悪役令嬢です。魔王を匿ってますが、何か問題でも?
約3千字。シリアスめです。
「おい! 魔王を匿っているというのは、本当か!」
「はい」
玉座の間が静まり返った。
「……認めるのか?」
「いけませんでしたか?」
「いけないに決まっておろう!」
国王陛下は玉座の肘掛けを叩いた。
朝から元気なことである。
私は公爵家の令嬢だ。ひと月ほど前からは、魔王を匿う悪役令嬢とも呼ばれている。
原因はマリウスという七歳の男の子を屋敷に迎えたことだ。
なお、当の魔王は昨晩、ニンジンを残して私に叱られた。
「陛下。まず確認したいのですが、マリウスが魔王だという根拠は?」
「神殿の予言だ! あの子はやがて大陸を炎に包み、幾万もの命を奪う!」
「七歳で?」
「未来の話をしておる!」
「では、今はただの子どもですね」
「屁理屈を申すな!」
宰相がコホンと咳払いをした。
「慎みたまえ。陛下は民の安全を案じておられる。王国の保護下にあった危険人物を、無断で連れ去った罪も重い」
「保護、ですか」
「そうだ」
「両手に拘束具をつけて、地下室で寝かせることを、王宮では保護と呼ぶのですね」
宰相の咳が止まった。
「……何の話だ」
「王宮北棟、地下三階。窓のない部屋です。マリウスの手首に、まだ痕が残っています」
「魔力の暴走を防ぐためだ!」
「それはおかしいですね」
私は首を傾げた。
「暴走を防ぐなら、どうして毎晩、魔力を限界まで引き出していたのでしょう」
「なっ……」
「七番実験室の記録です。魔力抽出、魔核定着、再生試験。ずいぶん熱心に研究なさっていたようで」
陛下が口を閉じた。
言ってはいけないことまで言いそうになった顔である。
「その記録は国家機密だ!」
「では、存在は認めるのですね」
玉座の間が、また静かになった。
宰相が額を押さえた。お疲れさまである。
「……答えよ。どこでそれを手に入れた」
「マリウスが持っていた一枚の紙が、きっかけです」
「紙?」
「実験室の搬入票です。自分の名前が書いてあると、大事そうに抱えていました。あとは公爵家で少々調べました」
私はその光景を思い出した。
雨の中、裸足の男の子が震えていた。追っ手に見つからないよう、泣くのも我慢して。
抱き上げると、ひどく軽かった。
「つまり、盗人を匿ったということか!」
「自分を何度も痛めつけた記録を持ち出すと、盗人になるのですか?」
「王家の物を持ち去れば盗みだ!」
「なるほど。ではマリウスも、王家の所有物なのですね」
「そうは言っておらん!」
「おっしゃったのと同じです」
陛下は顔を赤くした。
だが、ここで引き下がる方ではなかった。
「いいか! たとえ王宮の研究に行き過ぎがあったとしても、あの子が危険であることに変わりはないのだ!」
「ほう」
「先日の脱走では兵が三人、重傷を負った。北棟の壁も吹き飛んだと聞く。そんな力を市井に放てば、何が起こる!」
それは事実だった。
マリウスの魔力は並の魔術師の百倍以上。本人が泣いただけで、屋敷の窓が全部震えたこともある。
「一人の子を守るために、民を危険にさらすというのか? それでも公爵家の娘か!」
衛兵たちの視線が私に集まった。
なかなか上手い切り返しだ。ここまでで一番、王らしい。
「その三人は、何をしていた兵士ですか?」
「何?」
「逃げるマリウスを、槍で突いた兵士でしょう?」
「取り押さえようとしたのだ!」
「七歳の子どもを槍で?」
「相手は魔王だ!」
「また最初に戻りましたね」
私は小さく息を吐いた。
「では、陛下。予言はいつ下されたのですか」
「ひと月前だ。大神官が神託を受けた」
「マリウスが逃げたのは?」
「……その三日前だ」
「なぜ七年もの間、未来の魔王を神殿は見抜けなかったのでしょう」
「神の御心を人間が測れるものか!」
「なるほど。では、予言の原本はありますか?」
「もちろんだ!」
陛下が合図すると、宰相が一枚の羊皮紙を取り出した。
私は目を通す。
「『黒き星の子は王国を滅ぼす。直ちに捕らえ、封じよ』……ずいぶん都合のよい神託ですね」
「不敬だぞ!」
「神託の原本には大神官の聖印が必要です。これは王家の公印ですね」
「神殿から王宮に提出されたものだ!」
「その神殿から、発行した覚えがないと回答をいただきました」
「……なに?」
「大神官も、ご自分の名前で命令書を出されて驚いていましたよ」
宰相が陛下を見た。
陛下は宰相を見た。
どうやら、相談が足りなかったらしい。
「予言は偽物です。実験が露見しかけたので、逃げた子どもを悪者にして回収することにした。そういうことでしょう?」
「証拠もなく王家を愚弄するか!」
「ありますよ」
私は封筒を取り出した。
「北棟の研究費。孤児院からの児童移送記録。王印のある実験許可状。それから、失敗した場合の処分命令書」
「……処分?」
「はい。研究が国外に漏れた場合、被験者を消せと」
陛下の表情が消えた。
「それを寄越せ」
「お断りします」
「今すぐ渡せ!」
「写しです。原本はもう、この国にはありません」
私は封筒を扇のように揺らした。
「隣国の外務卿に預けました。国境を越えた人身売買と、禁じられた人体改造の記録です。両国が署名した条約には、ずいぶん厳しい罰則がありましたね」
「貴様……!」
「ご安心を。公表はまだです。王国がマリウスの保護と私たちの出国を認めるなら、隣国も正式な調査まで情報を伏せるそうです」
「脅迫する気か!」
「交渉です。陛下のお得意な」
陛下が近衛騎士に目配せした。
剣の柄に手がかかる。
「ここで私を捕らえれば、明日の朝には全記録が関係各国に届きます。隣国の使節も、いま王宮の正門で待っていますので」
「……最初から、そのつもりで来たのか」
「陛下がお話の分かる方なら、こんな手間はいらなかったのですけれど」
沈黙が落ちた。
やがて陛下は、押し殺した声で言った。
「国を守るためだった。あの子の力があれば、隣国に後れを取らずに済む。多少の犠牲はやむを得ぬ」
ああ。
それを言ってはいけなかった。
「多少?」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
「マリウスは夜になると、明日は痛くしないで、と泣きます。ご飯を残したら殴られると思って、吐くまで食べようとする。眠るときも、誰かの手を握っていないと震えるんです」
誰も口を開かなかった。
「その子の七年間を、多少とおっしゃる?」
「……王たる者には、大局が」
「結構」
私は国王の言葉を切り捨てた。
「国だの正義だの、好きなだけお語りください。ただし、あなた方の都合で子どもを傷つけることまで正当化なさらないで」
「口を慎め、悪役令嬢!」
「ええ。私は悪役で結構です」
腰を折り、礼をする。
「子ども一人救えない正義の味方になるくらいなら、喜んで悪役を名乗りましょう」
もう話すことはない。
「出国許可状は宰相閣下からいただきます。陛下、どうぞお元気で」
私は玉座に背を向けた。
背後から何か怒鳴り声が聞こえたが、聞かなかったことにした。
子どものお迎えに、遅れてしまう。
* * *
それから五年。
私とマリウスは、隣国で平和に暮らしている。こちらへ来てすぐ、彼を正式に養子に迎えた。
王国の実験施設は国際調査で閉鎖され、責任者たちは裁きを受けた。前国王も退位したらしい。詳しくは知らない。知る必要もない。
こちらでは、マリウスの魔力は重宝されている。
魔力の制御を学び、困っている人を助け、その功績から今では将来の勇者候補などと呼ばれるようになった。
魔王から勇者へ。
本人は何一つ変わっていないというのに、なんとも皮肉な話だ。
とはいえ、暮らしに不自由はない。学園の成績も優秀で、将来を約束するという令嬢からの申し出も後を絶たない。
私も、そろそろ安心してよいだろう。
……ただ一つ、問題があるとすれば。
「マリウス。今日も縁談を断ったそうね」
「はい!」
十二歳になったマリウスは、満面の笑みで答えた。
「どうして? 素敵なお嬢さんだったでしょう」
「嫌です! 僕は母上と結婚します!」
「……それは無理と言ったでしょう」
「どうしてですか!」
「私があなたの母親だからよ」
「では、母上の子どもをやめればいいんですね!」
「そういう問題じゃないわ」
世界を滅ぼすと予言された子どもは、今日も私の膝に抱きつこうとしている。
……やれやれ。どうもこの世は魔王や勇者となるより、親離れの方が難しくできているらしい。
最後までお読みいただきありがとうございました。もしよければ、↓の☆評価をもらえると嬉しいです!




