35 秘密の場所
幼い頃のエヴァーツ伯爵家の屋敷には、しょっちゅう遊びに来ているヘルガの友人がいた。
それは、兄姉も母も居ないヘルガに用意された、親戚筋のプライセル子爵家の令嬢で名前はフリーデ。ヘルガのもう一人の幼なじみだ。
部屋から出されるとオリヴァーと二人で真っ先に子供部屋へと向かう。
「あ、ヘルガさま、オリヴァーさま! お話、終わったんですか!」
フリーデは元気な子供で、物怖じしない好奇心旺盛な女の子だった。
「終わりました、すごい退屈だったよね、オリヴァー」
「そうだな。それで、今日は何して遊ぶ? トランプ? それとも外に行くか?」
「お外は嫌ですっ!」
「なんだよ、急に」
「だってオリヴァーがこの間、私を引っ張って転んじゃったんだもの」
気を利かせて言ったオリヴァーにヘルガはむくれて否定した。
それから「見てください」と言ってペロンとスカートをたくし上げて、かさぶたになっている、先日転んだ膝の傷を見せつける。
「なーんだよ。このぐらい。ヘルガがもたもたしてるから引っ張ってやったのにな」
「痛かったんです」
「謝ったろ」
「でもお外は嫌ですっ」
「そうですかー」
「そうなんですー」
くだらないことでヘルガとオリヴァーはいがみ合い、二人してむくれていると、フリーデはそんな二人を見てきょとんとしてから、クスクスと笑い出した。
まるで、とてもおかしなものを見たみたいに、小さく声を殺して控えめに笑っていた。
「……」
「なにが、面白いんだ?」
その様子が疑問で、ヘルガはオリヴァーに視線を向ける。
するとオリヴァーは直球でヘルガが思っていることを聞いてくれた。
聞かれるとフリーデははっとして「スミマセン」と大人みたいに短く謝った。
「お二人が、とーっても仲良しで、良いなって思ってましたっ!」
「仲良しじゃないです、怒ってるの」
「俺も別に仲良くないし、ヘルガは生意気だし」
ヘルガはとっさにフリーデの言葉を否定した。しかし、オリヴァーの言葉に自分のことは棚上げして傷ついた。
ぱっと彼を見て、なんでそんな酷いことを言うんだと言外にせめて、ぐっと顔をしかめた。
「……泣き虫」
目線で責められたオリヴァーはぽつりと言った。
「ないてましぇん」
「泣くなよ」
「う゛~……」
「ごめんて」
感情が堪えきれなかったヘルガは顔をしかめて、そのままぽろぽろ涙を流した。
「あら! ヘルガさま、泣いちゃいました! ハンカチをどうぞ」
「フリーデぇ、オリヴァーは意地悪、です」
「謝ってるだろ、ごめんなって」
「う゛~……私のこと、すきですか」
「えー…………」
「嫌いなの?」
「す、すきだよ」
「スン……ほんとですか」
「うん」
オリヴァーはとても嫌そうにしながらもヘルガを好きと言って、ヘルガもそう言ってもらえるとやっと心の傷が癒えた。
そうして、結局仲良しな二人にフリーデは、ヘルガの涙をそっと拭ってあげながらもやっぱりクスクス笑う。
でももう喧嘩しないように、仲良しだと指摘するのはやめて話を切り替えた。
「そういえば何をして遊ぶか、でしたよね? 見てください! これ!」
言いながらフリーデが荷物を入れているバスケットを持ってくる。
「?」
「なんだ?」
「チェスです!」
それは平民が遊ぶ用の木でできた飾り気の少ないチェスのセットだった。
しかし子供たちにとっては憧れの品だ。
なんせ大人はあんなに楽しそうに遊んでいるのに、子供にはわからないからと触らせてくれない。
「やりたいっ」
「俺もっ」
「やりましょ!」
すぐに今までの喧嘩などどこへやら、三人でラグの上に広げてあーでもない、こーでもないと言いながらチェスを始める。
まったくもって遊び方はわからないし、ただの大人のまねごとだったがそれでも楽しい。
あっという間に時間が過ぎて、チェスがただのかっこよく「チェックメイト」を言うだけの遊びと化した頃。
「あっ」とフリーデが声を上げて、お互いにチェックメイトを言い合っていたオリヴァーとヘルガはそろって彼女の方を向いた。
「そうだった。私、チェスをもらったときにお母さまにお二人に聞いてきてって言われたことがあったんでした!」
二人は、フリーデの言葉に同時に首をかしげた。
「あのね、二人の秘密の場所って、どこなんですか?」




