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最初のダンジョン《エントランス・トゥ・ハート》→君の価値

「あの…私は本当に平気だからさ」

「うるさいっ!あんたが良くたって私が良くないのよ!」

 懐かしい声が聞こえる。

 あいつがパーティーから離脱したのはついさっきのことなのだから、懐かしいと言うほど離れてはいないのだけど。

「…あの」

「何よ!?」

 多分( というか確実に )俺が蜘蛛春風と戦っている間に色々試し、そしてそれらが全て駄目だったのだろう。かなり苛立っているのが、遠目にも分かる。

「春風 薫の一部である私には、人のこと言えないんですけど、あなたはその…拘り過ぎていませんか?」「……何に?」

「助けることに。あなたからは、私に似たものを感じるんですけど…」

「確かに似てるかもな」

「「っ!?」」

 自分たち以外の存在の乱入に息を呑む女子2人。

 俺はそれに構わず、幸のいる牢屋の中に、先ほどの戦利品を投げ入れる。

「頑固なとことか、そっくりだよ」

「…助けないんじゃなかったの?」

「助けねーよ?ただ、力を貸せそうだったから、貸しに来ただけだ」

 人は1人で勝手に助かるだけ。

 この言葉は、自分の臆病さや卑怯さを肯定できる。

 助けない自分を、正当化できる。

 だから俺は…この言葉を好んで使う。

「これハクちゃんの眼帯?」

「「ハクちゃん?」」

 聞き慣れない新たな人名に、今度は俺と、名も知らぬ女子の声が重なる。

 ハクちゃんてまさか…あの蜘蛛春風のことか?

「緑野くんはそう呼んでるんだ…。まぁうん、そうだよ。《強迫観念》のハクちゃん」

 《強迫観念》…なるほど。それであんなセリフを言ってたわけか。

 納得とともに、俺は《強迫観念》とのやり取りを回想した。


  ◇


 俺の視界を、黒の閃光が引き裂いた。

 かわせない―――そう思った。

 ロックマンエクゼで言えば、横二列をまとめてぶち抜くようなレーザーが、俺を中心に五本。

 かわせないなら、凌ぐしかない。

 俺は釘バットを正面に構え( 当たり前だがバントの構えではなく、防御の構えだ )、レーザーを防ごうと試みる。

 結果を報告すれば、防御は必要なかった。

 むしろ邪魔だった。

 理由は、誰かが盾になって、代わりにレーザーを受けてくれたからだ。

 そして俺は、身代わりになってくれたためにレーザーが直撃し吹っ飛んできた誰かを、あろうことか釘バットで受け止めてしまったのだ。

「おい…!?大丈夫か!?」

 正面からレーザー、背面から釘バットの直撃を受けて( 改めて文字にしてみると酷い仕打ちだ )踞っているそいつに声をかける。

 話す順番が入れ替わったために、すでにネタバレしてしまったのは申し訳ない限りだが、当然こいつはあの名も知らぬ女子ではない。

 この頃のあいつはたぶん、何一つうまくいく方法がなくてイライラし始めたところだろう。

 この物語に、決別した仲間が助けに来てくれるとか、それまで敵として戦っていた奴が仲間になってくれるとか、その手の美談は無い。

 この物語は喜劇であり、愚痴なのだ。

 だから、レベル上げのときによく見た服を着て踞っているこの女子だって、敵でも味方でもなくて。


「うぅ…痛いぃ〜…。緑野くん、怪我はない?」


 ただの―――《お人好し》だ。

「何で…助けたんだよ?」「うん?何でって、何で?誰かがピンチだったら、助けるでしょ?普通」

 確かに、『普通』ならそうかもしれないけれど。

 俺にとって、お前は敵ではなかったけれど。

 お前にとって―――俺は仇じゃないのか?

 お前の仲間を一方的に傷つけた、憎き敵じゃないのか?

 それこそ『普通』なら―――蜘蛛春風と一緒になって、仲間の仇を討とうとするんじゃないのか?

 俺の疑問に、俺の詰問に。お人好しはそれでも優しく微笑み、ゆっくり首を振ると、差し出すように両手を広げて、一言。


「大丈夫。私はあなたをいじめないよ」


 この物語は、風車に戦いを挑んだ、滑稽な道化の空回りを描いた喜劇であり、主人公になれなかった道化が居酒屋で溢す愚痴のような戯言だ。

 だから道化は―――。


 終始、涙なんか見せないんだ。


「うわっ!?どうしたの緑野くん、どこか痛いの!?」

 直撃を受けた自分よりも、情けない俺を優先してしまうような底無しの優しさに心を打たれたりしないし、これだけ優しい女子を見捨てようとした自分を悔いたりもしない。

「私、庇いきれなかったかな!?他のビームが当たっちゃったかな!?」

 ただ、それでも確信できる。

 名も知らぬ女子の言うとおり、こんなのは嘘だ。

「もー!何してるのハクちゃん!私たちじゃない人に酷いことして、ダメじゃない!」

 他人にこれだけ優しくなれるやつが、幸せになっちゃいけないだなんて。

 他人にこれだけ優しくなれるやつが、その優しさを欠片も自分に向けられないだなんて。

 そんなの嘘だ。

 そういうことにでもしないと、あまりにも報われない。

「…怜悧」

『はい、何でしょうマスター』

「この場での会話を他人に伝える方法って、何かないのか?」

 わかってる。

 世の中には、優しいやつが報われない理不尽が、真面目なやつが損をする不条理が当たり前にある。

『会話…ですか?それはもちろん可能ですが…誰に何を伝えるのですか?』

 頑張っても報われない。

 努力しても実らない。

 春風のこれだって、そんな数多ある理不尽の1つに過ぎない。

 だけど…。

 そんな理不尽が目の前にあるんだ。

 例え実らなくても、それを絶とうと努力するくらい、構わないだろう?だって―――


「《幸》に…春風に。お前は幸せになっていいんだって、伝えたい」


 だって―――ここは、ゲームの中なのだから。

 少しくらい、夢を見させろや。


『それでしたら、この場をしのいで口頭で伝えればよろしいかと』

「それじゃ伝わらねーと思ったから聞いてんだよ!!」

『ていうかマスター、寄り道し過ぎじゃないですか?読者の皆様も、いい加減話進めてさっさと終わって妹とイチャイチャしてろみたいに思っているのではないでしょうか』

「途中までは本当にそう思われているんじゃないかと肝を冷やしたけれど、最後まで聞いてみると読者の代弁というよりお前が面倒くさくなっただけだよな!?」

『正直ぶっちゃけますと、マスターが他の女性のために頑張ることがおもしろくありません』

「そりゃ娯楽性は無いかもしれないが…」

 人を助け…人が助かる手伝いをするんだから、面白いとかつまらないとかじゃないだろうに…。

 この温度差は何なんだ…?

 ままならねぇなぁ。

『…怜悧、しょうがないよ。にーちゃんは、こーいう人だから』

 怜悧と俺の議論をまとめるように打ち切るぐみ。

 その目は、どこか諦めたような、それでいて、こうなることを期待していたような…そんな目に見えた。

『…あの蜘蛛は、身に着けているものも含めて1つの感情です。なので、彼女の所持品を1つ剥ぎ取れば、この場で起きたことの記憶を回収できます』

「剥ぎ取るって…。他に何か言い方はなかったのか?」

 その言い方だと、俺が犯罪者みたいだ。

 いや、どう取り繕っても、やることは完璧に強盗かひったくりのそれなのだけど。

『大義名分を得たからといって、彼女の服を剥ぐとか止めてくださいね』

「俺いつの間にそんな最低認識されてたんだ!?やらねーよそんなこと!」

 少しは兄貴を信用してほしいものだ。

 続いて俺はぐみを見る。

 画面越しに、互いが互いの目を見て語り合う。

 意思の疎通は完璧だが、それでもお互い、声に出す。

 誤解を生まないために。


「春風を助けたい。力を貸してくれ」

『それでこそあたしのにーちゃんさ!』


 蜘蛛春風に向き合う。

 と、足元からひょいと、昆布が生えてきた。

 見てみると、いつの間にやら現れた《昆布大好き》が、俺に回復アイテムの昆布を差し出していた。

 そいつを受け取り、頬張る。

 今までのダメージが回復し、力がみなぎってくる。お人好しも同じように、昆布大好きからもらった昆布で回復していた。

「コンティニューだ。自分勝手で悪いけど、負けたくない理由が出来た」

「ぜーんぜん構わないよ!そんなエモーショナルな変化だけでは、現実は変えられないもの!」

 瞬間、始めのそれがただの遊びでしかなかったと思い知らされるような大量の光球を、蜘蛛春風は召喚した。

 荘厳な空間が、やり場のない狂気で満たされ、それとともに、召喚された大量の光球が夕立みたいに降り注ぐ。

「―――――――ッ!!」

 全てを。

 俺の体は、俺自身が認識できない速度で駆動し、降り注ぐ全ての光球を弾きとばした。

『えと…画面にボタンのマークが出たから反射的に押しちゃったけど…良かったのかな?』

「あぁ、ファインプレーだ―――!」

 言いながら、地面を蹴って蜘蛛春風に飛びかかる。

「ぃっけェェェ!」

 使用したスキル・フルスイングが空を切る。

 釘バットを降りおろすその瞬間、蜘蛛春風がその場から消えたのだ。

『上です、マスター!』

 怜悧の声を耳に捉え、俺は振り返るように上を見る。

 蜘蛛春風は、比較的広いこの空間を所狭しと跳び上がり( 頭なんか天井ですりおろしてんじゃねーか? )、俺のはるか後方に着地した。

「あれは…!」

 俺に向き直った蜘蛛春風は後ろの四本脚で立ち上がり、前の四本脚を俺に向ける。

 そして、それぞれの脚に黒い光を灯すと、機関銃のように掃射する―――!

「うおぉぉぉぉぉぉ!?」

 怜悧の強化プログラムがぐみのコマンド入力( と言っても画面に表示されたボタンを押すだけだが )で発動し、俺の体が本人の意思とは無関係に黒い光球の雨をかいくぐる。

「く……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 数多の光球を避けながら進む俺に対し、これ以上の銃撃は無意味と判断したのだろう。前四本の脚の黒い光を、銃弾ではなく剣の形に放出する。

 俺の身長の倍はあろうかという黒い光の大剣。それが四本、俺目掛けて降り下ろされる。

『させないよっ!』

 前転。

 体が勝手に回って四本の大剣を回避し、そのまま懐に潜り込む!

「残念だったわね、ここでゲームオーバーよ!」

「は……!?」

 蜘蛛春風の怒涛のラッシュ、ラストを飾ったのは蜘蛛の糸だった。

 回避は、間に合わない。

 左右に蜘蛛の脚、前に糸。

 ここで後方に退いてもその場しのぎにさえならない。蜘蛛の糸が当たるのが、少し遅くなるだけだ。

 だから、俺は……釘バットで、糸を巻き取った。

「な……っ!?」

 扇風機に例えれば伝わるだろうか、釘バットを回転させ、飛来した蜘蛛の糸を巻き取る。

 そのせいで釘バットは使えなくなってしまったが……。

「……くぅっ!」

 持ち上げていた前の四本脚を、おもいっきり降りおろす蜘蛛春風。

 だがその脚は俺を狙ったものではなかったらしく、むしろ警戒すべきは結果として脚とともに落ちてきた胴体のほうだった。

「うっ……おぉぉぉ!?」

 蜘蛛春風ののしかかりを食らって( ガルボキューブのCM風に言うならモサッとぐにゃっとしていて、かなり嫌な感触だった )地面に突っ伏していた俺の背中で、何か巨大なものが飛び上がったかのような風が巻き起こる。

 起き上がってみると、俺の上にいたはずの蜘蛛春風がいない。

「危ない危ない。危うく嫁入り前の体に傷を付けられちゃうところだったよ」

 頭の上から声が降ってくる。

 見上げると、蜘蛛春風が天井のはじっこのほうにくっついていた。

 蜘蛛春風の身長( この場合は、地面から頭までの高さのことだ )は俺の倍。天井はそんな蜘蛛春風のさらに倍高いところをふさいでいる。

「これだけ高いところにいれば、緑野くんの攻撃も当たらないよね」

「…確かにな。最適化されている今の俺でも、そこまでは届かない」

 1人なら、何をやっても届かない。

 だけど2人、そして3人なら。

「お人好し!昆布!」

 俺は助けに来てくれた2人の春風を呼ぶ。2人はなぜ呼ばれたのかわからないといった風だったが、蜘蛛春風には通じたようだ。

「そんなのさせないよ…!あんな2人、私なら簡単に消せちゃうんだから!」

「春風!!」

 …いや、俺以外の全員が春風だから、この呼び方だと誰を呼んだかわからないのだけど。

 だけど、反射的にそう叫んでしまった。

 当然、蜘蛛春風はそんな叫びを意にも介さないし、2人に至っては何で俺が叫んだのかもわかってなさげだったけれど。

 そんな2人に、無慈悲にも黒い光球が掃射される。

 あの2人は、ゲーム開始直後の俺の攻撃さえかわせなかった。そんな2人に、先ほどの俺みたいに全て避けろと言うのは、あまりにも酷だろう。つーか俺のあれだって、ドーピングの賜物だし。

 被弾。

黒の光球が、2人に降り注がれる。2人はかわす素振りも見せず……悪意の雨に、呑み込まれた。

「……………っ!」

 が、その直後。

 俺は信じられない光景を目の当たりにした。

 いやもう、本当に色んな意味で信じられない。

「避けられないんなら、当たるたびに回復すればいいんだよ!」

 と。

 彼女たちの姿は、そう語っているようだった。

「「昆布食べながら走ってくる!?気持ち悪っ!!」」

 俺と蜘蛛春風の意見が合った、唯一の場面である。

 そう。

 回復アイテム『昆布』。 助けに来てくれた春風の1人、昆布大好きは、そのアイテムをどうやら無限に持っているらしく、お人好しと昆布を分け合いながら食べ合いながら、こちらに走って来ているのだ。

 ……うん、蜘蛛春風を倒すにあたって、確かにお前たちの力が必要だし、そんな俺の意図を知ってか知らずてか、おそらく知らずに俺に呼ばれたというだけでそこまで頑張ってくれるというのは嬉しいけれど……ごめん、やっぱ気持ち悪い。

 あまりの異様さに気圧されたのか、蜘蛛春風の攻撃が止む。その間に俺は2人と合流し、蜘蛛春風のところまで跳ぶのを手伝ってほしいと伝えた。

「じゃあまず最初に私がすーちゃんを踏み台に跳ぶから、緑野くんはその後同じように跳んで、さらに私を足場に飛び上がる!そんな感じでおっけー?」

「いやいやいや、よくねーだろ。俺はノーダメージだから構わないけど、お前ら踏まれるんだぞ?」

 しかもすーちゃん( たぶん昆布大好きのことだと思う )なんか自分の三倍ほどでかいやつらに二回踏まれる……てか踏み潰されるわけだし。

「んー……でも私たちの力じゃ緑野くんをあそこまで連れていけないし、私たちが行ってもダメージは与えられないし」

 だから、よろしくね緑野くん。

 お人好しがそう言ってこの議論を打ち切ると、すーちゃんは既にスタンバっていた。うーむ、潔い……。

「……よしっ!」

 掛け声とともに、すーちゃんに向かって駆け出すお人好し。

 そしてその2人を、再び蜘蛛春風の攻撃が覆う。

「く……っそぉ!」

 お人好しに続き、俺も釘バットを捨てて走る。

 蜘蛛の糸を巻き取るのに使ったため、もう武器としての役割を果たしそうにないし、走るにあたって邪魔だと判断したからだ。

 女子をあんな銃弾の雨みたいな攻撃にさらしているという事実が俺を苛んだが、そんなことを言っている場合ではない。

 他のことに気を取られて失敗しましたでは、それこそ申し訳なさすぎる。

「よっしゃーっ!」

 威勢のいい掛け声とともに、まずはお人好しが。

 その後、同じようにすーちゃんを踏んで、俺も飛び上がる。

 そして―――

「緑野くん!」

「……悪いっ!」

 お人好しの背中を借りて、俺はさらに上へとジャンプする!

「―――ッ!」

 目の前の蜘蛛春風の表情が驚愕のそれに染まり、続いて俺に狙いを定める。

「幸は出しちゃいけない……私は幸せになっちゃいけない!あの子に酷いことをした私が幸せになるなんて許されない!!」

 ここで格好いい台詞の1つも決められないから、俺は主人公になれないんだろうな。

 羽が生えてるわけではないので、俺の滞空時間は僅かだ。足場も不安定だから、威力も落ちる。

 勝負は一瞬。

 落下の瞬間であれば、足場の悪さによるダメージの軽減は緩和できるはずだ。

 その瞬間が訪れる前に、ありったけの力を拳に込める。

 無論、釘バットよりは数段威力は落ちるが、何の問題もない。


 グレた少年少女を叱るときは、コイツを使うものと相場が決まっている。

「いい加減目ェ覚ませこの加害妄想少女がァァァ!!」


 これだけ優しいやつが、これだけ反省しているんだ。

 何やったか知らねーけど、お前は道を踏み外してしまったのかもしれないけれど。


 幸せになっちゃいけないなんてことは、ないんじゃないかな。

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