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20/27

春風の話→暗い・くらい・クライ

「んー!空が青い!空気がうまい!緑が眩しー!」

 お母さんに行ってきますの挨拶を済ませて( わたしと私の変化には気付かなかった )家を出たわたしは、大きく伸びをして爽快感に身を浸す。妖怪変化っぽくないとか言われたって知らない、わたしは今酸素を堪能してるんだ!

 まぁ言い訳を一つするなら、わたしは私のストレスの塊だからね。どんな方法でもいいから、ストレスを発散したいんだよ!

「……………」

 なぜか頭が気になって確認してみたけど、サラサラのセミロングの髪だけで、猫耳は生えてなかった。

 ……我ながら意味がわからない。何で猫耳?

「まぁいいや、それよりも……っと」

 辺りを見回しても、人の姿も怪異の影も見当たらない。うーん、困ったなぁ……これじゃストレス発散出来ないよ。

「しょーがない、少し場所を移しますか!」

――違うもん……わたしはみっちゃんに酷いことしたけど、それは心からのことじゃなくて……――

「……………」

 お姉ちゃんがこうなったのは、かなりの割合でわたしのせいとはいえ、こうも長々イジイジされると気が滅入る。

 あーあ、こんなことならお姉ちゃんの体から飛び出して顕現したかったなぁ。そしたら、お姉ちゃんのプニプニ感ももっと満喫できたのに。


  ◆


 イジイジするお姉ちゃんに若干うんざりしながら移動してしばらくすると、ちょうど良さげなおもちゃを見つけた。

 買い物帰りなのだろう、右肩からエコバッグを下げた、二十代男性のような風貌の怪異だ。

「ふぅーん、九十九神……かな?人の姿をしてるなんて、珍しいねぇ」

 いや、お姉ちゃんの友達には九十九神の女の子がいる( どう見ても向こうはそう思って無さげだったけど、お姉ちゃんがそう言い張るので妹のわたしはそれを信じるだけなのです。お姉ちゃんの名誉のために注釈しておくと、『言い張る』って言うのは自分に対してのことで、言い換えれば『思い込んで』いたってだけ。お姉ちゃんが緑野くんに声をかける前からわたしは潜在的にいたから、それを聞いていたのですよ )から、体感的にはちっとも珍しくないけど。

「さーて、それじゃ少し構ってもーらおっと」

 そう呟いて、全身を闇でコーティングする。お姉ちゃんのプニプニボディを隠しちゃうのは凄くもったいないけど、顔を見られるわけにはいかないからね。


 顔を見せないのは、通り魔の基本だよ!


「ッ!?何者です!?」

 ありゃ、かわされちゃった。完璧な不意打ちだと思ったんだけどなぁ。

「……………」

 気にしすぎかもだけど、こいつがレコーダーの九十九神とかだったら、声を発するわけにはいかない。なので、沈黙を返事としておく。

「……この不安定な妖気……妖怪変化ですか。どなたか存じませんが、御愁傷様です。こんな酷い姿になられて……」

 うっさいバカほっとけアホ。

 これは犯人を特定させないためだっつの!でなきゃ誰がお姉ちゃんのプニプニボディにこんなもん纏うか!うちのお姉ちゃんはねぇ、脱いだらすごいのよ!

――もっと他の言い回しはなかったの!?その言い方だと、なんか私がえっちぃ子みたいじゃない!――

 さっきまでイジイジしてたお姉ちゃんが突っ込んでくれた。

 普通に超嬉しい。

「とにかく、これは私の手に余りますね……まずは陰陽師に一報を……」

 入れさせるかぁぁぁ!!

 九十九神の通報を阻止すべく、全力でドロップキックを放つ!

「ぐはっ!?」

 電話に意識をとられていたからだろうか、わたしのドロップキックはすんなり九十九神のお腹に命中した。

 ぃよっしゃ、このままボコッちゃお。

 間髪入れずに連続して拳を叩き込む。悪意と敵意と殺意、やり場の無い怒りに似た感情を、隠すことなく目の前の九十九神に浴びせかける。

 嫌だ。怖い。憎い。辛い。何も無い。

 とりとめもまとまりもなく、わたしの中でのたうちまわるマイナスを全力でぶつける。

「っぐ……!が……ぁっ!」

 呻く以外は何もせず( いや、厳密に言えば、右手の買い物袋を庇ってるせいで何も出来てないっぽいけど。……んなもんよりまず自分を守りなさいよ )、わたしに殴られるままに殴られる九十九神。そういえばさっき『これは私の手に余る』とか言ってたし、戦うタイプの怪異じゃないのかも。

 お姉ちゃんのストレスが苗床とはいえ、わたしは私だ。無抵抗の相手……というか抵抗する手段さえ持たない相手を一方的に叩きのめすことに抵抗を覚える程度の良心はある。

「ぐぁっ!?」

 最後に思いっきり蹴って、九十九神を吹っ飛ばすことで距離をとる。かなりぼこぼこにしちゃったから、しばらくは立てないだ「あっ」ろうに、たまたま通りかかったトラックが追い打ちをかける。

 平たく言えば轢かれた。

 あのダメージ量はヤバいわね……。下手したら人の姿を保てなくなるんじゃないかしら。

 トラックの運転手が、慌てた様子で車から降りる。見つかったら面倒だ。巻き込まれる前に逃ーげよっと。

――こらぁっ!戻りなさい、どこ行くの!?あの人がああなったのは私たちのせいなんだから、ちゃんと陰陽師に連絡して、到着を待つ間は手当てをしないと……――

 親切バカのお姉ちゃんが何か言ってるけど、当然無視。んな親切なことしてたら、そのまま滅されるし。


  ◆


――もうやめてぇぇぇぇぇぇ!!――

 お姉ちゃんの悲鳴を幕引きに、目の前のゴロツキへの攻撃を中止する。こんな他人に迷惑をかけるしか能のない奴らに何をしようと、誰も文句は言わないと思うけど……。

――そんなわけないでしょう!?彼らにも家族や友達がいるんだよ!彼らがゴロツキなのだって、色々あって自分は悪い子なんだって勘違いしちゃっただけで!こんなことをしていい理由になんかならないよ……!――

「大抵の人は色々あって何かしら抱えてると思うけどねぇ……」

 全く、これがただの偽善だったら良かったのに。親切バカなお姉ちゃんは、それが正しいと信じて疑わない。

 事実、お姉ちゃんの言うことは正しいんだろう。わたしがボコしたのは迷惑の象徴みたいな人間だったけど、他人に暴力を振るうところを見たわけではない。


 ただ迷惑だっただけ。


 だからお姉ちゃんの言うこと正しい。正し過ぎるという間違いを、綺麗過ぎるという過ちをおかしている。

 こういう連中は、見てくれのかっこよさや上っ面の強さに惹かれて曳かれたニセモノだ。そのくせ自分の言動を自由だとか個性だとか、意味も知らないくせにそれっぽい単語を並べて正当化し、他の誰より自分がその偽りの正しさに騙される。


 不完全なこの世界には、間違うことでしか正せない間違いがありふれている。


 もっとも、自分の正しさを信じて疑わないという意味ではお姉ちゃんも同じだけど。グレるベクトルが真逆ってだけで。考えてみれば、周りを無視した問答無用な親切は、ゴロツキの迷惑行為とそっくりかもしれない。


 お姉ちゃんは間違ってる。


 その結果として生まれたわたしには、それを正す義務がある。

 まぁ、わたしには間違うことしか出来ないけどね。

「さてと……」

 空を見れば、もう日が沈みかけている。この時間なら、怜悧ちゃんの補習も終わってるだろう。

「お姉ちゃん……自分が正しいことをしてきたって、今でもそう言える?」

――……?う、うん。私は、間違ってない――

「じゃあ、よく見ててね。お姉ちゃんの正しさが生んだ歪みが、どんな悲劇をもたらすか」

――……何のこと……!?これ以上誰を傷付けるつもりなの!?――

 お姉ちゃんの質問を無視して跳躍し、すぐそばの電柱の上に乗る。答えなくっても、すぐにわかることだしね。


  ◆


「…あのなぐみ、お前子どもの頃ならまだしもこの歳になってまで兄の腕にぶら下がるな。重いし歩きにくい」

「…え?だめなのですか?」

「ちょっと待て怜悧、何でお前まで空いてるほうの腕を猛禽類のような目で狙っているんだ」

 日もすっかり沈み、辺りの家々から美味しそうな匂いが漂い始めた頃に、わたしは標的を見つけた。

 わざわざここでバトルパートに入るメリットはないので、殺気と妖気を押し殺してチャンスを待つ。

――だめ!お願い、もうやめて!それよりほら、お姉ちゃんとしりとりしよ?私からね、しりとりの『り』から……――

 平和過ぎるお姉ちゃんの思考回路にコケて、街灯から落ちそうになる。

 ……お姉ちゃんのナチュラルボーンボケでコケて登場とか嫌過ぎる……。恥ずかしさでわたしが殺される。

――り……!『リンカー……――

 そしてお約束。

 まぁ、やるんじゃないかと思ってたから、特にリアクションもなく流し……

――……ン』を!『暗殺した青年』! ――

「うわぁっ!?」

「………っ!!」

「んなっ……何だぁ!?」

 姉のナチュラルボーンボケに耐えかねて落ちた妖怪変化です!とは、さすがに言わなかったけど。

 よりによって何で暗殺者のほうをチョイスするの!?普通『乗ってた車』とかだよねぇ!?しかも結局『ん』で終わってるし!

 幸い四つん這いの体勢で落ちたために、緑野くんたちは『いきなり降ってきた何か』と認識してくれたようでひどく混乱した様子だ。

 照れを誤魔化す意味でも、緑野くんの混乱が落ち着く前に―――!

――だめぇぇぇ!!――

「ッ!?」

「―――ッ!!」

 急に全身が水の中にいるかのような抵抗に包まれ、わたしの動きが鈍る。そのせいで、緑野くんを狙って放った一撃は虚しくも空振りし、夜の虚空に吸い込まれる。

――どうして……!?どうしてこんな酷いことするの!?――

 わたしの理不尽な行いを悲しみ、当然の疑問をぶつけてくる私。ここで憤らないのは美しいことだと思うけど、友達を攻撃されて怒れないのはお姉ちゃんの欠点であり欠陥だ。

――わたしは何も悪くないよ?わたしは私の悪意として、当然のことをしただけだもん――

 声には出さずに念じて返す。心配のし過ぎだとは思うけど、万が一にも『声で正体がバレた』みたいな事態は避けたいからねぇ。

 バレちゃったら学校行けなくなっちゃうもん。

――その悪意を我慢したことだって私の意志だよ!私は、こんなことしたくないんだよ!――


――だったら何で、さっきわたしが見知らぬ誰かをボコボコにしたときも、今のこれみたいに邪魔しなかったの?――


――……え?――

 お姉ちゃんは綺麗過ぎて、美し過ぎる。

 あるいは無知過ぎて、無垢過ぎる。

 人間のなかにある濁った部分は、漫画や小説の中だけのものだと思っている。

 自分はそういうものとは無縁なままで、清く正しくやってきたと思っている。


 それじゃダメなんだよ、お姉ちゃん。


 正しさには感情を挟む余地が無い。

 盲目的に正しさを貫いたお姉ちゃんは、自分がどれだけの自分を殺していたか知らないでしょう?

 それじゃダメなんだよ。

 それを知らないから、わたしがこうして自己主張を始めちゃうんだよ。

「何こいつ…災害型怪異!?」

「姉さん、落ち着いてよく見てください。でないと私は姉さんをダメな子呼ばわりしなくてはならなくなります」

「…なんか妹からの風あたりが厳しい気がするよぅ…」

 わたしは私が正しくあるため私に殺された私の成れの果て。

 けどだからわたしお姉ちゃんを恨んでいるかといえば、そんなことは全然無い。むしろ誇らしいくらいだ。

「この不安定な妖気、闇を纏った人のような姿…妖怪変化の症状と酷似しています」

 だからこそ知ってほしい。自分を殺し続けることの意味を。

 建前と理屈を並べて他人を傷つける妹を見て、わかってほしい。

 正しい正しさのために犠牲にしてきたわたしたちを見てほしい。

 ……まぁ、そのための自己主張としては少し乱暴だけど、駄々をこねる子どもってそんなもんだよ。安心してとは言えないけど、わたしだってお姉ちゃんの友達にそこまで酷いことはしな「つまり…」「あー、なるほど!この人春風さんか!」いつもりだったけど予定変更、殺害決行。

 でも何で……!?何でわたしの正体がバレたの!?

 闇の纏い方が甘かった?どこかで無用心に喋ってた?それとも、さっきの攻撃モーションだけで見抜いたとでも言うの!?

「何でってそりゃ、あれだけ露骨に伏線張ってたら誰でも分かるよ〜」

「お前そんな根拠どころか違和感とさえ言えないようなことであいつの正体を断定したのか!?」

 ただの漫画脳だった!

 スペック低いなぁぐみちゃん……。まぁそれでも殺害は決行するけどね。

 怪異にとって何より大切なことは『認識される』こと。自分の命を持たない怪異は、人から認識してもらわないと存在できない。

 そんな曖昧な形でしか存在できない怪異は、その本質もあやふやだ。周りが『こいつはこういう怪異』と決めつけて認識すれば、認識を頼りに存在する怪異は当然その認識に引きずられてそうなってしまう。


 そしてぐみちゃんは今、黒塗りの妖怪変化を『春風さん』だと認識した。


 ぐみちゃんは怪異だから、その認識にわたしが引きずられることはない。怪異は怪異の認識には左右されない。だってお互い『存在しないもの』なわけだし。

 けど、ぐみちゃんが『こいつは春風 薫だ』って主張し続ければ、周りの人間の認識も変化するだろう。例えば、緑野くん。

 危険の芽は早いとこ摘んでおかないと……。わたしは別に、お姉ちゃんを堕としたいわけじゃなくて、お姉ちゃんのストレスを発散したいだけの健全な怪異なんだから!

 ……やたら頭が気になって確認してみたけど、お姉ちゃんのサラサラなセミロングの髪以外は何も生えてなかった。だからわたしは何を危惧してるのよ……。

 それより今はこの3人だよ。『この妖怪変化は春風 薫かもしれない』という認識が芽生えた以上、事件( 悪いことやってる自覚はちゃんとあるんだよ )が表面化したときに『かもしれない』が『違いない』にランクアップしちゃうし。


 残念だけど、その認識は命もろとも壊させてもらうよ。


 まずは一番ちょろそうな緑野くんを狙って、勢いよく飛び上がる!つもりだったけど、また全身が液状の鉛の中にいるかのように重くなる。そのせいで威力と速度が殺されたわたしの攻撃は、難なくかわされてしまった。

――〜〜〜〜〜ッ!!邪魔しないでよ、お姉ちゃん!――

――邪魔するよ!緑野くんは私の友達なんだから!友達が危ない目に遭ってるのに何もしないほど、私は悪い子じゃないよ!――

――お姉ちゃんのわからず屋!――

――妹ちゃんのトーヘンボク!――

 なんか新たな時代を築けそうな呼ばれ方された( ←姉バカ )!

 お姉ちゃんの妹ちゃん呼ばわりについて喜ぶのは後回しして( だってこれお姉ちゃんがわたしを『妹』として認識してくれたってことなんだよ!? )、まずはこの拘束を解かないと、緑野くんにさえ攻撃が当たらない。なんかお喋りしながら避けてるし、さっきからイライラしっぱなしなんだよねぇ。ストレスを発散するために生まれた怪異なのに……。

「っ!?」

 異変。

 わたしの内側から何かが……誰かが這い出てくるような感覚。


――お姉ちゃん……の、体……!か・え・し・て・よー!!――


 お姉ちゃんが、わたしを押さえつけて私に戻ろうとしている―――!?

「う…うぅぅ…っ!」

「お!?喋った!春風さんが喋ったぞにーちゃん!」

――……何で……!?何でお姉ちゃんは周りにばかり優しくするの!?何でわたしのことは見てくれないの!?――

 恨んでなんかいない。清く正しいお姉ちゃんを誇りに思っているっていうのも嘘じゃない。正しさのためにわたしが殺されることにも疑問はない。


 だけど、たまにはわたしを見てほしい。


 たまにでいいから『頑張ったね』って誉めてほしい。

 たまにでいいから『辛かったね』って慰めてほしい。

 恨んでなんかいない。誇りにも偽りはない。正しさのために殺されることにも疑問はないけれど。


 お姉ちゃんが、わたしを見てくれないこと。


 それだけがわたしの不満で。

「あああぁぁァぁァああアアア!!」

――………っ!!妹……ちゃ……!――

「っいけません…闇が馴染んできています。このままでは陰陽師に通報して滅してもらうしかなくなります!」



 お姉ちゃんに、優しく頭を撫でてほしい。



 それだけが、わたしの切なる願いです。


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