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そして、『今』に至るために


「幸は出しちゃいけない……わたしは幸せになっちゃいけない! あの子に酷いことをしたわたしが幸せになるなんて許されない!」


 ハクちゃんのマイナス感情が、記憶とともに流れ込んでくる。あの子の思いが、痛いほどに伝わってくる……。

 自分を否定することでしか安らげなくなった歪なわたしに……緑野くんの言葉と、拳が降ってきた。


「いい加減目ェ覚ませこの加害妄想少女がァァァ!!」


 頭に響く強い衝撃。

 それを最後に、ハクちゃんの記憶は途絶え、私は今に戻ってくる。

 加害妄想―――。もう10年目になる私の罪の意識を、その一言で切り捨てた男の子を見る。


「……えっと」


 困惑した表情を浮かべる緑野くん。まったく、困惑したいのは私のほうだよ。あんなこと言われたら、私も幸せになっていいのかなって勘違いしちゃうじゃない。罪の意識を忘れちゃうかもしれないじゃない。

 それはだめなんだよ。

 きちんと購わないと、私はみっちゃんに顔向けできないんだよ。


「例えばもし」


 だから、聞いてみる。

 だけど、聞いてしまう。

 僅かな期待を払うために、微かな期待にすがるように。


「例えばもし、親友を酷く裏切った人がいたとして、そのせいで親友は遠くに逃げなくちゃならなくなったとして、裏切ったその人はそれでも許されると思う?」


 答えは―――返ってこなかった。


 緑野くんもどなたかさんも、相談するみたいにひそひそと話し合うだけで、私の質問には答えてくれなかった。


「……やっぱり、許されないよね」


「そんな……っ、そんなことない!」


 ちょっとびっくり。まさか知らない女の子からフォローが入るとは……。ていうか私、この子のこと知らないんだけど誰なんだろう? 緑野くんの友達なのかな。


「どうして『そんなことない』なんて言えるの?あなたは私に裏切られたあの子じゃないのに」


「だって……あんたは優しくて……」


「それでも私は裏切った。その事実は、私の人格が何だったとしても覆らない」


「…………っ」


 悔しげな表情を見せたあと、睨むように緑野くんを見る女の子。何とかしろってことなんだろうけど……どうしてこんなに必死なんだろう? 人のこと言えないけど、この子にとって私は勝手にぐれちゃった知らない人なんだから、何もここまで一生懸命になることないのに……。

 緑野くんは、困ったような表情( いや実際に困ってるんだろうけど )を浮かべたあと、私と向き合って、一言。


「許されないと思う」


「な……っ!?」


「……うん」


 緑野くんの言葉には遠慮がない。初対面のときにそれはわかってたけど、こういう場面では結構キツいなぁ……。まぁでも、根拠のない慰めよりはずっといいけど。


「大切な誰かを裏切ったなら、そのことを後悔しているのなら、お前は許されるまで許されちゃいけないし、罪に対する罰を背負わなければならないと、俺も思う」


「……うん」


 そうだよね。だから私は、間違ってないよね。


「だから……」


 だから私は、この檻から出ちゃいけないんだよね―――。


「だからお前は……幸せにならなきゃ駄目なんだ」


「「…………ぇ?」」

 そ……そうだった……のかな?。

 え? でもだって……えぇ?? なんか話が繋がってない気がするんだけど……? 緑野くん、ひょっとして何も考えないで喋ってる?

 私もそんなに頭良くないけど、その繋げ方がおかしいことくらいはわか『そ!そうだったのかぁーーー!!』らないのぐみちゃん!? ひょっとしてお兄ちゃんの言うことには絶対服従な感じの妹ちゃんなの!? だめだよその生き方は! 危険過ぎるよ! リスキーシスターぐみちゃんだよ!


「幸、お前は何で幸せになっちゃいけないんだ?」


「え?」


 今は私のことよりぐみちゃんだよ! 妹ちゃんの間違いを正してあげるのもお兄ちゃんの役目だよ!


「いやだから、大事な親友を裏切ったから……」


 でもまずは質問に答えを返す。相手の質問を無視する人は意地悪おばさんだからね!


「幸せになることが後ろめたい。幸せになることに罪悪感を感じる」


 うなずいてお返事。


「だからだよ。だからこそお前は幸せにならなきゃいけないんだ。幸せになって……



「その後ろめたさを、その罪悪感を背負って生きなければならない。それが、お前に課せられた罰だ」



「「…………!!」」


 冷水の中に投げ入れられた気分だった。


「そっか……じゃあ私、変に気負わなくてよかったんだね」


 幸せになることさえ罰なんだったら……それはもう、生きること自体が罰みたいなものだもんね。


「……あんたねぇ!! いくら何でも酷過ぎよ! そんな風に言われて相手がどう思うか考えないわけ!?」


 まるで自分のことのように怒る女の子。ちょっと前までは、その親切は私に向いちゃいけないものだと思っていたのに、今は庇ってもらえることがただただ嬉しい。

 女の子の怒りに対して緑野くんは、両手を上げて投げやりに言い放つ。


「じゃあ、お前はお前の幸せを願う人のために幸せにならなければならないとかでもいいや」


「……あんた、私たちをバカにしてんの?」


 女の子の怒りのボルテージがぐんぐん上がっていく。外から(檻の中だけど)見ていても、それがはっきりわかる。今にも飛びかかりそうだよ。


「ちょっ、喧嘩はだめ「幸助は黙ってて」


 幸助って何!? なんかうっかりさんみたいな気配のする名前だよ!


「答えなさい。どういうつもりであんなこと言ったの?」


 『返答次第ではただじゃおかない』ってセリフが聞こえてきそうな気迫。……当事者じゃないはずの私も怯えきっております。

 緑野くんは少し間を置いてから、女の子の質問(尋問?)に、答えを示す。



「いや、正直理由は何でもいいんだよ。俺は、春風が幸せでいてくれればそれでいい」



 …………。


 何か告白された!?

 え、え、え!? 聞き間違いかな!? もしくは私の感覚がおかしいのかな!? そのどちらでもないならたぶん、今すっごく献身的な愛の告白をされたよ!?


「えとあのそのちょっとあれごめん少し待って、気持ちは嬉しいけどそのあのすぐには答えが出せないっていうかえとあれ」


「……? すまん、ほとんど何を言っているわからないんだが」


 緑野くんの告白のせいだよっ! ていうか何で緑野くんはそんなに落ち着いていられるの!?


『酷いよにーちゃん! 春風さんに告白するつもりはないって言ってたのに!!』


 空中に浮かぶ窓の外からぐみちゃん猛抗議。大好きなお兄ちゃんが目の前であんなこと言ったんだから当然だけど……。


「へ? 告白……?」


 ただの天然さんだった!


「酷いよ緑野くん! 私の気持ちを弄んだのね!?」


「リアルにそのセリフ言うやつ初めて見た!」


 何が悪いのかわかってない緑野くんは、暢気に突っ込み気取りだよ。人にぬか喜びさせておいてまったく、本気で怒っちゃうよ? 実はすごく嬉しかったのに……。


『マスター、先ほどのセリフを思い返して復唱してみて下さい』


「さっきのセリフ……? 春風が幸せならそれでいいってやつか?」


 何でそこだけを抜き出すの!どれだけ私を弄べば気が済むの!?


『はい、その言い方ですと、『春風さんの幸せ以外はいらない』と言っているように聞こえてしまいますので大変妬まし……羨ましいです』


 隠しきれてないよ怜悧ちゃん! 本音が忘年会してるよ(意味不明)!


「……? …………。ばっ、違げーよ! 何言ってんのいや違げっつの何言ってんの!? 違げーよバカ違げーよ!!」


 あ、気がついた。でも今の緑野くんにはバカって言われたくないかも。


「『春風が幸せならそれでいい』とかどんだけ一途な奴だよいや違うけどね!? 本っ当駄目だなー俺! マジで駄目だ! 何で国語が好きなのにこうも文章力低いんだろうな俺はマジで駄目だ! ぐああああっ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 今なら恥ずかしさで死ねそうだむしろ殺してくれ! 何かかっこいいセリフ決めようとして外す方がまだマシだ! かっこいいセリフ決めようとして告白が出てくる意味が全くわからない! もう嫌だトラウマ確定だ黒歴史更新だ! 忘れろ俺なかったことにしろ俺! あんな恥ずかしい記憶を背負って生きるなんて俺には無理だ!」


 緑野くんにとってもかなり恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にして一気にまくし立てる。でも、いくら恥ずかしいからってそこまで言うことないじゃない……私の受けた初告白でもあるんだから、もっと丁寧に扱ってよ!


「とにかく! お前の幸せを願ってる人間がここに2人いるんだ! それを無視して幸せから逃げるなんてさせねぇからな!!」


 顔は真っ赤だし、目はちょっと潤んでるしで、最高に決まらない画だったけど。いまいち決まらないこの人の言葉が、どうにも締まらないこの人の叫びが……私の時間を、動かした。


「……ここから出て……」


 時間が流れ出す。

 心が動き出す。

 長い間止まったままだった針が、軋みながらも新しい時間を刻もうとして動き出す。


「ここから出て……幸せになったなら


「いつか……許してもらえるのかな?」


 涙が流れ出す。

 心が溢れ出す。

 私に殺され続けた本音が、濁流のように私の意識を呑み込んでいく。


「本当に本当の意味で……


「幸せに、なれるのかな?」



 ―――そっか……これが、あの子の……



「なれるよ。絶対許してもらえるし、必ず幸せになれる。健気な少女に意地悪すんのは、継母かその娘だけだぜ」


 ……やっぱり、決まらないなぁ。

 意地悪な継母って、シンデレラのこと言ってるのかな? でも、私はシンデレラって感じじゃないよねぇ……どっちかって言ったら継母側なんだよ。

 今もまだ泣いているシンデレラは、私じゃなくてあの子なんだよ。


「……私、ここから出るよ」


 たった一言。

 その一言で檻は空気に融けて消え、私の世界は少し広がった。


 助けに行こう。

 私に殺され続けたあの子を。

 意地悪するのは、もう終わり。


 あの子を助けることから、私を始めよう。


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