22 雛
雛は怪我をしている様子で、白鳥たちに見せたが、そのどれもが無関心で、すでに見捨てられた個体のようだった。
いくら魔獣といえど幼い個体は無敵ではないし、成鳥たちのように疎魔の魔法が使える訳ではない。
大人になって初めて疎魔の魔法を使えるようになるので、それまでは普通の動物のように捕食者に狙われることもあるし、何らかの出来事で傷を負うこともある。
賢い魔獣といえど野生の生き物だ。弱い個体を切り捨てることだってままあるだろう。
ヘルガはその子を持ち帰ることにした。
オリヴァーももちろん放っておけとは言わない。
彼は、ヘルガの性分を知っているし、エヴァーツ伯爵家の記録にひな鳥の保護についても残っているので禁忌というわけでもないだろう。
ただ何もせず、何かや誰かが犠牲になるのは心底悲しい。
ならば、目に入る部分だけしか助けない偽善だとしても手を伸ばす。
行動を起こすこと、それがヘルガの信条だ。
「ピー」
ひな鳥は小さく鳴いていて、屋敷に戻るとよく暖炉の火で温められた部屋が用意された。
オリヴァーは静かに隣でそれを見ていて、ヘルガは小さなかごにハンカチを敷き詰めて雛を中に置く。
「……さて、うまく治せると良いのですが……ちなみにオリヴァーはどうですか、やれますか?」
「無理だな。こんなに小さな生き物に回復魔法なんてかけたことない。回復なら君の方が練度が高いぐらい」
「ですよね。…………でもやっぱり不安です」
「気負うぐらいなら自然に任せても良いと思うぞ」
「いえ、できるだけのことをやりたいんです」
「そうか」
少し震える手で、常に持ち歩いている水の魔法が刻まれた魔法具を手に取って、魔力を込める。
貴族にとって魔法というのはとても身近なものだ。
元々貴族は、大なり小なり魔力というものを持っている。それが貴族の条件とも言えるほど当たり前のものだ。
そしてその魔力は、魔法として利用することができる。
水、風、火、土の四属性と、白、黒の二属性、全部で六属性の魔法が存在し、それらを魔法具を通して操る。
それが基本だが、魔法具を通さずとも魔法を使うことができる、魔法を持った貴族も存在し、高位の貴族ならば一つの属性を持っていることが多い。
ちなみに、ヘルガは魔法を持たず、オリヴァーは土の魔法を持っている。
回復魔法は水の系統で、ヘルガは水の魔法の扱いが得意なのでその魔法具を持ち歩いている。
しかし、こんなに小さな生き物の回復などしたことがない。
けれども助けたい、緊張感に手元が狂わないように深呼吸をして、いざと目を見開いた。
すると途端にノックの音がして、返事をする前に扉が開く。
「い、急いで戻ってきたんだけど、まだ生きてる?」
入ってきたのは慌てた様子のフランクで、少し息を切らして、ヘルガたちの元へとやってきた。
「お父様っ、良かったです。来てくださって」
「うん。ごめんね、遅くなって。オリヴァー君も慌ただしくしてごめん」
「いえ、大丈夫です」
ヘルガは、緊張感が体からふっと抜けると、安心感がじわっと広がる。
なんせ、フランクは水魔法の属性持ちだ。彼を見習ってヘルガも水の魔法属性を使い始めた。
間に合うかわからなかったが、仕事に出ていた父に、遣いを出しておいて良かった。
「じゃあ、早速。……まだ随分と小さいんだね」
声をかけながら、父は向かいに腰掛けてローテーブルに置かれた雛に向けて手を広げる。
キラリとした魔力の光の粒が集まって、優しく雛の傷ついた羽に向かっていく。
光は、いつの間にか光を孕んだ小さな水滴になってシュワシュワと蒸発するように羽をなでては消えていく。
「ピヨ」
小さな声で鳴く雛は魔法を怖がってはいなかった。
むしろ心地よさそうに目を細めて、父を見ていた。
「痛かっただろうな。もう大丈夫だよ」
「ピー」
「……よし、ちゃんと治った」
「さすがです、お父様」
「いやいや、このぐらいしか取り柄がないものだから、役立てて何より、っただ、急いで抜けてきたからまた戻るね、一応つながりは大事にしたい人たちとの社交だから」
「はい」
「じゃあ、また、オリヴァー君も、慌ただしくてごめんね」
「大丈夫です」
父はまた口癖を発揮して謝罪しながらせわしなく去って行く。本当に急いでやってきてくれたのだろう。
父のそういう部分をヘルガは素直に尊敬していた。
「ヒヨ、ピヨ」
「……せわしないけど、大事な時にはちゃんと君のそばにいてくれる人だな、あの人」
「ええ、誇れる父です」
「……すこし妬ける」
じっと目を見ていわれて、少し前までだったらまたからかっているのかと返したはずだったが、今ではその目も言葉も本物だとどうしてか思ってしまった。
それは先ほど泉にいたときの出来事があったからだろう。
「っ、……本気、なんですか」
「本気だ」
「……か、考えておきます」
「そうしてくれ」
その彼の思いにヘルガはまだ答えを出すことができない、今はまだ、少し曖昧なまま。
それでも確実に前には進んでいるそう思えた日だった。




