第三話 目指すべき道
一年後。
親の助けを借りつつ、来る日も来る日も魔導書を読み、俺は魔術の練習をした。
現代魔杖を使えば、魔術名以外の詠唱は不要であり、また杖に搭載された自動魔力制御機能により、扱いもかなり簡単になるらしい。
勿論、技量や触媒によって差異が出たり、変身や身体強化については魔術師自身の戦闘能力がパフォーマンスに影響したりと、現代魔杖を用いても、魔術を使うことそのもの以外の部分は個人で補わなければならない。
しかし、魔術を使うこと自体は可能であるというだけでも、旧式の触媒に比べると相当なアドバンテージになるだろう。
一方、半自動詠唱機能を持たない旧式の杖を用いて魔術を詠唱するとなると、当然ながら魔術名を詠唱するだけで魔術を発動できるようになるには、かなりの訓練が必要である。
呪文を唱えるなら唱えるで暗記か魔導書、最低限、魔術的な加工を施したカンニングペーパーの形態は必須だろう。
その分、使い方によって応用が効くことは利点だが……自由自在に魔術を使えるようになるには、一年ぽっちの勉強と訓練をこなしたところで、大したことは出来ないようであった。
今の俺は六歳。
同年代の女の子、すなわち幼女と合法的に触れ合う機会を逃してでも、暇さえあれば魔術を学んでいた俺だが、貴重な少年時代の一年間を代償に得たものは旧式の魔術、それも大人向けとはいえ、入門書の三つであった。
一つは、|魔力を炎に変換して使う魔術。
一つは、|魔力を水に変換して使う魔術。
一つは、物を少し浮かせる魔術。
この三つの魔術には、共通点がある。
それは全て、長ったらしい呪文も要らず、ある程度までならば、簡単に使えるようになるということだ。
人間が見たり触ったりするだけで理解できることを引き起こす魔術は、比較的簡単な傾向にあるのだそうで、俺がこれらの魔術を練習し始めたのは、まさにそのためである。
逆に、おめでたい人間が普通に生きている分には実感できない精神の歪みや、漫画やアニメに疎い人間が理解しないエネルギー光線などは、長い呪文が必要だったり、そもそも適性を持つ人間が珍しかったりと、なかなかに使用難度が高いらしい。
勿論、炎の壁を作るだとか、洪水を起こすだとか、それ程の威力にするには、呪文を長く唱えるか、相当な慣れが必要であるが……とりあえず今は、使えただけでも上出来としておこう。
幸い、俺は大抵の魔術に適性があるらしく、高い干渉力も相まって、子供にしては上手く使えている方……らしい。
子供向けの入門書曰く、であるが。
どれも初歩的なものでありながら、出すことができた炎はガスバーナー程度、水はバケツ一杯くらい、浮遊に関しては、皿や掃除機などなら安定して浮かせることができる程度にまで上達したのだ。
我ながら、一年でよくここまで仕上げたと思う。
しかし、旧式の杖や聖なる木の枝など、現代魔杖以外の触媒さえも上手く使えず、魔導具の扱いに関してはてんでダメなようである。
何とか最低限の性能だけを引き出して使えたのは、初心者向けの指輪であった。
干渉力を増幅させる効果もほとんど無い、ほんの少しだけ魔術の発動を簡単にするだけの簡単な触媒……あまりにも弱すぎるが、仕方がない。
機械音痴にして魔導具音痴とは……俺は機械も魔術も発達した世界には、生まれるべきではなかったのかもしれない。
魔術の才能には自分でも感心しつつ、しかし魔導具が軒並み使えないことについては、そちら側の才能もあれば、将来は魔術で食べていけたであろうと言われたことがあり……その絶妙な《《足りなさ》》が、気分を落ち込ませる要因となってしまっていた。
しかし、ここで諦める訳にはいかない。
こんなことは宝石を嵌めた現代魔杖を使えば、一般人どころか、それこそ俺より幼い子供でもできる。
もっと、もっと知識をつけ、腕も上げなければ。
俺には一つ、この世界でやりたいことがある。
魔術の練習をしている中で、母からとある話を聞いたのだ。
それは、「魔術学院」の存在である。
魔術学院とは、様々な魔術を専門とした、魔術の専門学校であり、十二歳から二十歳になるまでの八年間で魔術を学ぶところであり、特に幼い間は、中学校レベルの教育もしてくれるのだそうだ。
この世界の年度は、日本と同じで四月に始まり三月に終わる。
地球に似た星、或いは別の世界における地球なのだろう、そっくりである。
四月に年度が始まるのは日本独特の区切り方であり、かつた日本が年貢を取り立てるために、年度が切り替わるタイミングを変えたからだと聞いていたが……この世界では、四月から年度が始まることは一般的らしい。
……世界的に年貢の誤魔化しが行われた訳では無いと信じたいところだ。
そして、義務教育は七歳になる学年から十二歳になる学年の六年間、つまりは日本の小学校と同じである。
ここまでくると、この世界に強い影響を与えた人間の中に日本人がいたのではないかと考えてしまう。
偶然であるとすれば、それは「世界のどこかにある日本と対になる存在」であり、映画で観たことがある相対性理論の話をしなければならなくなってしまうだろう。
……しかし、その辺りについては詳しく知らないため、調べる必要ができた時は、この世界のアインシュタイン研究者に任せることにした。
俺はかつて、世界の真理に到達した……のだと思う。
今やその記憶は無いが、しかし俺は生まれてからずっと、その一度掴んだものに焦がれている。
そして魔術学院に所属する魔術師の中には、魔術の根源たる真理に触れんと探究を続けるものもいるそうな。
……目指すべきところは一つであった。
来年、俺は小学校へ入学する。
最後の二年間は受験のため、特に勉強と訓練練習に注力することになるだろうが……幼い時代を失ってでも、俺は魔術学院へ入学する覚悟である。
しかし、このままではいずれ限界が来るだろう。
この家にある魔導書は、数もそう多くなく、父も母も、魔術が得意な訳では無い。
農作業に使える魔術は手動でも使えるらしいが、それ以外は現代魔杖に頼っている。
誰か、俺には他の先生が必要なのだ。
そうと決まれば善は急げである。
俺は、村の裏山に住んでいるという魔術師の元へ、話を聞きに行くことにした。




