第5話 プロの仕事、神の視点
店長に「帰りなさい」と宣告されてから、数日が過ぎた。
今はレジには入らず、バックヤードの段ボールを解体し、空いた棚に商品を詰め込む日々。
(……結局、俺はぷんぷんゲージに振り回されていただけか)
品出しの最中、棚にサバ缶を置きながら考える。
能力を手に入れて、うまく使えばトラブルを避け、クレームも処理が楽になると思ってた。
実際は赤いバーが出るか出ないか、それだけを見て、お客自身を見なくなっていた。
あの字だけ可愛い【ぷんぷん】に、俺自身は踊らされていたんだ。
「……あ、ちょっといいかな」
背後から声をかけられ、肩が跳ねた。
振り返ると、そこにいたのは数日前、無言のままゲージをマックスまで高めて去っていった、爆弾のようなサラリーマン。
(……怒りが爆発するのか?)
夏夫は身構えて、条件反射で彼の頭上を凝視した。
だが、何も見えない。
「ここ、セルフレジの導入予定はないの?
あと、ピーク時にレジが混むのは仕方ないけど、列を整理して誘導するスタッフがいるだけで、客の受けるストレスは劇的に変わると思うんだけど。検討してくれないかな」
男は、淡々とした口調で要望を述べた。
そこには怒号も、嫌味もない。
ただ、この店をより良くしたいという、「客としての要望」があった。
(……この人は、怒ってたわけじゃなかったのか。)
あの日、レジでゲージが上がっていたのは、俺個人への怒りではなく、改善されない店のシステムへの「もどかしさ」だったのか。
能力を得る前の俺なら、どう対処してただろう…。
「……貴重なご意見、ありがとうございます」
今はそう答えるのが精一杯だった。
そこへ、
「ごもっともなご指摘、恐れ入ります」
いつの間にか、店長が隣に立っていた。
今の店長には、普段のオネェ口調はない。
眼鏡の奥の鋭い瞳で、真っ直ぐに客と向き合う「店長」の顔だった。
「セルフレジに関しては来期導入を検討中です。
誘導の人員についても、社員の配置を含めて見直すつもりでした。
……ご不便をおかけして、申し訳ございません」
店長が、深く、淀みのない動作で頭を下げる。
男は「……期待してるよ」と短く言い残し、去っていった。
「四波」
客を見送った店長が、静かに話しかけてきた。
「あんたが最近何を気にして、何を心配してるかわからない。
……でもね、私たちが相手にしてるのは、目の前のお客様なのよ」
店長の言葉が続く。
「相手のことをちゃんと見て、その裏にあるものを想像しなさい。
それができないなら、この店にいる資格はないわ」
店長はそれだけ言うと、シュッと背筋を伸ばして売り場へ戻っていった。
俺に対してゲージは出ていなかった。
その日の帰り道。
俺はコンビニでいつもの第三のビールを買い、公園のベンチに座った。
夕闇の中、道行く人達の頭上には、相変わらず赤いゲージが見え隠れしている。
(……俺は、馬鹿だったな)
あの日、あの老紳士が「不愉快だ」と言った理由が、今ならわかる。
「……見てなかったな。」
苦いアルコールを流し込む。
接客は、能力があろうとなかろうと、見るべきところは変わらない。
(――パンパカパーン!レベルアップなのです!)
脳内に、あの騒がしい声が響いた。
意識の端で、女神が「レベルアップ!」と書かれた看板を掲げて踊っている。
(ようやく思い出しましたね!
お客様のぷんぷんゲージを見るんじゃなく、お客様自身を見るのです!
特典として新しい能力を用意してるのです!)
「ありがとう……ただ、もう少し静かに考えさせてくれ」
夜の風が、少しだけ心地よかった。
明日、自分から店長に言おう。
「レジに入れてください」と。
お客と自分自身に向き合う為に。
異世界じゃなかったが、これから少しでも俺が変わってくならこんな転生も悪くない。
【他作品紹介】
連載中
『ようこそ異世界課へ!』
「オフィスで繰り広げられる異世界×現代ギャグ」
短編
『異世界無双 田中くん』
「異世界は田中を止められない!」
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