最初のダンジョン《エントランス・トゥ・ハート》→FF13が気になるけれど、PS3を持ってないからできない
「うおゎぁぁあああ!!」
蜘蛛春風が打ち出した黒い光球( 変な言葉だ )を体が文字通り勝手に回避し、右手に釘バットが召喚される。
…一応仮にもこのゲームの主人公なのに、武器が釘バットってどうなんだろう。しかもいまだに不審者ルックのままだし。
『大丈夫ですマスター。かの有名な主人公、クラウド=ストラトフの装備品にだって釘バットがありましたから』
「その手のセリフを聞くたびに疑問に思うんだが、お前そういう知識をどっから持ってきてんだ?」
つい先日生まれたばかりの怜悧に、そういうものに触れる時間はなかったはずだけど。
『人間との共同生活のための講習で教わりました』
「国は税金を何に使ってんだ!!」
ガラでもない体制批判をしてしまった。
何で共同生活の講習でそんなコアなことを学ぶんだ…。
『おりょ?怜悧ー、なんかバトル画面が今までと違うんだけど?』
バトル画面が違う?
どういうことだろう…キングダムハーツRe:コーデットのボス戦みたいに、横スクロールになったりシューティングになったりしているのだろうか。
『いえ、コマンドバトル方式はいまいち盛り上がりに欠けるので、FF12方式に変更しました』
「んな打ち切り寸前漫画のテコ入れみたいな理由でシステム変えんな!!」
つい長々とした突っ込みになってしまったけれど、そんな理由で振り回される現場の身にもなってほしい。こっちは実際に命懸けで戦っているのだ。
『大丈夫ですよマスター。別に負けても死んだりはしません』
「え、マジで?」
『えぇ、そこはゲーム世界にして、私の支配空間です。セーブさえしておけば、私の支配者特権でその戦闘をなかったことにして、セーブした地点からやり直せます』
「え、マジで!?じゃあ俺、ほとんど無敵じゃん!」
そうか、ゲームだもんな。セーブしておけばセーブ地点からやり直せるなんて、考えなくてもわかりそうなもんだ。紹介ページにチートのキーワード入れんの忘れてたぜ、あっはっはっは。
『あ、セーブするの忘れてた』
「ガッデェェェム!!」
キーワードなんかより忘れちゃいけないものを忘れていた。
そうだった…プレイヤーはミス・残念の称号をほしいままにする我が妹『ミス・残念って何!?呼ばれたことないよそんなの!』、緑野 ぐみその人『黙ってゲームを続けなさいダメ姉さん』『ダメ姉さんって言うなー!!』だったんだ『って跳んだー!蜘蛛跳んだー!』…え?
『ダメ姉さん、×ボタン!』
『こんな時でもそう呼ぶの!?』
「ぎぃゃぁぁああああ!!」
頭上に落ちてきた蜘蛛( タランチュラみたいに毛むくじゃらなタイプ )から逃げるべくダッシュしようとした矢先、体が勝手に前転した。
前転。
回避行動の王道とも言えるアクション。
『おぉー!にーちゃんがぐるりんちょ!』
『…なんだかダメ姉さんの精神年齢が徐々に下がってきているような…』
「それは俺も感じ…うぉぁっ!?」
再び蜘蛛春風が黒い光球を放つ。
向こうの会話BGMに、こっちのバトルは激化の一途を辿る。
『とにかくぐみちゃん、画面左下を見てください』
『ぐみちゃん!?今ねーちゃんのことぐみちゃんって呼んだ!?』
「っと…!黒の光球は3連射か…」
『コマンド方式の時と同じように、4つのコマンドを用意しました。《戦う》《防御》《回復》《ハズレ》のコマンドが見えまちゅか?』
『姉に対してまさかの赤ちゃん言葉!?怜悧にはあたしが何に見えてるの!?』
「あぶねっ!!糸吐いて来やがった!」
『コマンドは十字ボタンの上下で。今はいませんが、他のキャラクターへの命令は十字ボタンの左右で切り替えます』
『それよりこの《ハズレ》コマンドって何?』
「何だこの紫の液体!?毒攻撃か!?」
『《ハズレ》コマンドは条件が整うまで使えません。他のコマンドについては、今までと変わりません』
『コマンドに対応した能力が最適化されるってこと?FF12っていうよりディシディアのコマンドバトル方式みたいだね』
「マジかよ…!?蜘蛛の脚にそんな使い方があっただと!?」
『商品名を出さないでください。作者の偏りがバレてしまいます』
『その辺はもういくら気を使っても今更じゃない?』
「黒の光球を一ヵ所にチャージしてる!?アクセラレータが空気を圧縮したみたいになってる!!」
『大丈夫です。スクウェア・エニックスを知らない人にはまだバレていないはずです』
『でもスクエニ知らない人って少数派だと思うよ?FFとドラクエって、誰しも一度はやったことがあると言っても過言じゃないくらい世の中に浸透してるタイトルだし…』
「いい加減こっちに参加しろお前らァァァ!!」
キレた。
さすがにキレた。
現場が前線で命のやり取りをやってる間に何の論争を繰り広げてるだあいつらは…!
『いけません姉さん、私たちの最愛のマスターが大ピンチです!』
『ホントだ!あたしたちの大好きなにーちゃんが大ピンチだ!』
「それがさっきまで完全に放置してた人間にかける言葉か!」
嘘っぽさがバブル時代だ。
嫌いなら嫌いと言ってくれたほうが気が楽なんだが…。
『よーし、行くよにーちゃん!』
「あぁ、頼むぜホントに…」
ぐみがコマンドを選び、それに合わせてプログラムが俺を最適化する。
選ばれたコマンドは当然だ。
「よっしゃ、いくぜェェェ!!」
戦う力を借り受け、力強く地面を蹴って相手の懐に潜り込む!
蜘蛛春風は、人間部分こそ原寸大だが、蜘蛛部分はそれ単体で俺よりでかい。
しかし最適化された俺の脚力は、二倍以上あるサイズの差を難なく塗りつぶし…春風のところまで、飛び上がる!!
「………ッ!?」
『いっけぇー!にーちゃん!』
息を飲む蜘蛛春風と、すでにとどめの一撃みたいなテンションになっているぐみ。
蜘蛛春風が俺を迎撃しようとしてだろう、黒の光球を3つ生み出したが、もう遅い。
俺は大きく振りかぶった釘バットを、蜘蛛春風目掛けて―――
「ぐぁぁっ!」
『マスター!?』
『にーちゃん!?』
迷った。
釘バットで女子を殴ることについて考察した、その結果。
蜘蛛春風の光球が直撃し、俺はみっともなく地面を転がった。
『その議論は洞窟の入り口で終わったんじゃなかったの!?ていうかにーちゃんは、下が蜘蛛でも上が女の人なら構わないの!?』
「構わないってなんだよ!どういう視点からの突っ込みだそれ!」
『マスターの中での女性度は《妹<下半身蜘蛛の人》なのですかということです』
「んなワケあるかァァァ!両方枠外だ!」
「…女の子なら誰でもいいってこと?」
「違うっつの!何でお前まで参加してくるんだよ!」
なぜか蜘蛛春風を含む全員から、よくわからない非難をされた。
…人間に限らず、命を傷つける行動を躊躇うのは、人として正しいことだと思うのだが…。
まぁ、確かにぐみの言う通り、これはもう終わった議論だ。それをいつまでもぐちぐち言っていたのだから、非難の1つもされて当然か。
「…よしっ、コンティニューだ。こっから先は、もう迷わない」
気持ちを切り替えるために、そう呟く。
おそらくは偶然そのタイミングで、蜘蛛春風が俺の頭上に飛び上がる。
自分よりもでかい蜘蛛( しかもタランチュラ )が降ってくるのは、何度見ても気持ちが悪い。
逃げるように回避し、反撃しようとする。
「って、また黒の光球かよ…!」
着地するとともに、蜘蛛春風は次の攻撃の準備を整えていた。
自分のふいにしたチャンスが如何に貴重だったか、遅まきながら理解する。
『あれもボールなんだし、こう、かきーん!って打ち返せないの?』
「……………」
反射的に「馬鹿かお前は」と突っ込みそうになったが、確かにやってみる価値はあるかもしれない。
駄目で元々だし、成功すれば逆襲の足掛かりになる。
慣れないバット( 釘付き )を構え、光球が飛んでくるのを待つ。今までの戦闘の中で、あれが一斉に飛んできたことはない。光球の数は3つ。
「きた…っ!」
第一球。は、空振り。
打てなかった光球が俺に命中する。
「く…そ…ッ!」
休む間もなく第二球。
釘バットに光球がミートし、前方に飛んでいくが…
「ハズレか…。ただ返しゃいいってわけじゃねーんだな」
しかし俺を狙って飛来する光球は、明らかにストライクゾーンから外れている。打つことさえ難しいあの球を正面に打ち返すなんて、それこそプログラムの助けでも無い限り俺には…
『…ねぇ怜悧、さっきから画面に○とか×とかのボタンが出てくるんだけど、これってなんなの?』
「それだァァァ!!」
『え!?え!?何が!?何の話!?』
「話の流れで分かれよ!画面にボタンが出てきたらそのボタンを押すんだよ!」
『…そんな話の流れ、なかったもん…』
子供のように反論をしながら、それでも一応ボタンを押した。
第三球、俺も釘バットを振る。
当たりはしたが、やはり俺を狙って放たれた光球なので、正面からは捉えられず、光球の横を叩くような形になった、が。
光球は放物線を描いて飛んでいき、蜘蛛春風に命中する。
「よっ「痛っ!?」しぉー…」
春風と同じ顔したやつに春風と同じ声で悲鳴をあげられると、素直に喜べない…。
同級生の女子を苛めてるみたいな気がしてきた…。
『気に病むことはありませんマスター。あれはあれです、『涙は女の武器』と同じ理屈です』
「ちぇっ、バレちゃった。緑野くん優しそうだから、つけ入れると思ったんだけどな…」
「お前実はそんなしたたかなやつだったのか!?」
俺の持つ春風のイメージがガリガリ変わっていく。今まで学校で見てきたのは、どうやら本当に表層でしかなかったらしい。
…しかし今の会話、なんか違和感があるんだが…気のせいか?気のせいだよな。
下手に伏線を張るようなことして、何でもありませんでしたじゃ格好つかねーし。
「でもこれじゃ跳ね返されちゃうんだね。だったら…」
そう言って蜘蛛春風は、先ほどとは比較にならないほど大量の光球を召喚し、それらをそれぞれ五ヶ所に分けて集約し始めた。
「ぐみちゃんたちがお喋りしてるときに、緑野くんには見せたよね」
「あー、見た見た。あのアクセラレータみたいに圧縮して撃つレーザーのやつだろ?」
「あくせろりーた?誰それ?」
「お前が実はとある魔術の禁書目録知っているんじゃないかという疑いが急速に頭をもたげるような的確な間違いかただが、本当に知らないのなら気にしなくていいよ」
1つ、また1つと、光球はそれぞれの箇所に吸い込まれ、そのたびに新たな光球が召喚される。
1つ、また1つと。
「そう…あのレーザーをこれだけ撃てば、打ち返せないよね?それとも、今度はバントとかを試してみる?」
「いやいや、バントって自分がアウトになるのが前提じゃん」
そして。
黒い閃光が、俺の視界を引き裂いた。