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異世界召喚された少女が魔法使いになって元の世界に帰るまで  作者: 高ノ原 麻矢


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七章 絶望と希望

 魔法学院に入学して一か月がたったころの夕方、わたしはいつものように、王城に戻って書庫の本を読んでいた。

 すると、深緑色の制服を着たおじさんと、お姉さんがやってきた。

 書庫の本から大事そうなところをノートに整理していたわたしは手を止める。

 二人は、暗い顔でわたしの前に立った。おじさんが重々しく口を開く。

「書庫の全資料の確認が終わりました」

 おじさんは続きを言うのをいったんやめて、視線を下げた。

「結論からお伝えします。異世界から来た人がもどる方法、および異世界へ行く方法が記された本はありませんでした」

 わたしは最初、何を言っているのかわからなかった。

 もしかしたら頭が理解するのをいやがったのかもしれない。

 聞いた言葉をもう一度、頭の中でくりかえす。もどる方法が、ない。

 わたしはぼうぜんとしてしまった。

「エルレシア王国、建国以来約二千五百年分、現在残っている資料全てに目を通しました。異世界から来た者や、異世界にもどるための研究が行われた資料は、こちらにお届けしている通りです。しかし、異世界にもどれた、もしくは行く事ができた記述は、存在しませんでした。国内で出版された本は、必ず一冊を王城書庫に収容されます。従って、ここになければ、どこにもありません」

 おじさんは、申しわけなさそうに、しかし調べた結果をきっちりとわたしに伝える。

 もどる方法は、ない。そのことに打ちのめされたわたしは、頭の中が真っ白でどうしていいかわからなかった。

「マナカ様?大丈夫ですか?」

 見上げると、心配そうなサティアさんの顔があった。

 上を向いたほおを、ついと一つぶのしずくが流れる。しずくはどんどんふえてとめどなく流れる。サティアさんの顔がにじんで見えなくなった。

「う……うわあああん」

 こらえきれず、テーブルにつっぷして声を上げてないた。

 今までなんとなく、帰れる日がいつかくるとしんじていた。

 でも、帰る方法は、この世界には、なかった。


 気がつくと、ベッドの上だった。外はもう明るい。

 どうやら、あのままなきつかれてねむってしまったらしい。

 目が覚めると、帰る方法がなかったことを思い出して、またなみだがはらはらとこぼれる。

 わたしは、つらさをこらえるように、ベッドの上で丸まった。

 ねむってしまえばつらくなくなる。意識なんてなくなってしまえばいいのに。


 あれから、何日がすぎたのだろう。どうしようもなくて、何もする気が起きなくて、ただ、ベッドに丸まってすごす。

 ないたり、ねむったり、ぼーっとしたりすることしかできない。まるで、この世界に来たときみたいだ。

 帰りたい。帰りたい。帰りたい。お母さんに会いたい。お兄ちゃんに会いたい。お父さんにも……ちょっとは会いたい。あかねちゃん、さらちゃん、ゆきやくん、会いたいよ……。大好きなみんなの所へ帰りたい。つらい……。苦しい……。だれか助けて……!

「マナカ様」

 不意に声がかかった。サティアさんだ。

「……」

 わたしは、返事をする気力もなくて、寝室のドアをぼんやり見上げた。

「マナカ様、起きていらっしゃいますか。ドルデント大佐とクロレル少佐、リィヤさんがお見えになっています」

 みんなが来てくれている。そう思った瞬間に頭にうかんだのは「あやまらなくっちゃ」だった。

 たくさん力をかしてくれたのに、おうえんしてくれたのに、帰れなくなってしまった。

 わたしは、力なくドアに歩みよって、そっと開ける。

 サティアさんは、わたしのすがたを見てほっとした顔で、わたしのかたに両手をおいた。

「したくを手伝いますね」

 サティアさんの手で、すばやく身なりを整えてもらった。

 でも、なきはらした目は、サティアさんでも、どうにもできなかった。

 わたしは、思い切って寝室を出る。

 寝室のとなりの部屋では、ソファに三人がすわって待っていた。

 みんな、いつもよりもしずんだ顔をしている。


 わたしは、勇気を出してみんなの前に立つ。

「みんな、来てくれてありがとう。でも、ごめんなさい……。帰れる方法が……なかっ……」

 なみだがこぼれて、しゃくりあげてしまって、最後までちゃんと言えなかった。

 なき止もうとしても、次から次へとなみだがあふれてくる。

 サティアさんがやさしくせなかをなでてくれていた。

 立ち上がったリィヤが、わたしの手を引いて、ソファに座らせてくれた。

 となりにすわって、手をにぎってよりそってくれる。

 ラッカーさんが、わたしの前に来て、大きな手で頭をなでて、あやしてくれる。

 リンディさんもわたしのとなりにこしを下ろし、かたをだいてそっとなでてくれる。

 みんなの優しさに、つらくて苦しい心のおく底が、そっとすくい上げられたような気がした。

 少しずつ、心が落ち着いてくる。

 しばらくして、やっと目を開けると、みんなが心配そうな顔でわたしを見つめていた。

 たくさん、心配をかけてしまったのだと気づく。

「心配、かけて、ごめんなさい……」

 また、なみだが出そうになる。

 そんなわたしを見て、ラッカーさんは、わたしの前でチッチッと指をふっておおらかに笑う。

「ちがうぞ、マナカ。こういう時は『ありがとう』だ。さっきもなんかあやまってたが、俺たちは、あやまってもらうために来たんじゃない。マナカをはげますために来たんだ」

 そして、またわたしの頭をわしゃわしゃとなでる。

 わたしは、まるで心をふわふわのわたでくるんでもらったような感じがして、さっきまでとはちがう意味でまたなきそうになった。

 ラッカーさんは、そんなわたしを見て、すまなそうに首の後ろをかく。

「まあ、はげますって言っても、何かこう、何かの手立てがあるわけじゃないんだけどな」

 わたしは、みんなの気持ちがうれしくて、せいいっぱいほほ笑んだ。

 それを見たみんなも、ほっとしたように笑みをうかべる。

 ラッカーさんは、みんなの顔を見回した後、ソファにどっかりとこしを下ろして、不敵な笑みをうかべた。

「よっしゃ。じゃあ、マナカ帰還作戦、第一回会議を始めようや」


 サティアさんが用意してくれた大きい紙を、ソファの前のローテーブルに広げて会議は始まった。

 ペンを片手に、その場の五人全員で紙をぐるっとかこむ。

 ラッカーさんが、真ん中に大きく、「マナカ帰還大作戦」と書いて、ギザギザで囲む。作戦にさりげなく「大」が増えている。

 そして、そのギザギザから一本の線を引き、「王城書庫」と書いて丸で囲む。

 その上から、大きくバツをした。それを見たサティアさんが首をかしげる。

「ちょっと待ってください。書庫に、帰る方法そのものはありませんでしたが、関連資料はいくつもありました」

 そう言ってサティアさんは、部屋の一角に積み上げられた本の山を示す。

 そしてバツ印がつけられた「王城書庫」から一本の線を引き、「関連資料」と書いて丸で囲む。

 そこから、さらに何本も線を引いて、「サクラの日記」「レオンハルドの手記」「魔法陣構築全書」など、主な本の名前を書き加えていく。

 一方で、リィヤがふとつぶやく。

「王城の『本』にはなかったってことは、本以外にならもしかしたらあるかも。学院にある、本になっていない研究論文とか。レオンハルド様みたいな、各地でいろんな研究をしている人のレポートとか」

 リィヤも、中央のギザギザから線を引き、「論文」「学院」「各地の研究者」などと書き入れていく。

 リンディさんも、こぶしを口元にそえながら考え込んでいる。

「各地の研究者というなら、レミルシルラ様もそうじゃないでしょうか?わかる限りの情報を送ってもらいましょう」

 リンディさんが「各地の研究者」から線を引いて、「レミルシルラ様」と書き足す。

 そんな風にして、みんなが口々にアイデアを出す。

 わたしはむねがいっぱいになった。みんながわたしのために力をかしてくれている。

 真っ白で広々としていた紙は、所せましと書き込まれ、最後には文字でいっぱいになっていた。

 それを見て、わたしは心に力がわいてくるのを感じた。まだできることはある。わたしは一人じゃない。みんながいる。あきらめるのはまだ早い。きっと、なんとかなる。

 ひと段落したところで、サティアさんが席を立つ。

「それでは、私はこれらを手配してまいりますので、失礼いたします。身の回りのお世話は他の者をよこしますので、ご心配なく」

 言うが早いか、サティアさんはすばやく部屋を出て行った。ラッカーさんたちも一息つく。

「それじゃあ、俺たちもそろそろ帰るか」

 リディアさんがうなずく。

「そうですね。おじさんがレディの部屋に、あまりおそくまでいるのはいただけませんね」

「おじさんっていうなよ~」

 二人のやり取りに、わたしは小さくふき出した。この二人もあいかわらずだ。

「では、ぼくも、そろそろ」

 リィヤが立ち上がり、ラッカーさんたちもこしを上げる。

 みんなが帰ってしまうのが少しさみしい気がした。でも、それはひみつにする。

「リィヤ、ラッカーさん、リディアさん、本当にありがとうございました。わたし、あきらめません。帰れるまで、がんばります!」

 わたしは、心にちかうように、みんなにつげた。

 ラッカーさんがわたしの頭をポンポンとやさしくたたく。

「ああ、きっと帰れるさ」

 ラッカーさんの笑顔は本当にふしぎだ。ラッカーさんがお日様みたいな笑顔でそう言うと、ぜったい本当になる気がする。それに、リディアさんの温かい笑みと、リィヤの優しいほほ笑み。

 むねの中が、ほんわりとしてくる。

 わたしは大きくうなずいた。

 ラッカーさんが部屋を出て、軽く右手を上げる。

「じゃあ、またな」

「またお会いしましょう」

「また明日、学院で」

 わたしは、笑顔でみんなを見送った。


 次の日、数日ぶりに学院に行って帰ってくると、サティアさんが待っていた。

「陛下にご相談し、学院および各地へ情報提供の通達、学院への協力者の要請、レミルシルラ様との通信許可申請等、一通り完了いたしました。何かあれば、随時、報告が上がってきますので、お待ちください」

 わたしは、とてもおどろいた。昨日の今日で、もう全部手配してしまうなんて思わなかった。

「サティアさん、本当にありがとうございます!じゃあ、わたしはそれまでに、書庫の本をしっかり読んで、整理します」

 わたしの言葉を聞いて、サティアさんは、満足気に笑みをうかべた。

「そうですね、それがよろしいでしょう」

 わたしは、これまでのように、わからないところをサティアさんに聞きながら、資料を読んでいく。

 しおりのない所はともかく、しおりがはさんである所はもうほとんど目を通し終わった。

 そうしながら、わたしはふと感じた。

 元の世界に帰る方法は、どこをさがしてもみつからない気がする。

 でも、それは元の世界に帰る方法が存在していないのではなくて、まだだれもその方法を発明していないだけなのではないだろうか。

 だって、来られたんだから行けないはずがない。そんな気がする。

 大昔にこちらに来た天城寺桜さんは、帰る方法を研究していたという。

 ならば、わたしがその研究のつづきをして、帰る方法を作り出せばいいのではないだろうか。

 そうだ。なければ作ればいいんだ。

 自分には手に負えないほど大きなことだとは思うけど、やってみるしかない。

 数日後の第二回作戦会議で、わたしがそんな事を考えたと話すと、みんなはしんけんに話を聞いてくれた。

 一呼吸おいて、新たにメンバーに加わってくれたノストーム教授が、たんたんと意見する。

「学院の論文も、基本的には研究紀要になって書庫に収容されますから、今後新しいものが出てくる望みはうすいでしょう。基本的に研究者は、自分の発見をみんなにじまんしたいものですから、かくす必要がありませんし、わざとかくされているものはかくされたままになるのではないでしょうか。そんなものを当てにしてさがすくらいなら、マナカの言う通り、自分たちで研究して作った方がたぶん早いと思います」

 ラッカーさんもうなずく。

「そうだな。じゃあ、今回の本題の情報整理に入ろう。マナカはどこまでわかってるんだ?」

わたしは、ノートをめくりながら、頭をフル回転させて、これまでにまとめたことを話していった。

「えっと……それらのことから考えると、結局こっちの世界から元の世界に帰るには、こっちに『入る魔法陣』、元の世界に『出る目印になる魔法陣』が必要。でも、こっちはともかく、元の世界の魔法陣はどうすればいいのかがわかりません。それに、魔法陣は生き物を通せないって桜さんの日記に書いてありました。ネズミでやった実験だと、魔法陣の出口から現れたネズミは生きてはいたんだけど、全く動かなくて、食べ物を食べることもできずに、やがて死んでしまったそうです。あと、桜さんもわたしと同じで、こちらに来たときは、すがたがかわっていたそうです」

 書庫の資料をたくさん読んで、いろんなことをメモしたけれど、わかったことをまとめるとそれぐらいのことしかなかった。

 それを聞いたラッカーさんが首をひねる。

「ん?でも、マナカがきたってことは、レミルシルラ様はどうにかして、こっちに『出る魔法陣』、あっちに『入る目印になる魔法陣』をえがいたってことだよなあ」

 リディアさんがうなずく。

「たしかにそうですね。それは何か方法があるのかもしれません。レミルシルラ様に聞いてみましょう」

 その場に、ほっとした空気が流れる。一つ目のぎもんは、ドレリアに聞けば解決しそうだ。よかった。  

 そんなふんいきの中、一人で手をあごにそえて考えこんでいたノストーム教授は、頭の中を整理するように話し始める。

「ネズミの実験より後も、生き物を通す方法については、いろいろな研究がなされている。他の生き物を使ったり、生き物を魔力でつつんで守りながら通そうとしたり」

 リィヤは、たしかめるようにノストーム教授に質問する。

「他の動物はともかく、魔力でつつむ方もだめだったんですか?」

「ああ。まず、通せなかったんだ。出入り口の魔法と組み立てる魔法は一人で同時に使えないから、二人で実験を行った。一人が魔力で包んで、もう一人が出入り口を通せるかやってみたんだ。けれども案の定無理だった。二つの魔法がしりぞけ合って、出入り口に通せなかった」

 その話から、何の糸口も見い出せなくて、リィヤはがっかりした。

「やっぱり魔法陣反発の法則が邪魔をするんですね」

「『魔法陣反発の法則』?」

 だんだん、むずかしい話になって、わたしにはわからなくなってきた。

 リィヤは一つうなずいて、ていねいにせつめいしてくれる。

「入る魔法陣と出る魔法陣は表うらの関係だから大丈夫なんだけど、出入りする魔法陣、組み立てる魔法陣、くずす魔法陣は同時に使えないんだ。話すときに『山』と言いながら同時に『川』とはいえないのと同じなんだって。そしてそれは、魔法を使っている人にも、魔法をかけられている対象にも当てはまる。それぞれが反発し合って、魔法がかけられているものには魔法はかけられない。――っていうことで合っていますか?」

 リィヤの確認に、ノストーム教授が満足そうな笑みをうかべた。

「お見事だよ。よく勉強しているね」

「ありがとうございます」

 リィヤがてれくさそうにはにかんだ。

 いろいろ考えてみたけど、その日はそれ以上話が進むことはなくお開きになった。

 とりあえず、ドレリアに私がどうやって来たかを聞かないと話が進まないことだけはわかった。


 

 第二回作戦会議から一週間後、第三回が開かれることになった。

 ドレリアとれんらくがついて、話せるらしい。電話みたいなのがあるのかなと思った。

 通信室の中に入ると、三人の人が話していた。一人は見覚えのあるえんじ色のローブをはおっている。 

 わたしが来たことに気づいてふりかえったノストーム教授は、満面の笑みをうかべている。

 ノストーム教授と話していた二人のうち、おじさんの方の人が、わたしの前に進み出てむねに手を当て、礼をする。

「本日、担当させていただきます、私は通信管理官のレギラ・K・モースレッドと申します。こちらは、同じく、キース・E・ランドレアと申します。それぞれ、レギラ、キースとおよびください」

 レギラさんは、もう一人のわかいお兄さんを指し示す。

 紹介されたキースさんは、大きな丸いテーブルの席にすわったままわたしに軽く頭を下げてあいさつしてくれた。

 よく見ると、テーブルの上に魔法陣を展開していて、それで身動きがとれないようだ。

 わたしも初めての人にきんちょうしながら礼をする。

「マナカ・L・サイジョウです。よろしくお願いいたします」

 そのあとすぐに、リィヤたちも来てくれて、全員がそのテーブルのまわりにこしを下ろす。

 そして、会議を始める予定の時間をむかえた。とつぜん、魔法陣の光が強くなる。

「こちら、レミルシルラ、通信管理官どの、聞こえますか」

 ドレリアの声だ。レギラさんがもう一つ声をとどける魔法陣を展開して、落ち着いた声で返事をする。

「はい。ちゃんと聞こえます」

 わたしは、ドレリアの声を聞いて、むねいっぱいになつかしさが広がって、いてもたってもいられなくなった。

「ドレリア!わたし、ちゃんと王都についたよ。でも、帰る方法はなかったよ」

「ああ。よくがんばったな。私もできるかぎりのことはするから、あきらめるな」

 ドレリアのいたわるようなやさしい声に、安心してなみだがぽろりとこぼれそうになる。

 わたしは目をぎゅっとつぶってなんとかこらえた。

 ラッカーさんが、そんなわたしのかたをやさしくたたく。

「さあ、第三回作戦会議を始めよう」

 第三回作戦会議のテーマは、わたしが来た時についてできるだけくわしくドレリアに聞くことだった。

 みんなの視線がラッカーさんに集中し、うなずき合う。

「レミルシルラ様、マナカが帰る方法を考えるに当たって、やはりどのようにしてこちらに来たかが重要なヒントになると思います。ですので、できるだけくわしくお聞かせいただけたらと思います」

 魔法陣の向こうで、一度しんこきゅうをする気配がした。

「わかりました。説明します」

 みんなでいっせいにノートをとるペンをかまえた。

「その時、わたしはわれをわすれて一心不乱に魔法を行使していたので、ちゃんと覚えているかわからないんだが……」

 ドレリアがそう前置きして語り始める。

「まずは、人体の材料を集め、人体錬成をした」

 それを聞いたノストーム教授は息をのんだ。

「人体を?錬成したのですか?」

 ドレリアは落ち着きはらって答える。

「ああ。昔、弟子に協力してもらって、ためしに研究していたんだ。それが役に立った」

「『役に立った』って……」

 ノストーム教授はこめかみをもんで、受け入れがたさをこらえるように目をきつくとじて、ぶつぶつつぶやきながらうなっている。

 わたしには、何をそんなにおどろいているのかわからない。

「教授、どうしたんですか?」

 教授はカッと目を見開いてわたしを見た。

「これが、おどろかずにいられますか!理論上は可能でも、実現は不可能とされる人体錬成ですよ!人体の様々な組織の全てを一気に組み立てるんですよ!できるわけないじゃないですか!!」

 教授は、あらい息をおさえるべく、しんこきゅうを始める。魔法陣の向こうから、申しわけなさそうな声がひびいた。

「いや……、まあ、とにかく錬成したんだ。それが、今マナカが使っている体だ」

 わたしは言葉を失った。一瞬、せすじをひやりとしたものが流れた。

 作られた……体……?思わず、自分の両手を閉じたり開いたりしながらながめる。

 ドレリアは話を続ける。

「人体を錬成後、間髪入れず、私は魂の召喚を行った。こちらに出口となる魔法陣をえがき、入口は、私の魂の紋とした」

「魂の……紋……?」

 わたしがつぶやく。その場のだれもが、聞き覚えのない言葉にあっけにとられていた。

 ドレリアは、その場のだれもがわかっていないことが当然だとばかりに、話を続ける。

「ああ。魂の紋だ。生き物は、それぞれその者を示す魂の紋を持っている。紋は、もようというか魔法陣のようなものだな。私が魔力を練り始めて何百年かした頃に、真理にふれて、初めてわかった。平行世界という概念を聞いたことはないか?今ここにいる私とこの世界以外にも、無数に世界は存在していて、無数の私が存在している。その全ての私も同じ紋を持っている。どこかにいる、もう一人の私なら、私の孤独を救ってくれるのではないかと思ってしまったんだ。それで、私の紋そのものを吸い込んではき出す魔方陣をえがいて発動させた。そうして、来たのがマナカだ。マナカの魂は、錬成した体に無事定着し、私と日々を過ごした」

「『もう一人の私』……?」

「ああ、そうだ。マナカは違う世界の私だし、私は違う世界のマナカだ」

 わたしとドレリアが同じ人物だと言われても、全く理解できなかった。

 だって、わたしはわたしだし、ドレリアはドレリアだ。それぞれが自分で考えて行動している。同じだなんてありえない。

 全く想像もしていなかった話になって、一同は声を失った。

 教授ですら、頭をかかえている。

 しばらくして、ちんもくをやぶったのは、リディアさんだった。

 えんりょがちにドレリアに問いかける。

「レミルシルラ様、そこまでできるあなた様ですら、帰る方法がわからないというのは、どういうことなのですか?あなた様の見解をお聞かせ願いたいです」

 ドレリアは、魔方陣の向こうから、後ろめたそうにためらいながら言葉をつむぐ。

「まず、行きは魂の紋を目印にしたが、マナカがすでにこちらにいるので、帰るために目印となる魔法陣がない。また、帰るためには、複数の魔法を同時に使わなければならない。理論的に考えると、おそらく、魂と体を引きはなす魔法、体にもどらないように魂を固定しておく魔法、元の世界への出入口の魔法の三つは必ずいると思う。しかし、それは魔法陣反発の法則によりできない。それと、膨大な魔力がいるが、これだけは私の森にため込んでいる魔力で間に合うと考えられる」

 そこまで聞いて、わたしは気づいてしまった。むねがどきどきする。

「ドレリア、この国のどこにも帰る方法が存在してないって、わかってた……?」

 魔方陣の向こうで息をのむ気配がした。間をおいて、なみだでにじんだ声がする。

「ああ……。ああ、そうだよ。わたしはマナカに希望を与えるためにうそをついた。絶望するマナカを見ているのがつらかったんだ……。すまない……。だが、王都でどうにかして帰る方法を見い出してほしいと願っていたのは本当だ……」

 わたしはむねが苦しくなった。うらぎられたと思った。ショックでつらい。けれども、ドレリアの気持ちが伝わってきて、切なくて、せめる気にはなれなかった。そのかわり深い悲しみでむねがいっぱいになった。

 その上、帰る方法が存在しないことがおい打ちをかける。

 だれも知らないことを知っていて、だれもできないことができるドレリアでさえも、帰る方法がわからない。帰れない。わたしたちが集まって考えた所で、どうにもならない。

 また、なみだがぽろぽろこぼれて、真っ暗で重たい気持ちに黒くぬりつぶされそうになる。

「マナカ様……」

 となりにすわるサティアさんが、わたしのせなかをやさしくさすってくれている。しんとした室内に、わたしのすすりなく声だけがしずかにひびく。

 この数か月、たくさん勉強や練習をした。苦しい目やこわい目にもあって、たいへんだった。

 いろんな人にも、たくさん力をかしてもらった。それらすべてがむだになってしまった……。

 そのことが、さらにわたしを打ちのめして、悲しみでいっぱいになる。

 心が暗やみのうずにまきこまれ、ぬりつぶされていく。


 ちがう!そうじゃない!


 やみに飲みこまれそうになるわたしを、もう一人のわたしがしかる。

 元の世界に帰る方法がないのなら、私が作ってやるって決めたじゃない。

 今までがんばってきたのはあきらめるためなんかじゃない。ぜったいに元の世界に帰るためだ!

 わたしの頭の中を、この世界に来てからの様々な出来事がかけめぐる。


 ドレリアの所で一生けんめい魔法の勉強をして、練習をしたこと。

 魔力をとらえるためにじごくのような苦しい目にもあって、魔法を身につけたこと。

 王都への旅路。

 卵をとりに行くとちゅうで魔物とたたかって、死にそうなおそろしい目にもあったこと。

 王都でたくさんの資料と向き合ったこと。


「ちょっと待って!」

 とつぜん顔を上げてさけんだわたしに、おどろきの視線が集まる。

 心配そうにラッカーさんがわたしの顔をのぞきこんだ。

「マナカ、どうした?」

「スライムゴーレム!スライムゴーレムをたおしたとき、わたしとリィヤの魔法が合体した!!」

 突拍子もないわたしの発言にみんなの目が点になってしまった。

「どういうことですか?」

 ノストーム教授が、興味深そうに質問する。

 わたしはリィヤといっしょに、覚えているかぎりできるだけくわしくその時の事を話した。

 教授が面白そうな笑みをひらめかせながら、ドレリアに確認する。

「レミルシルラ様、いかがですか?」

「ああ。そんな話は初めて聞いた。それが再現できれば、魔法陣反発の法則がクリアできるかもしれない。後は、あちらの世界の魔法陣か……。マナカ、あちらの世界でマナカがよく使っているもので、魔法陣っぽいものは近くに何かなかったか?できるだけマナカの魔力がしみついていそうな物がいい」

 一すじの希望に、むねが高鳴る。何か、魔法陣っぽいもの!と、わたしは一生けんめい教室の景色を思い浮かべて、さがした。

 そうして、ついに見つける。

「黄帽!つくえの横の黄帽に、学校のマークがかいてある!」

 わが八重之花小学校の校章は、大小の、八まいの花びらの花が重なっていて、真ん中に「八小」とデザインっぽくして書いてある。なかなか校章にしてはふくざつで魔法陣っぽいんじゃないかな。

「どう?ドレリア!」

「ああ。おそらく大丈夫だろう」

 みんなが、さっきとはちがう意味で息をのんだ。これで、元の世界に帰る魔法のめどが立ったのでは!?と声にならずそれぞれがおたがいに顔を見合わせる。

「やったね!マナカ!」

 リィヤが立ち上がって、身を乗り出す。ラッカーさんがわたしにニカッと満面の笑みを向ける。

「良かったな!」

「ついに帰れそうですね」

「さすがマナカ様です」

「良かったね。異世界転移魔法、楽しみにしているよ!」

 みんなも口々に、いっしょに喜んでくれる。

 元の世界に帰るめどが立ってうれしいのはもちろん、みんなが自分のことのように喜んでくれているすがたにむねが熱くなった。わたしは、心のそこからわき上がる思いを言葉に乗せる。

「ありがとう……。みんな……ありがとう!」

 みんなが、笑顔でわたしを見ている。わたしも、うるんだ瞳のまま、思いっきり笑った。


 次の日、みんなで学院の裏の森にある演習場に集まった。

 スライムゴーレムの時を再現するためだ。

 とりあえず、まずはわたしとリィヤがふつうに魔法陣をえがいて、ノストーム教授が用意してくれたまとに向かってこうげきをはなつ。

 まとは、引きちぎられ、それからもえた。教授は予想通りだと息をはく。

「やっぱりふつうでは、合成されないか。次、スライムゴーレムの時の状況をできるだけ忠実に再現してくれ」

 わたしはリィヤといっしょにすわりこむ。

 リィヤがわたしにおおいかぶさって魔法陣を地面にえがき、わたしもリィヤに守られながら地面に杖が当たるのにも負けず魔法陣をえがく。

「せーの!」

 そして、同時に発動。

 放たれた炎をはらんだ風は、まとを引きちぎると同時にもやしていく。

 まとがもえつきて、あたりがしんとしずまりかえる。

 成功、したのでは……?

 教授に確認しようと視線を向けると、教授は目をらんらんと輝かせ、両手のこぶしを力いっぱいにぎりしめていた。

「すごい!すごいぞ!魔法学の革命だ!!次は私にやらせてくれ!」

 われにかえった教授はすごいいきおいでかけよってきて、リィヤと交代する。

「合成魔法の発動条件は、おそらく同じ平面上に魔法陣のはしを重ねて書き、それぞれの魔法陣を同時に発動させることだと見た!」

 わたしは、教授の指示を受けて、教授といっしょに地面すれすれに魔法陣をえがく。

「せーの!」

 二人で同時に発動させた魔法は、先ほどと同じく、まとを引きちぎると同時にもやしていく。

 教授の目が、さらに情熱の炎でもえ上がるのをわたしは見た。

「すばらしい!よし、いろいろな人で組み合わせて、いろいろな魔法を使ってみよう。さあ!」

 教授は両うでを広げ、有無を言わせないいきおいでみんなによびかける。

 こうなった教授は、もはやだれにも止められなかった。


「教授~、そろそろかんべんしてくれや~」

 ぐったりしたラッカーさんのうったえに、わたしたちもはげしく同意する。

 いろいろな組み合わせでためしてみた結果、だれと組んでも魔法の合成ができることがわかった。

 さらに、それは三人以上に人数をふやしてもできる。この場にいる六人全員でもできた。

 ただし、魔法の内容をうまく組み合わせないと効果的に合成されない。

 組み合わせが悪いと、おたがいをじゃまし合ったりして、何とも言えないものになる。

 組み合わせは、出入り口、組み立てる、くずすのどの種類でも組み合わせることができるということも分かった。

「マナカ、リィヤ、これを学会で発表していいかい!?論文には、もちろん二人の名前も入れる!」

 前のめりの教授に、わたしたちはたじろぎながらうなずいた。

 ただし、名前をのせることはことわった。はずかしい。

 しかし、教授はそんなわけにはいかないと食い下がり、なんかもうめんどくさくなったわたしたちは、教授のやりたいようにまかせることにした。



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