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悪役令嬢です。魔王を匿ってますが、何か問題でも?

作者: 宮田花壇
掲載日:2026/10/31

約3千字。シリアスめです。

「おい! 魔王を匿っているというのは、本当か!」


「はい」


 玉座の間が静まり返った。


「……認めるのか?」


「いけませんでしたか?」


「いけないに決まっておろう!」


 国王陛下は玉座の肘掛けを叩いた。


 朝から元気なことである。


 私は公爵家の令嬢だ。ひと月ほど前からは、魔王を匿う悪役令嬢とも呼ばれている。


 原因はマリウスという七歳の男の子を屋敷に迎えたことだ。


 なお、当の魔王は昨晩、ニンジンを残して私に叱られた。


「陛下。まず確認したいのですが、マリウスが魔王だという根拠は?」


「神殿の予言だ! あの子はやがて大陸を炎に包み、幾万もの命を奪う!」


「七歳で?」


「未来の話をしておる!」


「では、今はただの子どもですね」


「屁理屈を申すな!」


 宰相がコホンと咳払いをした。


「慎みたまえ。陛下は民の安全を案じておられる。王国の保護下にあった危険人物を、無断で連れ去った罪も重い」


「保護、ですか」


「そうだ」


「両手に拘束具をつけて、地下室で寝かせることを、王宮では保護と呼ぶのですね」


 宰相の咳が止まった。


「……何の話だ」


「王宮北棟、地下三階。窓のない部屋です。マリウスの手首に、まだ痕が残っています」


「魔力の暴走を防ぐためだ!」


「それはおかしいですね」


 私は首を傾げた。


「暴走を防ぐなら、どうして毎晩、魔力を限界まで引き出していたのでしょう」


「なっ……」


「七番実験室の記録です。魔力抽出、魔核定着、再生試験。ずいぶん熱心に研究なさっていたようで」


 陛下が口を閉じた。


 言ってはいけないことまで言いそうになった顔である。


「その記録は国家機密だ!」


「では、存在は認めるのですね」


 玉座の間が、また静かになった。


 宰相が額を押さえた。お疲れさまである。


「……答えよ。どこでそれを手に入れた」


「マリウスが持っていた一枚の紙が、きっかけです」


「紙?」


「実験室の搬入票です。自分の名前が書いてあると、大事そうに抱えていました。あとは公爵家で少々調べました」


 私はその光景を思い出した。


 雨の中、裸足の男の子が震えていた。追っ手に見つからないよう、泣くのも我慢して。


 抱き上げると、ひどく軽かった。


「つまり、盗人を匿ったということか!」


「自分を何度も痛めつけた記録を持ち出すと、盗人になるのですか?」


「王家の物を持ち去れば盗みだ!」


「なるほど。ではマリウスも、王家の所有物なのですね」


「そうは言っておらん!」


「おっしゃったのと同じです」


 陛下は顔を赤くした。


 だが、ここで引き下がる方ではなかった。


「いいか! たとえ王宮の研究に行き過ぎがあったとしても、あの子が危険であることに変わりはないのだ!」


「ほう」


「先日の脱走では兵が三人、重傷を負った。北棟の壁も吹き飛んだと聞く。そんな力を市井に放てば、何が起こる!」


 それは事実だった。


 マリウスの魔力は並の魔術師の百倍以上。本人が泣いただけで、屋敷の窓が全部震えたこともある。


「一人の子を守るために、民を危険にさらすというのか? それでも公爵家の娘か!」


 衛兵たちの視線が私に集まった。


 なかなか上手い切り返しだ。ここまでで一番、王らしい。


「その三人は、何をしていた兵士ですか?」


「何?」


「逃げるマリウスを、槍で突いた兵士でしょう?」


「取り押さえようとしたのだ!」


「七歳の子どもを槍で?」


「相手は魔王だ!」


「また最初に戻りましたね」


 私は小さく息を吐いた。


「では、陛下。予言はいつ下されたのですか」


「ひと月前だ。大神官が神託を受けた」


「マリウスが逃げたのは?」


「……その三日前だ」


「なぜ七年もの間、未来の魔王を神殿は見抜けなかったのでしょう」


「神の御心を人間が測れるものか!」


「なるほど。では、予言の原本はありますか?」


「もちろんだ!」


 陛下が合図すると、宰相が一枚の羊皮紙を取り出した。


 私は目を通す。


「『黒き星の子は王国を滅ぼす。直ちに捕らえ、封じよ』……ずいぶん都合のよい神託ですね」


「不敬だぞ!」


「神託の原本には大神官の聖印が必要です。これは王家の公印ですね」


「神殿から王宮に提出されたものだ!」


「その神殿から、発行した覚えがないと回答をいただきました」


「……なに?」


「大神官も、ご自分の名前で命令書を出されて驚いていましたよ」


 宰相が陛下を見た。


 陛下は宰相を見た。


 どうやら、相談が足りなかったらしい。


「予言は偽物です。実験が露見しかけたので、逃げた子どもを悪者にして回収することにした。そういうことでしょう?」


「証拠もなく王家を愚弄するか!」


「ありますよ」


 私は封筒を取り出した。


「北棟の研究費。孤児院からの児童移送記録。王印のある実験許可状。それから、失敗した場合の処分命令書」


「……処分?」


「はい。研究が国外に漏れた場合、被験者を消せと」


 陛下の表情が消えた。


「それを寄越せ」


「お断りします」


「今すぐ渡せ!」


「写しです。原本はもう、この国にはありません」


 私は封筒を扇のように揺らした。


「隣国の外務卿に預けました。国境を越えた人身売買と、禁じられた人体改造の記録です。両国が署名した条約には、ずいぶん厳しい罰則がありましたね」


「貴様……!」


「ご安心を。公表はまだです。王国がマリウスの保護と私たちの出国を認めるなら、隣国も正式な調査まで情報を伏せるそうです」


「脅迫する気か!」


「交渉です。陛下のお得意な」


 陛下が近衛騎士に目配せした。


 剣の柄に手がかかる。


「ここで私を捕らえれば、明日の朝には全記録が関係各国に届きます。隣国の使節も、いま王宮の正門で待っていますので」


「……最初から、そのつもりで来たのか」


「陛下がお話の分かる方なら、こんな手間はいらなかったのですけれど」


 沈黙が落ちた。


 やがて陛下は、押し殺した声で言った。


「国を守るためだった。あの子の力があれば、隣国に後れを取らずに済む。多少の犠牲はやむを得ぬ」


 ああ。


 それを言ってはいけなかった。


「多少?」


 自分でも驚くほど、冷たい声が出た。


「マリウスは夜になると、明日は痛くしないで、と泣きます。ご飯を残したら殴られると思って、吐くまで食べようとする。眠るときも、誰かの手を握っていないと震えるんです」


 誰も口を開かなかった。


「その子の七年間を、多少とおっしゃる?」


「……王たる者には、大局が」


「結構」


 私は国王の言葉を切り捨てた。


「国だの正義だの、好きなだけお語りください。ただし、あなた方の都合で子どもを傷つけることまで正当化なさらないで」


「口を慎め、悪役令嬢!」


「ええ。私は悪役で結構です」


 腰を折り、礼をする。


「子ども一人救えない正義の味方になるくらいなら、喜んで悪役を名乗りましょう」


 もう話すことはない。


「出国許可状は宰相閣下からいただきます。陛下、どうぞお元気で」


 私は玉座に背を向けた。


 背後から何か怒鳴り声が聞こえたが、聞かなかったことにした。


 子どものお迎えに、遅れてしまう。



 * * *



 それから五年。


 私とマリウスは、隣国で平和に暮らしている。こちらへ来てすぐ、彼を正式に養子に迎えた。


 王国の実験施設は国際調査で閉鎖され、責任者たちは裁きを受けた。前国王も退位したらしい。詳しくは知らない。知る必要もない。


 こちらでは、マリウスの魔力は重宝されている。


 魔力の制御を学び、困っている人を助け、その功績から今では将来の勇者候補などと呼ばれるようになった。


 魔王から勇者へ。


 本人は何一つ変わっていないというのに、なんとも皮肉な話だ。


 とはいえ、暮らしに不自由はない。学園の成績も優秀で、将来を約束するという令嬢からの申し出も後を絶たない。


 私も、そろそろ安心してよいだろう。


 ……ただ一つ、問題があるとすれば。


「マリウス。今日も縁談を断ったそうね」


「はい!」


 十二歳になったマリウスは、満面の笑みで答えた。


「どうして? 素敵なお嬢さんだったでしょう」


「嫌です! 僕は母上と結婚します!」


「……それは無理と言ったでしょう」


「どうしてですか!」


「私があなたの母親だからよ」


「では、母上の子どもをやめればいいんですね!」


「そういう問題じゃないわ」


 世界を滅ぼすと予言された子どもは、今日も私の膝に抱きつこうとしている。


 ……やれやれ。どうもこの世は魔王や勇者となるより、親離れの方が難しくできているらしい。


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