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そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。  作者: 元毛玉


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第九話

 猛る荒々しいカリソンと、軽やかに冴えるクローテッドの剣がぶつかり合う。

 打ち鳴らすたびに甲高い音が鳴り響き、鼓膜を揺らし、衝撃が肌を叩く。


「母上のためにも、アンを手に入れるためにも私は負けられぬ!」

「負けられないのは私も同じです兄上!」


 カリソンの連続の刺突をクローテッドは下がりながら弾き、鋭い踏み込みから反撃を振るうが、カリソンも予測していたように躱す。


「私はアンを本気で愛している。私の妻に相応しい。ゆえにアンがお前だけを見ているのが悔しく、歯痒かった。私から全てを奪ったのにアンまで奪うのか!」

「兄上、私からは何も奪っておりません。アンと共に歩みたいだけです!」

「減らず口を!」


 カリソンの連撃の速度がさらに上がる。クローテッドは守勢に回る時間が長くなってきた。


「私の誇りであり、憧れを奪ったでは無いか!」

「当主様は兄上も気にかけておいでです! どうして分からないのです!」


 戦場での話題の際にも、カリソンはクロィサーント当主である父のことを誇らしげに語っていた。幼い頃からの憧れだったとも何度も聞いた。

 その父がクローテッドを騎士団長に選んだのだ。カリソンの喪失感は他の誰にも分からないのかも知れない。


「何の力も持たないか弱き侍女を犠牲にして、その誇りは守られるのですか!?」

「黙れ!」


 強烈な薙ぎ払いがカリソンから放たれ、クローテッドが剣で受けるも、衝撃を逃がしきれず後ろに飛びのいた。

 互いに肩で息をしていて、次の応酬が最後という覇気を纏い始める。


 ──刹那。


 同時に踏み込み、最速の剣閃が二つの弧を描く。

 風の刃がクローテッドの頬を捉え、赤い雫が滴り落ちる。


「ガハッ!!」


 クローテッドの一撃はカリソンに届き、大地へと叩き伏せていた。

 勝利したのはクローテッドだ。

 頬のかすり傷を肩で拭ったクローテッドは、剣を天高く掲げた。

 陛下が決着を宣言し、代理人が負けたことでギモーヴの顔は青くなっていく。


「全く使えないでは無いか。他の候補を立てていればこんなことには……」

「ギモーヴよ、お前が敗者なのだから三日月卿に対し隷従の契りを行え」

「ば、バカな! 父上、元平民の成り上がりに対し、高貴な私が隷従の契りを行うなどあってはならないことです。そうでしょう?」


 ギモーヴは陛下に同意を求めたが、鼻白む表情の陛下は意見を変えないと思う。慌てたギモーヴが周囲へ同調するよう訴えるも、陛下が認めないのに誰も追従するわけが無い。

 錯乱状態に陥り、髪を掻き毟ったギモーヴがひたすら喚く。


「あり得ないあり得ないあり得ない。平民は私に従っていればいいのだ。これはきっと何かの間違いだ」


 ギモーヴが何かを並べ立てるごとに周囲の反応は冷ややかになっていく。


「素晴らしかった決闘を汚すな!」

「潔く隷従の契りを行うべきであろう。嫌なら自害しろ!」


 続く糾弾の声に発狂したギモーヴは、言語化さえできない状態で泣きながらこの場を去って行った。

 ギモーヴへの糾弾の声は、やがてクローテッドへの賞賛へ変わっていく。

 誰もが勝者を称え、喝采が鳴り響く。それを聞いてようやく私も安堵した。


「……クローテッド様、御無事で良かった」


 安心したせいか腰が抜けてしまう。

 その場でへたり込んでいたら、背後から声をかけられた。


「アン様、体調は大丈夫ですか? 近くのティーサロンで少しご休憩なさっては如何でしょうか? アン様が大好きなお茶をご用意しています」


 カルメリートの声に再び背筋が凍る。

 まだ終わっていない。自分にそう言い聞かせ、気力をふり絞って振り向く。


(私を裏切っておいてよくも!)


 笑顔の裏で何を狙っているか分からない。それでも逃げる訳にはいかなかった。

 クローテッドが私の隣に来て、理解しているかのように手を差し出す。


「アン、私がついている。行こう」

「ありがとう」


 手を取って立ち上がる。

 私は気合いを入れ直し、先行するカルメリートの背中を追った。

 豪奢な廊下を進む隣にはクローテッドが居る。もう一人ではないことが心強い。

 私が硬くなっているのが分かったのか、クローテッドが肩に軽く手を乗せてくれた。

 王城は広く、今からこれでは持たないだろう。

 私は少し肩の力を抜き、歩きながらクローテッドへ笑顔を向ける。


「クローテッド様が来てくださって助かりました」

「釈放に尽力してくれたヴェルダーのお陰です」

「主任が?」


 牢から出してくれたのは主任で、ギモーヴを失脚させるための証拠集めに各地を奔走していたらしい。

 ささやかな情報交換をしていたら、すぐにティーサロンへ到着した。

 緩んでいた心を引き締め直す。


「カルメリート、どういうつもりですか?」


 私の問いに対し、カルメリートは満面の笑顔で振り向く。


「まずはお掛けになって。今、お茶をご用意致します」


 弾むようなカルメリートの声を聞き、私の怒りは抑えきれなくなった。


「ふざけないで!」


 信じていたのに。

 密告をしても何も心が傷まない様子のカルメリートが理解できない。

 憤りと同時に悔しさややるせなさが私の中に広がっていく。


 食ってかかろうとしたとき、ふいに訪れた声。


「淑女なのにはしたないですよ」


 この世界に召喚されてから、何度も何度も聞いた声。

 左隣からの聞きなれた声に私の心臓は跳ねた。お茶を用意していた侍女を見る。


「……え?」

「お久しぶりです。少し痩せましたか?」

「ふ……らん……」


 そこにはショートカットにしたフランの姿があった。


「フラン!」


 生きていてくれた。それだけで全てが報われ、温かなものが全身を駆け巡る。

 止めどなく涙が溢れて、まるで幼い子供のように泣きじゃくった。

 フランが私の涙を拭き取る。


「全く。淑女がこのように泣き腫らして……やっぱり私が居ないとアン様はてんでダメですね」


 嬉しすぎて声が出せない私は何度も頷く。


「アン様に再びお仕えしたいです。私を再雇用してはくれませんか?」


 当然だ。来てくれなければ困る。私はフランに抱きついた。

 嗚咽交じりの涙声のままで「おかえりなさい」をどうにか言い切る。


「お部屋の掃除も溜まってそうですね」

「うん……あれから一度も掃除してないから……」

「私、就職先の選択を早まってしまったのでしょうか?」


 フランの冗談にカルメリートとクローテッドが笑い声をあげる。


「ふふっ、フランだったらわたくしはいつでも歓迎ですよ。でもアン様からフランを奪ったら可哀想だからやめてさしあげます」

「アンが子供みたいに泣くところを初めて見た。可愛くて堪らないよ」

「あら? 騎士団長がそんなことを人前で言うなんて驚きましたの。今日のお茶にお砂糖は要りませんね。だって、こんなに甘々なんですもの」


 私も一部始終を見られたことに気が付いて、恥ずかしくなった。

 カルメリートがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「さぁ、お茶にしましょう」


 私もクローテッドも着席し、フランたちがそれぞれにお茶を淹れてくれる。

 もう一度、フランが淹れてくれたお茶を飲めるなんて夢にも思わなかった。

 私がお茶を飲んで幸せを噛みしめていると、カルメリートがふくれっ面になる。


「わたくし、アン様に疑われていたなんて心外ですわ」

「ご、ごめんなさい」


 連絡も取れなかったし、まさかカリソンとカルメリートで結託してフランの死を偽装工作していたなんて知らなかったのだ。

 クローテッドも目を丸くしている。


「何故、兄上はそうだと仰ってくれなかったのか……」


 カルメリートは腕を組み、拗ねてそっぽを向く。


「さぁ? 殿方の御心なんてわたくしには分かりませんけど、大方フランを助けた恩でアン様に好きになってもらうより、戦って得たいとかくだらないことを考えたのでしょうね」

「不器用な兄上らしいな」


 私も笑顔でカルメリートのご機嫌をとる。


「カルメリートが何も言ってくれないから誤解してしまったの。匿う目的で密告していたのなら教えてくれてもいいじゃない」


 流れで密告者リストの件を伝えると「それは違いますわ」と返された。


「わたくし、フランが捕らえられた後に共謀を持ち掛けられましたの。キルシュヴァッサー様からアン様には全てご説明していると伺ったのですけど……」


 言われて手紙のことを思い出した。手紙の情報が漏れたときのことを考えて触れていなかったと思うけど「信じて欲しい」だけでは何もかもが足りていない。

 カップをソーサーに戻したカルメリートが表情を引き締めた。


「それにわたくしが密告をしたのはフランの件ではありません。ブレデル伯爵令嬢のことです。アン様を傷つける彼女が許せなかったので、わたくしは調べました」


 国の予算を使っての豪遊、横流しの数々、殿下に頼んで政治犯の釈放など、やりたい放題をしていたアマレッティの悪事を暴き、それを密告したという。


「それでは、アン様に暴言を吐いたことを彼女に後悔させてあげましょうか」



 ◇◆◇◆◇



 翌日。

 再び謁見の間に貴族たちが招集された。

 前回と違うのは私とアマレッティの立ち位置。

 なのにアマレッティは不遜な態度を崩さない。


「陛下、これは一体どういうことですの? 今ならばまだ勘違いで終わらせてあげても構いませんわ」


 陛下が一瞥しただけで重々しい圧を放つ。


「ブレデル伯爵令嬢、何か申し開きはあるか?」

「何のことですの?」


 控えていた神官たちが前に出てきてアマレッティの不正の数々を読み上げる。

 無表情のまま全てを聞き終えたアマレッティは、扇子で口元を隠した。


「まさかそのような虚言を陛下は信じると? 馬鹿馬鹿しい。わたくしを妬むものの流言など取り合う必要はありません。当然、ギモーヴ殿下と違い聡明な陛下ならお判りになりますでしょう?」


 隠しきれない傲慢な態度に対し、陛下は王の威圧で迎えた。


「余は愚かなゆえ分からぬ。これらの罪状だけでも極刑は免れぬが、婚約者であったギモーヴからの嘆願もあり、二人揃って国外追放と定めた。ただし、身分は奴隷に落とすことになる」


 肩を震わせたアマレッティは突如扇子を投げ捨てて般若の如き形相を見せる。


「国外追放? 奴隷? わたくしがそれを飲むとでも?」


 すぐに衛兵が駆け寄りアマレッティを取り押さえる。床に組み伏せられて忌々し気な顔をしたアマレッティは私の顔を睨んできた。


「そこの悍ましいバケモノ! わたくしを助けなさい! あの魔法ならば美しいわたくしを救うことができますわ!」


 私は緩く首を振って目を伏せた。


「私は力も生まれも美しさに関係あるとは思いません。美しさとは、そうありたいと思う心にこそ宿ると思います。異国の地でギモーヴ殿下と二人やり直してくださいませ」


 手枷を嵌められたギモーヴが連れて来られた。たった一日で別人のようにやつれている。


「アマレッティ、異国でこれからの私を支えよ」

「嫌よ! 王権を持っていないお前なんてその辺の平民よりも劣るじゃない!」

「うるさい! これを拒めば待っているのは処刑だ! いいから受け容れろ!」


 アマレッティはハッとした様子で、私に媚びるような泣き顔を見せた。


「聖女アン様、ギモーヴ殿下をお返ししますわ。未来の王妃には貴女が相応しいのですもの。王妃となってわたくしを救ってくださいませ。だって聖女でしょう?」


 何故かアマレッティはまだどうにかなると思っているみたいだ。

 ギモーヴまでもが私に媚びたような期待の眼差しを向けてくる。

 あまりにも気持ちが悪いのできっぱりと言っておく。


「私には王妃の座も恥知らずな婚約者も要りません。私を守ってくれる大切な人たちだけで充分です。さようなら。もう二度と会うことも無いでしょう」

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