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そのような地位はいりません。私の望みは大切な人を温めたいだけ。  作者: 元毛玉


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第四話

 今日は午前中からヴェルダー主任の元を訪れていた。


「アンは先週よりだいぶ顔色が良くなって、何より雰囲気が明るくなったよね」

「そうですか? カルメリート様から頂いたこちらの花のお陰かも? とても綺麗で素敵な香りだと思いません?」


 主任にもお裾分けとして持って来た花を花瓶に挿しながら同意を求めた。

 貰った花はこの世界特有の複雑な色合いをしていて、甘みを含んだ柑橘系の心地よい香りがする。

 嗅いでいるとふいに私の髪が軽く持ち上げられた。

 主任が嗅いでいるのだ。私の心臓はハチャメチャなビートを鳴らす。


「はい? 何をしているのヴェルダー主任?」

「シャンプーも変えたんだね。僕はその花よりも、アンの方が綺麗で良い香りだと思うよ。このまま私室に連れ戻りたいくらいには」

「からかわないでください!」


 主任は良い人なんだけど、こうして口説いてくるのが玉に瑕なところ。

 女性として扱われ、口説かれることは嬉しいし悪い気はしないけど、私だって一応婚約者がいるのだ。主任も冗談だと思うけど線引きはしておく。


「未来の王妃に手を出したら極刑ですよ?」

「アンと二人だったら国外に逃げたって構わないよ」


 今のは効いた。鏡で見たら、恐らく真っ赤になっていると思うくらい顔が熱い。

 ギモーヴとアマレッティの居ないどこかに連れて行ってくれるなんて、魅力的すぎてクラクラしてしまう。


「ダメです。私は聖女ですから。人を救う使命があるのです」


 嫌だからと逃げてはいけない。

 それに、カルメリートの身内を救えたように、もっと多くの人を救う正しいことに私の魔法は使いたい、と最近強く思うようになった。

 火照る体と気持ちを誤魔化したくて、話題を変える。


「そういえば、カルメリート様も騎士団長の名前を教えてくださらないのです。お友達に対して酷いとは思いませんか?」


 何度か話ついでに騎士団長の名を尋ねるも、「言わない方が面白そうだから」とからかわれ、結局聞けずじまい。フランもカルメリートもいたずらっ子の笑顔でいたから、私も意地になって強く聞けなかった。

 主任に愚痴ると、彼も笑って気持ちは分かると言いだす。


「アンは無自覚なのに分かり易いからね。いじわるしたくなる気持ちは凄く分かるよ。そんなアンに朗報があるけど聞くかい?」

「なんでしょう? いじわるな内容で無いのならお伺いします」



 ◇◆◇◆◇



 主任から話を聞いた直後には部屋を飛び出し、自室に戻ってフランにメイクを依頼した。


「アン様、何か良いことがありましたか? 素敵な鼻歌ですね」

「うふふ、秘密です。それよりもメイクに気合いを入れてね」


 薄幸の君が帰ってくると聞き、私は居ても立っても居られなくなり、メイクをしては臨戦態勢を整える。

 部屋を出るとき「ほら分かり易い」と主任に捨て台詞を言われたのが少し引っ掛かる。そういう浮ついたものではなくて、お礼をしたいとかそういうものだ。


「アン様、さっきから顔がにやけ過ぎです。メイクがしづらいので控えて下さい」


 フランからの小言を何度も乗り越え、メイクを終えた私は出迎えのために東門へ向かった。

 他の騎士たちは続々と帰還を果たしていて、家族との再会を喜んでいる光景があちこちに広がる。なのに騎士団長の姿はまだ見えない。きっと殿を務めているのだろう。責任感の強い薄幸の君らしいなと思った。

 どのくらい待っただろうか。

 日は落ち、出迎えを待つものもほとんど居なくなった。

 月明かりだけの薄暗い中、馬の蹄の音が遠くから聞こえてくる。

 淡い銀髪が月光に揺れ、三日月のマントが大きくはためく。まるで創作絵画が命を持って動き出したような美しさに私は息を飲んだ。

 風を切り裂き、時が止まった中を私の元へ駆けてくる錯覚さえ起こしてしまう。

 目の前で足を止めた馬が嘶き、薄幸の君が音もなく軽やかに降り立つ。


「ご無沙汰しております聖女様。どうなされたのですか? どなたか待っておられるのでしょうか」


 久しぶりに声を聞いて、私の中で何かカチリと音を立てた気がした。

 名前を聞きたい。貴方を待っていたと伝えたい。

 そう思えば思うほどに、ほんの些細なやりとりでも動揺してしまい、声も震える。


「いえ……そういう訳では……」

「そうですか。ここに居てはお身体に障ります。自室までお送り致しますよ」


 馬を従者に預けて東門をくぐり、ロイヤルガーデンの方へ足を向ける。

 二人きりで歩く庭園。

 私たちの足音の他にはそよ風の音くらいしか無く、私の心臓の音が聞こえてしまわないか不安になる。

 その横顔が、近いのに遠い。

 人一人分の二人の距離。嬉しさと同時に、寂しさを感じる。

 どこか儚げで、触れれば壊れてしまいそう。支えたくても私にその資格はない。

 道すがら薄幸の君は、他国の話を色々としてくれた。

 私を気にかけて声をかけてくれるのに、上手く言葉を返せない。

 無事で良かった。また会えて嬉しい。心の中では言えるのに、まるで石像のように口は動かなかった。


「私のような武骨者の話は聖女様には退屈でしょうか?」

「そ、そんなことはありません!」


 全力で否定したのに、薄幸の君は苦笑いを浮かべる。そしてそっと目を伏せ、先を急ぐように歩き出した。

 さっきから無視するような形になったことを申し訳なく思う。

 本当はもっと聞いていたいのに、薄幸の君の言葉数は少なくなっていく。


 名前を聞き出せないまま、自室まで送り届けられてしまった。



 ◇◆◇◆◇



「今度は一体どうしたのです? てっきり朝のお戻りだと思っていたので、カルトレイを焼こうと思っていたのですが……」


 カルトレイはこの世界の焼き菓子で、日本でのお赤飯に近い扱いのもの。焼く準備をしていたフランに、私は泣きついた。


「私はダメダメな聖女なのです。叱ってください」


 フランに詳細な失敗報告をする。そして呆れられる。


「はぁ。要はヘタレだったのですね。平然と朝帰りできるようになるまでカルトレイはお預けです。これは私一人で食べます」

「婚約者がいるのにする訳無いでしょ! 私にも食べさせてよ~」


 散々わめいてフランにあやして貰い、一頻り落ち込んだ後でベッドに入る。


「おやすみなさいませ」

「おやすみフラン」


 フランが部屋の灯りを消して退室していった。

 ……眠れない。

 豪華な天蓋をぼんやりと眺めていても、思い浮かぶのは薄幸の君の横顔。


(このままじゃダメだ)


 惹かれていることを自覚しながら我に返り、線引きをしなければと思い直す。

 フランはああ言っていたけど、不貞をしたら私も相手も極刑に処されてしまう。

 この思いは恋心というには淡く仄かなもの。今ならまだ抑え込める。


(せめて、待遇改善だけでも力になりたいな)


 懸想では無くても、薄幸の君に幸せになって欲しい気持ちは本物だと思うし、間違ってもいないと思う。

 明日からの「薄幸の君を幸せにしよう大作戦」を考えていたら、私はいつの間にか眠りについた。


 翌日。

 私は騎士団長室へ向かうも、薄幸の君は不在だった。

 代わりに副団長のカリソンが応対してくれている。


「聖女殿。騎士団への要望でしたら全て私が対応しますよ。それに、呼びつけて頂ければこちらから駆けつけましたのに……」

「騎士団長はご自宅かしら? 兄であるカリソン様がいらっしゃるならお伺いしても大丈夫でしょうか?」


 私の問いにカリソンは一瞬ぎょっとした目を見せ、それから小さな子供を諭すような目に変わる。


「聖女殿。淑女ともあろうものが、婚約者以外の男の家に単身で訪問しようとしてはなりません。侍女にそう習いませんでしたか?」


(……うちのフランは泊ってこいと送り出すのですけどね)


 カリソンは、我慢をしなければならないとのニュアンスで何度も諭してくる。色々と薄幸の君に我慢をさせている人から何を言われても私の心には響かない。

 それと、恋と決めつけられるのもちょっと心外。


「私は騎士団長に恋しているのではありませんよ。仲良くなってもう少しだけ一緒に居たいだけです。幸せになって欲しいとも願っていますわ」

「世間ではそれを恋と呼びます。聖女殿は異国出身だからか常識が通じませんね」


 男女の友情は認めないタイプだろうか。カリソンは頑なに意見を変えなかった。


「聖女殿はそんなに王子殿下が嫌ですか?」

「……それは否定しにくいですね」


 今日初めて、カリソンの言葉に強く頷いてしまう。


「王子殿下から乗り換えるのならば、せめて私にしてください。聖女殿を……アンを幸せにしますよ」


 唐突な話の流れに私は当惑し、体を硬直させる。

 私の反応に構わずカリソンは続けた。


「淑女らしく振る舞おうとして失敗続きで、肩書を窮屈に感じておられることも、身分差を息苦しく思っていることも知っています。弟と同じですから……」


 養子に迎えられた幼少の頃の弟に雰囲気がそっくりだとカリソンは語る。

 戦場で死者を目の当たりにしたときのこと、慣れない異文化に戸惑っていたときのこと、これまでの私を良く見ていて、等身大の私を好きだとカリソンは言う。

 最初は半信半疑だったが、カリソンが言葉を続けるほどに疑いようが無くなっていく。

 いくらなんでも私のことを知りすぎだ。


「え? 嘘、そんなはずは……」

「本当ですよ。アンは嘘をつくとき左手を強く握る癖があるからすぐ分かります」


 初対面の印象はあまり良くなかったけれど、戦場でいつもカリソンからは優しくされていたことを思い出した。今のように慈しむ目をしていたと思う。


「このまま無理をしてアンが変わってしまわないかが心配です」


 貴族からも平民からもカリソンを支持する声が多い理由がようやく分かった。

 この人は不器用だけど優しい。きっと貴族の建前が邪魔をして思うように振る舞えないことも多いのだろう。それだけに薄幸の君との関係が悲しく思える。


「でしたら、その優しさを私にではなく弟の騎士団長に向けてはくれませんか?」


 私の問いかけに、カリソンは視線を反らして表情を曇らせた。


「……私は弟にも充分に優しくしているつもりです」


 ──パン!


 気づいたときにはカリソンの頬を平手打ちしていた。


「カリソン様の嘘つき!」


 私は逃げるように騎士団長室を飛び出した。



【カルトレイ】

 プロヴァンス王国で子供のめでたいことがあったときに食べる焼き菓子。

 ベリー系の果物をすり潰し、レモンバターに似た風味のバターで焼き上げるのが特徴で、爽やかな酸味が優しい甘酸っぱさを醸し出す。口の中でホロホロと崩れる柔らかさも印象的。色合いは淡いピンク色をしている。

 ※ラズベリーを練り込んだパウンドケーキが一番イメージに近い。

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