17 自爆
「俺がなにしたってんだ」
オスヴィンは小さく簡素な馬車の中で揺られていた。
荷物はトランク一つだけ。
なんだか呆然としてしまって、現実味がないなかで愚痴を吐いた。
「俺が、なにを……」
駆け巡るのは、友人たちとの充実した生活。間違ってもかわいげのないちんちくりんの元婚約者のことなんかじゃない。
仕事をして、友人としゃべって、遊猟会を開いて、騎士団の同僚たちの中でもオスヴィンとカリーナそれからベールマー伯爵家子息のバルトルト。
三人が中心となって居るグループはいつでも一目置かれていて、食堂では席が空いていなくても、ちょっと声をかけるだけで譲ってもらえたし、よい依頼だって、常にオスヴィンたちのものだった。
立場の弱い貴族には、難癖をつけてふっかけることで遊ぶ金には困らなかったし、なにより日々が楽しかった。
それをぶち壊しにしたのが、ヘルガだった。
「……あの女がそもそも、あんな馬鹿みたいなことしなけりゃ……」
つぶやくように言いながら思い出す。
カリーナがちょっとした気を利かせて、ヘルガに会いに行ってやっただけなのに、まるで当てつけのように同じことをされてそれからカリーナはおかしくなった。
別に友人といえどもカリーナも女で、抱けるなら抱けるで楽しかったが、カリーナはどんどんエスカレートしていって、ところ構わず、ベタベタするようになった。
もうその頃にはオスヴィンはカリーナのことを止めることができなくなっていた。
簡単に証拠をとられて婚約は破棄、騎士団からも追い出された。
いくら手紙を送ってもヘルガからは一通の返事もない。
カリーナは早々に村のどこぞの上級平民の家系に無理矢理嫁に入れられて連絡も取れていない。
腹が立ってしょうがなかった。
家の中でも立場が下がった。
以前は、両親共々、騎士として勤めて跡取り娘との婚約を決めたオスヴィンを我が家の誇りだとすら言ってくれたのに、今では汚物を見るような目をしている。
どうしても堪えられなくなって、恥を忍んでバルトルトに連絡した。
彼は情に熱い人間だ。
ヘルガから謝罪の手紙を必ず寄こすと約束してくれて、その手紙が来たら、もうあんな元婚約者のことなんて忘れて、今からでもできることを探そうと思っていた。
「…………っ」
(それなのに)
悔しくて声も出なくて、思い切り馬車の壁をどんと殴りつける。
従者の一人も同行していないので、誰もオスヴィンの気持ちを知ることなどない。
(なんでこうなった、俺がなにしたってんだよ。俺らの仲間がこんな目に遭うようなことしたかよっ?)
バルトルトは、なにがどうなったのか、王命詐称の罪で裁かれた。
職権乱用や職務怠慢ぐらいならまだわかる。それにバルトルトは、その気概を買われて、昇進してイグナーツの専属になる話まで出ていた騎士だ。
それがたかが一人の伯爵家の娘に謝罪させようとしただけでこんなことになった。
それがオスヴィンにはまっとうなことには思えない。
「そうだ、あの女。全部あいつ、ヘルガが悪いだろ。ふっざけんなよ。カリーナのことだって、バルトルトのことだって!」
かっとなってオスヴィンはまた、顔を上げて、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
しかし小さな平民が乗るような馬車の中にはオスヴィン一人しか居ない。
なんせこれから、修道院へと向かう身だ。
贅沢品はすべて没収されて、トランクの中に入っているのは簡素な衣類と何の足しにもならないはした金。
「ふざけんなっ。俺らの生活を返せってのっ。ふざけんなっ、……っ」
今更、修道院に送られることになったのは、バルトルトが罪に問われた際に、逃れようとしてオスヴィンからの手紙を提出したからだった。
もちろんそれだけで罪から逃れられるはずもない。
しかし噂は瞬く間に広まって、体裁を気にした両親は、ついにオスヴィンを捨てる決断を下した。
「っ、っ~……」
今目の前に、ヘルガが出てきたら。
そんな妄想をする。
どんな残酷なこともできそうなのに、そう思う。
でも目の前にヘルガはいないし、会う方法ももうどこにもない。
なのでまったく満たされない。何の感情も発散されない。そうするとこんどは、別の女が頭にちらつく。
「それに、カリーナだって馬鹿だったよな。あいつ、何だったんだよ」
カリーナがあんなにおかしなことをしなければ、別になんともなかったのに。
「ってか、バルトルトもダサすぎるだろ。あんなに手紙で啖呵きっといて、いや、それで俺のこと暴露するとか、は?」
次から次へと攻撃対象が増えていく。
自分の楽しかった思い出すら、真っ赤に燃え上がって思い出すだけで腹が立つ。
四方八方に当たり散らして、でも結局誰も居ない。
めちゃくちゃに叫んでも、馬車はオスヴィンを一生縛り付ける場所へとガタトゴと運んでいくだけなのだった。




