最初のダンジョン《エントランス・トゥ・ハート》→その問いにはきっと、不正解しかない
―――とか。
そんな色々を見終わったのだろう、幸はゆっくりと眼帯を外す。
そして細いため息を1つつくと、俺に視線を注いだ。
「……えっと」
「……………」
何も言わず、ただじっと俺を見つめる幸。
その目は何も考えていないようにも見えるし、また全てを見透かしているようにも見える。
語り部がこんなことを言っていいのかと自問せざるを得ないが、見たものをどう感じるかなんて、観測者によって違っているし、観察者によって異なっているのだ。
「例えばもし」
とか、益体のないことを考えていたら、幸がいきなり声をかけてきた。
本当にいきなりだ。
結構ビビった。
「例えばもし、親友を酷く裏切った人がいたとして、そのせいで親友は遠くに逃げなくちゃならなくなったとして、裏切ったその人はそれでも許されると思う?」
……うん、まぁ。
考えるまでもなく『その人』は春風なのだろうけれど、さて難しいことを聞かれたものだ。
正直なことを言えば、俺の答えは「そんなの知るか」である。
非難も批判もあるだろうが、完全な他人事なので、本音はそんなものだ。
大体俺に何を期待しているんだ?俺はついさっきお前を見捨てるという決断をした男だぞ?
これっぽっちも正しくない、間違いだらけの外れた人間だ。
そんなやつに感動の名言を求めるなよ、俺は上条 当麻じゃないって前置きしておいただろうが。
ん?いや待て、そういやこの場にはもう1人いたじゃないか。
そうか、そっちに聞いてたんだな。それを俺ってやつは、勝手に自分に聞かれたと思い込んで、自意識過剰も甚だしいぜ。やれやれ、いらない恥をかいちゃったな。
「……………」
「……………」
そう考えて名も知らぬ少女を見ると、めっちゃ俺をガン見していた。
明らかに俺が話すのを待っている。
……えぇー。
マジでか。
つーかお前は俺が間違えてんの知ってんじゃん。何で俺?
「( だって、何て言って説得したらいいのかわからないんだもん )」
「( アホかァァァ!!そんなもん俺だって知らんわ!! )」
「( けどあんた高校生くらいじゃない!だったらあーゆーのを説得する方法の1つや2つ知ってるでしょう!? )」
「( 高校生を買いかぶるな!知るわけねーだろ小説の主人公じゃあるめーし!大体高校生っつーならお前だって同い年ぐらいだろうが! )」
「( 残念でした、私は小学生ですー!! )」
「( そんなにスタイルのいい小学生がいるかァァァ!!高校生でもなかなかいねーぞ、そのプロポーションのやつ! )」
「……やっぱり、許されないよね」
見たものをどう感じるかなんて、観測者によって違っているし、観察者によって異なっている。
幸は俺たちの沈黙をそう解釈したらしく、消え入るように呟いた。
「そんな……っ、そんなことない!」
慌て幸の解釈を否定する少女。
けれど、続く幸の言葉に言い返せず、再び黙ってしまう。
「どうして『そんなことない』なんて言えるの?あなたは私に裏切られたあの子じゃないのに」
「だって……あんたは優しくて……」
「それでも私は裏切った。その事実は、私の人格が何だったとしても覆らない」
「……………っ」
悔しそうに顔を歪める少女。その悔しさをぶつけるように俺を睨む。
なんとかしろ、ということなのだろう。
あいつに自分の幸せを肯定させろと。
そういうことなのだろう。
やれやれ、無理難題を押し付けてくれる。
この手のやつは、自分にとってプラスなことは信じない。マイナスのみが真実だと思い込み、信じ込む。そんなやつを幸せになんて、できるわけがない。
本人が助かろうとしない限り……周りの助けは無意味だ。
だから俺は、助けることを諦めて、一言だけ。
「許されないと思う」
「な……っ!?」
「……うん」
少女の目が見開かれ、幸は粛として受け止める。
少女は何か言いたげだったが、それらを言葉にできないでいるようだ。
相当混乱しているらしい少女をスルーし、俺は続ける。
幸を、春風を追い込む言葉を、紡ぎ続ける。
「大切な誰かを裏切ったなら、そのことを後悔しているのなら、お前は許されるまで許されちゃいけないし、罪に対する罰を背負わなければならないと、俺も思う」
「……うん」
今の春風にとって、自分の考えや行動を肯定する俺の言葉はむしろ救済となっているようで、幸はいっそ心地よさそうに首肯する。
「だから……」
だから俺は紡ぐ。
お前は間違っているんだと伝えるために、お前は幸せになっていいんだと伝えるために、間違った言葉を紡ぎ続ける。
「だからお前は……幸せにならなきゃ駄目なんだ」
「「…………ぇ?」」
きょとんとする幸と少女。
……流れで納得してもらえるかと期待したけどやっぱり無理だった。
当たり前だ。
上条さんレベルの熱弁であったならともかく( それでも無理だろ )、ああも脈絡がなくては吉井 明久でさえ論破でき『そ!そうだったのかぁーーー!!』ないと思ったけど、説得されている馬鹿がいた。
残念極まりないが、我が愚妹だった( 言うまでもないが、上の妹のほう )。
あんなずさんな説得に感化されたうちの馬鹿は置いといて、俺は脳をフル回転させる。
あの欠陥だらけの説得に説得力をもたせるための、悪知恵を巡らせる。
「幸、お前は何で幸せになっちゃいけないんだ?」
「え?いやだから、大事な親友を裏切ったから……」
「幸せになることが後ろめたい。幸せになることに罪悪感を感じる」
首肯する幸。
「だからだよ。だからこそお前は幸せにならなきゃいけないんだ。幸せになって……」
「その後ろめたさを、その罪悪感を背負って生きなければならない。それが、お前に課せられた罰だ」
「「…………!!」」
2人の少女が絶句する。
まぁ、当然か。
幸せになることが罰とか、あまのじゃくにも程がある。どんだけひねくれているんだお前はという話だ。
しかしこのリアクションを見る限り、説得は成功したと考えていいだろう。
間違えまくった説得だけど。
外れまくった説教だけど。
「……ここから出て……」
荷を分けてもらうどころか、更なる重荷を押し付けたようなものだけれど。
残念ながら、俺には正解がわからない。
何もできない俺は、不正解することしかできない。
情けないことに。
みっともないことに。
けれど。それでも。
「ここから出て……幸せになったなら
「いつか……許してもらえるのかな?
「本当に本当の意味で……
「幸せに、なれるのかな?」
情けない俺の言葉を、みっともない俺の説得を、《幸》は信じている。いや、信じたいと願い、縋っている。
なんだよ。
なんだかんだ言って……やっぱり、幸せになりたいんじゃねーかよ。
まぁ、こいつは春風の《自身の幸せを望む》感情だしな。
きっかけがあれば、きっかけさえあれば、自分で自分を助けることのできる感情だ。
けれど。それでも。だから―――
「なれるよ。絶対許してもらえるし、必ず幸せになれる。健気な少女に意地悪すんのは、継母かその娘だけだぜ」
だから俺は、信じてるよ、それは必然だって。
お前は謝ったんだ。
涙の数だけ謝ったんだ。
だったら許してもらえるよ。
お前は確かに、親友を裏切ったのかもしれないけれど。親友と過ごした幸せは、儚く散ってしまったかもしれないけれど。
お前らの友情は、そんなことで散ってしまうほど儚くは、きっとないだろう?
だって相手は、重度のお人好しにして極度のおせっかいなお前の、親友なのだから。