8 迷子
「本当にチェスしてるだけなんですかっ!」
「ま、まぁ」
「本当の本当にっ?!」
「……」
「一週間以上、夜はずっと一緒に過ごしているのに!?」
ヘルガはそれとなくフローラにあれからどうか、どんな甘い会話をしているのかと問われて頭の中に様々なことがよぎった。
ことの始まりは、そもそもオリヴァーがヘルガの言葉を真面目に受け取らずに、あんなふうにからかったせいだ。
断じてヘルガが、彼と連絡を絶つまえに勝ち逃げされたことを根に持っていて熱中していると言うわけではない。
断じてだ。一応、からかっていると言ってもオリヴァーの幸福とは何かという問いに『ヘルガとともに過ごす今の時間』という答えももらっている。
そう考えると一緒にゲームをするのは、彼の要求に応えているとも言えるだろう。
そうフローラに力説することもできる。しかし、そういうことではないというのはヘルガにだってわかっている。
「こ、これが長年一緒にいた幼なじみということですか……く、くぅ、なかなか甘酸っぱい男女のむつみごとに到達しませんねっ!」
「……」
「しかし、あれこれと過ぎたことを言うのは使用人としてナンセンスッ、それに二人の距離感の正解がそれなのかもしれませんし……」
けれどもフローラも引き際をわかっていて、ヘルガたちを進展させるのは難しいと言いながらも、それが二人の正解なのかもと自分を抑えて、ヘルガにドレスを着せる。
これから来客の予定があるので、しっかりとした身支度が必要だ。
「でも、ヘルガ様は、今よりももっとオリヴァー様をいっぱい知ってヘルガ様と結婚を選んでよかったって思って欲しいんでしょう?」
裾を整えながらフローラが問いかける。
その言葉は、ヘルガが彼を幸福にしたい、絶対にそうすると決めた理由にとても近しいものだった。
(そうなんです。絶対に、幸せになってほしい……私を選んだことをオリアヴァーに後悔してほしくない……だから、幸福にしたいんです、よかったって思ってほしい)
そう思われるためにヘルガは頑張りたい。でも今はその方法もわからず、向かう方向も迷子である。
「……はい」
「そうですよね。でも距離感は以前からずっと決まってて……うーん。難しいですねっ!」
「難しいです」
「応援してますっ!」
「ありがとうございます」
結局フローラとヘルガの会話で答えが出ることはなかったが、一週間もチェスに打ち込んでしまったのだ。
またなにか新しい案が必要だろうと思いながら来客の対応に向かったのだった。




