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昆布を食べるとハゲにならないって本当?


「あれ? おっかしいな……」


「うん? どうしたの淋漓(りんり)? 早くお昼ご飯食べようよ」


「いや、その昼メシがねーんだよ」


 楽しくて仕方がなかった4時間目の現国の授業が終わり、さぁ昼メシにしようとした矢先のことだった。何度も鞄の中を確認しても、やっぱり弁当が見当たらない。

 もっとも、似たような事例は今までにもあったので、俺はまたかと小さくため息をつき、白状しろという意味を込めて最有力容疑者を睨み付ける。と、容疑者もそのことに気付いたらしく、2つに結んだ髪を揺らしながら大袈裟に反応した。


「むむ!? にーちゃんから疑いの眼差しを感じる!!」


「お前には前科があるからな」


「まったくひどいなァ1週間に1回のペースで盗み食いしてたからって……」


 そんだけの前科があれば容疑で済ませている俺は優しいほうだと思う。


「クロちゃんも何か言ってやってヨ〜」


 そう言って妹のぐみは、俺の向かいに座っている男子生徒に同意を求める。

 同意を求められた男子生徒は苦笑いしながら、


「それだけ前科があったら疑われても仕方ないんじゃないかな……」


 と言った。


「まさかの四面素麺!?」


「夏場には重宝しそうな清涼感だな」


 四面楚歌と言いたいのだろう。

 頭の悪い妹は少し唸ったあと、勢いよく右手を上げた。


「異議あり! 今回の現場は明らかにこれまでと手口が違うであります隊長!」


「裁判官が隊長なのか」


 まさか軍法会議ものの議題だったとは……。

 しかし、確かにぐみ(漢字があるのだがダルいのでひらがな表記で統一)の言い分にも一理ある。これまでの《強欲な捕食者》( ←食事どきのぐみはこう名乗る )の手口は『人の弁当を無断で半分近く喰い漁る』というものだったが、今回のケースは弁当箱そのものがないのだ。

 つまり、普通に俺の過失である可能性がある。


「いやーあたしも盗み食いしようとしたらお弁当がなくってびっくりしたよー」


「……お前よく自分の無罪を主張できたな」


「だーって食べてないもーん」


「……午後 0時37分、盗み食い未遂で逮捕ー」


「オナカガスイテテツイ……。ハンセイシテイマス」


 俺がテキトーな罪状を読み上げ、ぐみが変な声(おそらくボイスチェンジャーを表現していると思われる)で謝罪する。

 半ば恒例となったやり取りを終え、いつもならこのままいただきますなのだけれど、今日はそのいただく弁当がない。


「はーぁ……どーすっかなー」


「購買は? ご飯がないんじゃ、仕方ないよ」


 今日の昼飯に思いを馳せていると、俺の正面に座っている男子生徒がそんな提案をする。まぁ、もっと早く気付いていたならそうしたんだが……


「いやでもよ……腹が減ったぐらいじゃ食えねーだろあれは」


「あー……まぁ、そうかも」


 言葉を濁しながらも、男子生徒は俺に同意する。

 うちの高校は購買部の利用者が多く、まともなメニューは昼休み開始から5分で消える。

 では残ったメニューはまともじゃないのかといえばその通りだ。

 我が校の購買部は実に開拓者精神に溢れており、通常メニュー完売後は(さそり)サンドとかエスカルゴのおにぎりとかカブトムシスティックとかいった不思議の国のキテレツメニューがずらりと並ぶ。

 果敢に挑戦したやつの証言を信じるのなら「キテレツなのは見た目だけ」とのことだが(まぁそうでなければ何のための購買だという話だが)、俺は遭難でもしない限り食べたいとは思えなかった。

 ちなみにうちの高校に食堂はない。


「となると、兄ちゃんはお昼抜き?」


 弁当を頬張りながら、小首を傾げてそんなことを言う我が妹。日頃俺の弁当を盗み食いしていることへの罪悪感は皆無なようだ。


「お前いつも俺の弁当盗み食いしてるんだから、今日ぐらい俺に譲れ」


「なぜ盗み食いをするのか……。それはこれじゃ足りないからなのさっ!」


 前半はかっこつけ風に喋っていたが後半は飽きたのかかっこつけていたのを忘れたのかいつものテンションだ。

 たぶん両方だろう。


「じゃあ僕のお弁当分けてあげるよ」


 そう言って男子生徒――弁財天黒兎(べんざいてんこくと)は、自分の弁当を俺に差し出す。

 ……まあ、気持ち自体は素直に嬉しいんだけど……


「お前の弁当食うぐらいなら購買行く」


「僕のお弁当カブトムシスティック以下!?」


 すごくびっくりしている。

 俺に言わせれば、ここでびっくりするお前がびっくりだ。


「たまには食べてみてよ! きっとキテレツなのは見た目だけだよ!」


 そう言って黒兎は、再度自分の弁当を差し出してくる。

 しかし、こちらとしてもその弁当を受け取れない理由があるのだ。


「……僅かな可能性に賭けて聞くけど、弁当全体を塗り潰すようにかかっているこれは何だ?」


「……? チョコレートだけど?」


「どうしてここで『何を当たり前のことを』みたいな顔が出来るんだ!!」


 ソースなら!

 これがせめてソースなら受け入れられたのに!


「……どうしたの? 何か困りごと?」


 黒兎のチョコ弁当かキテレツ大百科な購買かで悩む俺に、誰かが声をかけてきた……その声に。

 校内の『この声に子守唄を歌ってほしいランキング』(一体誰だこんな馬鹿なランキングつけたやつ)ベスト1に輝いたらしいその声に、俺は戦慄した。

 この学校で平穏に過ごすためには、その声の持ち主の前で困った素振りを見せてはいけないのだ。


「ありゃ、緑野(りょくの)くんのお弁当が見当たらないねぇ。もしかして忘れちゃった?」


「……えーっと……まぁ、忘れたか忘れてないかで言えば忘れたと言えなくなくなくもないかもしれないような……」


「何でそんな分かりにくい言い方なの……まぁいーや」


 忘れちゃったなら、私のお弁当を分けてあげるよ。

 そう言って――学校1のお節介、春風 薫は、春の日差しのような笑顔を俺に向けた。

 俺はそれに対し、抵抗しようという心を追い出すように息をはいて、自分の間抜けを恨むとともに口を開く。


「……ありがとよ。で、今度は何だ? キテレツ大百科、チョコラー弁当ときて、次は箱ごとシュガーコーティングか?」


 春風の恐ろしさは、その親切を受け取り拒否させてもらえないところにある。

 だからつまり、春風が弁当を分けると言った以上、それがどんなに突拍子もない弁当でも、俺が受け取るまで彼女は決して引いてくれないのだ。

 しかし春風はそんな俺の戦慄に気づいた様子もなく、苦笑いを浮かべる。


「何の話かわからないけど……私のお弁当は、とっても普通だよ?」


「自分のことを普通だとか言うやつに限って、普通じゃないんだよ」


「……緑野くん、初めて話す人が相手でも容赦ないんだねぇ〜」


 まぁでも、裏表なさそうでいい人っぽいね。

 そう言ってから、春風は自分が普通だと思う根拠を述べた。


「だって、ケチャップとかマヨネーズとかをどびゅーっ!っとかけたりしてるわけじゃないし、中身はスーパーとかで普通に買えるやつだし!」


「……マジ?」


「マジマジ」


「……んじゃ、少しもらっていい?」


「まいどあり〜っ! なんちゃって」



 てれれってれ〜!

 べんとうばこをてにいれた!



「ってまるごと一箱!?」


「? 中身はちゃんとあるよ?」


「いや別に『実は空の弁当渡したんじゃね?』みたいに疑ったわけじゃなくてだな!」


 こいつ本気で言ってんのか!?

 他人にまるごと一箱の弁当を渡すということは、自分の昼メシが無くなるということだぞ!?


「あぁ〜そのこと? 心配してくれてありがと! でも大丈夫だよ〜」


 そう言って春風は、なんともうひとつ弁当を取り出して見せた。


「こんなこともあろうかと、お弁当はいつも2つ! 持ち歩いているのです!」


「……あそう……」


 何というかもう……脱帽だ。

 親切心が行き過ぎて、精神衛生に不親切だ。

 狂っているとさえ言えるような――狂気的な親切へのこだわりが。


「であであ! またね〜緑野くん!」


 春風はそう言うと、あの春の日差しのような笑顔で戻っていった。

 満足したらしい。

 友達の輪の中に戻り、昼食を再開した春風を視界の端に見ながら、俺はぼんやりともらった弁当を眺めた。

 桜に雪解け、入学式。

 春は始まりを予感させる時間の代名詞だ。

 しかし、始まるのは何も希望だけじゃない。

 毒蛇毒草、熊だって。

 春の日差しは――たくさんの恐怖も呼び起こす。

 春風 薫。

 彼女の笑顔は――春の日差しのようだった。

 長閑で、暖かで――だからこそ、おぞましかった。


「…………」


 とか。

 そんな益体のないことを考えながら弁当を開けると、そこには深い緑色の野原が広がっていた。

 ていうか昆布しか入ってなかった。

 主食からおかずに至るまで全部乾燥昆布(しかも戻してない)で統一されている。


「……なぁ可愛い我が妹よ」


「なんだい可愛い我が兄ちゃん!」


 兄に向かって可愛いとか言うな。

 それは俺と黒兎の前じゃ禁句だぜ。


「……弁当、やるよ」


「ごめん! あたしも無理っ!」


「…………」


 視界の端で、春風の友達が苦笑いを浮かべているのが見えた。

 天井を仰ぎ見ると、どこからか「御愁傷様」というセリフが聞こえた気がした。



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