第十三話 入学試験 後編
「……おや、プラティエさん。杖が無いようですが」
言われると思った。
「良いんです、俺は手動でいくので」
「ほほう。今時、手動の魔術ですか。受験生の皆さんどころか、僕の世代でも、専門の方以外が使うのは珍しかったですよ。面白いものが見れそうで楽しみです」
「それはありがとうございます。それでは、始めますよ」
「分かりました。それでは改めて、五分間の実技試験を始めます!用意!始めっ!」
「炎!水!」
まずは、特に追加の指示を足さずに「炎」と「水」を使い、小規模な水蒸気爆発を起こした。
使用している触媒は勿論、クルピアちゃんから貰った腕輪。
真理に到達した魔術師が俺に合わせて作った、少なくとも俺にとっては至高の逸品、最強の装備である。
「これは……爆発ですか」
「はい!【浮遊】!【音】!」
試験官がバインダーにメモをとる間も無く、続けて俺は「浮遊」と「音」を使い、スクラップゴーレムを宙に浮かせ、横に倒したそれをギターに見立ててエアギターを披露した。
「お見事な演奏です!……失礼、少し興奮してしまいました。現代魔杖を使わずに試験を受ける方なんて、滅多にいませんので……それも、ここまで練度が高いと、僕個人としても盛り上がらずにはいられないのですよ」
「まだまだここからです!目を閉じる準備をしておいてください!」
「ほう?ブラインドか何かですか?
「目眩しです!【光】!【大火球】!」
続けて俺は、大玉転がしの玉よりも大きく作った炎の球を宙に浮かべ、光を放つことで、擬似的に目眩し用の太陽を作り出す。
「うおっと……これはこれは……。手動の魔術は、文面でしか見たことがありませんでしたが……生で見ても、ここまで色々と出来るものなのですね。初めて見ました。いち魔術師として、勉強させて頂きましょう」
試験官は、すっかり驚いた様子でこちらを凝視していた。
相手は魔術学院所属の魔術師であるにもかかわらず、このリアクションである。
やはり、クルピアちゃんが師匠になってくれたことは、俺にとって相当大きな転機だったようだ。
さて、ここからは呪文が少し長くなるが、大技の時間である。
残された時間はあと二分程だろうか。
畳みかけていくとしよう。
「人なる我が身よ、鳥となりて空を駆け回れ!飛行!」
「おお……。ここまで多様に魔術を使えるのは、現代魔杖のように、魔術の発動をスピネラ依存していないからですね。現代魔杖は便利ですが……僕も自力で発動する魔術に慣れるべきでしょうか」
試験官から衝撃の一言。
魔術を学ぶことを本職としている人は、てっきり手動でも魔術を使えるものだと思っていたが……そうではないのだろうか。
「えっ、本業の魔術師でも半自動に頼るんですか」
試験中であるにもかかわらず、俺は思わず聞いてしまった。
「え?あ、はい。そりゃあ、便利ですからね」
「へぇー……」
「あぇ?あの、プラティエさん?プラティエさんは現代魔杖を使わないのですか?」
「はい。もう、こっちに慣れちゃいましたし……【強化】!」
俺は話しながら、身体能力を強化して飛び上がる。
ここで、魔導具音痴であることを白状する勇気は無かった。
「手動魔術は詠唱が長いと聞いていますが……半自動魔術と変わらない程に短い詠唱でここまでのものを使うとは……」
「透き通り、流れる宝玉よ!降り注げ!【浸水隕水】!」
そして俺は、ステージ上に鎮座するジャンクゴーレムを狙って右腕を振りかぶり、自由落下が始まる直前に、巨大な水の塊を投げつけた。
「おっと……」
滝に打たれたように吹き飛ぶゴーレムを横目に、試験官はステージ上に自動で展開された魔力の防壁により、水から逃れる。
試験官まで濡らしてしまうことは覚悟して使った魔術であったが…… 技術の発展さまさまであった。
「ふぅ。そろそろ終わりかな」
「はい、もう三秒前、二、一……終了!……お疲れ様でした。個人的にかなり興味深い魔術の数々を、ありがとうございます。それでは次の方……『バルティオ・ラルグス』さん」
そして俺の実技試験が終わり、ステージを降りると、あっという間に次の受験者がやってくる。
次の受験者は、つい先ほど筆記試験会場で頭を捻らせていた男子であった。
余韻を味わう間もなく、俺が試験を終えた受験者用の観客席へ向かおうとすると、真っ先にベルリナちゃんが抱きついてくる。
「スゲーじゃねぇか!プラティエ、アレ全部手動でやったのかー!?」
待ってください刺激が強すぎます。
「あ、うん……!そうだけど……!ちょっと、離して……」
「良いじゃねぇかよー!でも、結局何で現代魔杖を使わなかったのか、分からなかったなー」
「俺、使えないんだ。現代魔杖」
「へ?」
「使えないんだよ、俺。魔導具音痴だし機械音痴だから」
「……はぁぁぁぁぁ!?だから、だから全部手動なのか!?そういえば待ち時間中も端末いじって無かったような……!」
ベルリナちゃんは目を丸くし、数歩後退して驚いた。
リアクションが少しオーバーな気もするが、老人であっても生まれた時期から現代魔杖が存在した世の中においては、それが当たり前なのかもしれない。
俺がもし日本で還暦を迎えたとして、そしてスマートフォンが当たり前に存在し続けていたとして。
若者がそれを扱えないと言い出そうものなら、同じ反応をするだろう。
「そうそう。多分、メッセージ送るのも通話画面に行くのも、他人の十倍くらい時間かかるよ」
「ええ……」
「そんなにドン引く?」
「ドン引くよ!アタシのおじいちゃんでも普通に使えるのに!それで、あの魔術を使ってたのも凄いけど!そこも含めてドン引きだよ!」
「そうかな」
「そうだよ!……でも、現代魔杖を使えないから、半自動じゃなくて全部手動で、あんなに色んな魔術使えるのはすげーと思うぜ!尊敬するよ!」
「そ、そう?ありがとう」
両親が子供を褒めないタイプという訳ではないが、こと魔術についてはクルピアちゃんにしか褒められた事が無い俺としては、そこまで言ってもらえると、少し照れ臭いものであった。
「ああ!一緒に頑張ろうぜ!」
俺はベルリナちゃんに差し出された右手を握り、握手を交わす。
ここで、辺りから歓声が上がった。
俺とベルリナちゃんの握手に対して、ではないようだ。
ステージを見ると、現代魔杖を振り回す少年と、その魔術に驚いて構えをとる試験官の姿がある。
試験開始時に「バルティオ・ラルグス」と呼ばれた少年は、何を思ったか、ゴーレムではなく試験官を相手に指名したらしい。
「ラルグス家に伝わる魔術、受け止めてみるが良いですよ、先生!【メルティ・ゴーズ・ヘルファイア】!」
名家の者なのだろうか、やけに着飾った純白のスーツには、シワ一つ無い。
俺が思い描いていた、クルピアちゃんのような魔術師像とは大違いだ。
しかし、伝統の魔術というものは持っているらしい。
現代魔杖にセットされているスピネラも、特殊なものなのだろうか。
深い紫色のスピネラが光り、バルティオの杖から黒い炎の弾丸が、ガトリングのように放たれる。
「杖の魔術防壁では足りませんか……【防御】」
しかし、それは散弾のように散りばめられ、試験官は現代魔杖によって自動で展開される魔術防壁に、簡単な防壁を少し追加で展開する程度で、簡単に防いでしまった。
「……やりますね」
「何もやりませんよ。少し散り過ぎです。スピネラありきであっても、その魔術をきちんと形を成して発動できるのは褒めるべきでしょうが……ラルグス家の魔術は、どれも散弾のような使い方に向いていると聞いたことはありませんよ」
「ふっ。何を!【ヘブンズアロー・タイフーン】!」
続けてバルティオは、クリーム色のスピネラを輝かせ、光の針を大量に放つ。
しかしそれも、多くがステージの防壁に受け止められてしまう。
試験官も、今度は追加の防壁を展開することさえしなかった。
「なるほど。……興味深い魔術を二つも見せていただきましたが……どちらも散りすぎです。ショットガンで良いことを、わざわざアサルトライフルを用いて行っているように感じます」
試験官はステージを降りようと階段へ向かって、後をゴーレムに任せようとする。
「ぐぐぐぐぐぐぅ……!そんな、ボクの魔術が……!」
「こう言ってしまってはなんですが、家に伝わる魔術よりも、《《散ることに意味がある》》魔術を練習した方が、成果が出ると思います」
「バ、馬鹿にしないでくださいよ先生!ボクはまだ三つ、魔術を残しています!その三つを今から!同時に!使います!」
「良いでしょう。わざわざ試験官がステージに上がったのです。相応のものを見せていただきますよ」
「受けてみなさい、無礼な魔術師め!【スネークバインド】!【エアロマイン】!」
軽くあしらおうとする試験官へ啖呵を切り、バルティオは三つの魔術を強引に発動して、何とか試験官を引き止めようとした。
蛇の形を模した魔力の塊で試験官の身体を縛り、空中に透明な魔力の爆弾を飛ばす。
「ふん。僕を甘く見ないことですね……」
試験官は蛇の拘束を瞬く間に解き、空中を浮遊する爆弾も命中せずに回避。
「今だ!【魔力光線】!」
「おおっと。……お見事です。今のは少し効きましたよ」
しかし回避した先に飛ばした、至って普通の、ただ魔力を拡散する光線として放っただけの攻撃は、試験官の魔力防壁にダメージを与えたのだった。
「ハァ、ハァ……どうです、思い知りましたか」
「悪くは無いですね。魔術の組み合わせは、拘束を織り交ぜたものの中ではスタンダードなものですが、故に強いものです。威力には難がありましたが、そこには感心しました」
「素直じゃ無いですねぇ」
「……ラルグスの者とはいえ、その態度はどうかと思いますが……ひとまず、試験はあと二秒で終了です。一、ゼロ。お疲れ様でした」
「フン。合格をいただいた際には、すぐに貴方を乗り越えて、ラルグス家に相応しい魔術師となってあげますよ」
バルティオは捨て台詞を吐き、そしてステージを降りる。
「はえー。すごかったなー。あんまし効いてないみたいだったし、態度も悪かったけど」
「そうだね。……俺とベルリナちゃんも、そしてあのバルティオって人も、全員受かったら……クラスメイトになるかもしれないんだよね」
「そうだなー。色んな人がいるんだなー」
頭の後ろで両手を組むベルリナちゃんは、俺と一緒に、試験終了の手続きを受け、会場を後にするのであった。




