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ラストエピソード→ココロのチカラ

  るかちゃんへ


 お久しぶり。元気だったかな?

 何も言わずに転校しちゃってごめんね。

 言い訳にしかならないけど、最終的にあの学年の、るかちゃん以外の女子全てが参加したいじめに、私は耐えきれなかった。



 味方してくれたるかちゃんを残して、逃げてしまった。



 ごめんね。

 当時の私は、大丈夫だと思ってしまっていたの。

 『るかちゃんなら、離れても友達でいてくれる』って、それしか考えてなかった。

 あんな悪意の中に残されて、るかちゃんがどう思うかってところまで、頭が回らなかった。



 きっと、私のこと、怒ってるよね。



 るかちゃんのおかげで、あんな学校でも通っていられたのに、あんな場所に残して1人で逃げたんだから。

 ごみ箱みたいになった私の下駄箱から、るかちゃんの手紙を探すの、実はちょっと楽しかったんだよ?

 悪意の吹きだまりみたいなあの場所から、るかちゃんの優しさを掬い上げるのは楽しかった。



 私のことを励ましてくれた手紙は、るかちゃんのだけだった。



 『一緒に頑張ろう』って言ってくれたのは、るかちゃんだけだった。

 るかちゃんは後ろめたそうにしてたけど、手紙の中でも、何度も誤ってたけど、そんなの気にしないでよかったんだよ。

 るかちゃんが私の味方をしたばっかりに、私と同じ目に遭うようなことになったら、それこそ嫌だし。

 正直、最初に手紙を見た時は泣いて怒りたくなったけど。

 中身を見たら嬉しくなったけど、だからこの手紙のことがバレたら、るかちゃんもいじめの標的にされちゃうって、怖くなっちゃったもの。

 向こう見ずなことするよねぇ、ホントに……。

 さて。

 今回るかちゃんにお手紙したのは、実は、私がそっちに帰るからなんだよ。


 それで、もし良かったら……。


 るかちゃんさえ良ければ、また、会えないかな。


 ごめんね、今さら虫がいいかもしれないけど……また、るかちゃんとお喋りがしたいの。

 例え許してくれなくてもいいから、会わせてほしい。

 恨み言を言われるだけでもいいから、また会いたい。



 いつものケーキ屋さんで待ってます。



  蜜蜂 麻耶



  ◇



 春風 薫はお人好しだ。

 お節介極まりない極度の世話焼きで、救いようのない重度の救いたがり。

 その上頼めば大抵のことはやってのけるというのだから恐れ入る。

 お前は笑顔を封じた家政婦かと突っ込みたくなってくる。

 もっとも、他人が不幸になるようなことを春風はやらないし、頼まれてもないのに首を突っ込んでくるのだから、その突っ込みは使用できないのだけど。


 閑話休題。


 さて、道化のつまらない愚痴も今回で終わりだ。

 とはいえ、さすがにもう読んでくれてる人なんていないだろうけど。



 前回、たった一話にしてパーティー全滅したんだし。



 いやいや、無理無理。

 名も無き少女であれだぜ?

 怜悧のバックアップを失って一般人に戻った俺なんか、一撃で死ぬに決まってんじゃん。

 あれでゲームオーバーだよ。

 まぁでも、仮にもラスボス戦なんだから、一回でクリアできないのは当たり前だろ?

 ここで諦めずにコンティニューすることが、勝利への第一歩だ……と、思うわけだよ。

 そんなわけで第一部『始まりの敗北』編、めでたく完結だ。

 ご愛読ありがとうございました、次章『終わりの勝利』編もよろしくお願いいたします―――





「何を言ってるの緑野くん!


「私たちの戦いは、まだまだこれからだよ!」





 ……………。


 その、声に。


 我が校に数多存在するランキングの一つ、『この声に子守唄を歌ってほしい』ランキングの頂点を射止めたらしいその声に、俺は身震いした。

 戦慄ではなく。

 恐怖でもなく。

 歓喜に打ち震えた。



 本当に……お前には、助けられてばっかりだな。



「お帰り、春風」


「ただいま、緑野くん」


 そう言って。

 不退転の親切神、春風 薫は、春の日差しのように微笑んだ。

 最後の一撃……あれはどうやら、この春風に防がれていたらしい。

 防いで―――くれて、いたらしい。

 ピンクを基調としたヒラヒラの衣装、左目に眼帯と右手に日本刀のような武器の装備。

 その出で立ちは、どことなく……『強迫観念』に似ていた。


「まぁ、概ねあってるよ。そのものではないけどね」


 春風は人差し指をピンと立て、少し得意げに『自分』についての説明を始める。


「河原で殴り合って仲直りするってシーン、青春ドラマの定番でしょ?感覚的には、あれに近いかな」


「……つまり、あれか? 俺と戦って負けただけで、『強迫観念』が改心したと?」

 んな分かりやすい構図、今時創作の中にだって無いぞ。

 手に汗握る戦闘ではなく、心を震わす劇的なドラマで改心するのが昨今の主流だぜ?

 あの戦いには、どっちもなかったじゃねーか。

 とか。

 思ったことをそのまま言ったら、春風の表情に不機嫌の彩りを添えてしまった。

 ……なぜに?


「確かにそうだったかもしれないけど、私にはドラマよりも劇的だったの! 難しいことはわかんないけど、私は今、『空ってこんなに広かったっけ』って気分なの!」


 そう言って、そっぽを向くように無機質春風へと向き直る春風。

 その様子は、怒っているというよりも……何故だろう。


「……春風さん、ひょっとして怒ってらっしゃいます?」


 だめだ。代替案が出てこない。


「怒ってらっしゃいませんっ!」


 ……まぁ、春風の言葉を鵜呑みにしたとして、怒ってないのだとしても、機嫌が悪いのは間違いないようだ。

 うぅむ、どこでミスったんだろう……。


「……緑野くん」


 バックログで自分の失言を探せないかなどと考え始めたとき、春風が俺の名前を呼んだ。


「私は緑野くんの発言のせいで機嫌を損ねてしまいました」


「…………」


 嘆息した。

 いやもう、溜め息しか出ない。

 要するに春風は、謝罪の証として何かご機嫌取りをしろと、そう言いたいのだろう。

 全く、憂鬱だ。

 これから何をさせられるのか、考えるほどに憂鬱になる。


「……何をせよと?」


 しかし、だからといって俺のこの一言にそういったネガティブな気持ちしかなかったかといえば、それも違う。



 俺はこの時、少し嬉しかった。



 これまで『誰か』に謝り続け、贖罪に生きてきた春風が、俺に謝罪を要求している。


 それが何ていうか……春風が、やっと顔を上げて、前を向いたような気がしたのだ。


「……わたしをたすけて。心を震わす劇的なドラマっていうので、かっこよく」


 ぽつりと、呟くように。 前を向いたまま、春風はそう言った。


「……あの巨大な春風をどうにかしろと?」


「『どうにかする』んじゃなくて『助ける』の」


「ちなみに今の俺、怜悧のバックアップを失っていて、能力値は一般人のそれなんですが」


 そんな俺の発言を責めるように、不機嫌で彩飾された顔を再び俺に向ける春風さん。


「……緑野くん、覚えてないの?」


「……へ?」


 覚えてないって……何を?


「私が『強迫観念』だった時に、私に何かお願いされてなかったっけ?」


 『強迫観念』だった時って……あの時はそもそも、会話はしたけど対話が成り立ってなかった……



 ―――薫のこと、よろしくお願いね



 ……わけ、でも、ないのか。

 そういやあいつにも、春風を助けるように言われてたっけ。

 剣春風も、俺が春風を責めるようなこと言った時はフォローしていたし……そうか。



 俺が、間違ってた。



 大前提から大間違いだ。

 この話に、それまで敵だったやつが仲間になるような美談は無い? 当たり前だ。



 最初から、敵なんていなかったんだから。



 俺が相手取っていたのは討伐するべき敵ではなく、『昆布大好き』な『お人好し』で、自分の『わがまま』を『拒絶』し『強迫観念』に囚われて泣いていただけの女の子で。


 俺がラスボスと呼び、倒そうとした相手こそが……助けるべき女の子だったのだ。


「……泣いてる女の子を殴って寝かしつける主人公がどこにいんだよ」


 だから俺は、主人公になれない道化のままで。

 だからこの話は、活劇ではなく喜劇なのだ。

 風車を敵だと信じ込んで空回りする、道化の物語―――。

 自分の両頬を叩き、無機質春風に視線を移す。

 春風はそんな俺の挙動を『お願い』に対する肯定と捉えたのだろう。

 満足げに微笑み、俺と同じ者を見る。


「分かったよ……俺はお前を助ける。だからお前は、俺を守ってくれ」


 無機質春風を見据えたまま、春風にそんなセリフを投げ掛ける。

 春風は、溜め息を一つついてから、どこか嬉しそうな声を響かせた。


「しょーがないなぁ緑野くんは。私がいないと何にもできないんだから!  まったく、情けないパートナーを持つと苦労するよ」


 ……返す言葉もねぇけどよ、そこはこう、短く肯定の言葉を返すとこじゃないか?

 全然締まらない……前振りが全部無駄になった気分だ。



「おけーい! 私が守ってあげましょう!」



『―――――ッ!』


 まるでその言葉を合図としたかのように、無機質春風の右翼が殴り掛かってくる。

 驚愕と恐怖で動けない俺とは対極的に、春風は蠢く数多の腕の下にもぐり込み―――


「はぁっ!」


 打ち上げるように、勢いよく叩く!

 下から力を加えられた翼はコースを逸れ、俺の頭上を掠めただけで振り抜かれた。

 ……そういや名無しの少女も似たような対応をしてたけど、あいつ今どうなってんだろう?


「走って!」


 確認しようと思った瞬間、春風の声がその考えを否定する。

 そうだ、他のことを考えながらどうにかなる相手じゃない。

 今はこいつを『助ける』ことに集中しろ!

 一歩。足を前に出す。

 動き出すきっかけを得た体は( 今は『心』か? )、感情の勢いに押されて走り出す!


『―――――ッ!』


 うーわ、出ーたーよ、これ。

 懐にもぐり込んだ瞬間、無機質春風は振り抜いた右翼を軸に、下半身の顔面を振り回す!

 先ほど名無しの少女がこれを食らった時の映像が、脳内にフラッシュバックする。

 やばい、殺られる―――!



「大丈夫だよ。緑野くんには、私がいるから」



 春風の声が、凜と響く。

 左側から襲いかかる無機質春風の攻撃に、真正面から斬撃をぶつけて相殺する!


「だから私も、大丈夫だよね?」


「……ああ、もちろんだ!!」


 春風と無機質春風がつばぜり合いをしている間に、無機質春風の体をよじ登る。

 実際に触れても、見た目通りの石像みたいな質感でかなり滑りやすい。

 背後に人の腕が蠢く不気味な石像を登りながら、俺は考える。

 一般人相当の能力しかない俺の切り札。

 春風を助けることのできる、唯一の可能性。


 人間の持つ、『互いを紡ぎ、事象を超越する』能力―――


「……心の力は、奇跡を起こせるんだろ? だったら……!」


 ようやく顔まで登り詰めた俺は、そんなセリフと共に頭を振りかぶる。

 一方的な心の繋がりは、相手の存在を喰い、自由度を下げてしまう。

 けれど―――




「女の子の涙くらい! 拭ってみせろォォォ!!」




 振りかぶった頭を、力の限りに打ち付ける!

 ―――けれど、春風は『助けて』と言ったんだ。

 助けを求め、手を伸ばしたんだ……だったらもう、遠慮はいらない。

 あとは俺が、その手を取って引っ張り上げるだけなのだから。



  ◇



 深く、


    深く、


       深く。


 それは例えば、海原をたゆたうような……優しい不安を煽る感覚に、全身を包まれながら。


 沈む、


    沈む、


       沈む。


 ふわふわと、ゆらゆらと。


 それは例えば、底の無い学校のプールに沈むような感覚に、身を委ねたままに。


 沈む……


    沈む……


       沈む……


 たまゆらにさ迷い、瞳にそれが映る頃、物語は終に至る。


 両の足が地に着いたことを確認し、瞳に映ったそれに向き直る。




 さあ……幕を下ろそう。





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