第五話 好機の雪崩
俺は、突然の提案に息を呑んだ。
「へ?」
「大方、あのヴェインとやらを師にしようと思っていたのじゃろう?そして其方……現代魔杖を持っておらんところを見ると、ヴェインや妾のように手動で魔術を使おうとしとるのじゃな?」
「全部見抜かれた」
「場数が違うからの。そいで、その師じゃが……妾では務まらぬか?」
「え?いや、うん、え?」
「契約といこうではないか。妾が其方に教えられる限りの魔術を教えてやる。代わりに、妾に知り得る限りの真理を教えよ。思い出せていない部分は思い出し次第で良い。其方が知り得る限りの全てを教えるのじゃ。条件は以上、どうじゃ?」
「……そんな、願ったり叶ったりですよ!よろしくお願いします!」
何というご褒美だろうか。
自力で真理の一部にまで到達した魔術師に魔術を教えてもらえるとは。
それも、とびっきりの美少女に。
魔術を見て、名前も聞いて、精神の方は見た目のように幼くはない魔術師クルピア本人であると、俺はざっくりとだが知っている。
しかしそれでも、俺の心はすでに持っていかれているも同然であった。
相手を魅了する魔術をかけられているとは思えない。
仮にそのような細工をされていたとしても、そうでなかったとしても、この見た目と声、そして仕草なのだ。
結果は変わらなかっただろう。
「決まりじゃな。なら、まずは両親にご挨拶といこうぞ。息子が始める習い事の先生である、とな」
「はーい!……ところで、なんですけど」
しかし、まだ二つ理解できていないことがあった。
「何じゃ」
「ヴェインさんが消し炭にされた理由と、何でクルピアさんが女の子の姿なのか……気になります、俺」
「……うぬぅ、それは帰り道で話すとしようかの。ホレ、行くぞ」
「は、はーい」
こうして、俺とクルピアちゃんは、真理への到達を通じて出逢った。
俺は歩きながら、気になったことをクルピアちゃんに尋ねる。
魔術師ヴェインが消し炭にされた理由は単純であり、彼もまた、道を踏み外した魔術師だったからだそうな。
それも、クルピアちゃんのように自分だけが被害を受けている状況ではなく、危うく死人が出るところだったようである。
俺が山を登る時に遭遇したグリズリーも、魔術師ヴェインが実験していた精神支配系の魔術による産物だったとのことだ。
危うく出かけていた死人が俺だったことに少し慄きながらも、俺は平静を保っているフリをした。
「……ビビっておるな?」
「そりゃビビリますよ」
何だよ、せっかくカッコつけてたのに。
姿が少女とはいえ中身は老婆、熟練の観察力を前に、俺の動揺はすっかりバレバレであった。
そして、人間では考えられない程に生きているクルピアちゃんの容姿が幼いのは、「生命の真理」に触れた際の副作用とのことだ。
何故こうなってしまったのかは、本人にも理解できていないようである。
困惑する表情も可愛らしかった。
クルピアちゃんは魔術を使い、俺の記憶を介してノルン家まで光の球にナビを任せる。
これで、俺の家まで戻れる……と安心する俺をよそに、クルピアちゃんは俺の表情を見て一々笑っていた。
「いやいや、ここまで新鮮な反応をされると面白いものじゃのう」
「もしかして、そんなに魔術って新しい発見が多いものだと思われていないんですか?俺、プラティエじゃなかった頃の記憶があるので、見るたびに新鮮で仕方ないです」
「そりゃあ、個人差はあるじゃろうが……今は杖があれば、大体誰でもどこでも使えるものじゃからなあ。新鮮だと言ってくれるなら何よりじゃ」
「へー。実感湧かないですね」
俺がエアコンや電子レンジを見ても、今更驚かないようなものだろうか。
この世界の魔術というのは、もはやその段階にまで浸透しているらしい。
「事実、若いモン共は、やれ面倒だの時代遅れだのと言うが……慣れれば手動の方が自由に扱えるというのに。今や真理を目指す魔術師共でさえ、現代魔杖の便利さに甘えておる。酷い時代になったものじゃ」
「まあ、そうですね」
言いたいことは理解できるし、俺もそう思っている。
スマートフォンやらノートパソコンやら、様々な電子機器を使えて当たり前とされる二十一世紀の日本が、デジタル音痴に優しくない世の中であるように、この世界もまた、機械音痴で魔導具音痴の俺には優しくない。
「其方も、さぞ生きにくいことじゃろう」
「ご明察です」
しかしクルピアちゃん、やはり中身は年相応のようだ。
「……其方、ババアを見る目をせんのだな」
いえ、そんなことはありません。
誤迷察です。
ただ、実際に目は少女の姿を見ている訳だが。
「実際、お若いですから。でも、すごい人だってことは理解してるつもりですよ?」
「うむうむ、ういやつじゃのぅ。……ところで、さっきから目線が不自然じゃな。何か付いておるかの?」
「いや、かわいいなーって思って」
「はぁっ!?」
「あ、ごめんなさい。つい」
そして、俺の不用意な失言により、それは一瞬でバレてしまうのだった。
「お、おまえ、なに、は、か、かわいい!?妾がか!?」
「はい。……そんなに驚くことです?」
クルピア様、思った以上に驚いている。
自分の容姿が優れていることくらい、鏡を見れば理解できるものではないのだろうか。
それとも、そこまで自信が無いのだろうか。
折角かわいいのに、勿体無い。
「そんなこと、百年以上ぶりに言われたわい。其方、実年齢より長く生きとるんじゃろ?今の妾は、見た通り童の姿じゃぞ。……なのにか?」
「はい。俺、プラティエじゃなかった頃から好きなんですよ。小さい女の子」
「んんんーーー。なんじゃ、この……何じゃ。褒められてるハズなのに不服じゃ!乳臭いと言われているみたいで!」
「若々しくて魅力的だってことですよ。ちょっと若々し過ぎる気もしますけど、俺の好みにはそれが刺さったってだけです」
「……そういえば、そんなことを言っているヤツもちょいちょいいたような……。其方もその類か」
「その通りでございます」
「じゃが、其方はそれで良いのか?」
「何がですか?」
俺の性癖を矯正する気なのか、或いは別の方向に捻じ曲げようとでもしているのだろうか。
自己啓発本の冒頭五ページ以内にでも書かれていそうな問いである。
「幼い女が好みだというのなら、中身がババアなのは受け付けないのではないのか」
「ロリコン的にロリババアは大丈夫なのかって?」
「うむ」
「俺は大歓迎です」
「……なるほどのう。いつの世も男は馬鹿じゃな」
俺が答えると、クルピアちゃんは呆れたと言わんばかりに両手の平を上向けた。
「はい!馬鹿だから、馬鹿真面目に魔術を教わりますし、馬鹿みたいに真理を目指します」
「……ふふっ、そうか。楽しみにしておるぞ。其方の成長も、思い出す真理もな」
俺はこの日、クルピアちゃんを家族に会わせて、両親にも魔術を教わる許可をもらった。
七日に一度、朝から家に泊まり、翌日の朝に帰されるという、週一でクルピアちゃんの家にお泊まりできることが確定する素晴らしい習い事である。
最初、両親は「魔術界を追放された魔術師に教わるなんて」と反対していたが、おそらく魔術界が正しいとはしていないであろう方法で真理に到達したことがあるのは俺も同じだ。
流石に両親に真理の話をする訳にはいかなかったが、腕は良い魔術師であるとか、禁忌に触れてしまったのは不本意であるとか、色々と嘘だったり本当だったりする言葉をこねくり回して、何とか言いくるめることに成功した。
「じゃあ、また七日後に!」
「うむ!迎えに来てやるからの、準備を忘れるでないぞ!」
クルピアちゃんは、そう言って裏山へ向かって帰っていく。
「ふふっ。良かったわね、師匠ができて」
「あの女の子が本当に魔術師クルピアなら、きっと満足に、プラティエにも合う手動の魔法を教えてもらえるだろうな。……ちょっと不安は残るが」
「大丈夫だよ!俺、めっちゃ楽しみにしてるんだ!」
そして気付いた時には、すっかり夜であった。
俺は夕食と入浴を済ませて布団に潜り込む。
七日後が楽しみだと、待ちきれない気持ちを必死に抑え込んで、意識を夢の中へと飛ばしたのであった。




