみ、緑野くん。また、明日」



 こうして、道化の喜劇は終幕を迎えた。



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