二章1 魔法使いへの第一歩――魔力の流れと魔法陣
何日かすぎたころ、部屋にやってきたドレリアが、ベッドのそばにあるいすにすわって私に問いかけた。
「マナカ、元の世界に帰りたいんだね……」
わたしは、いかりのあまり、はね起きた。
「当たり前じゃない!!今すぐ帰りたい!」
ドレリアは、なきそうにくしゃりと顔をゆがめた。
「しばらく考えて気づいたんだ。もしかしたら、王城の書庫に行けば、帰る方法がわかるかもしれない」
わたしの目が大きく見開かれた。
「帰れる……?」
「そうだね。きっと方法が見つかると思う」
「本当!?どうやっていくの!?」
いきおいよく身を乗り出したわたしを見て、ドレリアは、ほっとした様子でほおをゆるめた。そして、力強くうなずく。
「王城に行くためにはまず、自分の身を守るためにも、最低限の魔法を身につける事が必要だ。旅は何が起こるかわからない。それに、帰るための魔法を自分で使わなければならなくなる可能性もある。マナカ、魔法を使ったことは?」
「魔法……?使ったことないけど……」
「そうか。わかった。私が教えよう」
不安げなわたしを勇気づけるように、ドレリアはわたしのかたをやさしくたたいて、話をつづける。
「それができたら、王城までの道のりを学んで、旅の荷づくりをすることになる。どうする?」
「もちろん!やる!!」
わたしはすぐに答えた。元の世界に帰るためなら、何だってやってやるんだから。
「今すぐやる!」
「まあ待て、朝食を食べてからにしよう。まずは顔をあらっておいで」
ドレリアは苦笑しながら、わたしを洗面所へと案内した。
わたしはかがみの前に立って、おどろいて言葉を失った。
ドレリアのとなりに立つ「わたし」のすがたはわたしではなかった。
ゆるふわウェーブのピンクがかった栗色のかみ、色白のはだに、大きな水色の瞳。お人形さんみたいだ。
わたしが動くと、かがみの中の見なれない「わたし」も、同じように動く。
なんだか、なんだか……とても、かわいい!もちろん、黒かみストレートのいつもの自分のすがたもきらいじゃないけど、このかわいさはときめく。
自分がとってもかわいいすがたをしていることがわかって、楽しい気持ちになった。
きっと、元の世界に帰ったら、元のすがたにもどるだろうし、大丈夫。
元の世界に帰るためにできることがあると聞いて。気分が軽くなっていたわたしはそう思えた。
ドレリアは、朝食後のお茶を飲み終えて、わたしをじっと見つめた。
「魔法を使えるようになるには、まず三つのことが必要だ。一つ、魔力を感じられるようになること。二つ、魔法の杖を作る事。三つ、魔法陣のえがき方をおぼえる事。毎日少しずつ練習していこう」
「うん!がんばる!」
わたしはこちらに来て初めて、力がわき上がってくるのを感じた。
それと、魔法が使えるというちょっぴりの期待も。
「まずは、魔力を感じる練習だ。両手両足を開いてあおむけにねころがって」
わたしはベッドの上で言われた通りにした。
「頭は空っぽにして、全身で脈打つ鼓動を感じてごらん。それに合わせて、体の中や表面を流れる魔力を感じてごらん」
わたしは頭を空っぽにしようとがんばった。すると自然とみけんに力が入る。ドレリアのしのび笑う声が聞こえた。
「頭を空っぽ、頭を空っぽっていうのも考えてちゃだめだよ。何もない空っぽにしなきゃ」
「むずかしい~」
(――っていうか、なんか想像してたのとちがう!もっとこう、「キラキラ!」とか「ババーン!」みたいなやつじゃないの!?)
わたしは早くもギブアップしそうだった。
だって、なんだかとっても地味!それに、ぜんぜんうまくいかない。
頭の中が一瞬空っぽになったかと思っても、すぐに元の世界のことや、ドレリアへのきょうみや、魔法なんて本当に私につかえるようになるのかという不安がうかんできて、頭の中がいそがしくてちっとも体の中に集中できない。
見かねたドレリアは「息を止めるといいよ」とアドバイスしてくれた。
たしかに、息を止めているとその間だけ頭が空っぽになる。
でもそれは、十秒くらいしかつづかない。体の中の鼓動をさがしているうちにすぐに息が切れる。
「十秒でも上手くいったじゃないか。次は三十三回深呼吸してから息を止めてごらん。コツは、すうすうはくで一回だな。さあ、一回、二回、三回……」
ドレリアが数えるのに合わせてしんこきゅうをする。意外と早いペースでついていくのがやっとだ。
「三十二、三十三! しっかりはき切って、止める!」
しずかだ。息をしないと、こんなにも世界はしずかなのか。
そして感じる心臓の鼓動、それはうでへ、あしへとひびいて、全身につたわっていく。
なんだかとてもおだやかな、愛しいような感じにつつまれた。そして魔力の流れは――
「ぷはーっ!」
息の限界だった。魔力を感じるまでにはたどり着けなかったけど、味わったことのない感覚に、一歩前進した手ごたえを感じた。
けれども、その後に何回やってみても、けっきょく魔力はわからずじまいだった。
「次は、魔法陣のえがき方を教えよう。食後はねむくなるから先にやってしまおう」
お茶で一息ついた後、ドレリアはいたずらっぽく笑ってそう言った。そして二冊の本をわたしに手わたす。中を見ると、一冊は魔法陣と見たこともない文字でびっしりとうまっていた。もう一冊は何も書いていなかった。
「こっちは覚えるためにかくためのものだ。字は読めるか?」
「……さっぱりわかんない」
「わかった。わたしが読み上げよう」
ドレリアは、わたしのとなりにいどうしてすわり、一ページ目からやさしく語りかけるように読み上げ始めた。
「魔法陣は、基本的に大きく分けて、出すためのものと入るためのもの、組み立てるものとくずすものがあります。そこに色々な要素を組み合わせて、いろいろなことを実現することができます。たとえば――」
ドレリアはきりのいい所まで読み上げた後、ガラスのペンと、インクを取り出した。
「さあ、お手本をよく見てかき写してごらん」
ガラスのペンを手に取ると、昼間の明るい光を反射して、にじ色にきらきらと光った。このペンでかくだけで魔法が使えそうな気がする。
ドレリアは、お手本の外がわのもようを指でぐるりとなぞった。
「まず、外がわの円と文字が、『何をどんな風に出すか』を表している。その中に内がわとのさかいめを表す大きな星」
わたしがそれを見ながら写す。
「そして、内がわは『どこから出すか』を表している。すなわち、入口に設定した魔法陣をえがかくんだ。この場合は、水を出す魔方陣だから、エルドラ湖に設置されている魔法陣がえがかれている」
そう聞いて、わたしはびっくりした。
「水を生み出して、出てくるんじゃないんだ」
わたしの言葉にドレリアは目を丸くする。
「当たり前だろう。無から有は生まれないぞ。水の魔法を使うときは、エルドラ湖に魔法陣を設置してくれた先人たちと管理人、そして自然に感謝しながら、無駄無く使うんだぞ」
「はーい」
魔法陣の仕組みがわかったところで、魔法陣をえがく作業の続きをする。わたしが青色のインクで完成させた魔法陣に、ドレリアがピンクのインクでおなおしを入れる。わたしは、何がちがっていたかを考え、それに気をつけてもう一度えがく。なおす所がなくなるまで何度もえがいて、さすがにうんざりしてきた所に、ドレリアが追い打ちをかける一言。
「じゃあ、テストだ」
結果はさんざんだった。おなおししまくった所はおぼえていたけど、すんなりかけてしまった所は意外とおぼえていなくて、青色だった魔法陣は半分くらいピンク色にそまってしまった。がっかりするわたしを見たドレリアは、ふしぎそうに首をかしげた。
「何を落ちこんでいるんだ?初めてで、これだけできれば上出来だよ。よくがんばったね」
ドレリアはふわりと笑みをうかべて、私の頭をやさしくなでた。ちょっとくすぐったいような誇らしい気持ちがこみあげてくる。てれ笑いをするわたしにドレリアは目を細め、昼食のじゅんびをするために席を立った。




