六章 魔法学院への入学
学院の入学式は、小学校の始業式みたいな感じだった。学長さんのちょっと長いお話と、授業の申しこみ方などのせつめいをしておしまい。意外とあっという間だった。
終わった後、わたしはリィヤのすがたをさがした。
だんだんと会場の人数が少なくなってくる。
リィヤはもう外に出てしまっただろうか。
私があせっているとだれかからかたをトントンとたたかれた。
「リィヤ!」
ふりかえると、学院の制服を着たリィヤが立っていた。
「ひさしぶり」
リィヤのほがらかな笑顔にわたしはとてもほっとした。どうやら、知らない人だらけの学院で、実はきんちょうしていたようだ。つられて笑顔になったわたしを見て、リィヤは笑みを深める。
「立ち話もなんだし、食堂に行こう」
リィヤは前に立って歩き出す。
なんだかリィヤはもうすでに学院になれている感じがした。
食堂でハンバーグ定食みたいな料理を木のトレイにのせて運び、中庭が見えるテラス席にすわる。
リィヤはからあげ定食みたいな料理をテーブルにおいて、向かいの席にすわった。
「ほんの十日ぶりなのに、なんだかすごくひさしぶりな気がするな」
「そうだね。また会えて、本当にうれしい」
わたしは、さっきリィヤに会ってから、ずっとほおがゆるみっぱなしだった。
「リィヤはこの十日間、どんなことをしてたの?」
「ぼくは、あれからトマスさんに寮に連れて行ってもらって、寮のルールとか、学院のこととか、いろんなことを教えてもらったよ。寮は学院の建物のとなりに立っていて、この食堂にも毎日来てる。それに、友だちも少しできたんだ。また紹介するよ」
リィヤが充実した毎日を送っていたと聞いて、わたしもうれしくなった。
「マナカは、どんな風に過ごしてた?」
わたしも、ここ十日の出来事をリィヤに語った。
「そっか、まだ帰る方法は見つからないんだ……。でも、全ての知識が集まっているという王城の書庫なら、きっと見つかるよ!」
わたしは、リィヤの力強い言葉にはげまされた。
「ところで、マナカはどの授業を受けるの?ぼくといっしょの授業はあるかな?」
わたしたちは、自分で組んでみた時間割を見せ合った。すると、一日一回は同じ授業をとっていることがわかった。これから毎日リィヤに会える。それだけでわたしは気持ちがうきうきとしてきた。
小一時間話して、わたしたちはそろそろ帰ろうかということになった。わたしは正門へ、リィヤは学院の校舎のとなりにある寮へと向かうから、食堂の前でさよならだ。
「今日はマナカと会えてよかった。また明日!」
「うん。わたしも。また明日」
わたしは、明日も会えるとわかっていてもなごりおしい気がした。
王城にもどると、書庫の本をひたすら読んで、夕ごはん、おふろで、ねむくなって、あっという間に朝が来た。
学院二日目、初めての授業は、実践魔術中級Ⅰ。南校舎一階一〇七号教室だった。
教室をのぞいてみると、学校の教室くらいの広さで、木の長づくえといすが並んでいる。
すでに、中学生や高校生くらいの人たちが十人くらいすわっていた。
教室の前の方には黒板があって、一だん高くなっていた。きっとここで先生が話すのだろう。
わたしは、ちょっとどきどきしながら教室に足をふみ入れる。
すると、視線が一気にわたしに集まった気がした。何やらひそひそ声も聞こえる。
なんだかいごこちが悪くなって、わたしは一番後ろのはしっこにすわった。
一人で所在ないわたしは、とりあえず教科書を読んで時間をつぶすことにした。
始まりのベルが鳴って、先生が教室に入ってきた。
こん色のローブの上からでもわかる、きたえられた筋肉がすごい。短いかみに、こぼれんばかりの笑顔のそのすがたは、元の世界にいた芸人さんを思い出させる。頭の中でその芸人さんが決めぜりふを言ってポーズをきめ、わたしは笑いをこらえる。
黒板の前のど真ん中に立った先生は、よくひびくひくい声で話し始めた。
「おはよう。俺は魔法修練学科助教授のダイラス・Ⅹ・レイズネルだ。ここは実践魔法中級Ⅰだが、まちがっているやつはいないか?」
だれも何も言わないので、大丈夫だとはんだんしたレイズネル先生は話を続ける。
「この授業では、ペアやグループで協力して活動しながら取り組む。おたがいのことをしっかりおぼえよう。まずは自己紹介だ」
レイズネル先生は、前列の一番右の人を指名する。指名された中学生くらいの男の子が立ってみんなの方にふりかえり、自己紹介が始まった。この流れで行くと、わたしはたぶん一番最後だ。
「ぼくはルリウス・Ⅿ・シルヴィスと申します。よろしくおねがいします」
名前を言って、おねがいしますと言うだけのシンプルな自己紹介。
けれども、異世界から来たわたしには問題があった。話は一週間前にさかのぼる。
学院でのテストから帰ったわたしは、サティアさんに手伝ってもらいながら、学院に提出する書類を書いていた。そのとき、サティアさんが気づいたのだ。わたしには加護花がない、と。
「加護花?」
初めて聞く言葉におどろいていると、サティアさんがせつめいしてくれた。
「この国では、生まれるとともに両親に連れられて神殿におもむき、祝福を受け、加護花をさずかります。ほら、わたしたちの名前の間に、一文字入っているでしょう?あれが加護花を表しているんです。たとえば、わたしは『W』。藤の花をあらわしています。ちなみに、同じ一文字でも同じ花とは限りません。ちがう花で同じ頭文字のものもありますから」
わたしは、そんなシステムがあるんだ、おもしろいなとのんきに聞いていた。
「それがないとこまるの?」
わたしは今までぜんぜんこまらなかったけどなあと思っていると、サティアさんは顔をしかめた。
「特に実害はないですが……。変に思われます。こちらの人にはみんなあるものなので、ないのも変ですし、かくしているように思われたらもっと変です」
「何かてきとうに、勝手にそれっぽくつけちゃダメなの?」
「それも……何かすごく変な感じがします。ちゃんと神殿に行ってさずけてもらったものじゃないと……」
そう言ったかと思うと、サティアさんはひらめいたとばかりに目を見開く。
「そうです!神殿です!神殿に行きましょう。行ってさずけてもらいましょう!」
サティアさんはわれながら良い考えだと満足気にうなずいた。
次の日、わたしたちは朝から神殿にいた。神殿にはすでに来ている人がいて、一組の夫婦が、赤ちゃんをかかえて神殿のおくから歩いてきていた。すれちがいざまに夫婦の会話が聞こえる。
「この子の加護花がクローバーなんてすてきだわ!」
「ああ。きっと希望にあふれた幸福な人生を歩んでくれるだろうな」
夫婦が幸せそうに去っていく。次はわたしの番だ。
目の前には直径五十センチくらいの石づくりの泉。泉のそこは丸くなっていて、真ん中から水がわき出ている。
あふれた水は外側の一回り大きい石づくりのかこいに流れていき、水路を伝って神殿のかべぎわを流れていく。
泉の横には、白い服を着た牧師さんみたいな人が立っていた。
牧師さんは、私を見て「おやっ」という顔をする。
サティアさんがすかさず事情を話すと、牧師さんはにこやかにうなずいた。
わたしは、まずサティアさんに言われた通りに牧師さんにひざまずいて祝福を受ける。
それが終わると、牧師さんが加護花のことをせつめいしてくれた。
牧師さんは、わたしに一つ小さなとうめいの石の玉をわたす。
わたしはそれを手のひらに乗せたまま、泉の中に入れる。
泉の中には思ったよりふくざつで強い流れがあって、手のひらの上の玉がおし流される。
玉は流れに乗りながらもゆらゆらと泉のそこに落ちてゆく。
牧師さんは次の石の玉を一つずつ、わたしにわたす。
うすい青と白がまじった空色の玉、赤とオレンジ色がまじった火色の玉、若草色と深緑がまじった森色の玉、赤茶色とこげ茶色がまじった土色の玉。
全部で五つの玉を流し終わると、牧師さんは泉をのぞきこむ。
泉の底のもようと玉の位置関係を読みといて、加護花を決めるらしい。
しばらくして、牧師さんはうなずき、かたわらの台でペンを走らせる。
書き終わると、わたしに一まいのカードを差し出した。
受け取ったカードはトランプくらいの大きさで、神殿の紋章が大きく型押しされている。その上に、深緑色の文字。「LOTUS」。
わたしの結果をのぞきこんだサティアさんは、口に両手を当てて、声を上げる。
「まあ!蓮の花と言えば、レミルシルラ様と同じではないですか!すごいつながりですね」
ドレリアといっしょ。みんなからそんけいされている大魔法使いのドレリアといっしょ。そう思うとなんだかうれしかった。
きおくの中から現実に心を引きもどす。いよいよ、わたしの自己紹介の番が回ってくる。わたしは、どきどきしながら立ち上がった。
「わたしは、マナカ・L・サイジョウと申します。よろしくおねがいいたします」
言ったとたん、教室がざわついた。えっ!?わたし、何かまちがえた?
わたしは、心の中でおろおろしながらも、なんとかぺこりと頭を下げて、席にすわった。
それでも、教室のざわざわした声はおさまらず、「やっぱり」とか「ぜったいそうだって」とかなんとか聞こえてくる。
そんな様子を見て、レイズネル先生はみんなをなだめるように言う。
「どうした?レミルシルラ様の弟子だろうと何だろうと関係ない。ここではみな同じ一学生だし、もちろん評価も平等だ。気にせず協力して課題にはげんでくれ」
それを聞いたみんなの声はかえって大きくなった。
「ほらーやっぱり。レイズネル先生も言ってるよ!」
「本当にそうだったんだ」
「うわさには聞いてたけど、同じ授業になるとは思わなかったな」
こんな時、どんな顔をしていいかわからない。わたしはこまりはててうつむいた。
そんな私の様子を見たレイズネル先生は、一つせきばらいをする。
「さあ、とにかく、授業を始めるぞ!」
レイズネル先生は、プリントを配って半年間の授業の予定を話す。それが終わると、いよいよ授業の中身に入った。
魔力のあつかい方と、魔法陣のえがき方についてかんたんにポイントをせつめいする。
そして、杖を持ってうら庭に出るようみんなに指示をした。
「まずは、水を出す魔法だ。よく見ておけよ」
レイズネル先生は、素早く魔法陣をえがき、魔法を発動させる。めちゃくちゃ速い!
「水を出す量は今の見本くらいだ。ペアで時間をはかり合え。目標は一秒半以内だ。はい、始め!」
レイズネル先生の話が終わると、すぐにペアができていく。
どうしようとおろおろしているうちに、あっという間にあぶれてしまった。
何とかしなきゃとあたりを見回していると、わたしの他にも一人、ペアを組めていない人を見つけた。
相手もこっちに気づいて目が合う。
わたしは勇気を出してその人にかけよった。
「あ……あの!ペアを組みませんか?」
「もちろん。もうぼくときみしかのこっていないからね」
その人は、わたしと同じように最後までのこっていたとは思えないようなよゆうの笑みをうかべた。
「さっきも自己紹介したけど、ぼくはルリウス・M・シルヴィス。ルリウスってよんで。ぼくもマナカってよんでいい?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、マナカ、やろうか」
ルリウスのペースにおされて。わたしはおたおたしながら、レイズネル先生からくばられた砂時計をひっくり返す。
「一秒…八です」
わたしは砂時計のめもりの通り読み上げた。一秒八は、あちらでいえば一秒八れいのことだろう。この世界にストップウォッチはないようだ。
ルリウスは、ざんねんそうにいきをはいて、わたしをうながす。
「おしいな。次はマナカ。楽しみにしているよ」
笑顔でそう言われたが、楽しみにされてもこまる。わたしはプレッシャーを受けながらも、なんとか集中して魔法陣をえがき、発動する。
「二秒五」
さりげなく聞き耳を立てていたであろうみんなが、ルリウスの声に、いっせいに息をはく。
「なんだ。ふつうだな」
「いや、むしろおそい?」
「まてまて、あれくらいの年ならそんなもんだろう」
どうやら、わたしがドレリアの弟子ということで、何かすごいことをやってのけるんじゃないかと期待していたらしい。
勝手に期待されて、勝手にがっかりされても、わたしにはどうしようもないのだけど、なんだかいたたまれない気分になってくる。
それに、ドレリアの弟子なんてにあわないって言われているようでくやしい。
ドレリアにも申しわけないような気がしてきた。
しょんぼりしているわたしを見たレイズネル先生は、変な空気をおいはらうように大きく手を二回打ち鳴らした。
「お前ら、一度でできないからってくじけるな!さあ、練習だ!」
レイズネル先生は、両うでを広げて高らかにそう言った後、学生の間を回って、アドバイスをし始めた。
わたしも、アドバイスをもらいながら、何度もためす。
「次、ルリウスの番だよ」
近くの大きな石にこしをかけて、タイムをはかってくれていたルリウスに声をかけた。すると、ルリウスは目を点にする。
「え、まだやれるの?元気だね。ぼくは休憩。測ってあげるから、マナカやっていいよ」
「そう?ありがとう」
ここまで何回もやっているうちに、二秒一までタイムはちぢまった。
もっとやれば、もっとちぢむかもしれない。
今日はとりあえず、二秒をクリアする!そう心に決めて、何度もちょうせんする。
そのうち、だんだんルリウスが、変な表情になってきた。あきれているような、ものめずらしい動物を見るような、何とも言えない表情だ。
こんなにやってもまだできないなんてへんってことかな。
そんなことが頭の中をちらついたけど、気分を切りかえて集中する。
そして、ついにその時は来た。
「二秒!」
ルリウスの声に、わたしが「やったー!」とさけぼうとした瞬間、おおーっと、どよめきが上がった。
気がつくと、全員がわたしを見ていた。
「ええっ!?」
おどろいて思わず声が出てしまった。みんながざわめく中、とまどうわたしに、ルリウスが歩みよる。
「すごいね。この短い時間でこんなにも記録をちぢめられるなんて。それに、きみの魔力量はどうなっているんだい?みんなも、ぼくも、もう魔力切れだってのに、きみはまだまだいけそうだ」
ルリウスがあきれたように言う。わたしは、ルリウスのへんな表情のわけがやっと分かった気がした。ちょっとてれる。
「うん。まだもう少しいけそうだけど、今日のもくひょうの二秒はクリアしたから、ここまでにする。さすがにつかれたよ」
わたしは、近くの岩にすわりこんだ。わたしのギブアップを見とどけて、レイズネル先生は大きな口で笑う。
「じゃあ、演習はここまでだな。教室に戻って、魔力や肉体の回復方法の話だ」
六十分の授業を終えて、わたしは席を立った。
前の方を見ると、ルリウスが数人の友だちと楽しそうに話している。
ふと目が合うと、笑いかけてくれた。わたしも笑顔で返して軽く頭を下げる。
長いような短いような一時間だった。
二時間目、三時間目はリィヤと同じ授業だ。わたしは足取りも軽く、次の教室へと向かった。
魔法陣構築理論初級Ⅰ、有用植物学初級Ⅰの授業がおわって、今日もテラス席で、リィヤとお昼ごはんを食べる。
友だちがそばにいるってありがたい。一時間目であんなだった後だからあらためてそう思った。
授業を受けていても落ち着くし、ペアを組んだりする時に一人ぼっちになってどぎまぎしないですむ。
一時間目の話をリィヤにすると、リィヤはちょっとふき出して笑った。
「その人たちは、きっとマナカへの考えをあらためたと思うよ。たいしたことないって一度は思った相手が、自分たちよりはるかに魔力を持っていたんだからね。どんなにすごいわざを身に付けても、魔力が足りなければ役に立たない。魔力が多いということはそれだけで、他の人よりもはるかに有利なんだ」
「リィヤ、すごーい。そんなことよく知ってるね」
わたしがそんけいのまなざしを向けると、リィヤはてれくさそうに頭をかく。
「たまたまだよ。ちょうど一時間目の授業でそんな話が出たんだ」
はにかむリィヤがまぶしい。リィヤもしっかり勉強してるんだ。わたしも負けないようにがんばろう。そう思った。
四時間目の授業がないわたしは、リィヤとわかれて王城へもどる。
書庫からとどいた本が何冊もたまっていて、なかなか読み切れない。
今読んでいるのは、何百年も昔にあちらからこちらにきたという天城寺桜さんの日記だ。
がんじょうに表紙がつけられた、日本語で手書きされている小さな古い本が一冊。
それと、こちらの言葉にほんやくされた文章がのっている大きな本がセットになっている。
こちらの人にも分かるように、所々に言葉や内容の解説ものっている。
この本を書いたレオンハルドっていう人は、よっぽどこの桜さんが好きだったんだろうなと思った。
日記の文字は、何百年も前の人のわりに、テレビで見るまき物のようなふにゃふにゃのよく分からない文字ではなかった。
ありがたいことに、わたしたちが使うような一文字一文字がきっちり分かれたひらがなや漢字を書いてくれている。
おかげで、とても読みやすい。
じっくり読む前に、かいつまんでパラパラ読んでみたところによると、この桜さんも、元の世界に帰ろうとして、帰る方法を研究していたらしい。
でも、こちらで好きな人ができて結婚して子どもが生まれて、このままこちらで生きることを選んだそうだ。
本には、書庫の人が入れてくれたしおりがはさんであって、それ以外のページは、本当はあまり読む必要がない。だけど、桜さんの日記はおもしろくてついつい読みふけってしまう。




