16 アドバイス
「そう。うまくまとまってなによりね、ヘルガ。わたくしも協力した甲斐があって嬉しいわ。あのとき集まっていた貴族たちもよい成果が出て安心するでしょう」
イーリスはゆったりと紅茶を飲んで、ヘルガの報告に満足してくれた。
王城での話し合いからまだ数日しか経過して居ないので正式な処罰の決定はされていないが、ハイムゼート騎士団長からは、公爵という立場としても迷惑をかけた謝罪とお詫びの品が早速父の元へと届いていると聞いた。
その対応の早さを見る限り、騎士団の腐敗につながっていた原因は、騎士団長の方ではなく王家にあると見た方が妥当だろうというのが今のところのヘルガの見解だった。
「そうですね。イーリスにはとてもお世話になりました。あなたにもきちんとしたお礼をさせてくださいね」
「必要ないわね。なんせあの場にいたのはほとんどがわたくしと同派閥の不満を貯めていた貴族だもの。彼女たちからすれば、ヘルガを通じてわたくしが解決したも同然、わたくしにも利益があった」
「いえいえ、そうはいっても願い出たのは私でイーリスはそれを叶えてくれた立場でしょう? 対等な友人としてきちんとお礼をしたいのです」
ヘルガは当たり前のようにイーリスに対してお礼をしたいと伝えたが、イーリスもそれに当たり前のことのように必要ないと返してくる。
もちろんその言い分も理解できるが、恩は返したい。
それは、その恩を利用されてなにかをされることを警戒しているわけではなく、単純にヘルガの性分だ。
きっちりしたいたちなのである。
「いいえ、友人だからこそお互い様、堅苦しいことなど必要ないわ」
「いえいえ、友人だからこそ受けた恩はきちんと返すこれが鉄則です」
しかしイーリスも引かない。彼女はヘルガの良い友人だが、どうにもこういうところがあるのだ。
お礼を渡したところで、大したことではないとわかっているだろうに、ヘルガと同じで多少なりともイーリスは頑固である。
まぁ、そういった部分が、似たもの同士で馬が合う部分なのかもしれないが。
「……」
「……」
二人はニコニコしたまま見つめ合った。そうして応接室に一見和やかだが、お互い譲りたくない二人の探り合う時間が流れる。
ちなみにたまにこういうふうになる二人が、事務官見習いの時にはどうだったかというとここにオリヴァーがいて『イーリスとヘルガは仲が良いな』と笑っていただけだったので今とさして代わらない。
そして今日はオリヴァーは居ない、居たとしても代わらないけれど、女性同士で語らおうとお茶会を開いたのだ。
「……まったく、あなたってば頑固よね」
ふとイーリスがため息をついて頬に手を添えてそう言った。
(それはイーリスも大概だと思いますけれど)
思いつつも口には出さずに、ヘルガは少し微妙な顔をした。
「そうね。ならいいわ。聞かせてほしいことがあるのよ、それで貸しを返してもらいましょう」
「聞かせてほしいこと……ですか」
「ええ、そう。……話は、王家を中心とした派閥争いのことよ。わたくしはね、今回の件、その話に関連することだと思っているわ。さとい貴族ならそう捉えている人も多いでしょう」
イーリスは少し背筋を伸ばして真剣な表情をする。
「以前……たしか二十年程前のことだったかしらね」
「ああ、ええ。派閥の分断の話ですね。それは聞いたことがあります」
王家の派閥争い、それは確かにヘルガも知っていることであるが、最初の火種はヘルガたち若い世代の貴族が生まれる前の出来事だ。
「飢饉があった、当時の国の蓄えを自派閥の貴族だけに優先した王族、それに抗議した現国王の妹君」
「その王妹殿下は、騎士団の家系であり王族の傍系のハイムゼート公爵家へと嫁入りした。そして派閥は二つに割れています」
「その通り……その分裂は今でも残っている。それが少しずつまたバランスを崩していっている。きっとハイムゼート公爵令嬢が成人したことが起因しているわね」
イーリスは、考えるように唇に手を当てながら話をした。
(ハイムゼート公爵令嬢の成人ですか……たしかにそろそろそのような年頃ですね……ハイムゼート公爵家の派閥が活発になるのもわかります)
しかしだからといって、ヘルガはただの伯爵家の跡取り令嬢だ。
その公爵令嬢とつながりがあるわけでもない。
たしかに王家の派閥争い……というか王家に対しては思うところがあるが、当事者でも重要人物でもないのに何を聞きたいというのだろうか。
「ハイムゼート公爵はまるで戦争の準備でも始めるように社交界で精力的に動いているわ。そのせいで騎士団のことに労力を避けなかったのでしょう」
続くイーリスの言葉に、今回の件と派閥争いとのつながりは見えてくるが、やはり質問の意図は見えてこない。
腑に落ちないことを表情に出してイーリスを見つめると彼女は、少し間を置いて鋭い目つきをする。
「そこで、話題に上がるのがエヴァーツ伯爵家とラドフォード侯爵家」
「……」
「飢饉の時にさえ中立を保ち、強力な魔法具の権利を握っているあなたたち」
「飢饉の時に中立を守った貴族はほかにもいらっしゃるはずですし、専売で魔法具や地域の特色を出した商いをしている貴族も当たり前にいるものですが」
「それでも疎魔の盾は特別。あなたが、わからないわけでがしょう?」
「……」
イーリスの言葉にヘルガは答えなかった。
たしかに多少なりとも強い立場にはあるだろう。しかし実際に、他領とたいした差があるわけではない。
事務官の資格を持っているからわかるが、あまり儲かっていると言うわけでもないのだ。
疎魔の盾の価格だって採算がとれる程度のものである。
「これが経済的な闘争で片がつくようなものならさほど重要視されないかもしれないけれど、争っているのは騎士団長の家系と王族ですわ。疎魔の盾の威力は……貴族にこそ発揮される」
「そうですね。肉体一つで戦う平民と違って、貴族同士の争いは魔法が基本ですから……他国や、魔獣に対して有効である疎魔の盾は……」
「……そんなあなた方はどうするのかしら。今まで通りの中立? それとも……」
「……簡単にはお答えできない質問ですね」
「でしょうね。困ると思って聞いたのだもの。お礼にしては大きすぎる情報だったわね」
イーリスはクスクスと笑って、さすがに現役の事務官は侮れないとヘルガは考える。
日々、渦中の王都で仕事をしている以上、見ている規模感が違うのだ。
「でも考えておいて、わたくしはこんな争いさっさと終われば良いと思っているのよ。物騒なことなんて楽しくないわ。そんな派閥争いがあるから事務官の試験の時苦労したんだもの」
「たしかに、王族の派閥ではない私たちには厳しい戦いでしたね」
イーリスの言葉にヘルガも当時を思い出して苦笑する。
きちんと合格のラインが決まっている試験と言っても不正はあるもので、騎士団にはそういったことはなかったそうだが、王族の直属の管理である王宮事務官の試験は派閥的なえり好みがあったのだ。
だからこそ、ラインギリギリではなく明らかに合格していると思われるほどの知識が必要だった。
それをオリヴァーとともに一緒に乗り越えた仲間だ。
派閥争いは人の自由な選択も奪いかねない。
「そうよ。もうごめんだわ。今だって大して出世できていないのよ? わたくし。はぁ、見る目がないったら」
「イーリスを出世させないなんて、たしかに見る目がありません」
「そうでしょう。……それで話は戻るけれど、ヘルガ」
「はい」
「わたくしの知りたいことを話してもらうわよ?」
イーリスはキラリと目を光らせて、にやりと笑う。
結局彼女が訪ねてきたのはオリヴァーとのなれそめと、どんな甘酸っぱい日常を送っているかだった。
案外、ヘルガが思っている以上にイーリスはそういう話が好きらしい。
一応きちんと答えたが、しかしながら甘酸っぱい日常など送っていない。
むしろ、ヘルガは、行き詰まっている。
オリヴァーに後悔してほしくなくて、絶対に幸福にしたくて奮闘しているのに、彼とは以前と同じような幼なじみみたいな関係のままで進まないと相談までしてしまった。
幼なじみ以上に、家族らしく、夫婦らしく、男女らしく関係を進展させて、何においてもオリヴァーが満たされて、ヘルガの元に飛び込んでよかったと思ってほしい。
それをなすためにはやっぱり彼がどんな幸福を望んでいて、夫婦としてどんな風でありたいと思っているのか知る必要があるし、それを与えるには関係の進展が必要不可欠なのだ。
しかし、一緒に居るのに彼が何を望んでいるのかわからない。ヘルガはどんなふうになったらいいのか彼は教えてくれないのだ。
ヘルガはこんなにもやる気を出して、彼をどうしても幸せにしたいのに。
そう言った。
それならと、イーリスはヘルガに知恵を授けた。
またからかわれるかもしれないと思ったけれど、やってみないことには始まらないイーリスにお礼を言って別れたのだった。




