10 挑戦
「そうだね……難しい話だけれど、まずは私が出て話を伺って、折り合いのつく部分を探ってそれでもだめなら、騎士団の方に抗議文を送ることになるけれど、どのぐらい時間がかかるか……」
父は、ヘルガとオリヴァーの報告を聞いて執務机で頭を悩ませていた。
頭を抱える父の様子を二人で並んで見下ろして、それからオリヴァーと横目で視線を交わす。
するとオリヴァーも困ったふうな顔をして父に言った。
「それでも、このエヴァーツ伯爵領には女神の加護があるロメーヌの泉もありますしよっぽどのことがない限りは安泰だったと思います、フランクさん」
「それはそうだけれど、やっぱり領民たちのことを考えると折れる方が、早いという本音もあるんだよね。あ、もちろん謝罪なんかは絶対にしないよ。ヘルガの名誉にも関わることだし」
「となると依頼料のつり上げですか」
「……そういう話になるよね」
オリヴァーとの会話によって父が考えている方向性が見えてくる。
父の言葉を聞いてオリヴァーもやはり、あの横暴に納得がいない様子で「思うつぼ、とも言えますが」と忌々しげに言った。
「そうなんだよね。ただ依頼を完遂してもらって、支払った後に蒸し返すように抗議するというのも……」
「あまり良い印象ではない、と?」
「まぁ、そうだね」
結局話は行き詰まっているらしく、成り行きを見守っていたヘルガは、たしかに正攻法でいくならそうだと考える。
「……」
「……」
三人の間には沈黙が走って、空気はずぅんと重たかった。
断固として許せないと言うには、決定的ではなく、大問題というわけでもない。
だからといって、あれがまかり通るとこれからも思われることは、これから先、問題にもなる。
それはわかっているけれど……。
そんな様子で答えはでない。
しかしヘルガは、一つ思いついていることがあった。フランクとオリヴァーは思いつきもしていない様子だったが、それはきっと一番効率よく解決しようとしているからだ。
ヘルガは、そうではなくベールマーを打ち砕くにはなにをすればいいかと考えて居たので一番最初に思いついた。
しかし、別に効率はよくないので、しっかりとした方針が決まるなら言わないつもりでいた。
憤ってはいるけれど、周りの人たちに迷惑をかけてまでどうしてもベールマーを打ちのめさなければ収まりがつかないと言うわけではない。
その程度には大人のつもりだ。
だからこそ探るように口を開いた。
「……一つ、考えがあるのですが、衝突の可能性もあります。私、個人としてはあの横暴は許せないと思いますので提案します」
「あ、ああ」
父はヘルガの真剣な声にぱっと顔を上げて聞く体勢をとる。隣に居るオリヴァーもヘルガの方へと体を向けた。
「同じことをしてはどうでしょうか。幸い、近い納期があるはずです。そして騎士団は王族の意向に従う機関。その末端でも我々は看過できないことをされた」
「……」
「信用によって成り立っている関係を壊されたと感じたのです。ベールマーの言葉は騎士団全体の意向を語っているともとれるものでした」
「……そうだね」
「であれば、こちらも信用によって王家に行っている行動を打ち切る……まではいかなくとも打ち切っても良いのか、と問いかけるのが妥当では」
言葉を選んでなるべく、間違いがないように話をする。
納期とは、このエヴァーツ伯爵領、そしてラドフォード侯爵家と協力して行っている事業で生まれる商品のことだ。
それは王家のお抱えの商会を通して国の支えになっている。
折衷案を探して、無理なら抗議文を送ってと手間をかけることは一般貴族としては正解だが、自分たちの領地の特性をもってして早期解決を目指すこともまた土地を持つ貴族の権利だろう。
「……君は、すごいことを言うね。……もちろん、ああ、正解だと思う。ヘルガ」
「ありがとうございます、お父様」
「ただね、ごめん。私がそれをうまくやれるかどうかはまた、別の話だと考えてくれないか」
「……フランクさん」
父の声はどんどんと暗くなっていって、最後にはヘルガから視線を落として「すまない」ととても小さな声で謝罪した。
それを別にヘルガは情けないとか、どうしようもないなどとは思わなかった。
むしろそう言うだろうと思っていたし、人には向き不向きがあるだろう。
だからこそ明るい声を出してヘルガはそばによって執務机に手をついて父に言った。
「違います。お父様、お父様にさっさとそのように解決なさってくださいと言っているのではありません」
父は顔を上げて、どういう意味かと首をかしげる。
「これは私の考えです。私が、そうできると思いましたし、そのようにしたい。なぜならあの横暴な騎士の鼻を明かしたいと思ったからです」
「うん」
「だからこの件、跡取りとして私に任せてもらえませんか? ……もちろん未熟な身ですから結局うまくまとめられて、謝罪もして帰ってくるかもしれません」
それほど深刻なことではないとわかってもらうためにヘルガは笑って父に言う。
「でも、行動を起こしたいんです。それで変わることはたくさんあると思いますから。その無謀かもしれない挑戦を許していただけるなら、頑張りたい」
さらに言えば、もしすべてが失敗しても、抗議したと言う記録は残る。そうなれば今後、多少なりとも気を使われるという打算もあった。
そしてベールマーの態度には慣れを感じた。だからこそ使える手段もある。
「許して任せてくださるなら、やりたいんです。お父様は、私を許してくださいますか?」
ヘルガの言葉にフランクは何度も瞬きをしてそれから「ごめん」とつぶやいた。
しかしそれは彼のただの口癖だ。
「ふがいない父親でごめんね、ヘルガ。もちろん、何もかもだめで盛大に決裂しても大丈夫なよう、ツテのある騎士団を抱えている貴族に話を通しておくよ」
「はい」
「検討を祈ってるよ。協力できることがあるならなんでも言って、オリヴァー君」
父は苦い笑みを浮かべて、やるべきことを口にする。それからオリヴァーを見た。
「ヘルガを頼むよ。ラドフォード侯爵家には私から話を通しておくから」
「はい。もちろんです。言われなくともヘルガのそばに居るつもりですから」
「ありがとう」
そうして、方針が決まった。
ヘルガはオリヴァーにあれこれと作戦を話し、王都へと向かうことを決めた。
幸い、馬車で一日も走ればつく距離だ。
勉強中のオリヴァーには悪いと思ったけれど、これも領地経営の一部として学ぶことが多いだろうからと彼は言ってくれて、二人でエヴァーツ伯爵家のタウンハウスへと向かったのだった。




