26 潜入
ヘルガはクリスタの実家であるイステル侯爵家のパーティーにやってきていた。
変装こそしていなかったが、いつもと髪型を変えて、地味なドレスを着てクリスタのそばに控えるみたいにして顔をうつむかせている。
「ヘルガ様、それじゃあ行きます! こっそり話を聞いといてくださいね」
「ええ、お願いします」
「は、はい、頑張るんで!」
クリスタは気合いを入れて、同世代の招待客が集まっているソファーセットへと向かっていく。
その中心にいるのがベティーナだ。
黒い髪に金の目、整った顔つき。オリヴァーから聞いた容姿そのもので、クリスタがやってくるとベティーナは気がつき「あら、クリスタ」と気軽に彼女に呼びかけた。
ヘルガは目を合わせないようにクリスタの従者になったような気持ちで控えていた。
「ベティーナちゃん、今日は来てくれてありがとうございます」
「良いのよ。ほかでもないあなたの誘いだもの」
「……その」
「アイロスのことでしょう?」
ベティーナから問いかけられて、クリスタは明らかにぎくりとした顔をしたが、なんとかヘルガの方を振り向くことはなかった。
「ちょうど皆からも話を聞きたいと言われていたところだったんですの」
彼女に導かれてクリスタはその会話の輪の中に入っていく。
ヘルガは座らずにソファーの後ろから、私も興味津々ですという感じでニコニコしながら耳を傾けた。
同じように立って話を聞いてる人たちもいたので大して目立たなかった。
本当は、オリヴァーも来たいと行っていたが、あいにく彼はすでにベティーナと顔を合わせてしまっている。
ヘルガはおあつらえ向きに名前しか知られていない上に、出身領地もさして近くない令嬢なので警戒されることなくベティーナの本性を知ることができるはずだ。
しっかりと情報を持ち帰るぞと気合いを入れる。
屋敷では父とオリヴァーとシュネーが待っているのだ、良いところを見せたいのである。
「まぁ、クリスタ様もお聞きになるの?」
「ふふっ、イステル侯爵家もこちら側に協力してくれるならとても心強いわね」
「それでベティーナ様、すでに行動を起こしているとか……?」
ベティーナとクリスタが隣に並んでソファーに座ると、周りに居た貴族たちは盛り上がって、けれどもなぜか声を少し潜めながらベティーナに問いかける。
「ええ、将来伯爵の配偶者となる彼のお兄様とお話ししてしっかりとわたくしのことを印象づけて参りましたわ」
(たしかに深く印象付いていましたが、それはきっと彼女が言っている意味とは別の意味でしょうね)
「わたくしにかかれば簡単なものですから。少し愛嬌を振りまけばコロッと、落ちる」
「素晴らしいです」
「その通りですね、ベティーナ様はお美しいです」
周りの貴族たちはうんうんと首を縦に振ってそういう種類の人形みたいだったが、たしかにベティーナには華がある。
誰が見ても、愛らしいと思われるような女性だ。
「すでに彼のお兄様もわたくしに釘付けでしたわ。地味で真面目とよく聞く伯爵令嬢なんかより、魅力を感じたのでしょうね」
ベティーナは勝ち誇った表情を浮かべている。
彼女ははっきりと名前やエヴァーツ伯爵家と言った呼称を出さないが、文脈を考えるとヘルガよりもオリヴァーは自分に魅力を感じたはずだと言っているのだと思う。
「アイロスもわたくし一筋ですもの。あの男はどうしようもない変人だけれど、あの変人は変人なりにわたくしに陶酔しているのよ。それは誰が見ても明らかでしょう?」
「そうですね。あんなにきつく当たられているのに、言うこと聞いて」
「プライドとかないのかしら? ふふっ」
ベティーナの言葉に周りの貴族たちはうんうん、そんなのは当たり前のことだと言わんばかりに納得しているらしかった。
それにヘルガは、それもまたまったく事実とは異なっていると思った。
アイロスはそういう子ではない。
外見がどうとか、美しい人にプライドを捨てて陶酔するだとかまだ、そう言ったことに考えが回るような、感情は持ち合わせていないだろう。
だから単にベティーナに付き従っているのは、彼が言っていたとおり、そういうものだと納得しているからだ。
自分にないものを教えてもらっているつもりでいるのだ。
それをベティーナは勝手に解釈して、周りの貴族たちも常識に当てはめて考えてせせらわらう。
しかしヘルガはあまりに、見当違いな侮辱過ぎてなんだか別人の話を聞いているみたいに思っていた。
「そうなればもう、秘密はすぐそこ。クリスタ、あなたも今のうちにわたくしと仲良くししておきたいのでしょう?」
「……それは……その……」
「隠さなくていいんですのよ? ここに居る皆そうなんですもの。皆わかっている。わたくしがあんな男のことを本気で愛する訳なんてないでしょう。あんな粗末な男わたくしには似合わない」
話を振られたクリスタが答えに迷っているうちにまたベティーナのターンになる。
「従者にして、いじめるぐらいならちょうど良いけれど夫だなんてあり得ない。わたくしは、この婚約を使ってあの鼻持ちならない伯爵家の魔法の源の位置を探り出す」
ベティーナの言葉にうんうんと彼らはあいづちを打つ。
より小さな声で言われた『魔法の源』とはきっと疎魔の盾の元となっている魔法石の採掘場という意味だ。
「その情報さえあれば褒賞もの。実際、ザイツィンガー商会から格安で、そのための情報を集めるのに便利な魔法具も……」
「なんと」
「そうなのですか」
「ええ、先日お話をいただいて、これはもう……同然ですわ」
ザイツィンガー商会というのは王家が後ろ盾となっている魔法具を主に取り扱っている商会の名前だ。
疎魔の盾もそちらに卸している。
そこから格安での魔法具販売の話があった。ということは、それは王家からの依頼同然。
彼女が言いたいのはそういう言葉だろう。
(でも、実際にことが起こっても王家は何も関与していないと責任を逃れることができるのでは…………嫌な手段ですね)
先日会ったイグナーツの顔を思い出してヘルガはじわりと苦い気持ちになった。
しかしともかく今はベティーナのことだ。
「もうわたくしは、あの秘密を手に入れたも同然、あの秘密さえあれば欲しいものなんて思いのままですわ。わかったでしょう? さてあなたたちはわたくしにどんな協力をしてくださるの?」
「わっ、わたくしも魔法具をっ」
「是非、援助を」
「俺が先だ、美しいベティーナ様のことを考えてこちらを持ってきたんです」
「なんでもいたします、ですから事を成した暁には」
ヘルガよりも少し若いベティーナと同年の貴族たちは、ここぞとばかりに自分をアピールして彼女に媚びてすがって我を失っているようにも見える。
チラリと見るとクリスタは若干引いていて、彼女は正気のようだった。
ベティーナは所詮はただのまだまだ子供で未熟、うまくいく保証などどこにもない。
けれども、万が一成功したら?
仲間内の中でも一番美しくて、なんだかうまくいっているような彼女が言うのだから、本当に成功するのかも。
成功したときに自分だけ、省かれて後悔したくない。そんな気持ちなのだろうか。
それともこの機会に協力することが自分が一発逆転できる方法だとでも信じているのか。
ヘルガにはよくわからない。そんなふうに人に託したことがないので。
ただ、どういうことかはきちんと理解した。ベティーナが心からアイロスのことをただの踏み台としか思っていないことも、ベティーナの目的も。
もちろん成功させたりしないし、アイロスが受けた以上の屈辱を味わってもらおうか。




