9 横暴
「王国騎士団、討伐部隊所属騎士ベールマーだ」
「初めまして、騎士ベールマー様。エヴァーツ伯爵家跡取りのヘルガと申します。こちらは婚約者のオリヴァーです。本日はよろしくお願いします」
「……」
今日の来客の予定と言うのは、依頼によってやってくる騎士の対応だった。
そもそも騎士団というのは王家に仕えている、騎士の称号を持つ集団のことを言うのは当たり前のことである。
しかしその中でも業務は大まかに三つに分かれている。一つは王族の警護、二つは治安の維持、三つ目は魔獣の討伐だ。
そしてその魔獣の討伐というのが一般貴族に直接関わりのある部分で、魔獣はどの領地にも数に差はあれど等しく出現する。
魔獣は多くの場合、魔力を持つ貴族を狙い食らう恐ろしい生物で魔法を操る。
そのため一般の平民の兵士では討伐が難しい。
そういった理由もあり、騎士団を動かす権利を持つ王家へと討伐依頼を出して、こうして騎士に来てもらうのだ。
頻度は領地によってまちまちで、大領地では、領主一族が個別に騎士団を抱えている場合もあり、依頼をせずとも常に討伐を自分たちで行える場合もあるのだとか。
しかしエヴァーツ伯爵家はあいにくその限りではない。
定期的に来てもらって森を見回ってもらい、強力な魔獣がでて被害が出ないようにする必要がある。
「早速ではありますが、領地についての説明と、それから魔獣の出現種類についてのお話をさせていただこうと思いますが……」
「ああ、それについては俺が。こういう業務も配偶者としては必要なことだろうから、やらせてくれ」
目の前に座っている体の大きな騎士ベールマーを見つめてヘルガが言葉を尻すぼみにすると、即座にオリヴァーが笑みを浮かべて仕事を奪い去ろうと画策する。
オリヴァーがにこりと笑みを浮かべて書類を用意したフローラを見つめると、彼女もニコッとして書類を渡してしまったのだった。
しかし、どうにも目の前にいる騎士は、そういうつもりではなさそうだった。
「説明など、してもらわなくて結構だ」
「……」
「……」
ベールマーは腕を組んで、神経質に人差し指をトントンとしていた。
その言葉にヘルガとオリヴァーは一度お互いをなんとなく視線だけで見つめて、それから同じようなきょとんとしているお互いの顔を見てからベールマーの元へと視線を戻した。
「……はぁ、無神経で箱入りのお嬢様には、俺がなぜこんな態度なのわかんんねぇんだろうな」
人差し指をトントンとする仕草が収まったと思うと、今度は片足をリズムをとるように揺らして顎を突き出し見下すようにヘルガを見つめていた。
まるで、攻撃対象でも見ているかのようにベールマーは変にヘルガから一切目を離さない。
それは威嚇に見えた。
(どうやら敵意を隠す気も、なさそうですね……)
「オスヴィンの件でわかってたが、はぁ、これは生意気な女だな。カリーナみたいに強いわけでもないのに、何事もなかったふりしやがって」
「……」
「なぁ、ヘルガ――」
「いいんです」
「でも」
「オリヴァー、まずは話を聞こうじゃないですか」
異変を察知し、オリヴァーがヘルガをこの状況からとりあえず遠ざけようとしたことについても、ヘルガは察知して否定した。
ヘルガはオリヴァーを安心させるために丁寧に言葉を紡いで返したが、目の前の威圧的な男に対して同じく目をそらさずにいた。
「話を聞こうだと? お高くとまって偉そうなことだな。はっ……単刀直入に言わせてもらう。俺が今日この領地の依頼を受けたのはお前からきっかりと謝罪をしてもらわないことには気持ちがおさまらねぇからだ」
「謝罪、ですか」
「ああ、そうだ。俺らのダチをはめてくれただろ。その上、こうして会ってもまったく素知らぬ顔、同期でダチの俺のことを聞いてないはずもねぇ」
「……」
「姑息な手段であいつらの友情をぶち壊しにしやがって、そんなことして許されると思ってんのか?」
ヘルガは少し考えて思い出せるか試してみたが正直なところ、ベールマーのことなど思い出せない。
聞いていないかもしれないし、聞いたとしてももうそんな必要ない情報など覚えているわけもない。
しかし、なにはともあれ、ベールマーの声は大きく、その話し方は常にけんか腰だ。
その様子は、自分を怒らせたらどうなるかわからないぞ、自分は人を攻撃する準備があると、言外に主張しているようだった。
「ダチをあんな目に遭わせた上で、よくもまぁ平然とした顔で騎士団に依頼なんて出せたなお前」
「……」
「騎士団の結束はかてぇんだよ。もちろん奴らは一線を越えたかもしんねぇ、でも俺らは同士で盟友なんだ。大事にされちゃあ、ああするほかなかったが、これからは今までみたいに守ってもらえると思うんじゃねぇぞ」
「……」
「あぁ? わかってんのかよ?」
言いながらベールマーは今度は前のめりになり、下から睨みつけるようにヘルガのことを見つめて、ダンッと拳をローテーブルに打ち付けた。
ガシャンッとテーブルの上に乗っているものがはねて音を立てる。
「話は理解しました、がそれを言いに来たということでかまいませんか?」
「あ? ほんとに生意気な女だな」
「……」
「チッ、許してほしいなら謝罪の一筆ぐらい奴らに書いて、俺に依頼料を弾む約束をするべきだろぉ? こうやって世間知らずのお前に、世間の世知辛さっと正しいだけがイイコトじゃないって教えてやったんだからな」
話を聞いていると、やっと彼からの要求が顔を出す。
(友人への謝罪と、依頼料の上乗せ…………なるほど)
そうすると、何かといろいろなことが見えてきて、ヘルガは口元に手を運んだ。
「おい、無視してんじゃねぇぞっ!」
怒鳴るように言われて、驚いて体が少しはねる。隣でオリヴァーが握った拳を振るわせているのが視界の端に見える。
しかし、脅かされてもヘルガは、腹がたちはするが、それほど怒ってはいなかった。
オスヴィンとカリーナの時よりもどちらかというと、敵意と害意がわかりやすかったので、怒るというよりすでに応戦の状態だった。
「無視などいたしません。主張は理解いたしました。きちんと対応いたします」
「はっ、物わかりが良いじゃねぇか」
「……」
「なら、確認取れたら、仕事してやるよ。わかったな」
ベールマーは肩で風を切るような歩き方をして、つかつかと去って行く。
彼の主張は乱暴なように見えて、案外やっかいな主張だったりする。
そもそも騎士団が貴族の領地を守るために騎士を派遣してくれるのはなにも、この国に住まうものの権利というわけではない。
依頼は、お願いに近い形であり、王家に害をなすような強大な魔獣が出た場合にのみ必ず対応してもらえる。
義務ではないからこそ依頼は受ける騎士がいなければ成り立たず、お互いにリスペクトする関係性があるからこそ成り立つ関係だ。
ベールマーの態度は、気分を損ねるようなことをされたから仕事を後回しにしているだけとも言えるのだ。
解決すると言うよりも和解するしかなく、あの態度に折れる人間も多いのだろう。
きっと、彼は元からああで、オスヴィンとカリーナの件があって目をつけられた、もしくは、オスヴィンが手を回したか。
なにはともあれ、所属している場所の権力を使って、ヘルガをやり込めて謝罪させようとしてきているわけだ。
「っ、なぁ、びっくりしただろ、大丈夫か。あーくそっ、腹立つ」
一言でむかつきと心配を口に出して、むしゃくしゃしている様子のオリヴァーに「大丈夫ですよ」とあまり考えずに返した。ほかの考え事で忙しかったからだ。
そして、考え事というのは彼にそのやり方で屈する人間ばかりなんかではないとどうわからせるかというものだ。




