3 絆
ヘルガは遊猟会の話を聞きたいとオスヴィンを呼び出した。当然のようにカリーナも一緒にと言われたので、了承の手紙を返して、二人を迎え入れた。
すでにお茶会の用意をしたガゼボには何食わぬ顔で鎮座しているオリヴァーの姿がある。
オリヴァーはひらりと手を上げて「やぁ」と笑った。
その時点で、ヘルガは、ぐっと笑いを堪えた。
笑ってはいけないと思うとどうしても面白いのはなぜだろうか。
「え、オリヴァー様? 何でこんなところに?」
「たしかカリーナの婚約者だったよな?」
カリーナとオスヴィンは立ち止まって首をかしげるが、ヘルガは予定通りにオリヴァーの元へと向かって言って「紹介しますね」とわざと言った。
「こちら、私の幼なじみで親同士も公認の兄弟みたいに育ったラドフォード侯爵家跡取りのオリヴァーです。先日、二人の仲を見て私も二人に紹介をしたいなと思いまして」
「紹介しなくてもそこのカリーナは俺の婚約者だって。まったくヘルガは昔っからこうで、少し抜けているところがあるんだ、悪いな俺の、幼なじみが」
オリヴァーはすらすらと考え抜いた文言を口にして素晴らしい練度だ。
これなら、あの二人にも見劣りしないレベルだろう。
お互いにひっそりと練習をしただけある。
「まぁまぁ、座ってくれ。今日は二人の話を聞きに来たんだ」
「そうですよ。どうぞおかけください」
まず先に、オリヴァーが彼らに対して掛けてと言う、これもまたそれらしさを追求した故の結果だ。
ヘルガとオリヴァーは出会い頭から、隙がないほど本気だった。
「……」
「あ、ああ」
その様子にカリーナは黙って、オスヴィンは気まずそうにオリヴァーを見ながらもガゼボのテーブルセットに腰掛ける。
ヘルガとオリヴァー、オスヴィンとカリーナがそれぞれ並んで向き合うような形だった。
「……それにしても、驚いた。まさかカリーナの婚約者がいるとは……な?」
「ま、まぁ、たしかに。それにオリヴァー様も言ってくれればよかったのに」
「そうでしょうか? オリヴァーもまだ婚約者となって日が浅いあなたに言うよりも私から紹介を受けたかったのだと思いますよ。なんせ、私たちの付き合いは生まれたときからと言っても過言ではありません」
「生まれた時からと言えば、俺たちは誕生日も近いんだよな。誕生日プレゼントの交換なんかしてみたりしてたな。懐かしいな? ヘルガ」
「もう、そんな昔の話、恥ずかしいですよ。ふふっ、何年続いたんですっけ?」
「十年?」
「もっとでは?」
「そうだったかも」
オリヴァーとヘルガはニコニコ笑って、隙を見せずに話の流れなど無視して二人のエピソードをドカドカと投入していく。
それにオスヴィンはぎこちなく笑って、乾いた笑みを浮かべる。
その笑みは軽蔑に近しいものだったので、もしかすると自分のことを棚上げしているのかもしれないし、はたまた自分たちの痛々しさに気がついたのかもしれない。
しかしカリーナは違う。
彼女は、真顔になってしばらくヘルガのことを見つめた。
それからオリヴァーの方へと目線をやるが、彼はヘルガのことを見つめているだけで目もあわない。
その様子に目くじらを立てて、あからさまにオスヴィンに寄り添って、甘えるような声を出した。
「でも幼なじみって、結局、一緒にいる期間が長いってだけで、気持ちの面では全然お互い理解できてなかったりするし、あたしたちなんて遊猟会で二人で協力して、さ?」
そうしてカリーナはオスヴィンにアイコンタクトを送るが、彼の反応がワンテンポ遅れたことによって、ヘルガがすかさず言葉を挟む。
「協力してと言えば、私たち、王宮事務官の試験には一緒に挑んだんですよね」
「あのときは大変だったな。でも、君の苦手な部分は俺が、俺の苦手な部分は君が教えて、そうやってお互いに勉強を教え合ったりして」
「二人とも同期で合格できて、本当に大変だったけれど充実した日々だったのよね」
「また受けたくなるぐらい?」
「もうごめんよ」
うふふ、アハハ、そうして話をかっさらって隙と言えない隙にもアピールをねじ込む。
「で、でも、どうせ跡取り同士の関係なんて、所詮は別々の場所で自分の領地のことばっかりになっちゃうでしょ」
「ああ、あなたはオリヴァーとは関係が浅いですもんね。知らないようですが、私たちは領地同士でも共同事業が盛んでして、お互いにむしろ共同経営に近いレベルで協力しているんです」
「それにお互いなにを考えているかきちんとわかっていないと対応できないような緊急事態もある。そういうときのために日々交流を深めることになってるんだよな」
「これからも一生ずっと、領地に縛られるのですからお互いに絶対に離れられない関係と言っても過言ではない」
「やめてしまえば関係なくなる職場の関係とは違うよな、俺ら」
カリーナはヘルガとオリヴァーの返答に、ぐっと拳を握って、さらに思考を巡らせて言葉を続ける。
「でも、あたしたちはお互い替えが利かないと思うぐらい特別なの、そういう気持ちっていうか、絆が――」
「絆と言えば、あのときの約束覚えてるか? ヘルガ」
「当然です。兄弟のいない私にとってオリヴァーは兄のような存在、ずっとこうして今まで通り守ってくれると約束してくれたことがありましたよね」
「幼い頃過ぎて覚えてないと思ってた。恥ずかしいな」
「いえいえ、私にとっても嬉しくて『特別な絆』を感じた出来事でした。私にとってあなたは特別」
「でもっ」
「俺にとっても君は唯一、心の底からたった一人だけ想う家族以上の存在だ」
「ちょっとっ!」
「家族以上、いいえもっと、私の魂の求めるピースの一部、元々きっと一つの存在だったのかも」
ヘルガはさらにあらん限りの語彙をもってして、カリーナのことなど無視して二人の世界を構築する。
オリヴァーが吹き出さないかだけが心配だったが彼は、照れてるんだかなんだかわからない顔で笑って、深く頷いた。
「君以外は俺もでくの坊に見える。君以外の人間なんて、誰だってどんな立場だってその他大勢の一部でしかないな」
「ええ、あなたの存在以上に勝るものなど、私にとってこの世のどこにもありません!」
「……ありがとう」
「いいえ、どういたしまして、こちらこそありがとう」
普通にこんなことなど言えないが、作戦と思えばすらすらと言葉が出てくる。
それはすがすがしくもあり、それからしばらくオリヴァーと見つめ合ってからカリーナに目線を戻した。
そうして、ふっと微笑み、謝罪した。
「ああ、ごめんなさい。婚約者の方がいるのにこんなこと。でも決して横取りするつもりなんてありませんよ。オリヴァーはあなたをその他大勢同然にしか見ることができなくてもきちんと愛する誠実な人ですから、邪魔立てなどしません」
「…………」
カリーナは青筋を立てて怒りをあらわにしているがさらに言葉を紡ぐ。
「それにあなたもいるではないですか、職場つながりの一緒にいて楽しい程度の友人が、お互い様、ですね?」
「っは?」
「お互い様、ですよ」
「っ、っ~……あんたたちより、あた、あたしたちの方が、っ……あんたなんかより……」
「え?」
カリーナが必死になって紡ぎ出す言葉に聞き返し、ヘルガは余裕の笑みを崩さなかった。
どんなことでも言って見るといい、すべてシミュレーションして対策済だ。
上回る素晴らしい絆をごらんに入れようではないか。
「っも、もういい!! もういい!」
「カ、カリーナ」
「帰る!!」
「ちょっと待て、おい!」
そうしてカリーナは椅子を蹴飛ばすように立ち上がって、一人で庭園を後にする。
気まずいようにオスヴィンはこちらを見たけれど、「行ってあげてください」とヘルガは優しく言って彼も去って行った。
その後すぐのことである、彼らは乱れた関係性になった。
むしろそれを他人に見せつけるようになり、証拠を用意するのなど簡単で、婚約破棄は慰謝料をもらってすることができた。
職場内での不貞行為として彼らは解雇されたらしい。
跡取りではない汚点のついた二人が、職も失い一緒になれる未来などあるだろうか。
二人の絆が本物ならば、それもありえるだろうが、オスヴィンからは復縁の要請と謝罪そして、カリーナを罵る手紙が未だに届き続けているので、あり得ないことだろうと結論づけたヘルガだった。




