第十話
季節は巡り、実りの色が濃くなった風景が広がる。
時計台の鐘が鳴り、待ち合わせ場所へと急ぐ。
手にはカルトレイを沢山詰めたバスケットを抱え、弾む足取りで愛しの君の待つ時計台裏の隠れ家スポットへ。
落ち葉が舞う中で読書をするクローテッドが見えてきた。
「クローテッド様、待った?」
はにかむ笑顔を見せただけでクローテッドは何も言わないけれど、栞を挟んだ場所からすると少し待たせてしまったかも知れない。
本を閉じるその手には、私とお揃いの指輪が優しい輝きを放っていた。
「あ、あのね! カルトレイを焼いてきたの。ちょっと失敗しちゃったけど……」
少し焦がしてしまった。フランは大丈夫と言ってくれたけど、自信はない。
「ありがとう。頂くよ」
差し出したカルトレイを受け取ったクローテッドは、とても美味しそうに食べてくれた。
「少しビターだけど、とても甘くて美味しい」
「本当?」
「だって、今回はアンが焼いてきてくれたからね。愛情の分、甘くなっているよ」
優しい眼差しで見つめられて、二重の意味でドキリとした。
恐る恐る尋ねる。
「もしかして前回のは私じゃないって気付いてたの?」
「まぁね。上手く焼けたって言ったとき、アンが左手をきつく握りしめていたからすぐに気付いたよ」
恥ずかしさのあまり頬が熱くなる。
私はバレていないつもりで話を盛りに盛っていただけに、穴があったら入りたい気分だ。
でも、そんな細かいことにまで気付いて、覚えていてくれたことが嬉しい。
照れくささを誤魔化すために、持って来ていたお茶を木製タンブラーへ注ぐ。
「どうぞ、熱いから気を付けて」
渡す際に手が僅かに触れる。
手はもう何度も繋いでいるけれど、心の準備がないときに不意打ちで来ると胸がどうしても高鳴ってしまう。
「ありがとう。アンの頬の方が温かそうだけどね」
「もう! クローテッド様のいじわる」
拗ねた私が手を引っ込めようとしたら、逆に掴まれて手繰り寄せられた。
「いじわるなのはどっちだい?」
「な、なんのこと?」
急に距離が近くなり、私の心臓は早鐘を鳴らし続ける。耳元に顔を寄せたクローテッドが囁いた。
「いつになったら敬称を外してくれるのかな?」
今度は耳が熱くなる。
呼ぶタイミングを逸してしまい、まだ私だけが呼び捨てにできていないことを実は気にしていた。これは呼び方を変えて良いという彼からの贈り物だろう。
意を決し、ずっと温めてきた愛称で呼んでみる。
「……クロテって呼んでもいい?」
「アンのお好きに。あぁ、でも公式の場ではダメだよ?」
「分かってるよ! もう! クロテったら!」
拗ねるフリをしてみる。そうでもしないとドキドキしすぎて体が持たない。
楽しげに笑ったクローテッドが私の手を開放してくれた。
そこに冬の気配を運んでくる秋風が流れ込む。
火照った体だからか肌寒さを強く感じて、さっきまでの温もりを求めてしまう。
「少し冷えてきたね。アンは寒くないかい?」
私は左手を強く握りしめる。
「……まだ平気かな」
すると、クローテッドはすぐにマントを取り出し、風邪を引かないようにと羽織わせてくれた。
初めて出会ったときのことを思い出す。
あの時も肌寒さを感じ始める季節で、初めての戦場に怯えていた。同じ温かさが包み込んでくれていることに感慨深いものを抱く。
あの頃と違うのはクローテッドの笑顔。
孤高で儚げだった頃と違い、今のクローテッドは陽だまりのような優しい笑み。
ヴェルダー主任からはからかい交じりに「アンが愛の熱で氷を溶かした」と言っていたけど、本当に氷のような険はどこにも見当たらず、それを成した私が誇らしい。
昔の自分に「頑張ればちゃんとご褒美があるよ」と教えてあげたいくらいだ。
そんなことを考えていたら私の中のいたずら心がひょっこりと顔を覗かせる。
「ねぇ、クロテも寒いでしょ? 一緒に包まらない?」
冗談でマントを広げて誘ってみたら、そのまま中に飛び込まれてしまった。
「え?」
「アンと一緒に包まれるなんて幸せだよ」
クローテッドを照れさせたくて言ってみた冗談が受け容れられてしまい、私の方が照れてしまう。
けれど、二人だと温かさと幸せがどこまでも広がっていく。
並んで座り、密着して肩を預け合う。肩に感じる重みが、幸せの重みに感じる。
牢の格子越しに感じた隔たりは、もうここには全く無かった。
「ねぇ、クロテ……私、幸せです」
色々なものを乗り越えてここまできた。
今、私の隣にはクローテッドが居る。かけがえのない人が幸せをくれる。
「私もアンと一緒に居られて幸せだ。アンの傍はとても温かい」
「……私、もっとクロテを温めたい」
暫く互いの瞳を見つめ合う。
どちらから、と分からないくらい自然にキスをした。
初めてのときは体温を感じられず、涙だけが伝ったけれど、今は違う。
クローテッドの息遣い、体温、唇の柔らかさ、その全てが幸せに感じられる。
離れるのが名残惜しく感じ、お代わりをねだってみた。
「もう一度温めますか?」
「……アンのせいで、温かいクリームのように溶けてしまいそうだよ」
何度も、何度も優しいキスを交わしていく。
とても幸せなキスの味は、仄かに甘酸っぱいカルトレイの味がした。




