4 覚悟
「笑ってくれ」
オリヴァーはそう言って、彼自身も適当に笑った。
その笑顔はなんだか痛ましいと言うか、無理矢理笑っているような様子で、ヘルガはとてもそんな気持ちにはなれない。
「笑ったりなんか……しません」
「でもお笑い草だろこんなの、あくまでただの協力関係、お互いに気持ちよく結婚生活送るための策だったのに」
「……」
「笑ってくれよ。弟には大分グチグチ言われたんだ。父親はあきれてたな」
その言葉に、その程度で済んでよかったとヘルガは思った。
それは突然のことだった。
ああして婚約破棄できて、これからもまた今までと同じように、きちんと距離を保ってお互いになんとなく幸せになってほしいと願いながら自分の人生を生きる。
その予定だったが、オリヴァーは跡取りを降りようと思っているとヘルガに伝えて、そして本当にその通りにした。
幸い彼には年の近い弟がおり、無理をすればそのようなこともできなくはない。
しかしヘルガたちは責任のある貴族だ。当然多くの人が混乱するし、気持ちの変化だけでそういったことをするのはとても珍しいことだ。
そこまでしてオリヴァーがなにをしたかったのかと言うと……。
「それでも、君と一緒になりたかった。お互い婚約者を見つけようってなった数年前は、まぁ、誰でも長く一緒にいればヘルガといる時みたいに当たり前に通じ合ってるって思えるのかもって考えてたんだ」
「……」
「でも、まぁ、どうやら人間はそんな簡単じゃないらしいし、俺は君がいい。離れてから思い知って、めちゃくちゃに気持ち以上の言葉を言ってみて自分の言ってる言葉があながち嘘じゃないって気がついた」
「……」
「むしろ、大体本音だ。で、それでも自分の立場をそのままに君を想うようなことがあったら、それこそオスヴィンとカリーナとなにもかわらない。だから俺なりのけじめだ」
オリヴァーはあれ以来、言葉が酷くストレートだ。
昔はこんなことめったに口にしたことがなかったのに、彼のタガをヘルガの作戦が外してしまったらしい。
そしてあのときの言葉は、完璧な演技と完璧なシミュレーションの元に成り立っていたものだから当たり前のこととして受け入れていたが、本音だと言われるとそうもいかない。
「自分は跡取りだっていうアイデンティティーは確かに俺の一部だったけど、それ以前に君と過ごす人生の方が俺にとって魅力的だった。たしかに無理はした、でも別に拒否権もある。滑稽なことしてるだろ、だから笑って振ってもいい」
「っ、わ、笑えるわけがありません」
「……」
(跡取りの地位より、魅力的なんて……あなたがそんなことを本音で言うなんて……)
彼がそのためにどんな努力をしていたか、ヘルガは一緒に頑張ったから知っている。
その上で、それらを活かせる道よりもヘルガを選ぶ彼の言葉は酷く重たくて、そして甘い甘い愛の言葉だった。
「笑えるわけ…………嬉しくないわけないじゃないですか」
そんな甘い言葉を人に言われたのは初めてだった。
それもオリヴァーからなんて嬉しくないはずがない。
まだまだ未熟で短い人生だが、その中でも一番大切な人からの言葉だ。
そんな彼の言葉を笑うわけもない。
「あなたの気持ちが嬉しくないわけないでしょう。私、っ、もっ好きですよ。あなたが、でも私はここを動けない。言えるはずもありません」
「だろうな」
「あなたに負担をかけたくもなかった。私は動けないのに、あなたに代償を支払ってほしくなかった」
「……」
「……でも、あなたは覚悟して私の元へと来てくれました。私を思う気持ちを一番優先してくれました。私がやるべきことは、なにがなんでもあなたを幸せにすることです。笑うことではなく」
「っふ、はは。重く捉えすぎだ」
「いいえ、一生かけて大事にします。幸福にしたいんです」
「あー……うん。ありがとう」
ヘルガが決意の決まった表情でぐっと彼を睨みつけるように言うと、オリヴァーはやっぱり笑って、照れたように頬を染めて返したのだった。




