11 準備
エヴァーツ伯爵家とラドフォード侯爵家が協力して生産している商品とは、疎魔の盾というものだ。
どんな強力な魔法でも、問答無用で魔力そのものをはじいて攻撃を通さない。
それを可能にしているのは盾の中心にはめられている、疎魔の魔法を持った魔法石。
これは制作物ではなく、自然物であり、エヴァーツ伯爵家の土地のどこかには、その魔法のこもった魔法石の採掘できる特別な採掘場がある。
数は少ないながらも王家に対して製品を販売する形で領地の経営を行っている。
王家はこの盾がいくらでも欲しいのだ。
あればあっただけ良いと思っている。
なぜならこの魔法は国外には存在せず、その存在を見せつけるだけでも戦争の抑止力になるのだから当然だ。
楽に外交ができるだろう。
しかし、エヴァーツ伯爵家は持続可能な限りでしか疎魔の魔法石を用意しないので盾は常に数が足りない。
そして納期は先日、王家お抱えの商会へと次の出荷は難しいと父から連絡を入れてもらった。
ヘルガはすでにタウンハウスに待機済みだ。後は呼び出しを待つのみだが、ヘルガは待っている間、もう一つ策を打っておくことにした。
「久しぶりね、ヘルガ。突然連絡が来たから驚いたわよ」
友人のイーリスはそう言ってふわりと笑みを浮かべる。彼女は事務官として見習いをしていた時に出会い、その頃から今でも付き合いは続いている友人だ。
現在は現役の事務官として働いていて、女性らしい華やかで優しい雰囲気の中にどこか知的で仕事人らしい鋭さのある人物である。
今日は彼女の実家が主催のパーティーに招かれてこの場にいるのだ。
ほかにも数カ所、お茶会の誘いを受けて社交をしていたヘルガだったが、このパーティーが一番、期待度の高い場所だった。
「それからオリヴァーも久しぶりね。それにしても……はぁー、本当にあなたたち婚約したのね」
イーリスは物珍しそうにオリヴァーにエスコートされているヘルガのことを見て、そんなことを口にする。
「意外でしたか?」
「意外、と言うかなんだか不思議ね。事務官の試験の時からわたくしとあなたたちは気兼ねない友人、それは変わらないしあなたたちもどっちも変わっている気がしないのに、二人は男女の関係、それってなんだかやっぱり不思議なのよ」
イーリスは「こっちよ」とその後に小さく付け加えて歩き出す。
どうやら、手紙で話し合ったとおり、条件に合致する貴族のところへと案内してくれるらしい。
彼女について行きながらパーティーを楽しんでいる貴族たちを通り過ぎていく。
「あなたたちは違和感ないのかしら? どっちがどんなふうにアプローチしたのかしら?」
「それは、俺からだな。ただ、どうにも滑稽な話だ。なぜそうしようと思ったかはあまり口にしたくない」
「あら、跡取りの立場から降りるようなことがあったんでしょう? それはもう劇的でロマンチックな事件だったのではないの?」
「劇的と言えば劇的ですかね? それにロマンチックでもありましたよ。オリヴァー」
「そうか? 情けないことしかしていない気がする」
「そんなことありません。覚悟を決めてくださったこと嬉しかったです」
「……ありがとう。俺も君を誰より素敵な人だと思ってるよ」
いつも通りに、甘い言葉をささやくオリヴァーに、何気なく会話を続けていると、ふとイーリスが立ち止まって、目を丸くしていた。
「変わってないと思ったけれど、そうでもないのね」
「! ……ああ、まぁ、たしかにそこは変わりましたかね」
ヘルガは、イーリスの言葉が指しているのはオリヴァーの甘ったるい言葉だろうと察して、たしかにそれがきっかけだったと言えるだろうと考える。
「平然と言っているから流しそうになったけれど、そういうことなのね。はぁ、なるほど。良いわ。すごく良い。なにかみなぎる気がする」
「みなぎる、ですか?」
「ええ、みなぎるわね。普通の幼なじみのときも知っているからなお良い。ヘルガがこなれているところもまた良い。胸がぎゅっとする」
なぜかイーリスはとても神妙な表情でヘルガとオリヴァーを見つめて、オリヴァーは若干、彼女の圧に引いていた。
「これだけでも招いた甲斐があるってものよ。ふふふっ、少し落ち着いたらお茶会でもしましょうよ。ヘルガ、もっとあなたたちのこと聞かせてほしいの」
「そ、それはお安いご用ですが……」
「じゃあ、そういうことで。約束よ。さて」
そうして歩き出したヘルガは、奥の方にあるソファーセットに集まっている貴族たちに目をやった。
「お待たせしましたわ。皆様。こちらはエヴァーツ伯爵家跡取り令嬢のヘルガと婚約者のオリヴァーよ。今日は、皆様にお話があって来たそうなの」
彼らは一気にヘルガへと視線を向けて、口々に「ごきげんよう」と挨拶をしたり小さく会釈をしたりしている。
「話というのは皆様も被害に遭った騎士団の横暴について、家長に大したことはないとあしらわれたり、嫌な思いをして泣き寝入りしている子もおおいわね。ヘルガはそれについて提案をしたいそうなの」
イーリスはそうしてあらかたの事情を説明して、ソファーに座ってヘルガも腰掛ける。
彼らは提案ときいてきょとんとしてから、「是非、どんな提案ですか?」「お聞きしたいです」と素直に笑みを浮かべてヘルガを歓迎する。
イーリスと手紙でやりとりをしたときからわかっていたことだが、どうやら最近の騎士団は随分と奔放にやっているようだ。
それがベールマー、一人の有り余る行動力によるものなのか、それとも組織的になにかそういったことがまかり通る事情があるのかはわからないが、ヘルガのもう一つの策は、順調に進んでいくのだった。




