二章2 魔法使いへの第一歩――杖の樹
昼食の後は、洋館を出て前庭に二人で立った。
「さあ、次は杖を作るための樹をさがしに行こう」
ドレリアはやさしく笑んで、わたしに手をさし出す。
「右手をかして」
言われた通り、ドレリアの手に自分の手をそっとのせると、ドレリアは私の中指に銀色の指輪をはめた。その指輪から、くさりがたれさがる。
くさりの先にはとがった石がついていて、真下を指していた。
きょうみしんしんのわたしは、その石を左手でつまみ上げてのぞきこんでみる。
「きれい……」
ぼんやりと白くにごった中で、青や緑、オレンジ、紫といろんな色がゆらめいている。
「それは月彩石でできたペンデュラムだ。うでをのばして石をぶら下げて、そのままぐるっといろんな方向を向いてごらん。そのときに『杖の樹、杖の樹、私の友となる樹はいずこにあらん。大地よ、樹々よ、私に教えたまえ』ととなえるんだ」
わたしは一つうなずいて、深く息をすいこむ。
「杖の樹、杖の樹、わたしの友となる樹はいずこにあらん。大地よ、樹々よ、わたしに教えたまえ」
わたしは、そうゆっくりとなえながら、少しずつ向きを変える。
すると、三分の一くらい回った所で、くさりの先の石がぐるぐると円をえがいて回り始めた。
「何か、勝手に回ってる!?」
「おっ、そっちの方か。そのままゆっくりとそっちに進んで」
おどろくわたしにドレリアは、事もなげに次の指示を出した。
進めば進むほど、石がゆれてえがく円はだんだんと大きくなる。
そして、一本の樹の前に来ると、石はぴたりと止まった。
大きな大きな、どっしりとかまえた樹。みきのはばは教室くらい。
三階建ての校舎よりもはるかに高い。今まで見たことがない巨大な樹だった。
「おお、マナカの樹はクスノキか!しかも、これは樹齢千年を超えるものだ!」
ドレリアは、その樹を見上げてこうふん気味に語った。
「さあ、今から枝をいただくんだ。まずは樹にごあいさつをして」
「ごあいさつってどうするの?」
「樹のみきに両手と額を当てて目をつぶって、名前を言って心の中で語りかけてごらん」
わたしがふれたみきはごつごつしていたけど、何だかほっとするような温かみを感じた。
目をとじると、両手を伝って樹が支えてくれている安心感があり、とても心が落ち着いた。
(クスノキ様、クスノキ様、わたしは西城真菜香といいます。ちがう世界からここに来ました。帰るためには魔法の杖が必要です。どうかあなたの一えだをわたしにください)
何だか「クスノキ」とよびすてにできるふんいきじゃなくて、様をつけてよびかけた。
心の中で一生けんめいに語りかける。言い終わったと思ったその瞬間、葉ずれの音がザザーッとあたりをつつみこむように鳴った。
ドレリアがうれしそうにほほ笑む。
「気に入られたようだね」
「そうなの?」
「ああ。クスノキが応えてくれた」
ドレリアはうなずき、わたしにのこぎりをさし出した。
「これで切るの!?」
「? そうだが」
「魔法でズバッとか……」
「それはしないな。ちゃんと自分で切るのが大事だ。肩車してあげるからがんばって」
のこぎりなんて、図工で細い木材を三本くらい切った事しかないのに、こんな太いえだをちゃんと切れるだろうか……。
そして不安になるわたしは、ふと気づく。
「クスノキ様は、いたくないの?」
「私は樹じゃないからわからないけど、きっといたいだろうね。でも、他ならぬクスノキ自身が許してくれたからいいんだよ。それに、樹はそんなにやわじゃない」
ドレリアは、まぶしそうにクスノキ様を見上げた。
私もつられて見上げる。数えきれないほどたくさんの細かい葉っぱの間から、太陽の光が満天の星空のように輝いている。
「さあ、やろうか」
ドレリアの声でわれに返り、しゃがんだドレリアにうながされるまま、かた車をしてもらう。
ドレリアが立ち上がると、しだれたえだの中の一番ひくい所に、やっと手がとどいた。
「うぅ……。クスノキ様、失礼します」
ちょっと申しわけなく思いながら、左手でえだをつかんで、右手でのこぎりをかける。
両うでを上にのばしながらの作業は、力を入れづらくてとてもたいへんだった。
三十分くらいかけてくろうして、やっとえだを切ることができた。
ドレリアからおりて、間近でそのえだを見ると、思っていたよりも太くりっぱなえだだった。
「さあ、クスノキにお礼を」
ドレリアにそっとせなかをおされ、わたしはいただいたえだを両手で頭の上にかかげ、頭をしっかりと下げて礼をする。
「ありがとうございます。大切にします!」
顔を上げると風がかけぬけ、クスノキ様の葉をいっせいにゆらした。
ドレリアを見ると、わたしに温かいまなざしを向けている。
「さあ、帰ろうか」
わたしは、クスノキ様のえだを両手でしっかりとだきかかえながら、歩き始めた。
ドレリアの家に帰りつくやいなや、さっそく杖を作ろうと息まくわたしに、ドレリアはしょうげき的なことを言った。
「実は、その枝は乾燥させないと使えないんだ」
「えっ!?かんそうって、どれくらいかかるの?」
「うーん。ふつうなら半年から一年かな」
そう聞いて、わたしはなきそうになった。半年や一年なんて待てない!
ショックを受けているわたしを見て、ドレリアはあわててつけくわえる。
「『ふつうは』だ。私の家にはいいものがある」
そう言って、ドレリアはわたしにかた目をつぶってみせた。
わたしは、ドレリアといっしょに工房になっている部屋へと足をふみ入れた。
何だかよく分からないかんそうした植物や革、なぞの標本、ガラスや木でできたふしぎな道具や入れ物が、所せましとならんでいる。
先に入っていったドレリアが指をさす。
「これだ」
大きなガラスの入れ物がそこにあった。学校のごみすて場にある大きな青いごみバケツくらい大きい。
わたしはドレリアに言われた通りにふたを開けて、その中にクスノキ様のえだをていねいに入れた。
そして、ふたたびふたをわたされ、わらないように気をつけてきっちりと閉める。
ドレリアは、杖でふたの上に円をえがき、もようをえがく。
すると、その魔法陣から風が出てきた。
わたしがそれをきょうみしんしんで見ていると、ドレリアはじまんげに笑った。
「ふたの中には空気を吸いこむ目印の魔法陣、外には空気を吐き出す魔法陣があるんだ。どんどん水蒸気は追い出され、中の空気もなくなっていく。すると、水分は気体になってまた出ていく。そうやって速く乾燥させるんだ」
「へー!すごい!そんなことができるんだ」
よくはわからないけど、それならとても速くかわく気がした。
「あれ?でもそれって、わたしが自分でじゃなくって、ドレリアがしちゃったことにならないの?」
ドレリアは、するどいなと笑って、答えてくれた。
「わたしは装置を動かしたに過ぎない。マナカが自分でできることはちゃんと自分でしたから大丈夫だよ」
私はほっとむねをなで下ろした。
「これでも、乾燥するまでに七日はかかるんだけどね。乾いたら木を削っていこう」
「うん!」
その日の夕食は、肉と野菜がたっぷりのカレーみたいな料理と、これまた細かい野菜がたくさんのスープだった。とても美味しい。
「マナカ、今日一日やってみてどうだった?」
「うーん……。思ったよりすごく地道にこつこつって感じで、もっと『バーン』とか『ドーン』ってできると思ってた」
言ってから、わたしは「しまった」と思った。べつに、つまんなかったって言いたいわけじゃなかったのに。わたしが心の中でちょっと後悔していると、ドレリアは笑い出した。
「あはははは!マナカもか。みんなそう言うよ。みんな魔法に夢を見すぎだ。あはははは」
ひとしきりわらって、落ち着いたドレリアは笑いすぎてなみだ目になっていた。
「悪い、悪い。お約束すぎてツボにはまってしまったよ。あー、久々にこんなに笑った」
ドレリアがこんなに明るい表情でいるのは初めて見た。今までずっとどこか暗い表情をしていたので、そんなドレリアを見てわたしはほっとした。
「まあ、華やかでも何でもなく、ふつうに勉強と練習なんだが。明日もがんばってみるか?」
「うん!もちろん!」




