第4話 視線の先は
転生から数日。
今日のレジのピークが始まって二時間。
(……次、四番目、ゲージあり。カゴの置き方注意。その次、見えない、安全。その奥、高い!こっちの列に来るなよ……)
今の夏夫にとって、売り場の客は爆弾か、それ以外かになっていた。
見えていない客は「無害な記号」。
見えている赤は「解除すべき爆弾」。
夏夫は工場のベルトコンベアで検品作業をするように、無機質にレジを回していた。
隣のレジでは、早乙女さんが鼻歌混じりに仕事をこなしている。
彼女のレジには、先ほどまで売り場で従業員を捕まえて「通路が狭い」と毒づいていた老婆が並んだ。
早乙女さんはいつも通りの笑顔でスキャンを進める。
「あら、そのブローチ素敵ですね!」
ふとした一言。それだけで、老婆の顔から険が消える。
彼女は笑顔を絶やさず、一人一人丁寧に会計を済ませていく。
「……次の方、どうぞ」
夏夫の前に、一人の老紳士が立った。
頭上には、何も見えない。
(……よし、見えない。問題ない。)
機械的にスキャンを開始した。
「レジ袋は」「ポイントカードは」
視線は常に頭上の空間に固定されている。
赤い棒グラフが飛び出してこないか、それだけを見ていた。
「…………君」
冷え切った声が、レジカウンターに響いた。
夏夫が視線を下げると、老紳士がこちらの顔をジッと見ている。
「……はい、お会計三千五百円になります」
「君はさっきから、どこを見ているんだ?」
「え……」
「私を一切見ず、さっきから私の頭の上の『空っぽの空間』ばかり見て……。」
「あ、いや……これは……」
「もういい。不愉快だ」
老紳士は、釣り銭を受け取ると静かに店を去った。
その頭上には、最後までゲージは現れなかった。
だが、その背中は怒りに満ちているように見えた。
「四波」
背後から、低く粘り気のある声。
店長が、白い手袋をはめた手で眼鏡をくいっと上げ、表情の読めない顔で立っていた。
ゲージはない。
「店長……すいません、今の客は……」
「四波、あんた最近変よ。……お客様の対応、一度見直したら?」
「いえ、ちゃんとやってます。怒らせないように最善を尽くして……」
「そう。……でも、今のあんたに売り場を任せるわけにはいかないわ」
店長はそれ以上何も言わず、ただ突き放すようにバックヤードを指した。
「今日はもう帰りなさい。後は何とかするから」
「……まだ、退勤時間じゃ…」
「命令よ。……そんな無表情な機械みたいな顔で売り場に立たれると、お客様に失礼なのよぉ」
それが、店長なりの「最終警告」であることは、長く働いている夏夫には痛いほど分かった。
事務所の隅で座っていると、早乙女さんが明るい笑顔で入ってきた。
「今日も色んなお客様がいて楽しいですね!四波さんは今日はお帰りですか?」
「……早乙女さん。接客の時、神通力か何か使ってるのか?」
「いいえ。接客にそんな力いらないですよ?」
早乙女さんは眼鏡を拭きながら、きょとんとした表情を見せた。
「俺のほうにばっかりクレーム客が来る気が・・・。」
「そうですか?みんな普通のお客様でしたよ。」
「…………」
夏夫はそれ以上聞けなかった……。
逃げるようにスーパーを後にした夜道。
街灯の下を通る人々の頭上には、ポツポツとゲージが浮かんでいる。
「どこが特別な力だ・・・。見えない方がよっぽどよかった・・・。」
授けた本人から「いらない」と言われた力が直視できず、地面だけ見て歩いた。
【他作品紹介】
連載中
『ようこそ異世界課へ!』
「オフィスで繰り広げられる異世界×現代ギャグ」
短編
『異世界無双 田中くん』
「異世界は田中を止められない!」
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