第七話 空を駆ける二人
フワフワと浮かぶ俺に、クルピアちゃんは言う。
「どれ、試しにその辺を一周してくるかの?」
「はい!やってみます!」
魔箒からバリアが展開されると、多少の風やゴミは気にならなくなる。
どんどんと高さを上げた俺は、いよちよマルデア島の端から端までを一望できる辺りまで到達した。
「おーい!」
下からクルピアちゃんの声が聞こえてくる。
どうやら、俺を追って箒に乗ってきたようだ。
「あっ、クルピアちゃん!」
「ふっふっふ。すっかり調子に乗ってるのう、プラティエよ」
「へへーん。どうです?このまま、ちょっとしたツーリングといきませんか」
「……むぅ、ナンパのつもりかの?」
「勿論!」
「冗談のつもりじゃったんだがな……じゃが、乗った!行くぞ、我が弟子よ!」
「はい!師匠!」
二人で並んだ俺とクルピアちゃんは、スピードを合わせて島をグルリと周る。
マルデア島の面積は八丈島と同じくらいだが、その景色は前世と大きく異なるものであり、つくづく別の世界に来てしまったのだと、改めて実感した。
「どうじゃ?住み慣れた島を上から見下ろす気分は」
「はい……最高の気分です!」
「空の景色を気に入ったようで何よりじゃ!」
クルピアちゃんは、随分とこの島がお気に入りらしい。
「何で、クルピアちゃんはこの島に住んでいるんですか?」
「んむ?そりゃあ、妾が気に入っているからに決まっておるじゃろ」
「そうなんですか……てっきり、魔術師ヴェインを始末するために潜り込んでいたのかと」
「アレは《《ついで》》じゃ。妾が気に入った島に入り込んだ輩の情報が出ていたからの、進んで始末しにかかっただけで、そのために引っ越してきた訳ではない」
「へー……」
「この島は、妾が行ったどの場所よりも落ち着くと感じたんじゃ。街は発達した文明の産物がゴロゴロと転がっておる。目まぐるしくて、ババアにはついていけんわい」
「便利だと思いますけどね、都会」
「妾は気に入らなかったのじゃ。そして、田舎は田舎で、未だに謎の風習が残っておったり、その地域で幅を利かせている者がおったり……邪魔なものが多すぎた」
「ああ、田舎ってそういうイメージありましたけど……やっぱそうなんですね」
「うむ。じゃが、この島は違う。そこそこ賑わっているところはあるが、それ以外はのどかな田舎町といった具合での」
「褒められてるんですかそれは」
「勿論じゃ。新しい文明の産物もそれなり、昔懐かしい雰囲気もそれなり。離島にしては発展しておるが、それがちょうど良い。おかしな風習も、偉ぶってる奴も存在しておらぬしのう」
「それもそうですね」
俺とクルピアちゃんはスピードを緩め、島を見渡しながら、この島での生活に思いを馳せた。
ゆっくりと時間が流れる、田舎の町。
ちょうど良い田舎というのだろうか、便利過ぎず、不便過ぎず、空にはほのかに暖かい風が吹く。
確かに、この町はちょうど良い場所だ。
歳をとると田舎での生活に憧れる人は少なくないと聞くが、老体にド田舎での暮らしは現実的では無いというのもまた事実。
なるほど、クルピアちゃんが気に入る訳である。
「……のう、プラティエ」
そろそろ島を一周して、クルピアちゃんの家に戻る頃。
「何ですか?」
「妾の指導は、中々にキツいぞ。それでも、続ける気はあるか?」
クルピアちゃんは俺の目を見つめて、忠告とばかりに眉をひそめる。
「はい」
「いずれ、妾のことを可愛いだの何だのとも、言えなくなるやもしれんぞ?」
「それでも、です。元々、魔術学院に入るまでに、誰かから魔術の手解きは受けなきゃいけないと思ってましたし。いつまでも本だけを頼りに勉強して、使うのは我流で……って訳にもいきませんし。それに」
「それに?」
「同じ真理に近付いた仲じゃあないですか」
「……そうじゃな」
「ま、クルピアちゃんと一緒に居たいって理由も大いにありますけど」
「ダメじゃなこりゃ」
「何でそんなこと言うんですかぁ!」
「……ぬぅ、ならばプラティエよ。我が弟子として、魔術学院へ潜り込む前に、その辺の戦魔術師くらいなら打ち倒せるようにせよ」
「やってやりますよ」
「ただの魔術師ではないぞ。現代魔杖で言うと……日用魔術や儀式魔術とか、そういうのばかり使っている魔術師を倒したとて、実戦ではあまり役に立たんからの。まずは戦闘で役に立つ戦闘に使う魔術を多く使う者と対等以上になるのじゃ。妾のことが好きならば、それくらいのお願い、聞いてくれるじゃろ?」
「良いでしょう!ビシバシ鍛えて下さい!」
「意気や良し!」
「でも、俺達は真理を探究する魔術師なのに、戦いに使う魔術を覚えるべきなんですか?」
「妾達の使う手動の魔術は、現代魔杖と違って応用が利く。基本となる炎を出す魔術を覚えれば、料理に使おうが、魔物にぶつけようが、何なら爆発を起こそうが、そう使い方に呪文以外の大きな差は無い」
「まあ、そうなりますね」
「要するに、魔術を使って戦えるくらいには、何種類かの魔術を使いこなしておけるようになれ、ということじゃ」
「そういうことなんですね」
「うむ。それに、近頃の魔術を取り巻く環境はどうも危うい。物騒な世の中では、真理の探究云々以前に、まずはナメられないことが大切じゃ。そのためにも、ある程度は力を見せつけられるようになっておかねばな」
「嫌な時代に生まれたモンですね」
「大人みたいなことを言ってくれるな、小童が」
「実際に大人ですし」
「ぬう、まあ良い。とにかく、来週からはもっとキツくなるぞ」
「望むところです!」
クルピアちゃんは怪訝な表情で、しかし内に何か希望を秘めたように口角を少しだけ上げながら、魔箒のスピードを落として停まる。
「うむ、其方の心意気は理解した、つもりじゃ。其方の心意気に免じて、この箒はくれてやろう。どうせ今は使っとらん旧型じゃ。……まあ、今の妾が使っているのも、現代魔杖が生まれる少し前のものじゃがな」
「アンティークじゃないですか」
「じゃからくれてやると言っておる。実はその箒、かなり乗り慣れた者に向けて作られたものでな。それを上手く使えたなら、他の箒の操作にも困らんじゃろう。……現代魔杖以前の物ならな」
「ええ!?そんなモン練習してたんですか、俺は!?」
「どうせ練習するならと思っての。扱いが難しい箒に乗り換える度に練習するのは面倒じゃろうて」
「そりゃそうですけど」
「其方が凡才なら苦労していたところじゃったが、干渉力が高くて助かったわい」
「怖いこと言いますねー。俺、まだ何回も事故ってた可能性あるんですね。おーコワッ」
ここで、俺が乗っていた箒は上級者向けのものであったとカミングアウトされた。
今回は、俺の干渉力が高いおかげで助かったようだが……それさえも救いようが無い程だったら、どうするつもりだったのだろうか。
「ところでプラティエよ、そろそろ降りぬか」
「そうですね。もう島一周しましたし」
マルデア島を周り終えた俺達は、しばらくクルピアちゃん宅付近の空で、話し込んでしまっていたらしい。
俺達はゆっくりと高度を下げ、無事、玄関扉の前へ着地する。
「少し遅いが、昼飯を作ってやる。妾が腕によりをかけた飯じゃ、楽しみに待っておれ」
「やったー!俺、ちょうど腹減ってたんですよ!」
「ふふん、期待するが良いぞ!」
クルピアちゃんの手料理。
俺はその言葉に、胸の高鳴りが収まらなかった。
しかし、目の前に出てきたのは。
「……何ですか、これ」
「説明してやろう!こっちはベルゼオクトの姿煮、こっちはゲデルヘラジカのマンドラゴラ炒め、そいでこっちはグリズリーの脳味噌蒸し……」
まさに魔女の料理と呼ぶに相応しい、ゲテモノの数々であった。




