第三十五話 吸血鬼討伐作戦会議
五時間後。
助け出された運転手の手当てや、壊れてしまった体育館の応急処置も済んだところで、新たなバスがやってきて、俺達は無事に帰ることができた。
パルグレフ魔術学院に着いた時にはすっかり夜だったが、クルピアちゃんに作戦を伝えるのは元より深夜のつもりであったため、作戦は計画通りに進みそうである。
俺はまずバルディオを連れて、夜が深くなる前に、コレディッカ先生の元へ向かうことにした。
「ンよォォォォォォこそォォォ!ワタクシの研究室へェェェェェェェェェ!」
前よりも気合が入った挨拶を受けながら、俺とバルディオは来客用のソファーに座る。
「こんばんは、コレディッカ先生。早速ですが、吸血鬼討伐作戦会議を始めましょうか」
「ンそォうですねェ。本当なら、クルピア・イロアさんにも同席して欲しかったでェすが……専用の端末から連絡してみたところ、『分かった』と返事が来たきり、音信不通でしてねェ……仕方が無いのでェ、後で議事録をメールを送っておくことにしますァすよ」
クルピアちゃんからコレディッカ先生への返事は、実に淡白なものであったが……何を隠そう、クルピアちゃんは俺の師匠であり、情報は全て筒抜けである。
故に、特に何かをコレディッカ先生と話す必要も無いのだろう。
「それで……いかがするのです、敵はおそらく強大ですよ」
「そうですねェ。正直、王都に巣食う吸血鬼なら……ワタクシのゴーレムでも勝てるかどうか分かりませんねェ」
「コレディッカ先生は後衛からゴーレムを出しまくる感じになるんですか?」
あのスピードを前に、前衛や後衛といったポジションが意味を持つのかは疑問だが……立ち回りを確認するためにも、一応はどのように動くつもりなのかを聞いておく必要はあるだろう。
「その通りでェす。後衛でワタクシがゴーレムを造って、プラティエ君は魔術で支援。前衛は……心配ですが、バルディオ君とクルピア・イロアに任せるつもりでェすよ」
「俺は後衛なんですね」
「えェ。近距離戦は、プラティエ君よりバルディオ君の方が向いているというかァ。バルディオ君の魔術は遠距離に向かないというかァ」
「まあ、そうですね。僕の魔術は拡散する癖がありますし、特に今回の討伐作戦ではショットガンを使うので、近距離での立ち回りをすることになりますから」
「そういうことでェす」
「なるほど」
吸血鬼討伐作戦において、未知数となる要素は二つ。
コレディッカ先生のゴーレムがどこまで通用するのか。
そして、バルディオが使う祓魔効果を付与した銀の弾丸は、どれくらいの効果を発揮するのか。
コレディッカ先生とバルディオにとって、未知数なのはクルピアちゃんの強さだろうが、俺にとってそれはさしたる問題ではない。
どうせ強いのだ、クルピアちゃんは。
「それで、ですねェ……えと……これ以上は無理……ですかねェ」
そう。
これ以上はどうにもできないのである。
こちらは追う側、そして相手がどこに潜んでいるのかもわからない以上、詳細な作戦を立てようにも立てられたものではないのだ。
前みたいに地下水路かもしれないし、ボロい建物の中かもしれない。
人を巻き込まないよう、作戦は夜に行うことになった。
吸血鬼の独壇場である夜に討伐作戦を行うのは無謀とも言えるが、|秘密主義極まれりな最高位魔術師に出てきてもらう以上、こうするしか無かったのである。
一歩間違えば死ぬ作戦で、これ以上どうにもできないというのは、やりにくいことこの上無しだが……仕方ないのだろう。
「何とかできますかね、これで」
「正直、ワタクシ達がまともに戦えるとは思えませんなァ。この作戦は、クルピア・イロア頼みになると思いますよォ。得意の大型ゴーレムも、『編み編み魔導人形』も、街中で使う訳にはいきませんからねェ。……正直、小型機で吸血鬼に勝てるとは思えませェン」
じゃあ学校で私欲を満たすために使わないで頂きたい……というのは、言わないお約束である。
「コレディッカ先生でも、難しい作戦だと言うのですか」
「俺達では勝てないでしょうね」
「えェ、そうだと思いますよォ。高位魔術師コレディッカが情けないことを言うようですがァ、これが現実でェす」
「……そう、ですか。ですが、予め言っておきます。僕はこの問題から手を引くつもりはありませんよ」
「えェ、今更躊躇されても困るというものでェす。正直、一年生を表に出すようなことはしたくありませんがァ……最高位魔術師を表に出す以上、最高位魔術師を使う上、敵が敵なので、おいそれと他の魔術師を呼ぶ訳にもいきませんからねェ」
「めんどくさいんですね、最高位魔術師絡みの案件って」
「そうですねェ。何かと秘密が多いものですからァ」
「……ま、とりあえずこんな感じで良いんじゃないですか」
「それでは、僕はショットガンの整備をしておきます。作戦決行は明日、良いですね」
「了解。じゃあ、俺はちょっと寝に行ってくるよ」
「えェ。それではまた、明日の晩に」
作戦会議を終え、俺はコレディッカ先生の研究室を出ていく。
それから、俺は女子寮に忍び込み、イロハちゃんの部屋へ向かった。
「……イロハちゃん、入るよ」
「おお、プラティエか。入れ入れ」
イロハちゃんに扉を開けてもらい、俺は作戦会議の全容を話す。
「……どうよ、どうにかなるかな」
「五分五分じゃな。勝率は高くないと言えるじゃろう」
「マジかぁ」
「うむ。あの時、感じた。彼奴は確実に強くなっておる。妾も強くなったが、彼奴も相応に強くなっておるようじゃ。勝てないとは言わんが、妾もそれなりに大怪我することくらいは覚悟しておる、それくらいじゃのう」
「……もしかして俺達、足手纏い?」
「じゃろうな。ま、妾の姿を隠すためにプラティエも出る訳じゃしなぁ。バルディオとコレディッカがおらんなら、その必要も無かったとは言えようぞ」
俺はベッドに寝転がるクルピアちゃんを横目に、膝を腿につけ、手の平で顎を支える。
「……大丈夫かなぁ」
「心配したところで、どうしようも無かろう。それより」
「それより?」
「聞いておるのじゃろ、妾のこと」
「クルピアちゃんのこと?何?」
「最高位魔術師。これで分かるじゃろ」
「ああ……聞いてるよ。びっくりした」
「じゃろうな。カマをかけたつもりじゃったが……やはりか。あのコレディッカとやら……高位魔術師にあの類の奴がおるのは厄介じゃ」
「何でよ?」
「躊躇いがなかったじゃろ、妾を使うのに」
クルピアちゃんは足を組み、俺の裾を引っ張った。
「そうだね」
「高位魔術師は、最高位魔術師を呼ぶ権限を持っておる。もっとも、そう簡単にポンポン呼ぶことはできんが、今回のような事態であれば、動かすこと自体は意外と簡単じゃ」
「そういうもんなんだ、最高位魔術師なのに?」
「うむ。勿論、最高位魔術師に拒否する権限はあるがのう……どうせ妾も出るつもりじゃったが……とにかく。コレディッカには要注意じゃ。秘密は、守られるから秘密なのじゃ」
「ふーん。……学生想いの良い先生だと思ったけどなあ。ちょっと変だけど」
「そういうとこじゃ。コレディッカは……ロクな末路を辿らんかもしれんのう」
「えっ、怖」
「魔術界とは、そういうものじゃ。詳しくは時が来たら話そう」
少し、魔術界の闇に触れた気がした。
俺は騒つく胸を押さえながら、クルピアちゃんの部屋を出ていく。
作戦決行は明日の夜遅く。
俺は学校に、そしてその後の戦いに備え、自室に戻って布団に籠るのであった。




