第9話 頼れる?同僚たち
「……えー、本日の、……につきましては……」
朝礼の空気は、いつも以上に淀んでいた。今日は店長が休みで、副店長が仕切っている。
夏場でもないのに首に巻いたハンカチで汗を拭い、消え入りそうな声でメモを読み上げる副店長。何を言っているかさっぱり聞こえないが、誰も聞き返さない。
(まぁ、今日は平和に終わりそうだな)
そう思いながら、俺は売場で品出しを始めた。
「四波、また死んだ魚の目に戻ってるぞ。シャキッとしな」
声をかけてきたのは、青果担当の小林杏だ。俺と同期で、サバサバした性格の既婚者。彼女と軽口を叩きながらキャベツを並べていると、視界に「真っ赤なゲージ」が飛び込んできた。
案の定、理不尽なクレーム気味の客に捕まり、十五分も足止めを食らう。
戻ると、そこには空になったコンテナと、完璧に補充された棚があった。 少し汗の匂いがする。小林は別の作業をしている。
午後、バックヤードで在庫整理をしていると、怒号が聞こえてきた。
「いい加減にしてちょうだい! この魚、どうやって惣菜に回せっていうの!」
怒っているのはいつも穏やかな惣菜担当の井上さん。この道三十年、店長より人望がある。
その前で、鮮魚担当の山梨が
「新鮮でうまそうだったもんで…。」
と、いなかっぺ口調で後頭部を掻いている。
さらに精肉担当の剛田さんが大量の肉を運び込んできた。
「何その量?!頼んでた量と全然違うじゃない!」
「おっ?そうだったか!悪い悪い!」
剛田さんが豪快に笑う。 俺は板挟みになりながら井上さんをなだめ、なんとか場を収めて在庫置き場に戻る。
(……あ、終わってる)
俺がやるはずだった整理が、いつの間にか完璧に終わっていた。誰がやったのかは分からないが、事務所の扉が閉まる音がした。
夕方、レジ応援に入ると、隣のレジから「センサーの光」を感じた。
パートの田中さんだ。気弱でトラブルに巻き込まれやすい彼女は、レジを詰まらせパニックになっている。
俺は自分のレジを一度閉め、田中さんのフォローに回った。
「田中さん、こっちの処理は俺がやるから。落ち着いて」
ようやくトラブルを解消し、自分のレジに戻ろうとすると――。
不思議なことに、俺のレジの前にいた行列は消え、状況はすっかり穏やかになっていた。他のレジの連中が、さりげなく客を誘導してくれたのか? 早乙女はなぜかバックヤードの方を見てニコニコしてる。
閉店後。
事務所でやろうと思っていた面倒な事務作業まで、すべて終わっていた。書類は少し湿っているが。
「副店長いつもお疲れ様です。四波さん、また明日も楽しみましょう!」
早乙女が元気にタイムカードを切って帰っていく。
ふと見ると、事務所の隅で副店長が、相変わらずハンカチを握りしめたまま、小さな声で「……お疲れ様」と呟いた。
(……店長がいない日の方が、仕事がスムーズだな)
そんな皮肉な結論を胸に、店を出る。
帰り道、プシュッと音を立てて第三のビールを流し込んだ。
銀色のビールじゃない。いつもの安い味。でも、喉越しは悪くない。
ふと、転生する前の自分を思い出す。
あの頃の俺は、隣で誰が何をしていようと興味がなかった。誰かが困っていても「俺の仕事じゃない」と切り捨てていた。
けれど今は。
口の悪い同期、大雑把な同僚、気弱なパート。
そんな連中と、センサーやゲージを介して、いや、そんな能力がなくたって、なんだかんだ関わりながら回っている。
「……関わりすぎか」
苦笑いしながら、俺は夜道を歩く。
一人で飲むビールも、以前より少しだけ賑やかな味がした。




