40 対面
「改めて、ベールマーの件について謝罪を申し上げたい。エヴァーツ伯爵、並びにヘルガ嬢、オリヴァー殿」
ハイムゼート公爵は、公爵家のエントランスでヘルガたちを迎え入れてそのビシッとした立ち姿と鋭い眼光にヘルガはついつい背筋を伸ばした。
そんな彼が胸に手を当て頭をぶんっと下げたので、若干の風圧があり、父は驚いて小さく跳びはねた。
「めっ、滅相もございません。丁寧にお詫びの品までいただき恐縮です。ハイムゼート公爵閣下、お気になさらず……」
「そう言うわけには参りませんなっ、あれはわしの不手際のいたすところ! 身分の低い末端の騎士とはいえ、わしの配下の者であることに変わりはない」
「いえいえ、そうおっしゃらないで、顔を上げてください」
「……ふむ、では言葉に甘えるとしよう」
下を向いてしゃべっていてもハイムゼート公爵の声は大きく父はビクビクしていた。
しかしこれまた顔を上げると見上げるような巨体であり、ヘルガはあのとき彼が座っていてくれて良かったなと考える。
「では、切り替えて、良く参ったな、本日は娘も同伴している」
「はっ、はいっ、あ、え、ええと、初めまして、私はエヴァーツ伯爵、こちらは娘のヘルガと、婚約者のオリヴァ-」
「よろしくお願いします」
ハイムゼート公爵は一歩引いて、代わりに彼より二回り小さい女性がヘルガたちの前に立つ。
小さいと言ってもハイムゼート公爵に比べるとだ。なんならヘルガと同じぐらいの背格好の女性だった。
父の紹介にあわせてヘルガとオリヴァーは礼をして彼女に笑みを向ける。
「初めまして。エヴァーツ伯爵、ヘルガ様、オリヴァー様、わたくしはハイムゼート公爵家跡取りのコルネリアと申しますわ。以後お見知りおきを」
ハイムゼート公爵と違って彼女は控えめな性格なのか、話を広げるようなこともなく静かに父の少し後ろに戻っていく。
しかし、ヘルガは彼女のことを目で追っていた。
社交界でたまに目にしたことがあったが、彼女も王族らしい美しい銀髪を持っており、落ち着いていて聡明そうに見える美しい女性だった。
「では、会場へと参ろう。本日のために珍しい食材も仕入れ、料理人も気合いを入れて腕を振るっている! 期待してかまわんぞ」
「きょ、恐縮です……」
「して、伯爵家には夫人が不在ということだったな! エヴァーツ伯爵!」
身を翻して、ダイニングホールへとずんずんと進んでいくハイムゼート公爵に、父はぎこちない笑顔を浮かべながらついて行く。
公爵は駆け引きなどを好まない性格のようで、多くの人があまり触れない話題にいきなり突っ込んでいった。
「え! あ、お、お恥ずかしながら?」
「恥ずかしいものなどあるものか、エヴァーツ伯爵、疎魔の盾を生産する特別な領地の夫人など後妻だとしてもよりどりみどりであろう」
「は、はい?」
「その上で、独り身を貫き通し一人娘を立派に育て上げた、それは素晴らしい功績だ! どのような理由であろうとも生半可な覚悟でできることではないぞ」
「ありがとうございま――」
「かくいう、わし自身も後妻はめとらず公爵夫人の席も空席のままだ! はははっ! 貴殿を褒めることによって自画自賛をしているようなものだな!」
ハイムゼート公爵は豪快に笑って、バシンと父の背中をたたいた。
父は飛び上がって、何が起こったのかと目を白黒させている。大変な様子だったが、さすがに割って入るわけにも行かないので、静かに後について行く。
ベールマーとの話し合いの席では、公爵がどのような人間かを計ることは難しかったが、もしかすると見てくれ通りのまっすぐな良い人なのかもしれない。
そんな人がなぜ、泥沼の派閥争いを続けているのか、落とし所はなかったのかじっくりと探らせてもらおう。
そんなふうにヘルガは思考を回していたが、隣を歩いていたオリヴァーは一歩前に踏み出して、強気な笑みを見せて間に入っていく。
「それはやはり、公爵夫人のことを大切に思っているが故のことだったのでしょうか。申し訳ありません、突然。ただ気になってしまったもので」
「良い! 若者はそのぐらい気概があってなんぼだろう。そして公爵夫人のことだったな。愛していたさ今でも、娘のコルネリアと同じほど愛している」
「そうまっすぐに告げられる心意気、尊敬します。フランクさんも、俺は同じ理由だと聞きましたが……」
「あそ、あ、そう、です。ありがとう、オリヴァー君」
「はい」
「そうか! はははっ、やはりな、妻が居ないと言うだけで面倒も誘惑も倍増する、その上で貫くというのは覚悟あってのことだろうと考えていたのだ」
オリヴァーはうまく父に話をつなぎ、間に入ることで、テンションの上がったハイムゼート公爵にバシンとたかれる役を代わってやったらしかった。
オリヴァーの立場としては今日中静かに黙って食事会を終えてもおかしくない、婚約者というあやふやな立場だが、円滑なコミュニケーションのために動いてくれる彼の気概は、素晴らしいものだろう。
さらにハイムゼート公爵は、そんな立場の彼がしゃしゃり出てきたことに嫌な顔一つしない。若手にも気さくと言う一面がありながらも、ベールマーの時のようにしかるべき時にはきちんと厳格な態度もとることができる。
まさしく騎士団長の仕事があっているように感じた。




