第3話 日常の中にボス級はいる
「……夢じゃなかったか」
翌朝、カーテンを開けた瞬間にため息が漏れた。
駅へ向かう人々の頭上に、昨日と同じ赤い棒グラフが点々と浮かんでいる。
「転生チートで人生逆転」なんて幻想は、朝日とともに完全に霧散した。
店に着くなり、さらに気が重くなる朝礼が始まった。
「いい? 昨日の売上だけどぉ、目標に届いてないのよ。特に鮮魚!もっと声出ししてくれないと困るの」
眼鏡を指で押し上げる店長の頭上にゲージが飛び出す。
【ぷんぷん 58%】
「あとぉ、バックヤードの整理。誰、あんな中途半端なところに台車置いたの。管理能力を疑うわよぉ?」
朝から店長のジワジワ伸びるゲージを見ながら、俺はただ無心で「はい」と返事をする。
今日は朝から戦場だった。
「ちょっと! これ、さっき買ったのに入ってなかったわよ!」
レジに入るとすぐにやってきたのは、最初から怒りマックスのおばさんだった。
叩きつけられたレシート。
だが、どれだけ目を皿にして見ても、彼女が主張する『鯖の味噌煮』の項目はない。
「あの……お客様、レシートに記載がないようですが……」
「はあ!? あんたが打ち忘れたんでしょ! 私の時間を返してよ!」
打ち忘れも何も、俺はこのレジに今立ったばかりだ。
そもそも買っていない商品のために、全力で怒鳴られている。
仕方なくサバの味噌煮を取りに行くと、そもそも店頭にサバの味噌煮はなかった。
ようやくおばさんを帰した直後、次に来たのは一見穏やかそうなお爺さんだった。
「袋はご利用になりますか?」
「――当たり前だろ! 袋なしでどうやって持って帰れって言うんだ!」
一瞬だった。
ゼロからマックスまで、垂直跳びのようなゲージの急上昇。
「……失礼いたしました。三円になります」
「金を取るのか! サービスって言葉を知らんのか!」
何が地雷かわからない。
地雷が勝手に足元へ滑り込んでくる感覚だ。
休憩中、事務所でぐったりしている俺の横で、早乙女さんが鼻歌を歌いながらお茶を飲んでいた。
「四波さん、お疲れ様です。今日もお客様たちは元気ですね!」
「疲れた…変わってくれ…。」
「もっと接客したいですけど、残念ながら今日は午前シフトです。お客様をよろしくお願いしますね!」
にこやかにエプロンを脱ぎ、彼女は風のように帰っていった。
これ以上がないことを神に祈った。
夜。
ピークを過ぎた店内に、一人のサラリーマンが並んだ。
無表情。
一言も発さない。
だが――
【ぷんぷん 65%】
レジ待ちの列に並んでいる最中から、彼のゲージは不気味に、一定のリズムで上がり続けていた。
(なんだ……? 混んでるからか?)
順番がきてバーコードをスキャンしている間も、上昇は止まらない。
俺は袋詰めのスピードを上げ、最大限に丁寧な動作を心がけた。
彼は無言のまま会計を終える。
ゲージは天井を叩かんばかりに膨れ上がったままだ。
「……ありがとうございました」
結局、彼は最後まで表情を変えず、一言も発さず店を出た。
いつ爆発するかわからない爆弾に見えた。
……何が悪かったのか、俺にはさっぱりわからない。
ようやく終わった一日。
事務所の隅で、値引きシールを貼った廃棄の弁当を惣菜コーナーのおばちゃんと一緒に食べる。
「今日は朝から売場の空気が変だったねー」
おばちゃんは呑気だ。
帰りの満員電車。
視界を埋める無数のゲージ。
疲れすぎて、今は「ぷんぷん」の文字しか入ってこない。
俺の感情ゲージがあるなら、今はおそらく「無」だ。
道すがら飲んだ1本では足りず、冷蔵庫から「第三のビール」を取り出した。
今日は足りない。
「はぁ…。なんでボス級がポップしまくるんだよ…。」
テレビもつけず、真っ暗な部屋で客への文句を肴に、アルコールを喉へ流し込む。
「ぷんぷんゲージ見えたって対処しようがねぇじゃねえかよ!」
お客のゲージを思い出しながら、俺は着替えもせず、泥のように眠りに落ちた。
明日もまた、可愛い字にしても誤魔化し切れない赤の暴力が待っている。
【他作品紹介】
連載中
『ようこそ異世界課へ!』
「オフィスで繰り広げられる異世界×現代ギャグ」
短編
『異世界無双 田中くん』
「異世界は田中を止められない!」
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