二章3 魔法使いへの第一歩――荒療治
一か月がたった。
魔法陣は、いくつもおぼえてそらでえがけるようになった。
杖も毎日少しずつけずって、なんとか形になった。
けれども、魔力だけが感じられない。
わたしはあせっていた。毎日練習をしているのに、ぜんぜんかわらない。
最初に感じた感覚の変化から、何の手ごたえもない。
せっかく魔法陣と杖が何とかなったのにと、悲しくなってくる。
「さすがにマナカでも、こればっかりは無理か……」
「さすがにってどういうこと?」
「マナカは五百年ぶりの弟子だが、これまでにマナカほど一生けんめいで優秀な弟子はいなかったよ。当時一番優秀だった弟子でも、三か月はかかっていた基礎魔法陣の暗記と杖作りを一か月で終わらせたんだもんな。きっと前の世界で一生けんめい学ぶ力をたくわえていたんだろうね」
ドレリアは、感心したように息をはく。
「その一番優秀な弟子でも、魔力が感じられるまでに二年と少しかかった」
「二年……」
わたしは、おどろきのあまりにドレリアの言葉をくり返した。
たんじゅんにその人の三分の一で、できるようになるとしても、あと半年以上かかる。気の長い話すぎる。
「そんなにがまんできないよ……。何か、方法はないの……?」
うつむいて力なくつぶやくわたしに、ドレリアは言いにくそうに答える。
「それなんだが、あるには、ある」
わたしは、いきおいよく顔を上げた。
「あるの!?」
「あるんだが、あらっぽすぎて、あまりおすすめできない」
「どうするの!?」
ドレリアは、ためらいながらもあきらめたように、大きく息をはく。
「本来持っているよりも大きな魔力を他人からもらって流すんだ。大きいから、わかりやすい。しかし、自分の受け止められる量をこえた魔力を流すわけだから、激しい魔力酔いを起こして、しかもそれがけっこう長く続く」
「でも、半年とかはつづかないでしょう!?」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、やる!」
わたしはドレリアの目をじっと見つめた。
ドレリアもしばらくわたしを見つめ返して、根負けしたようにため息をつく。
「本当にいいんだな。かなりつらいぞ。魔力酔いは」
「うん!だいじょうぶ!」
次の日、わたしはベッドに横になって目をつぶった。ベッドのそばにドレリアが立つ。
「いつものように息を止めてごらん。それに合わせて私の魔力を流すから」
わたしは大きくうなずいた。目をとじて集中する。
(一回、二回、三回……三十二回、三十三回。はいて、止める!)
その瞬間、ドレリアが杖をふる気配がした。
杖は私に向かってふりおろされ、わたしに当たるか当たらないかでカシャーンとガラスをわるような音がひびいた。
思わず目を開けると、わたしの全身から、うすいきらきらしたとうめいの細かいかけらがまい上がっている。そしてそれは光のつぶになって消えていく。
きれいだと思ったのもつかの間、重くてあらあらしい流れに飲みこまれる心地がした。
(これが、魔力の流れ!)
目をつぶりなおし、全身で流れを感じる。何だか、頭がぐらぐらして気分が悪い。
「つかんだ感覚をはなしてはいけないよ」
ドレリアの声にはっとして、魔力の流れに全神経を集中させる。
今度はキーンという耳をつきぬけるような高い音がした。
すると、流れは少しずつおだやかになり、そよ風のような流れになった。
「そのまま、そのまま。目を開けてもつかんだ感覚をはなさないで。何をしていても、しばらくはずっとはなしてはいけないよ」
(無茶を言わないで)
頭もいたいし、はきそうに気分が悪いし、それどころじゃない。意識がとぎれそうになる。目を開けるとひどいめまいがして、わたしは吐きもどしてしまった。その間にも、にげていきそうになる感覚をあわててつかまえる。ひどく気分が悪い。いっそねむってしまえば楽になるかも。
(でも、ねたらわすれてしまいそう。――っていうか、気分が悪すぎてねられない!)
右を向いても、あお向けになっても、左を向いても、うつぶせになっても、ダンゴムシみたいに丸くなっても、どんなふうにしても気持ち悪い。
あまりにもつらすぎて、地道に練習する方をえらばなかったことを後悔した。
でももうおそい。こんな目にあったからには、魔力の流れをぜったいにのがさないぞと意地になるしかなかった。
もうろうとする意識の中で、何度はきもどしたかわからない。何度ないたかわからない。
気がつくと、明るい光の中、ベッドに横たわっていた。まだまだ頭の中はゆれていて、気分は悪いけど、はくほどではないように思えた。
まわりを見回すと、ドレリアがかたわらのいすにすわっていた。
サイドテーブルにひじをついて目をつぶっている。ねむっているようだ。
心なしかかみの毛もいつもよりぼさぼさで、顔につかれがにじんでいるように見えた。
(もしかして、ずっとついていてくれた?)
わたしは、ドレリアのやさしさにむねがジーンとした。
感謝の気持ちをこめてドレリアを見つめていると、ドレリアの頭が、がくんとなってはっと目を覚ました。
わたしの様子を見てドレリアは目をうるませながらほほ笑んだ。
「マナカ……よかった……」
ドレリアは私の頭を愛おしそうになでた。
ドレリアの話によると、あれから五日もたっているらしい。
意識のもうろうとするわたしの口に少しずつ飲み物やおかゆを流し込んだり、はいたものを片づけたり、体をふいたり、たいへんなくろうをかけていたようだ。
わたしは、せなかにクッションをつみ上げてもらって、ドレリアに手伝ってもらいながら体を起こす。
おかゆをもらって、少しずつスプーンですくって飲みこむ。
つぶがのこらないようになめらかにこされている。
一口食べると、じんわりとおなかにしみこむ感じがして、とてもおなかがすいていたことに気づいた。
今まで食べた中で一番おいしいおかゆだった。
そしてかんじんの魔力の流れはというと、つねにうっすらと感じられるようになっていた。
チャンネルを合わせるように、心の中で魔力の流れに注目すると、それはいっそうあざやかになる。
おそろしい目にあったかいがあるというものだ。
(これで、三つそろった!魔法が使える!早く体調をもどさなきゃ)
まだまだ体はだるくて頭がぼうっとしていて気持ち悪いけど、わたしの気分は晴れやかだった。
それからさらに五日がすぎた。体調はもうだいぶんよくなり、ちゃんとテーブルについて食事をし、軽い運動で体力をもどしていた。
そしていよいよ、この時がやってきたのだ。
「さあ、杖を持って外に出よう」
「うん!」
大きくうなずいて、わたしはドレリアに続いた。行きついたのは、わたしが初めてここに来た時の場所。樹々にかこまれた小さな原っぱだった。
「まずは、円をえがいてみよう。その時に、全身の魔力を杖に流し込んで、杖の先から出してそれでえがく感じで」
「はい!」
まずはドレリアがお手本を見せる。
すると、ドレリアが杖の先でえがいた所だけ、空気がゆらめいて、ほのかにオレンジ色がかって光って見える。太くてしっかりした線の、存在感のある円だった。ただの丸なのに何だか美しい。
わたしも、自分の目の前で大きくうでを動かし、円をえがいた。もちろん、杖の先からペンのインクのように魔力が流れ出るのをイメージしながら。
「よし!うまいぞ。成功だ!」
思わずドレリアを見ると、ドレリアは手に汗にぎってこちらを見つめていた。わたしはちょっとてれながら、もう一度ゆらめく円に視線をもどす。円は時間がたつにつれてうすくなっていき、最後は風にとけるように消えた。
「持続時間もなかなかいいぞ。次に行こう。次は、そうだな。水を出す魔法陣をえがいてみよう。まず一周目で円をえがき、二周目で魔法陣の文字を書く。その内がわに上下さかさの正三角形が二つ重なった星、内側の魔法陣も同じようにえがく。文字を書くときは杖で書くんじゃなくて、書きたい文字が一文字ずつ杖から飛び出すイメージにするんだ。そして、全部が同じ平面になるように意識する。そうしないと一つのまとまった魔法陣にならないから魔法が発動しなくなる」
「わかった。やってみる!」
一周目の円をえがき、二周目は言われた通りにイメージする。すると、本当に一文字ずつ一気に文字が出てくる。杖は一周目と同じように円をえがいただけなのに、空中には魔法陣の文字が細かくうき上がってくる。
(すごい!本当にできた!!)
そして、わくわくしながら水を出す魔法陣の最後の線をえがき終わって、魔力をそそぎこんだとき。
……何も出なかった。
「あれぇ……?」
ひょうしぬけしたわたしを見て、ドレリアは思わずふき出した。わらいをおさえながらドレリアはそのぎもんに答える。
「おしい!ちょっとだけおそかったな。えがき終わったときには、最初にえがいた所がちょっときえてしまっていた」
「えっ!?おそかった?」
「そうだな。今の魔力の出力だと、もう少し速くえがかないと間に合わないな。あと、きれいな平面上になっていなかったのもある。まぁ、やっているうちにえがくのが上手く、速くなっていくし、魔力の出力も上がって持続時間も長くなってくるから、問題ないよ」
わたしはほっとして、さいちょうせんを始めた。
集中力が切れないようにきゅうけいをちょっとずつはさみながら、根気強く、何度も魔法陣をえがく。 一周目の円、二周目の文字、その内がわに上下さかさの正三角形が二つ重なった星、星の中にはさらに水の入口を表す魔法陣。ついにえがき切った!
魔力をそそぐと、魔法陣の中心に小さな水の竜巻が現れ、それはだんだんと大きくなっていきおいを増し、ふん水のように水が一気にふき出した。
ふつうのじょうしきでは考えられないことを自分の手でまき起こしたかと思うと、どきどきして手がふるえた。
びしょぬれになりながら、言葉をなくして感動しているところにドレリアがかけよってきて、わたしのかたをいきおいよくゆらす。
「やったな!マナカ、大成功だ!!一日でやってしまうなんて!」
自分のことのように喜ぶドレリアにほめられ、われに返ると、魔法を使えたという実感がわいてきた。
そして、じわじわとうれしさがこみあげてくる。
「やったー!!」
わたしは思わず大声を出して、両手を上げた。
この後、何度か成功と失敗をくり返して、その日の練習は終わった。




