第1話プロローグ 〜店員よ世界を救え〜
スーパー「サンライズ」のバックヤードは、名前とは裏腹にいつも湿った段ボールと、使い古されたモップの埃臭い匂いが充満している。
四波夏夫(よつなみ なつお・36)は、高所の在庫を確認するため、ガタつく脚立の最上段に足をかけていた。
昨夜は閉店後の棚替えで残業。寝不足で頭の芯が痺れている。
「……あと、一箱」
指先が段ボールの角を捉えた瞬間、足元がグラつき、視界が回ったと思ったら天井を見上げていた。
「四波さん、大丈夫ですかっ!?」
遠くから悲鳴が聞こえた。
そこで、俺の意識はブラックアウトした。
目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。
「目が覚めましたかー?」
頭上から、間の抜けた声が降ってきた。
見上げると、巫女のような姿をした小学生くらいの少女が、無重力空間で胡坐をかいて浮いている。
「わたしは接遇照覧大御神! 言霊から生まれた女神なのです!」
「……女神?」
「そうです! あなたは今、死にました! でもラッキーです! ちょうどあなたが必要な困ってる世界があるのです!」
夏夫の心臓が跳ねた。
三十六年間、安月給でクレームに頭を下げ続け、帰り道の缶ビールだけを楽しみに生きてきた俺の人生…。
それが今、ネット小説で読んだ「あの展開」が!
「あなたに特別な力を授けます! それを使って、世界を救うのです!」
「救う……俺が? 異世界を?」
女神は満面の笑みで俺を見ている。
「……わかりました。やります!」
「いい返事なのです! では、転生なのです!」
さらば、底辺の売り場!
さらば、ねちっこい店長!
俺は今、チート無双の門を叩く――!!
身体が光で包まれていった。
「……波さん。四波さん!」
頬をピシャリと叩かれる衝撃。
豪華な王宮を期待して目を開けた俺が、最初に見たのは見慣れた蛍光灯の光だった。
「…………へ?」
視線を上げると、「検品は正確に!」という、あのボロボロのポスター。
鼻を突くのは、異世界の風ではなく、カビ臭いバックヤードの匂い。
「よかったぁ、意識戻りましたね」
覗き込んでいたのは、パートの早乙女神子さんだった。
眼鏡に黒髪ロングを一つに結んだ、いつも清楚なパートさん。
「ちょっとぉ……今の音、なに?」
背後から、鼓膜にへばりつくような粘り気のある声。
店長の後藤守が、白い手袋をはめた指で眼鏡を押し上げながら立っていた。
その瞬間、店長の頭上に、現実離れした「赤いバー」が出現した。
【ぷんぷんゲージ:51%】
(……は? ぷんぷん? なんだこれ?)
「脚立使うときはヘルメット。これ、マニュアルの基礎の『き』よねぇ?」
ゲージが少し上がる。
店長が指を一本立てる。
「去年の棚卸しのときも言ったわよね? あなたが怪我して大変なのは、現場を守るわたしなのよぉ」
「ねぇ、聞いてる? 四波。あたしね、何事もキッチリ、美しく管理しておきたいの。前回の発注ミスの時もそうだったけど、あなたはいつも詰めが甘いのよ。」
店長は怒るとオネェ口調が加速する。
真っ赤なゲージはジワジワと上がっていく。
「……まぁいいわ。早く終わらせてレジ応援入ってちょうだい。これからピークなんだから」
店長が立ち上がると、赤く燃えていたゲージがふっと、わずかに縮んだ。
踵を返して売り場へ戻る店長の背中を見送る。
「……あの人、完全に『履歴参照・粘着タイプ』ですね。」
隣で、早乙女さんが事も無げに言った。
驚いて顔を見ると、彼女が眼鏡の奥で「にぱっ」と笑った。
「早乙女さん、今……この、ぷんぷん?ゲージ……」
言いかけると、早乙女さんはくるりと回って、さっきの女神が現れた。
「見えました? わたしが授けた能力『ぷんぷんゲージ!』なのです!」
「……ぷんぷん?」
「ゲージの半分以上怒ると見えるのです!」
「相手が怒ってるのがわかるってこと?」
「そうです! せっかく私が降臨してるのに、最近売り場がギスギスしてて困ってたのです…。」
女神は満面の笑みで宣言した。
「お客様は神様で、わたしは女神様!
その能力で神(わたし・客)に仕えて、世界を救うのです!」
「…ここ元の売場だよな?異世界は?転生は?」
「誰も異世界とは言ってないですよ?一度死んではいるから転生です!」
脚立は倒れたまま。
制服は汚れ、頭はまだ痛む。
…異世界ではない。
「……絶対前より大変になるやつだ!」
これからの不安で絶望していると店長の甲高い声が聞こえた。
「ちょっと!早く売場にでてちょうだい!!」
転生し能力を手に入れて最初にやることは王の謁見じゃない。
ピーク時間のレジ応援だった…。
【他作品紹介】
連載中
『ようこそ異世界課へ!』
「オフィスで繰り広げられる異世界×現代ギャグ」
短編
『異世界無双 田中くん』
「異世界は田中を止められない!」
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