第2話 救う世界は真っ赤な売場
「四波さん、レジ応援お願いねぇ! 早く、美しくよぉ!」
店長の粘り気のある声で、俺の「転生初仕事」の幕が上がった。
バックヤードの重い扉を開け、売り場へ出た瞬間、俺は絶句した。
「……なんだ、これ。地獄か?」
視界が「赤い棒グラフ」で埋め尽くされている。
夕食の献立に悩む主婦、疲れ切った会社員、品出しに追われるバイトの大学生。
その頭上で、可愛い文字で血のように真っ赤な【ぷんぷんゲージ】が直立していた。
昨日まではただの「夕方の混雑」だった風景が、今は「真っ赤な戦場」だ。
「……次の方、どうぞ」
レジ打ちを始めると、情報の濁流に脳が焼かれそうになった。
(レジが混んでてイラついている。……)
(目当ての特売卵が売り切れていた。……)
ゲージの伸び縮みに合わせて、俺の接客も無意識に「防御型」に変わる。
怒りが高い客には、一言多く「お待たせして申し訳ございません」と添え、カゴの置き方一つにも割れ物を扱うように神経を尖らせる。
「……ちょっと、これ見てよ」
不意に、目の前にパック入りのイチゴが突き出された。
50代くらいの、いかにも「常連」といった風貌の女性。
その頭上には、赤黒く変色したゲージが不気味に鎮座していた。
【ぷんぷん:78%】
「昨日ここで買ったんだけどね、下の方が潰れてたのよ。楽しみにしてたのに、ガッカリだわ。これ、どうしてくれるの?」
夏夫の胃が、きゅっと縮む。
本来ならサービスカウンターへ誘導する案件だが、今ここでマニュアル通りの対応をすれば、あのゲージは間違いなく爆発する!
「……大変申し訳ございません。楽しみにしてくださっていたのに、不快な思いをさせてしまいましたね」
俺はゲージの揺れを注視しながら、慎重に言葉を選んだ。
「代金をお返しするか、今すぐ新しいものをお持ちします。どちらがよろしいでしょうか?」
「……新しいのがいいわよ。ちゃんとしたやつね」
わずかに、ゲージが縮む。
俺はレジを早乙女さんに一時的に代わってもらい、青果コーナーまで全力で走った。
棚の奥から一番形の良い、鮮度の高いイチゴを鷲掴みにして戻る。
「こちらでいかがでしょうか?」
「……まぁ、わかってくれればいいのよ。次からは気をつけてね」
完全には消えない。だが、爆発は回避した。
冷や汗を拭いながら、おばさんの背中を見送ると。
「四波さん、お客様に納得してもらってよかったですね。」
隣のレジで早乙女さんが、のんきに笑う。
「お前の方がうまくやれんじゃないのか?」
「わたしはパートですから、ご指摘対応は社員である四波さんの仕事です。」
彼女の笑顔の奥に女神の顔がちらつく…。
俺のゲージも振り切れそうになったが、その時。
「見て、お母さんにお菓子買ってもらうの! 帰って一緒に食べるんだ!」
次に並んでいた子供が、嬉しそうにチョコレートを掲げていた。
その頭上には――ゲージがない。
一点の曇りもない純粋な喜び。
それを見た瞬間、俺の心がほんの少しだけ軽くなった。
「……はい、大事に持って帰ってね」
「うん! ありがとう、おじさん!」
おじさんか…。
なんとか今日を乗り切ったが、帰りの満員電車でこの能力の恐ろしさを知った。
「…………これが地獄か。」
足を踏まれたサラリーマン、スマホの電波が悪いことに苛立つ若者、ただ死んだ魚のような目をしているOL。
充満する【ぷんぷんゲージ】が、満員電車を真っ赤に染めていた。
ようやく最寄り駅に降り立ち、コンビニで買った「第3のビール」で渇ききった喉を潤す。
「……これから、どうなっちまうんだ。俺の人生」
夜道、街灯の下で独り言が漏れる。
脚立から落ちた衝撃で脳がイカれただけなんじゃないか。
(そんなことないですよ!)
脳内に、直接声が響いた。
女神が、俺の意識の片隅で、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
(今日も大変だったけど、あの子供の笑顔、最高だったね! 接客ってやっぱり楽しいです! ねっ?)
「……うるせーよ」
俺は安物のアルコールを一気に飲み干した。
異世界じゃない。
能力も相手の怒りが見えるだけ…。
世界は変わってないが、確実に前と違う俺の「転生生活」が始まった。
【他作品紹介】
連載中
『ようこそ異世界課へ!』
「オフィスで繰り広げられる異世界×現代ギャグ」
短編
『異世界無双 田中くん』
「異世界は田中を止められない!」
※作者名「スマイルゼロ」をクリックして、ユーザーページよりご覧いただけます!




