四章 竜の巣への登山
リィヤの街を出て五日。
目の前には、大きな山々がそびえ立っていた。
ど真ん中の一番大きな山のまわりを、それよりも小さな山々が集まって取りかこんでいる。
その小さな山の一つ一つが富士山くらい大きい。
わたしたちはその山のふもとの街で馬車をおり、今夜の宿に落ち着いた。
食事をとり、登山の装備と荷物を整えてすぐにベッドに入った。
明日はいよいよ、あの大きな山のてっぺんにある竜の巣をめざして登り始める。
次の朝、リンディさんといっしょに男部屋の二人をよびに行って、食堂で朝ごはんを食べる。
「いいか、ここからは自分の足で登山だ。しかももどってくるまでに一週間はかかる。少しでも体調がおかしいとか、気になることがあったらすぐに言うんだぞ」
「はい!」
わたしとリィヤは、気合を入れてラッカーさんに返事をした。
わたしは山登りなんて、半日で登っておりる遠足くらいしかしたことがない。
一週間も大丈夫だろうかと心配になった。
登山道の入口は、がんじょうそうなさくで守られていた。
柵の前には、ラッカーさんたちとはまたちがった軍服を着た人たちが立っている。
ラッカーさんが、何か身分証明書のようなものを見せ、リンディさんが書類にいろいろと記入し、やっとさくは開けられた。
「ドルデント大佐御一行様、どうかお気をつけて!」
彼らが敬礼をして見送ると、ラッカーさんとリンディさんも敬礼を返し、わたしたちはぺこりと頭を下げた。
ラッカーさんを先頭にして歩き出すと、ほっとしたことに道があった。
はばはせまくて、樹々がときどきはり出してきているけど、足元はしっかりとふみ固められていた。きっと、これまでに多くの人が歩いてきたのだろう。
緑が多くて、空気もおいしい。
近くには川が流れるすずしげな音がする。意外と楽しいと感じた。これならどんどん登れる気がする。
わたしがハイキング気分でいると、リンディさんがおもむろに懐中時計を取り出した。
「大佐、そろそろです」
「おお、もうか。さあ、休憩だ」
わたしはひょうしぬけだった。まだたぶん三十分くらいしか歩いていない。
そう思ったのは、リィヤも同じだったようだ。
「えっ、もうですか。まだまだぼくたち大丈夫ですよ。な?」
「うん!」
まだまだ大丈夫だと言う私たちに、ラッカーさんは苦笑する。
「お前たちを見くびっているわけじゃあない。登山になれていない者は、こまめに休憩を取っておかないと、後で地獄を見る。この後も一時間に一回は休むから覚えておけ。過酷な登山がしたければ軍に入るんだな。あの世が垣間見れるぞ」
ラッカーさんはニヤリと笑い、わたしたちはぞっとした。
「さあ、水分補給しとけよ」
その後も、ラッカーさんが言ったとおり、一時間ごとにリンディさんが声をかけ、休憩する。
水分補給をして、干し肉や硬いパンのようなものを少し食べて、また歩き出す。
ペースはあいかわらずゆっくりなのに、それでもだんだんと体が重くなってくる。
始めに無理をしていなくて本当によかったと思った。
夕ぐれ時になって、わたしたちは少し開けた場所で足を止め、そこで野宿をすることになった。
リンディさんが火をおこし、ラッカーさんが水をくみに行く。
わたしたちは近くで小えだを拾った。
リンディさんは火の上に木でぶらんこの支柱みたいなのを作る。
そこに金ぞくの入れ物を二つぶらさげ、お湯をわかす。
一つはお茶に、もう一つは、ほした野菜や肉を細かくしたものを入れて具だくさんスープになった。
リンディさんがうすくて軽い金ぞくのおわんに取り分けてくれて、ありがたくいただく。
素材のうまみが出ているのか、思った以上に味がこくて美味しかった。
「一日目はどうだった?つらくはなかったか?」
ラッカーさんが、わたしたちに問いかける。
「僕は大丈夫でした。この調子ならあと数日くらいよゆうだと思います」
「わ……わたしも大丈夫です。よゆうではないけど、何とかなると思います」
やっぱり、リィヤは年上なのもあるし、男の子の方が体力があるのだろうか。うらやましい。
「そうか、よかった。だが、だんだん山の上に行くと空気がうすくなって苦しくなってくるから気をつけろ。おかしいと思ったらすぐ言えよ」
ラッカーさんは私たちの頭をわしゃわしゃとなでた。
食べ終わると、ラッカーさんが川へ食器をあらいに行き、リンディさんはねぶくろを四つ取り出した。
二人の背負ってきた荷物は、わたしたちの十倍はある。
子どものわたしたちのふたんを軽くするために、二人が持ってくれているんだ。
自分の力のなさが申しわけなくもあり、二人の気づかいがありがたくもあった。
「さあ、しっかりと寝ましょう。睡眠不足は登山の大敵です」
わたしはリィヤと顔を見合わせた。まだ早い気がするけど、ここは言われるとおりにした方がいいよねと、目で語り合った。
「はい!おやすみなさい」
わたしたち二人は同時に返事をすると、いちもくさんに寝袋に入って目をつぶった。
リンディさんがたきぎをかき分ける音が聞こえる。まぶたの向こうに感じる明るさがだんだんとへっていくのを感じながら、わたしはねむりに落ちていった。
次の日の道のりは、昨日よりもたいへんだった。
ペースはそんなにかわらないのに、すぐに息が切れる。
これが、空気がうすいということなのだろうか。
それに、上り坂がきつくて足場も悪い。
前を見れば、リィヤもさすがに足取りが重くなってきている。
けれども、先頭のラッカーさんはもちろん、わたしの後ろのリンディさんも全くつかれを感じさせずふつうに歩を進めている。さすが軍の人。ただのおっちゃんとお姉さんじゃなかったと、あらためてそんけいの思いをいだく。
もはや楽しむよゆうなどなく、また次の日も朝から一生けんめい登り続ける。
夕方になって、やっと今日野宿する場所が決まった。わたしたちは、すぐさまその場にすわり込んだ。前にかたむく体を手をついてささえる。ひろうこんぱいだった。
「二人ともよくがんばった!明日の昼には竜の巣に着くぞ。あとは俺らにまかせて休んどけ」
ラッカーさんの笑い声と言葉が頭の上からふりそそぐ。
わたしたちは、うなずいてありがたくその言葉に甘えることにした。
リィヤが大の字に寝転がったのを見て、わたしもそのまま体を横に倒して寝転がった。とても体が楽になった。
しばらくして、「マナカ」と呼ばれながらゆり起こされ、やっとのことで目を開ける。
リンディさんが起こしてくれたようだ。
気がつくと、もう日はとっぷりくれていた。
目の前には、これまでと同じように明るくたき火がもえていて、スープのおいしそうなにおいがただよってきている。思いがけず、おなかが鳴った。ちょっとはずかしい。
「夕飯の準備ができましたよ。さあ、食べましょう」
リィヤはラッカーさんにはげしくゆり起こされて、飛び起きたらしく、ぐったりしている。
たき火をかこって四人ですわる。
メニューは毎回同じだったけど、今まで以上におなかがすいていたからか、よりおいしく感じられた。優しい温かさと、野菜の甘みがじんわりとしみわたる。
体が温まっておなかがいっぱいになると、またねむけがおそってきた。意識が遠のいてうつらうつらする。
そんな様子のわたしを見かねて、リンディさんがわたしの手から空になった食器を取った。
「あとは片づけておきますから、もうおやすみなさい」
「はぁい。ありがとうございます」
わたしは、半分夢の中でお礼を言い、のろのろと立ち上がって、寝袋にもぐりこんだ。いつのまにか、じゅんびしておいてくれたようだ。ありがたい。
「リィヤ、お前も寝ていいぞ」
ラッカーさんの声が聞こえる。
「ぼ……ぼくは……。……はい。ありがとうございます」
リィヤも、まよったあげく寝ることにしたようだ。
「無理しなくていいぞ。自分の限界を知ることも大事だ」
ラッカーさんの笑い声と、頭をいきおいよくなでられてとまどうリィヤの声がだんだん遠のいていく。わたしは心地よいねむりにしずんでいった。
真夜中、わたしはとつぜんはげしくゆさぶり起こされて、はっと目をさました。
「リンディさん、どうしたの?」
月明かりにうかびあがるリンディさんは、きんちょうした様子で、まだねぼけまなこのわたしの体をだき起こす。
「魔物です。起きてください」
「魔物!?」
わたしがおどろいて声を上げたのもつかの間、上空からかん高い鳴き声がひびく。
何者かが月明かりをさえぎり、一気に真っ暗になる。
上を見上げると、巨大な鳥がいた。カラスのように真っ黒なすがた、大きくとがったくちばし、羽の先と四本の足にするどいかぎづめ。そんなものでひっかかれたら死んでしまいそうだ。
「少佐!二人を連れていけ!」
ラッカーさんの大声がとどろく。ラッカーさんは、急降下してくる鳥の足を、剣をぬき放ちながら切りつける。剣と鳥の足がぶつかるかたい音。それから、水しぶきがとびちったような音。
鳥はそのまま上空にまい上がり、いかりくるったような鳴き声を上げる。紅い瞳がラッカーさんを見すえ、ねらいを定めた。
わたしは、こわくて言葉も出なかった。恐怖でみゃく打つ心臓の音がやけに大きく耳元にまでひびく。
「マナカ、リィヤ、こっち!」
リンディさんに手を引かれて、わたしたちはその場からかけ出した。
どれくらい走っただろうか。鳥のすがたは見えなくなったけど、遠くで何かが爆発するような音や、地ひびきがかすかに聞こえる。
とつぜん、リンディさんが足を止めた。
わたしたちも立ち止まる。
リンディさんはわたしたちを背にかばい、神経をとぎすませてまわりをけいかいしている。
すがたをあらわしたのは巨大なむかでのような生き物だった。
「ここからはなれて!かくれていなさい!」
リンディさんが強くそう言ったけど、わたしは頭が真っ白になっていた。おそろしさのあまり、何も頭に入ってこない。身動きが取れない。リンディさんがむかでにこうげき魔法を放ち始める。
「リィヤ!マナカを頼みます!」
リィヤは、はっとわれに返り、わたしの手をつかんで、走り出した。
どれくらい走っただろう。わたしは、息が切れて、走るのがもう限界になっていた。そしてついに、足がもつれて転ぶようにたおれこんでしまう。リィヤが心配してかけよってくれた。
「マナカ、大丈夫か!?」
「うん、大……丈夫」
わたしは、手をついてなんとか体を起こし、立ち上がろうとした。ところが、ひざがじんじんといたい。ぶつけてすりむいているようだ。ひざにさわると指先にべったりとしたものが付いた。
リィヤは、まわりに何もいなさそうだということをかくにんして、ウエストポーチからほうたいを出して、わたしのひざにまいてくれた。
そして、リィヤの手をかりて、ゆっくりと立ち上がる。
何とか歩けそうだとほっとした私の耳が、重い足音をかすかにとらえた。
「リィヤ、何か、足音」
「しっ!」
リィヤはわたしのかたを組んでささえ、二人で足音の反対がわの木のかげにかくれた。
すがたを現したのは、大きなロボットのような何かだった。黄色いゼリーのようなものでできた巨大な体を重たそうに一歩ずつこちらへと進めて来る。
「スライムゴーレム……」
リィヤがおどろいてつぶやく。
「レオンハルド様の手記で見た。あいつの弱点は火だ!」
そう言うと、リィヤは地面に火の魔法陣をえがく。そして、魔法陣に両手を当てて魔力をこめ、発動する。大きな火がふき出し、スライムゴーレムのど真ん中に命中した。スライムゴーレムのむねはとけるように蒸発し、火が消えた後には大きなあなが開いていた。スライムゴーレムの動きが止まる。
「やった!」
リィヤがこぶしに力を込める。
しかし、スライムゴーレムにあいた穴のまわりがぼこぼことはげしくあわ立つように動き始める。
「きず口が、ふさがっていく……」
リィヤとわたしはぼうぜんとそれをながめた。どうすればいいの?
わたしはとっさに、こしのベルトから魔法の杖を取り出した。
(水……はだめそう。土……で足止めとか?)
わたしは、土を出す魔法陣で、スライムゴーレムの足元をねらった。土のかたまりはスライムゴーレムの足をうめ、前につんのめってたおれた。
「うまくいった!?」
そう思って希望を見出したのもつかの間、たおれたスライムゴーレムは一度大きなかたまりになった後、ふたたびロボットのような形を作り出した。
そしてその大きな手がにぎりしめられた。うでをひいて、わたしたちのかくれている樹に向かって、いきおいよくパンチがくり出される。
わたしたちは、樹もろともふき飛ばされた。
「いたた……」
あちこちをぶつけたようで、そこら中いたい。
「マナカ、無事か!?」
少しはなれた所から声がする。見ると、リィヤは地面にすわり込んで、魔法陣をえがいていた。
「きっと、ラッカーさんたちが助けに来てくれる!時間をかせぐんだ!」
リィヤは、言いながらスライムゴーレムに火をはなった。
「わかった!わたしも!」
そうだ。きっと二人が助けに来てくれる。今は、できることをしよう!リィヤの言葉に勇気がわいてきた。わたしは風を出す魔法陣をえがいて、スライムゴーレムに放つ。
スライムゴーレムは、風でばらばらにひきちぎられて、いくつものかたまりになって地面に転がった。しかし、それらはまたより集まって、ロボットのような形にもどる。
そのうち、ばらばらにこうげきしていてもだめだと気づいて、わたしがスライムゴーレムをばらばらにすると同時に、リィヤが火を放つ。
うまくいったかと思ったけど、全部の欠片をもやすことはできず、取りこぼしたかけらから、また再生して、元にもどってしまう。
わたしたちは、何度もこうげきを放って、なんとか足止めをする。
しかし、だんだんつかれがたまってきて、こうげきに間が開くようになってきた。
そのすきをついて、スライムゴーレムもこうげきをしかけてくる。
リィヤの前にある樹がなぎはらわれ、スライムゴーレムからリィヤのすがたがまる見えになった。
スライムゴーレムはなぎはらった樹をつかみ上げ、リィヤにねらいを定める。わたしは、とっさに体が動いた。
足がいたいのもかまわず、リィヤの前に出て、魔法陣をえがく。すいこむ魔法陣。そして方向を変えてはき出す魔法陣。リィヤに向かって投げつけられた樹は、目の前ですいこまれて関係のない方向にはき出され、わたしたちはほっとむねをなで下ろした。
しかし間髪入れず、スライムゴーレムは、他の樹を引っこぬいて、ふり回してくる。
リィヤは、わたしを両うででかかえこんでかばいながら、地面にふせようとした。しかし、リィヤの体を通じて重い衝撃が伝わったのは横からだった。よけ切るには間に合わず、ふり回された樹はリィヤのせなかをとらえ、はじき飛ばしたのだ。
「リィヤ、リィヤ、大丈夫!?」
ぐったりと横たわるリィヤのうでの中からはい出したわたしは、体を起こしてリィヤにすがりつく。
「リィヤ、リィヤ!」
わたしはひっしでリィヤをゆらしてよび続けた。リィヤが死んでしまったんじゃないかと思って、こわくてなみだが止まらなかった。
しばらくして、リィヤの体がピクリと動く。
「ん……。うっ……。だ……大丈夫だ」
やっと意識を取りもどしたリィヤもなんとか体を起こす。
良かった。生きてた……。今度はほっとしてなみだが止まらなかった。
「マナカ!」
リィヤのするどい声に顔を上げると、目の前にはスライムゴーレム。ふり上げられたこぶし。わたしたちをねらってふり下ろされる。
リィヤは、わたしにおおいかぶさってかばいながら、一心不乱に魔法陣をえがく。
わたしも、リィヤを守りたい一心で魔法陣をえがく。
杖が地面に当たってじゃま!それでもなんとかえがき切る。
二つの魔法陣の一部が重なり、同時に発動した。
炎をはらんだするどい風がスライムゴーレムをばらばらに引きちぎる。同時に、引きちぎられたかけらが一つのこらず炎につつまれながら地面におちていく。
息をのんで、わたしたちは状況を見守った。
やがて炎がきえ、音がやんで、しんとしずまりかえった。
わたしたちはつめていた息を大きくはき出した。リィヤがつぶやく。
「たおし……た……?」
「そうみたい……」
わたしもぼうぜんと同意する。よかった。けれども、わたしたちはもうその場から動けなかった。まさか、もう次の敵が来たりはしないよねと、どきどきしながら、その場で待つしかなかった。
「マナカ!リィヤ!」
気がつくと、わたしはリィヤとかたをよせ合ったままねむっていたようだ。目を開くと、目の前にはラッカーさんとリンディさんがいた。
「二人とも、大丈夫か!?」
心配する二人の声に、リィヤが苦笑する。
「大丈夫……じゃなさそう……」
三人の心配そうな視線がリィヤに集まる。ラッカーさんは、リィヤをその場にねかせ、けがの具合をしらべ始めた。
その後、リィヤとわたしは、リンディさんにけがをなおしてもらった。
わたしはともかく、リィヤの治療はとてもいたそうだった。
おれたろっ骨をラッカーさんが体の上から押さえて正しい位置にもどし、リンディさんがくっつける。
リィヤのうめき声がとてもいたそうで聞いていられなかった。
やっと落ち着いたわたしたちは、ラッカーさんがいれてくれたお茶を飲む。
かわいたのどがうるおされて、とろけるようにおいしく感じた。
ふと見ると、わたしたちの様子をラッカーさんがほっとした表情でながめていた。
「さあ、飲み終わったら、もうひとねむりするといい」
「はい」
わたしたちは、ありがたくねむりについた。山道を走り回って、魔法も使って、もう体がくたくたで仕方がなかった。
朝になった。
目が覚めると、あちらこちらのいたみはほとんどきえていて、体もだいぶん軽くなっていた。
「リィヤ、調子はどう?」
わたしは体を起こしてリィヤの様子をうかがう。すでに起き上がっていたリィヤは、うでを回したり、立ち上がってくっしんしたりして、体の調子をたしかめていた。
「うん。大丈夫そうだ。リンディさんたち、すごいな」
「よかった」
わたしの顔には自然と笑みがうかんだ。
それから、ラッカーさんによばれてわたしたちも、朝ごはんの席に着いた。
朝ごはんを食べながら、ラッカーさんが昨日のことを聞いてきたので、リィヤといっしょにおぼえているかぎりを話す。
本当に危機一髪だったことを知って、ラッカーさんは青ざめてため息をついた。
「あやうくレミルシルラ様に合わせる顔がなくなる所だったな……。それにしても、よくスライムゴーレムをたおせたな。あれは本当は、よっぽどの火力がないともやしきれないんだが。風と炎か。どういう原理か気になるな」
ラッカーさんは、あごに手を当てて首をひねる。
わたしにはそんなことよりも気になることがあった。
「魔物って、こんなに出てくるものなんですか?また、出てきたりするんですか?」
正直、もう二度と会いたくない。むしろこのまま帰りたいとさえ思う。ラッカーさんは、目を丸くした後、ほおをゆるめた。
「いや、ふつうはこんなに魔物が出てきたりしない。せいぜい、小物が二、三匹だ。それが、昨日はあの後、俺とクロレル少佐で毒ガラス二羽と鬼ムカデ一匹、しめ殺しヘビを三匹しとめた。俺は何度もここを登っているが、こんなのは初めてだ。何なんだろうなあ」
ラッカーさんはこまったように頭をかいた。それを見て、リンディさんがため息をつく。
「大佐の日頃の行いが悪いのでは?私たちはまきぞえです」
「そりゃあないだろ。俺だっていつもはこんな目にあってねえよ」
あわてて言いわけをするラッカーさんに、わたしたちから笑みがこぼれる。ラッカーさんは居心地悪そうに一つせきばらいをした。
「まあ、とにかくだ。ふつうは一度魔物に会ったら、その後に会ったことはない。まあ、あくまでふつうは、だ。今回は何とも言えん。気をつけて行くしかないな」
一抹の不安を残したまま、わたしたちは、いよいよ竜の巣へ向けて出発した。
山の斜面を登っていくと、気がつけば森はなくなり、ひくい樹のかたまりがぽつぽつとあるだけになっていた。
見晴らしもよくなり、まわりの山とふもとの街が見下ろせる。
その向こうには、畑や草原、丘が若草色に広がり、空の青とあいまって、なかなかすてきなけしきだった。
頂上が間近にせまってきたころ、山の斜面の大きなあなにたどり着いた。
中はどうくつになっていて、おくが真っ暗で見えないほど深い。
ここをぬければ、ついに、竜の巣の前に出るのだという。
ラッカーさんはたいまつに火をつけ、先頭を切って歩き出した。わたしたちも、その後に続く。
何度も曲がりながら十分間くらいすすんだ所で、出口の光が見えてきた。
どうくつを出ると、本当に目の前に竜がいた。
わたしたちが立っている所は、大きなたてあなのそこになっていた。
見上げると、数メートル高い岩だなの上で巨大な竜がゆうゆうとねそべって、こちらを見下ろしている。
ラッカーさんが、大声を出して竜によびかける。
「いにしえの竜よ、ここに、魔法使いになろうという者が二人いる。ねがわくば、この者たちに、そなたの卵を分けあたえたまわん」
わたしたちも、教わった通りに竜に語りかける。
「いにしえの竜よ、わたしは西条真菜香と申します。わたしは自分の世界に帰るため、魔法使いになりたいです。ねがわくば、わたしにそなたの卵を分け与えたまわん」
「いにしえの竜よ、ぼくはリィヤ・N・リュームと申します。ぼくは、今まで姉さんたちに守ってもらってきました。今度は、ぼくが姉さんやみんなを守れるようになりたいです。そのために、自分の力を正しく使えるようになって、魔法使いになりたいと思います。ねがわくば、ぼくにそなたの卵を分け与えたまわん」
竜は、体を起こし、岩だなから乗り出して、わたしたちの顔をじっと見た。
あまりのはくりょくに一瞬、せすじがふるえる。
それでも、わたしたちも、目をそらさずに見つめ返す。
竜は、そんな私たちの様子を見て、ふっと目を細め、立ち上がった。
その羽が大きく広がり、羽ばたくとともに、竜の大きな体がうかび上がる。
高く、高く舞い上がり、わたしたちの頭上を竜は何度も円をえがくように飛んだ。
しばらくすると、何か丸くて白く光るものが二つ、上空からしずかに下りてきた。
わたしたちは、それぞれその真下に行って、両手でふわりと受け止める。
手の中で光がそっと消えていく。手にのこったのは卵だった。両手で包みこむとちょうどいい大きさで、温かく、中には生き物の気配が感じられる。
とても神聖なものをさずかった気がした。大切にしよう。心の中で、そうちかった。
「いにしえの竜よ、ありがとうございます!」
とつぜんのリィヤの声。卵にくぎづけになっていたわたしは、はっとわれに返る。後に続いてわたしも心からの感謝をつたえる。
「いにしえの竜よ、本当にありがとうございます!」
竜は、わたしたちにこたえるように、あと何度か頭上を飛んで、ふたたび岩棚の上にねそべって、目をとじた。
「よかったな」
ラッカーさんがニカッと笑みをうかべ、リンディさんがほほ笑んだ。
「さて、下山するぞ」
ラッカーさんは、一度大きくのびをして、歩き始めた。
その後、下山は何ごともなく進み、竜に会ってから三日目の昼すぎ、無事に登山道の入口まで戻ってきた。
登山道を守る人たちは、敬礼でラッカーさんたちをむかえる。
リンディさんが行きと同じように、何か書類を書く。
その間、ラッカーさんは、やけに魔物が多かったことをその人たちに伝える。
わたしたちがその様子を手持ちぶさたにながめていると、他の人たちが笑顔でこちらを向いて、口々に声をかけてきた。
「おめでとう!これで、りっぱな魔法使いの仲間入りだね」
「よくがんばったなぁ。えらい!」
「これからも修行がんばれよ!」
思いがけず祝われてわたしたちは、目を白黒させた。リィヤがてれくさそうに返す。
「あ……ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
わたしも続いて、頭を下げる。顔を上げると、ラッカーさんんがうでを組んでニヤニヤしながらこちらをながめていた。
「さあ、いこうか」
ラッカーさんは、わたしたちの頭に一度、ぽんぽんと手をおき、歩き出した。
わたしは、リィヤといっしょに彼らに手をふりながら、登山口を後にした。
ひさびさの新鮮な食材でできたお料理。ひざびさのやわらかいベッド。そして何より、魔物がおそってくる心配がない。街にもどると、天国だった。
わたしは早々にベッドに転がって、かけぶとんにくるまる。幸せすぎる。
「リンディさん、おやすみなさい」
「ええ。おやすみなさい」
わたしは、リンディさんのやさしくおち着いた声にせなかをおされるように、あっという間にねむりへと落ちて行った。
次の日から、また馬車での移動が続く。
これまでよりも、街から街までのきょりがだんだん短くなってきている。
わたしは、それだけ王都に近付いているんだと実感した。
あるとき、馬車の中で卵の話題になった。
「魔法使いは、みんな卵をいただかなければならないってことは、リンディさんもこんなふうに卵を取りに行ったの?」
「ええ、もちろん。でも、私の時はこんなにたいへんではありませんでしたよ」
「へえー。くわしく聞きたい!」
「ぼくも聞きたい」
リィヤも話に乗ってきて、リンディさんは仕方ないなと語り始めた。
「私のときは、私の魔法の師匠である叔父と来ました。ちょうどあなたたちと同じくらいの年ごろでした。けれども、あなたたちみたいにたくさんの魔物におそわれることはなく、ふつうに、大岩イノシシと槍角ジカに会っただけでした。わたしも初めて竜に会ったときは、本当にいたんだとおどろいたものです」
「ねえ、卵はどれくらいでかえったの?」
わたしはとても気になっていたので、前のめりで質問した。
「そうですね。私のときは、一年くらいかかりましたね」
「えー!じゃあ、わたしもそれくらいかかるのかなぁ。自分の世界にも帰らないとだし、そんなに待てないよ」
口をとがらせるわたしに、リンディさんはほおに手を当てて考えながら話す。
「わたしはそこまで魔力が多い方ではないので時間がかかりましたが、魔法学院で聞いたところによると、魔力の多い人は、半年くらいでかえった人もいるようです。二人は、スライムゴーレムに魔法を連発してたみたいですし、どちらかというと多い方ではないでしょうか」
私はおどろいてきょとんとする。
「え?ふつうは連発しないの?」
「はい。ふつうはあなたたちくらいの年ごろなら、二、三発が限度のはずです」
わたしはリィヤと顔を見合わせた。リィヤはちょっと誇らしげに笑う。
「そうなんですね。初めて知りました」
「え?わたしたち、実はすごい?」
わたしのその言葉に、リンディさんは思わず小さくふき出した。
「そうですね。けっこうすごいと思います」
「それで、卵がかえったらどうなるの?」
「卵がかえると、生まれた竜の子は、いつもその魔法使いのそばにいます。悪いことをしない限りは、良きパートナーとして、何かと助けてくれますよ」
「いつもそばにいるの?でも、見たことないよ」
「それは、ふだんはすがたをかくしているからですよ。もちろん、みんなにすがたを見せることもできます。アリアシア!」
リンディさんが名前を呼ぶと、リンディさんのかたの上に、竜の翼を持つ生き物がふわりとすがたを現した。猫というには丸くて小さい耳と、太い手足。白っぽい灰色のもふもふの体に、黒の水玉もよう。かわいくもあり、りりしくもある、すてきな生き物だった。
わたしは、おそれ多くも、なでてみたい衝動にかられる。
「ねえ、なでてみたりとか……?」
「かまいませんよ」
わたしは、どきどきしながら、手をのばす。そっとせなかにふれると、思った以上にふわっふわだった。気持ちよすぎる。
いつまでもなでていたい気もしたけど、気を使ってほどほどで手をひっこめた。
次にリィヤもきんちょうしながらなでる。
リィヤの瞳が感動にかがやいているのを、わたしは見のがさなかった。
「ちなみに、大佐の竜の子は、筋肉隆々のいかつい顔をした黒いサルです。また見せてもらうといいと思いますよ」
リンディさんはめずらしく、ふふっと笑った。
筋肉隆々のいかつい顔をした黒いサルとは、ゴリラか何かみたいなのだろうか。ぜひ見てみたい。後で見せてもらおう。そう心に決めた。
わたしがいただいた卵は、街で買ってもらったちょうどいい大きさのきんちゃく袋に入れて、首から下げている。リィヤも同じだ。
わたしは、卵を両手でそっとつつみこんだ。早く生まれてきますように。どんな子が生まれてくるか、とても楽しみだ。




