41 選択
食事自体は、交流目的としてオリヴァーの円滑なフランクへのフォローもあり終始和やかな雰囲気で進み、ヘルガも公爵家の料理人が腕を振るった素晴らしい料理にしたつづみを打つことができた。
デザートまで食べ終えた後、食後のゆったりとした時間、場所を移してソファーのある広々とした応接室へと案内された。
それぞれ席に着き、お茶が用意され、口に運ぶとこれからが本番だという緊張感があたりをつつんでいた。
どんなに良い人でどんなに良いコミュニケーションをとれたとしても、お互いに背負っているものがあるし譲れないものもある。
利害が一致しなければ、敵対することもあるしどう転ぶかわからない。
それを切り出すことには勇気がいるのだ。核心に迫ることは火種になる。
それがわかっている故の重い空気が立ちこめていた。
「一つ、話をさせてくれ」
口を開いたのは、ハイムゼート公爵だった。
彼に向かってその場にいた全員の視線が集まり、ハイムゼート公爵は一人一人の目を見ながら語り始めた。
「知っての通りのことではあるが、我がハイムゼート公爵家は王家の傍系として度々、王家と血筋を交えてきた。バルトロメウス国王陛下の妹であるエレオノーラはわしの妻でありコルネリアがまだ幼い頃にこの世を去った」
「……存じております」
「わが妻はあっぱれなほど勝ち気な性格であり、なおかつ正義感の塊のような女性でな、わしでさえ気後れすることがあったほどだ」
表情には悲しんでいる様子は見られなかったが、声音は先ほどとは違って弱く、気持ちがこもっていることがわかる。
「飢饉が起きたのは婚前のことだった。希にこの国では土地からの魔力が枯れ酷い不作に見舞われることがあるのは、古くから土地をもっている貴族には周知の事実だ」
「はい」
「国の予算も毎年そのための国庫の蓄えに割かれている分が存在している。つまり、それらは国の蓄えであり誰しも平等にどの領地も恩恵にあずかる権利があった!」
ヘルガはその言葉に深く頷いた。
ヘルガが調べた限りでも、そのような情報が出てきたので間違いはないだろう。
ちなみに、エヴァーツ伯爵家とラドフォード侯爵家がどのようにして中立を保ったかというと、魔力の満ちている泉の水を拝借し、まいて使うことによってなんとか難を逃れたのだ。
魔力がなければ作物は枯れてしまう。物理的に補充できる魔力的な資源が豊富だった土地は同じようにしのいだという記録も残っている。
「しかし、バルトロメウス国王陛下は当時の国王と結託し、国庫の蓄えを王家と縁が深い貴族たちを優先して与えた。多くの貴族は怒りに震えたが領民たちの飢えを考えて王族に家宝とも言える財宝を賄賂として贈り認めてもらい食料を得ていた」
「……」
「……」
「その現状に真っ向から異を唱え、婚約の決まっていた我がハイムゼート公爵家と協力し資財をなげうって分け与えたのがエレオノーラだ。以来、わしは彼女の意志に従い、王家と本来協力する立場である騎士団長という立場でありながら王家に反感を持つ貴族たちの旗頭として役目を果たしている」
ことのあらましは、あらかたイーリスから聞いたものと違いはなかったが、改めてより詳細に聞けばハイムゼート公爵家の正当性が見えてくる。
ヘルガが知っていることと大方矛盾もないし、真実として受け止めても問題ないと判断した上で、彼らの行いは正しいと思えた。
「もちろん、穏便な方法を何度も模索し、王家との話し合いの場も何十と数を重ねている。しかし交わされるばかりか、王家はザイツィンガー商会を経由し安価で魔法具を自派閥の貴族にばらまき我々を排除しようともくろんでいる」
「……それは……」
「ああ、先日、エヴァーツ伯爵邸にて起こった事件については詳細を聞いている。許しがたい悪行と言って良いだろう。王家は自らに都合の悪い存在には容赦がない。その憂き目に遭っている貴族も大勢いる」
「その、ようですね」
たしかに、派閥争いのさなかに王家がその手段をエヴァーツ伯爵家にだけ仕掛けていたと考えるよりも、大敵であるハイムゼート公爵家やその派閥の人間に牙をむくのはあり得る話だ。
「我々は、今このとき、それが反旗を翻す好機と考えている。娘も成人し、血筋の正当性はまごう事なきものだ」
ハイムゼート公爵は隣にいるコルネリアに視線を向けるが彼女の顔はどこか浮かない表情だった。
「我ら、多くの民を守るもの同士として、ともに手を取り合い、不当な悪事を繰り返す現国王バルトロメウスと王太子イグナーツを引きずり下ろし正しい道へと導く。それは力を持つ貴族としての義務とも言えるのではないか?」
ハイムゼート公爵の話は終盤に入り、父に協力の話を持ちかける。
「諸悪を絶つため、気高き選択を、エヴァーツ伯爵」
そうして握手を交わすために手を差し出した。
父は表情をこわばらせる。ハイムゼート公爵の言葉は有無を言わせない重みを持っていて、即座の決断を迫るものだ。
困りもするだろう。良い人ではあるが、ここで考える猶予を与えてまた後日と悠長なことをするような甘い人ではない。
「選択をするにはまだ、とても大切な要素が抜け落ちているように感じます、お父様」
躊躇し思案していた、父にヘルガはやっと口を開いて、静かにハイムゼート公爵を見つめた。
「大切な要素……か、ヘルガ嬢。わしはすでに強力に値するだけの情報を提示したつもりだが」
「いいえ、公爵閣下。私はそうは思いません」
「うむ」
「選択に必要な要素、それはコルネリア様の意志だと私は考えます」
ヘルガが口にすると明らかにハイムゼート公爵は表情をこわばらせた。
それに、具体的に何をどうするのかも聞いていないし、その思想がいくら正しいものでも協力に値するかどうかは別の話である。
そのあたりをきちんとしないで手を結ぶような簡単な人間だと思われては困るのだ。
「さらに申し上げますと具体的な案については、お聞かせいただいておりません。正義は素晴らしい、しかし、それだけでは立ちゆかないこともある。……騎士ベールマーの時のように、正当性をつくだけでは王家の方々はさらりと交わされるのでは」
ハイムゼート公爵が出会い頭に謝っていたことも話題に出せばヘルガの言葉を彼は否定できない。
なんせその場にいたのだから、イグナーツは軽い処罰で済ませようとして、しかしヘルガの持ち込んだ策があったからこそ、望んでいた成果を得られた。
「……」
「選択は後ほどにしましょう。話し合いを望みます」
「……ふむ。結論を急いで済まない。もちろんだとも」




